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水曜日, 4月 26, 2017

例えば会社にとって「危険な人材」とは

 

「勝手に忙しくしている人」にあまり同情の余地はない。



ビジネスマンは忙しい。

朝出社して、前日に残した仕事の続きをしていると、メールや電話がかかってきて、次々と小さなタスクが積み上げられる。
なんとかそれらをこなしていると昼休みだ。
急いで昼ごはんを掻きこんでいると、あれもこれもやらなければ、と気づく。
席に戻った彼は、頭の中でタスクを整理して、優先順位を決め、処理していく。
この調子だと、今日も残業かもしれない。そういえば有休もしばらくとっていない。
ふと窓辺にいる課長を見ると、緩慢な動作で書類に目を通したり、思いついたようにどこかに電話をかけて、どうでもいい話題で盛り上がったりしている。
どう見ても暇そうである。
それなのに、給料はこちらのほうが安いときている。自分に対する評価は正当なのだろうか?

このような光景を会社の中で見かけることは珍しくない。
かわいそうな話だと思う。自分もそうだ、と忙しい彼に感情移入できる人もいるかもしれない。
しかし、彼にそれほど同情の余地はないかもしれない。というのが今回の話。

忙しさと属人性


私はプログラマなので、プログラミングという仕事を例に出すが、システムを作っていると、必ず「属人性」というものが生まれる。
そのシステムのプログラムの詳細は自分しか知らないので、誰かに引き継ぐことが難しいという状況である。つまり「仕事」が特定の人物に強く結びついてしまう。

もちろんこの業界でも「属人性」は良い事ではない、とされている。

よって、出来る限り、プログラムにコメント(解説)を残し、ドキュメントを作成する、ということが推奨されている。

しかし、当人の感覚で言わせてもらうと、気の進まない行為である。そもそも誰に引き継ぐというのか、どうせ自分はこの仕事から解放されないし、プロジェクトが終わった後も、システムに何かある毎に呼び戻されるに違いないのだ。

なので、往々にして、コメントはほとんどなくなるか、深く考えずに書かれて、解説になっていないどうでもいい内容になり、ドキュメントは体裁だけは整っているが、システムの理解にはほとんど役に立たない代物になりがちである。

しかしこのように自分に紐付いた仕事を増やしていくと、こなしたプロジェクトが多くなればなるほど、加速度的に自分は忙しくなっていく。
結果として、冒頭の「彼」のように日々仕事に追われる人間になってしまうのだ。
なぜこのような事が起こるのだろうか?

 

自分にしかできない仕事の魅力


人には才能を発揮して誰かの役にたてる時に、充実感が得られるという性質がある。
それが、他ならぬ自分だけが出来る、という状況であれば、さらにそこに自尊心(プライド)も生まれる。

この仕事は自分にしかできないのだから、自分はこの会社という集団の中で必要不可欠な存在なのだ、という認識は、気持ちを安定させるし、毎日の長い通勤時間をかけて会社に向かう原動力になるほどの、蠱惑的な魅力があるのだ。

この仕事は自分にしかできない、という状況はビジネスマンとしてのアイデンティティを強化し、仕事に対するモチベーションを上げる面があると言えるだろう。


しかし、これをそのままモチベーションとして生かすだけならいいのだが、次に彼が思うことは

「何故、これほど重要な自分が、会社の中でそれほど評価されないのだろうか?」

という不満である。

どう考えても空き時間にソリティアに興じている上司より、自分のほうが会社にとって必要な筈だ。なのに、会社は昇格どころか昇給すらしないのである。



これは余談だが、たまにネットの掲示板などに、業務を劇的に改善した人物が、正当に評価されないので辞めた結果、会社が大いに困ったり、潰れてしまったりするという話が書かれていることがある。

真偽の程はわからないが、これらの話がネット上でそれなりに人気を呼ぶのは、読者の中にも「自分にしかできない仕事をしているのに、会社がちっとも評価してくれない」という思いが少なからずあって、このような「退職による復讐譚」がある種のカタルシスをもたらすからだろう。

 

彼にしか出来ない仕事は実は存在しない


さて、忙しい彼が辞めてしまえば、本当に会社は困ったり倒産したりするだろうか?
彼の退職の可能性は会社にとってどれほどのリスクになっているだろうか?
残念ながら、大したリスクにはなっていない、というのがほとんどの場合の答えである。



仮に彼が退職したとする。

当然、彼が日々忙しくしていた「仕事」は誰かが代わりにすることになる。
彼が何らかの資料を残していようといまいと、残された者はやらなければならないことを実行するだけである。
おそらく苦労はするだろうが、ほとんどの場合、実行できてしまうだろう。
何故なら、引き継いだ社員は、彼と同じやり方はしないからである。

そのやり方は辞めた彼から見れば不十分で、安全でなく、クライアントへの配慮にも欠けたやり方に見えることだろう。
しかし、これは代役なのだ。ある程度のアラは、会社からもクライアントからも大目に見てもらえる。

最悪の場合でも、会社は彼のやっていた「仕事」を経営上の判断でやらないことにしてしまうということすらできるのである。

つまり、大まかに言って彼の代役はほとんど成立してしまう。



日々忙しくしている社員の給料が上がったり、昇格したり、ということがないのであれば、上層部は彼を会社にとって「無くてはならない人材」と見なしていない、と言うこともできる。

皮肉にも彼がせっせと作っていた「自分にしかできない仕事」は、会社側から「あいつ以外でもできる」と考えられているから、許容されているのである。

もっとひどい事を言うと、勝手に自分にしかできない仕事を沢山抱えている社員は、会社にとって、単に都合の良い存在になっている場合が多い。

なぜなら、彼らは「自分にしかできない」という思いから、必要とあれば残業してくれ、有休もとらずに働き、自分が辞めたら迷惑がかかると勝手に思ってくれて、退職もしづらいからである。

 

例えば会社にとって「危険な人材」になる


「自分にしかできない仕事」を安易に増やしても、忙しくなるだけで、大したメリットはない。
という話を長々と書いた。つまりは努力の方向が間違っているのだ。

会社が給料を上げたり、昇格させたりして、その社員が退職しないように必死に配慮する人材というのは、「真にその人間にしか出来ない仕事」を持っている人である。

例えば、
クライアントの担当者の言うとおりに動く人間ではなく、その上司である上層部と通じている人物であるとか、ずば抜けたスキルを持っているとか、人を動かして、多くの仕事をさせて、必要に応じて部下を教育して生産性を高められる人材などが考えられる。

このような人の進退は会社の業績に大きな影響を与える。
会社にとって「危険」な人材だ

だからこそ、会社はこのような人材を必死に引き止め、さらには仕事を取り上げてリスクを軽減させようとする。

もしあなたに「自分にしかできない仕事」が沢山あるのなら、そしてその状況を会社が許容しているのであれば、あなたは、会社にとって重要な存在とは見なされていない。

手を一度止めて、業務を見る視点を高くして、会社にとって真に重要な存在になるために、「危険」な人物になるにはどうすればいいか、考えてみるのも良いかもしれない。










http://blog.tinect.jp/?p=39145

木曜日, 3月 10, 2016

プロジェクト・アリストテレス

 

 

社員の「生産性」を高める唯一の方法はこうだ 

グーグル、プロジェクト・アリストテレスの全貌



社員の生産性を極限まで高めるには、どうすればいいのか――米グーグルが2012年に開始した労働改革プロジェクトの全貌が明らかになった。
社員同士のコミュニケーションを中心に、その仕事ぶりを徹底的に観察するワーク・モニタリングは、果たして功を奏したのだろうか?


●"What Google Learned From Its Quest to Build the Perfect Team" 
 The New York Times, FEB. 25, 2016



プロジェクト・アリストテレスとは


上の記事によれば、米グーグル(持ち株会社に移行後の正式社名は「アルファベット」)は2012年に生産性向上計画に着手した。

この計画は「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)」と呼ばれ、同社の「人員分析部(People Analytics Operation)」によって実施された。

グーグル社内には様々な業務に携わる数百のチームがあるとされるが、その中には生産性の高いチームもあれば、そうでないところもある。
同じ会社の従業員なのに、何故、そのような違いが出るのか?
これを様々な角度から分析し、より生産性の高い働き方を提案することがプロジェクト・アリストテレスの目的だった。
元々、様々なデータを分析するのはグーグルの得意技だ。
同社には、こうした分析作業を手掛ける統計の専門家やエンジニアが多数働いているが、プロジェクト・アリストテレスでは、彼ら以外にも組織心理学や社会学の専門家まで、多彩なエキスパートを集って分析作業に当たらせた。




共通するパターンが見つからない

分析の対象として、特に重視したのは「チームワーク」であったという。
ビジネスがグローバル化し、複雑化の度合いを深めている今日、多くの業務は単独の従業員ではこなしきれない。どうしてもチームによる共同作業が多くなるからだ。
このためプロジェクト・アリストテレスでは、社内の様々なチームを観察し、上手く行っているところと、そうでないところの違いを明らかにしようとした。

たとえば「同じチームに所属する社員(チームメイト)は、社外でも親しく付き合っているか」「彼らはどれくらいの頻度で一緒に食事をしているか」「彼らの学歴に共通性はあるか」「外向的な社員を集めてチームにするのがいいのか、それとも内向的な社員同士の方がいいのか」「彼らは同じ趣味を持っているか」など、多岐に渡る観察を行った。

人員分析部では、これらの観察結果を図式化して、そこから業務目標を上回るチームに共通するパターンを見出そうとした。しかしパターン抽出が得意なはずのグーグルなのに、自らの社員の労働分析からは、目立ったパターンを見出すことができなかったという。

たとえば同じく生産性の高いチームなのに、片方は「社外でも仲良く付き合う友達同士」のような関係であり、もう片方は「まともに会話するのは会議室の中だけで、そこを出ればアカの他人」というような関係であった。

また、あるチームでは、強いリーダーのもとに階層的な人間関係を築いていたのに対し、別のチームではもっとフラットな人間関係を敷いていた。それでも両者の生産性に、ほとんど違いは見られなかったという。




正反対のやり方でも上手くいく

結局、上のような「チーム編成の在り方」と「労働生産性」の間には、ほとんど相関性がないのではないか――そう考えたグーグルの人員分析部は、今度はチームのメンバーが従っている「規範(norm)」にこそ生産性のポイントがあるのではないかと考え、そこを洗い出すことにした。
ここで規範とは、チーム内で共有する「暗黙のルール」や「行動規準」、あるいは「チーム・カルチャー」のようなものを指す。

しかし、この点でも目立ったパターンは抽出されなかった。
たとえば、あるチームでは、会議中にリーダーがチームメイト全員に等しく発言する時間を与え、それを別のチームメイトが途中で遮ることを許さなかったのに対し、別のチームでは互いに発言の途中で割って入るのが常態化していた。

また、あるチームでは仕事時間中に雑談したり、他人の噂話をしたり、週末のプランを話すなど私的なコミュニケーションが交わされていたが、別のチームでは「オフィス内では仕事に専念し、私語は厳禁」といった雰囲気が形成されていた。

このように数百に上るチームが各々従う規範を観察したが、そこから成功するチームに共通するパターンを見出すことはできなかった。それどころか、同じく生産性の高いチームなのに、全く正反対の規範に従っているケースも珍しくなかったという。




同じ人でもチームが変わると駄目になる

唯一、ある種のパターンとして浮かび上がってきたのは「働き方」に関するものではなく、むしろ「成功の法則性」に関するものだった。

つまり成功するチームは何をやっても成功し、失敗するチームは何をやっても失敗する。そのようなパターンであった。

以上のような話を聞くと、読者の中には「それは働き方の問題ではなくて、単にメンバーの能力の違いによるのではないか。要するに、優秀なメンバーが集まったチームは常に成功している。それだけの話ではないか」と思われる人も多いと思う。
ところが、実際はそうではないという。

グーグルのチーム編成は固定化していない。つまり一人の社員が異なる業務目的に応じて、同時並行的に複数のチームに所属している。中には、メンバーの大多数が重複する2つのチームが生まれることもあるが、驚くべきことに、片方のチームの生産性は高く、もう片方は低いこともあるという。




成功のカギは「心理的安全性」


このように目立ったパターンが見出せずに困り果てたグーグルの人員分析部では、集団心理学に関する学術論文など、アカデミックな調査結果を再度深く当たってみることにした(同プロジェクトの初期段階では、それから始めていた)。

そして、そこから浮かび上がってきたのは「他者への心遣いや同情、あるいは配慮や共感」といったメンタルな要素の重要性だった。つまり成功するグループ(チーム)では、これらの点が非常に上手くいっているというのだ。

たとえば一つのチーム内で誰か一人だけ喋りまくって、他のチームメイトがほとんど黙り込んでいるチームは失敗する。逆に(途中で遮られるかどうかは別にして)チームメイト全員がほぼ同じ時間だけ発言するチームは成功するという。

それは暗黙のルールとして、そのような決まりを押し付けるのではなく、むしろ、自然にそうなるような雰囲気が、チーム内で醸成されることが重要なのだという。


つまり「こんなことを言ったらチームメイトから馬鹿にされないだろうか」、あるいは「リーダーから叱られないだろうか」といった不安を、チームのメンバーから払拭する

心理学の専門用語では「心理的安全性(psychological safety)」と呼ばれる安らかな雰囲気をチーム内に育めるかどうかが、成功の鍵なのだという。

しかし、そのために具体的に何をすべきか、と考えると、そこにはなかなか難しい問題があったという。
何故なら、グーグルの社員は、数字やデータの分析は得意だが、他者への配慮や同情となると、欠如しているとまでは言わないが、少なくとも、それらを表現するのは、あまり得意ではないと考えられたからだ。




自らの健康状態を告白したリーダー

そこでグーグルの人員分析部では、2014年後半に当時の社員5万1000人の中から、チーム・リーダー格の有志を募って、彼らにプロジェクト・アリストテレスの主旨や調査結果を伝えた。そして彼らに対し、自らのチーム内に「心理的安全性」を育むための具体策を考えるよう促した。


そうしたチーム・リーダーの一人に、ある日系アメリカ人の男性がいた。彼を中心に結成されたチームはそれまでなかなか生産性が上がらず、彼もその事に悩んでいた。

そこで彼は人員分析部から手渡された調査票を使って、チームメイトへのアンケート調査を実施した。

調査票には、「社内におけるチームの役割や目的」、あるいは「自分たちの仕事が会社に与えるインパクト」などを、どこまで理解しているかを評価する項目が並んでいたが、これらの点について彼のチームメイトたちが下した自己評価は、いずれも極めて低かった。


これに衝撃を受けたリーダーはチームの全員を集めて、インフォーマルなミーティングを開いた。
そこで彼は「これから君たちの知らないことを打ち明けよう」と断った上で、自身がスピードは遅いが転移性の癌に冒されていることを告白した。

しばらく沈黙が続いた後、チームメイトの一人が立ちあがって自分の健康状態を打ち明けた。そこから堰を切ったように、チームのメンバー一人ひとりが自らのプライベートな事柄を語り始め、それが終わるころには、自然に今回のアンケート結果についての議論(つまりチーム内のモラルを高めて、生産性を高めるための議論)へと移行していたという。




「本来の自分」でいられる職場を目指して


今回、プロジェクト・アリストテレスの結果から浮かび上がってきた新たな問題は、個々の人間が仕事とプライベートの顔を使い分けることの是非であったという。

もちろん公私混同はよくないが、ここで言っているのは、そういう意味ではなく、同じ一人の人間が会社では「本来の自分」を押し殺して、「仕事用の別の人格」を作り出すことの是非である。

多くの人にとって、仕事は人生の時間の大半を占める。そこで仮面を被って生きねばならないとすれば、それはあまり幸せな人生とは言えないだろう。


社員一人ひとりが会社で本来の自分を曝け出すことができること、そして、それを受け入れるための「心理的安全性」、つまり他者への心遣いや共感、理解力を醸成することが、間接的にではあるが、チームの生産性を高めることにつながる。

これがプロジェクト・アリストテレスから導き出された結論であった。