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金曜日, 8月 08, 2014

いまさら「鉄コン筋クリート」STUDIO4℃・田中栄子インタビュー

STUDIO4℃・田中栄子インタビュー(1)
覚悟を決めて入った『鉄コン筋クリート』


このところ立て続けに新作を発表し、ファンを喜ばせているSTUDIO4℃。念願の映像化を果たした松本大洋原作の『鉄コン筋クリート』が全国公開され、時同じくして新鋭監督達によるショートアニメ集『Amazing Nuts!』もDVDリリース。来年には、豪華クリエイター陣が集結した話題のプロジェクト『GENIUS PARTY』の公開も予定されている。それらの作品について、またSTUDIO4℃の現在と未来について、同社代表として精力的に活躍する田中栄子プロデューサーにお話を伺ってきた。


▲今回の写真は、田中さんの要望もありインタビュアーの小黒とツーショット。『鉄コン』にちなんだシロとクロの2人だ

プロフィール
田中栄子(Eiko Tanaka)

STUDIO4℃代表取締役社長。
スタジオジブリで『となりのトトロ』『魔女の宅急便』のラインプロデューサーを務めた後、森本晃司・佐藤好春と共に「STUDIO4℃」を設立。1995年公開の『MEMORIES』に始まる劇場作品の他、短編やミュージッククリップ、CMやゲーム用映像など、多彩な映像作品を精力的にプロデュースしてきた。クリエイターの個性を重視する姿勢を貫き、先鋭的なビジュアル表現に挑み続け、国内唯一無二の精鋭クリエイティブ集団=STUDIO4℃という評価を確立。2002年には米・ワーナーブラザーズと『THE ANIMATRIX』を共同プロデュースし、世界的に話題を呼ぶ。湯浅政明監督の劇場作品『マインド・ゲーム』も各方面から高い評価を受け、文化庁メディア芸術祭大賞を受賞。そして2006年、松本大洋の人気コミックをもとに、構想13年を経て映画『鉄コン筋クリート』を完成させた。2007年には『GENIUS PARTY』で映像業界に新風を巻き起こす予定。
 


小黒 『鉄コン筋クリート』完成おめでとうございます。
田中 ありがとうございます。
小黒 観た人からの反応はいかがですか。
田中 熱いメールとか電話とか、結構もらってますね。嬉しいです。
小黒 今回、作品を観て思ったのは、STUDIO4℃作品としては初めて「監督のフィルム」ではないという事なんです。つまり、今までは大友克洋さんや森本晃司さん、片渕須直さんや湯浅政明さんといったカリスマがいて、その監督達のカラーとモチベーションで作品を作っていくところがあった。だけど『鉄コン』はチームの映画だという気がしたんです。それは間違ってないですか?
田中 ええ。実はSTUDIO4℃って、ピクサーみたいに「STUDIO4℃プロデュース作品」として作品を作っていくクリエイター集団だったんだ、という事に気が付いて。『鉄コン筋クリート』はそこから始めた作品なんです。
小黒 それはいつ、何で気づかれたんですか
田中 『マインド・ゲーム』ですね。とっても素晴らしい作品ができたと思うんだけど、売れなかった。その反省は大きいよね。自分がプロデューサーとして「こうしたらきちんと売れる」という目線を持って、しっかり監督と対峙して作品作りに参加してこなかったのでは? と思ったの。監督には自分の作りたい作品があるけど、プロデューサーはそれをきちんと世の中に出していくために作品をサポートする役割がある。それなのに、売れても売れなくても監督のせいだ、みたいな事を今までやってきたのかな、と。
小黒 どちらかというと、その「売れるかどうかなんて知らないよ」という姿勢が、STUDIO4℃らしさだと思ってましたが。
田中 『マインド・ゲーム』が当たらなかった時、これって田中栄子のせいじゃないの? だって作品のクオリティは抜群だったのだから、って凄く思ったのね。この作品で、売り方を含めて、売れる作品作りを目指すのは監督ではなくてプロデューサーなんだ、という事に気がついた。私がその努力をしなかったら、では誰がやるの? やっぱり監督の横でタッグを組む私だろう、と。そこで本気が入りましたね。
小黒 具体的に「売れる作品作り」というのは、どういう事なんですか。
田中 今までも自分はシナリオ作りから参加してきたんだけど、やっぱり「作品は監督のものだから」というエクスキューズをしてきた部分があった。今回の『鉄コン筋クリート』は、下手すると暴力的な部分だけが突出してしまうような内容だったし、そこを売り物にしたら絶対にお客さんは入らない。カルトでキッチュなものになってしまう。その事は企画の段階から分かっていたわけ。
 どうやってエンターテインメントとして世に出していくか。製作すると決めたからには、監督と一緒にシナリオから詰めていく覚悟をしました。監督のマイケル・アリアスにも、プロデューサーとして覚悟を決めて作品に入るから、私の意見もきちんと聞いてほしいという事はしっかり伝えました。シナリオにも、絵コンテにも、世界観設定にも参加します、と。そしたらマイクは「もちろんだよ」と。USAではそれが当たり前だし、それに経験値的な事とか色々含めて、私がいなければ彼もできないと言ってくれたので、素晴らしいタッグになりました。
小黒 仕上がった作品を観ると、非常に明解な映画になってますよね。分かりづらいところがない。それは田中さんの狙い通りなんですか。
田中 ……上手く小黒さんを騙せたんだな、と思った。しめしめ。
小黒 へ?(笑)
田中 作ってる側から言うと矛盾点はいっぱいあるんです。解決できてない部分や、入りきらなかった原作の要素は、かなりありますよ。
小黒 でも、それを無理に詰め込んでしまうと、それこそ一般のお客さんが置いて行かれるカルトな作品になる恐れがあるわけですよね。
田中 そう。最初のシナリオがまさにそうで、描きたい事をいろんなタイムラインに乗せながら、登場人物の人生模様を映し出すような構成だった。けれど、それは上映時間的にも無理だった。そこから「シロとクロの物語」という大きなラインに様々なドラマが挟まるような形で、骨格自体も大きく変えて整理していったわけです。だけど、なかなか上手いやり方が見つからなくて、シナリオ段階でかなりの時間を費やしましたね。原作にある膨大な要素の中から、どれを整理して出していくか。そういう意味では幸福な、贅沢な作業ですよね。足りないものを付け加えたり、何が足りないのかを悩むわけじゃないから。
小黒 今回は、凄くノーマルなものを作ったわけですね。
田中 私は基本的に、自分はもの凄く普通の人だと思ってますから。作品に入り込み過ぎず、普通の人が観ても分かるという事を、プロデューサーの視点から見ていく。そういう事が求められているという自覚で作品作りをしていました。
小黒 過去にSTUDIO4℃が手がけてきた作品に関して、田中さんは自分の「普通の目線」と、監督の作りたいものとの間にギャップは感じてたんですか?
田中 それは感じてますよ。『アリーテ姫』のシナリオを8回も書き直した事だってそうです。監督の片渕さんが、その時々に持っていたエンターテインメント認識みたいなものと何年間も付き合っていくという歴史だったし。最終的に、片渕さんが「自分の奥さんを描きたい」というところまで辿り着いた時、もう私には踏み込めないところまで片淵さんは行ってしまった。
小黒 『アリーテ姫』のテーマって、片渕さんの奥さんを描く事だったんですか?
田中 そう。「田中栄子だけは描きたくない」って(笑)。
小黒 なるほど! 田中さんみたいに、積極的に自分で目的に向かって問題をクリアしていくヒロインじゃなくて……。
田中 そうそう。敵に立ち向かって、くじけて泣いて、でも私は負けない! みたいな女には興味がないと。ひっそり咲きながら、家庭でも仕事でも素晴らしい能力を発揮しているのに、自分では「私は何もできない」なんて自信をなくしてしまうような人に、「そんな事はない。君は素晴らしいよ」と言ってあげたいんだ、って片渕さんに言われて。私、感動しちゃったのよね。その片渕さんを応援しちゃった。「分かった。じゃあ片渕さんなりのエンターテインメントを作るという事に対して、私達は最大限の協力をするよ」みたいな感じに着地して。それはそれで、完成した作品は素晴らしいものになったと思うし、そこに私が立ち入る事はなかなかできなかった。
小黒 そこで田中さんが引いたために、万人向けの誰もが楽しめる作品にはならなかったわけですよね。
田中 それは興行成績としてはね。ホントはもっと宣伝の仕方とかで、片渕さんの思いを広く伝える事ができたかもしれない。でも、あの時に引いた立場になるんじゃなくて、もっと入り込むべきだったという反省は凄くあります。『マインド・ゲーム』も同じように、もっともっと監督と話すべきだった。
小黒 なるほど。しかし、今までSTUDIO4℃作品を応援してきた身としては、複雑な心境ですね(苦笑)。
田中 ホントに?
小黒 だって、その「偏った」ところがSTUDIO4℃の魅力だったわけじゃないですか。東映アニメーションのような大手のプロダクションが作らないタイプのアニメというか。
田中 うーん……他の会社がどんなポリシーを持って作品を作っているかは、井の中の蛙なので知らないんですけど。「子供だましじゃない、自分達の等身大のメッセージを必ず入れていきたい」という面では、何も変わってないですよ。日本のアニメーションでは一般的なものであるキッズ&ファミリーというターゲットじゃなくて、ちょっと違うところに向けて作っているから、「いつもキッチュなものばかりやっている」と見られていただけなんじゃないかな。
小黒 見られていただけ、なんですか(笑)。
田中 今度の『鉄コン筋クリート』で言うと、全国120館以上という規模で公開された時、「STUDIO4℃ぽくない」って言われるんじゃないの? それだけの事だと思う。『SPRIGGAN』も全国公開だったから、STUDIO4℃ぽくなかったりしてね。
小黒 ああ、確かに僕の中で『SPRIGGAN』はあんまりSTUDIO4℃ぽくないです。
田中 そうでしょ? だから単に公開規模の問題であって、作品自体のSTUDIO4℃ぽさは変わってないと思いますよ。
小黒 今回の『鉄コン』は、今までの制作スタイルと作り方は違うんですか? 個々のスタッフがそれぞれ才能を発揮して、もの凄い美術とか世界観設定とかを作っているわけですけど、そのビジュアルのとりまとめ方とか。
田中 うん、違いますね。監督のマイケル・アリアスは『鉄コン』という作品の事をよーく分かってるし、誰よりもこの作品を作りたいと思っていた。ただ、何しろ実績が少ないから、監督としてどこまでできるかは未知数でしょう。だから今回、メインスタッフをやってくれたのは、全員が監督経験のある人達なんです。自分が映像作品を作るという、いわゆる高い意識みたいなものがある人達。
小黒 意識? 経験や能力ではないんですか。
田中 もちろんそれもあるけど、やっぱり「意識」ですね。自分はこの作品をこういう風に完パケて、こういう作品作りをするという意識を持っている人を、選んでキャスティングしてます。そういう目線がないと作れなかった。
小黒 美術監督の木村真二さんもそうなんですね。
田中 木村さんは「ヒピラくん」という絵本を大友さんと作った事があって、ひとつの作品をまとめていくという事をそこでやってますから。指示されて画を描くだけの人とは、ちょっと違う。キャラクターデザイン・総作画監督の西見(祥示郎)君にしても、「ピポサルオリンピア」のゲームムービーや「下妻物語」のアニメパートで一緒に仕事して、この人には監督として卓越した才能があると分かったし。作画監督の浦谷(千恵)さんは、あの宮崎駿さんも認めた素晴らしい才能の持ち主で、うちでは『土方歳三 白の軌跡』『三年とうげ』のコンテ・演出・監督をやってもらってるしね。同じく作監の久保(まさひこ)さんも、『魔法少女隊 ア・ル・ス』や『きまぐれロボット』で監督経験があるでしょう。監督もやって、コンテも描いて、アニメも巧くて、非常に真面目で、作品作りに対して純粋に燃えるタイプの人達を、今回は集めていますね。そして最後に、膨大な素材をまとめる緻密な演出力というものが必要になった時、安藤裕章氏に「是非!」とお願いして。彼自身、監督のマイクに対するリスペクトがもの凄くあったのね。同じCG畑なんですよ。
小黒 なるほど。監督と演出が両方ともCG系なんですね。
田中 そう。マイクが「こういう事をやりたい」と言うと、安藤君が「なるほど」って言う関係。最終的にはCGというツールを使って撮影していくわけだから、そこで安藤君がマイクの言葉を的確に受け止める事ができたのは、やはり大きいんじゃないかな。
小黒 美術の世界観が圧倒的なんですが、それは監督からの要求もあるんですか?
田中 マイクは「アジア」という要素を意識してたので、彼が撮りためたアジア諸国の写真を参考に、打ち合わせたりはしてました。でもそれよりは、木村さんの中にあった今までのストックが全部出てきている、という感じかしらね。
小黒 ああやって町を丹念に見せていくというプランは、木村さんから?
田中 そうです。いちばん最初に木村さんが(全シーンの)頭からお尻まで、美術ボードをガーッと描いてきたの。それを見ると、完成した本編と基本的に同じものなのね。もちろん、イメージの原点は松本大洋さんの原作なんだけど。
小黒 その時にはまだシナリオは最終決定稿にはなってない?
田中 えーと、なってない(苦笑)。
小黒 物語のおおよその形ができつつある中で、全シーンの美術ボードはすでに上がっていた?
田中 ええ。
小黒 そりゃ凄い(笑)。普通はありえないですよね。木村さんってそんなに絵を描くのが早いんですか?
田中 早い早い! そりゃもう、早いし巧いし、アイディアは持ってるし。最初のシナリオが、ヤクザの抗争がメインになっていたりして、全体的に暗い話だったのね。登場人物も大人が多かった。でも木村さんは、子供達が元気に遊んでいる、もっと活き活きとした突き抜けるような感覚の世界を作りたかった。広い空とか空気感とか、人肌の感じがある町。松本大洋さんへのリスペクトも含めて、色味や世界観はこうだ、というアイディアはガンガン出てきていました。木村さんなりに『鉄コン』の世界を実現したい、と。
小黒 単なる一スタッフではないわけですね。
田中 もう全然「単なる」なんてとんでもない。基本的な世界観を彼も創り上げてますよ。
小黒 監督と演出がCG畑という事で、それによって膨らんだ部分はあるんですか? 実験的なチャレンジをしているとか。
田中 技術的に新しい事は、なんにもしてないの。2人が持っている熟練したスキルを基に創り上げていった。
小黒 今までのSTUDIO4℃作品でも、町や家を3Dで作って、カメラを奥に動かすみたいな事はやっていたけど、今回ほど圧倒的な物量ではなかったですよね。『鉄コン』ではわりと当たり前の事のようにやってますが。
田中 そうですね。当たり前になっています。それにやっぱり、木村さんが町の立体感を描きたかったんだと思いますね。最初に上がってきた企画用のレイアウトが、わりと普通のアニメっぽかったのね。まあ、普通でもいいんだけど(笑)。でも木村さんが背景原図を自分の感性で切り直させてくれと言って、BGの奥行きまでちゃんと描いてきた。カメラの使い方と言うか、レンズの見え方と言うか、「あそこまで町が見えて、ディテールがあるんだ」と思える世界が作りたい、と提案してきたのね。そういう風に背景が見えてくると、またカメラワークとかにも奥行きが出てくるでしょう。そこに、ハンドヘルド・カメラを持ち込みたいというアイディアも加わって、あらゆるところに手持ちカメラが効果的に使われてる。
岡本 手持ち感がかなり自然というか、従来のアニメっぽくなくて新鮮でした。
田中 キャラクターが地面に落ちてきた時、カメラも一瞬ガクンと揺れたりね。あとでCGI監督の坂本(拓馬)君に「あれはどうやって指示を出したの?」って訊いたら、撮影していくうちにスタッフみんなが無言のうちにやり始めたって。(レイアウトの)PAN目盛りなし、撮影任せみたいな。要するに、役者がいて、その演技している姿をカメラで撮影するっていう方法をアニメに持ち込んでる。さっき新しい事はしてないと言ったけど、その点は新しいかもね。でもこの方法も前から言ってましたよね。「CGは新しいカメラです」とかってね。
 あとひとつ、新しい事といえば、塗りムラをやってるんです。色にムラを残して、線もちょっとぼかして。
小黒 どういった意図でやっているんですか。
田中 やっぱり、アニメって均一的で綺麗すぎる。現実には肌にも濃淡や凸凹があるわけでしょ。そういう効果を出したい、と。それはマイクの意向だったんじゃないのかな。
小黒 海外の方が監督した事でプラスになった点とか、違った点とかはありますか。
田中 んー? ……どうだろう。それはほとんどなかったと思う。マイク自身は(映画の舞台となる)宝町を、日本じゃなくてアジアとして見ていた。全く違う文化的素養の中からアジアを見た時、私達と違ったところに注目するという事は、多々あったと思いますよ。だけど、映画本編を見ても、アジアの中でずっと暮らしている私達には分からないレベルなんじゃないですか。
 それに、マイク自身がとても日本人的というのかな。一緒に仕事をしている私達が、彼を外国人として意識する事はあまりなかったと思います。でも、外国人同士で喋る時は英語だから、「マイクって英語も喋るんだなあ」と思ったり(笑)。そんな感じかな。


STUDIO4℃・田中栄子インタビュー(2)
「一石三鳥」のアイディア『Amazing Nuts!』
小黒 田中さんとしては、『鉄コン筋クリート』で初めてアフレコディレクターとしてクレジットされたのも事件ですよね。
田中 エンディングには一度クレジットで入れたのだけど、結果的には外してしまいました(編注:試写用プリントには入っていました)。だから、自分で事件として申告します。
 やっぱり、日本語で台詞を収録するわけですからね。マイケル・アリアスは日本語でも言葉の行間を読めるくらい鋭い人間だけれども、イントネーションとか細かいところでは、どうしてもネイティブ(日本語)のOK出しが必要になる。それはきちんとやらなくちゃ、という事もあり、最終的にマイクから「田中さんとやりたい」と言われて。『マインド・ゲーム』の時に結構苦労したから、今回は無理じゃないかと思ってたんだけど、「よっしゃ!」って覚悟を決めて。……本当、体力的にはボロボロになりましたね(苦笑)。
小黒 どれぐらいかかったんですか?
田中 大体、ひとり1日かけて収録しました。プロの声優さんの部分はまとめて録らせてもらったんだけど、今回は(映画や舞台の)役者さんが多かったでしょう。まず口パクに慣れてもらうところから始まって、じっくり作品に付き合ってもらっています。実は今回のキャラクターは他の作品と比べて、画の中でもの凄く演技をしてるんですよ。作画の段階で、感情を込めた芝居が計算されているのね。その画と、役者さんの台詞を合わせなきゃいけない。その両者の感情がピタッと合う瞬間、そこに来るまでに時間がかかるんです。でも、やっぱり役者さんは感情作りがもの凄く巧いので、一度その感情を作ると、ピタピタピタッとはまってくるのね。それは素晴らしかったです。

▲『鉄コン筋クリート』の1シーンより。シロ(左)役の蒼井優、クロ(右)役の二宮和也による素晴らしい演技には驚かされる。脇を固めるキャスト陣の妙演も楽しい

小黒 基本的にはひとりずつ収録していったんですか?
田中 ひとりずつですね。もっともシロとクロは、ひとりにつき3日とか4日とか、かかってます。
小黒 役者さん同士で同時に録ったところはない?
田中 ないです。
小黒 例えば、先に録ったシロの声を聴きながら、クロの声を録るとかは?
田中 あ、それはしてます。収録した分は画に合わせて、インカムで聴けるようにして。だけど、それを聴かずに自分の演技だけに集中する人もいるし、聴きながら合わせていく人もいるし。人によってやり方はまちまちでした。
小黒 次に機会があれば、また音響演出もやりますか?
田中 やらないです!
小黒 (笑)
田中 今回はホントにたまたまですから。いろんな条件的に、音響監督が立てられなかった事と、外国人である監督に代わって誰かが監修に立たなければならない、という事で。私とマイクはシナリオの一言一言、ホントによく話し合ってきたから、新たに誰かに役者さんとの橋渡しをしてもらうより、拙くても自分達で意味を伝えたいという思いも強くて。実際凄く面白かったですよ、田中泯さんとか特にね。
岡本 個人的に「鈴木(ネズミ)=田中泯」というキャスティングは本当に意外で、びっくりしました。
田中 田中泯さんの台詞を収録した時は、子分の木村役を演じる伊勢谷さんがまだ収録していなかったんですよ。だから私が一緒に中(ブース)に入って、伊勢谷さんの代わりを演じたんです。普段は私達は調整室の方にいて、防音ガラスを隔てて役者さんとキャッチボールするんですけど。その時だけは私も一緒に入って田中泯さんと「こういう風に」とか「そういう感じで」とか相談しながら、何回も何回も、自分達でリテイクを出しながらやっていきました。収録が夕方の4時から始まったんだけど、終わって気がついたら夜中の1時半。
岡本 ああー、凄いですね。
田中 食事もせずに9時間半! でも、一瞬でしたね。4時から夜中の1時までが、あっという間。自分の中でも、あれは初めての体験ね。ブースの中に入って、役者さんの相手役をするなんて事も初めてだけど。凄く密度の濃い時間でした。これはアフレコディレクターの仕事とは言わないでしょうね(笑)。
岡本 プレスシートのお手伝いをさせてもらった時、キャスト全員の声が入る前のラッシュを観る機会があったんですけど、伊勢谷さんの代わりに木村役をアテている田中栄子さんの声が残っていて。田中さんの演じた木村もよかったですよ。
田中 もう、自分も気持ちが入っちゃってね。最後のところは本当に涙流しながらやってましたよ。2人っきりでやってると、だんだん本気になってくるじゃないですか。そしたら、調整室でお喋りしながら聴いてたスタッフも、そのうちみんな真剣になってきて、最後はお互い「シー……ン」となってやっていたらしいですね。
岡本 気迫が伝わってきたという事ですね。
田中 そうそう! で、その後、伊勢谷さんがアフレコしているのを聴くわけじゃないですか。なんとなく私が喋っていたイントネーションと似てるのね(笑)。それが自分でもおかしくて。もちろん声も違うし、演技の仕方も断然うまいけど、気持ちは同じになるんだな、みたいな。親近感を持ちました。
 その私の音声の入ったテープは貴重だなあ、あとで是非ください!
岡本 今度持ってきます(笑)。

▲『Amazing Nuts!』より。左上から時計回りに、中山大輔監督「グローバルアストロライナー号」、山下卓監督「GLASS EYE」、青木康浩監督「たとえ君が世界中の敵になっても」、4°F監督「Joe and Marilyn」

小黒 で、『鉄コン』というビッグタイトルも作りつつ、相変わらず作家主導の短編作品もたくさん作られているわけですね。先に『Amazing Nuts!』の事をお訊きしたいんですけど、これはどういう経緯で作られたんですか?
田中 ちょっとイイ事を思いついちゃったんですよ。一石三鳥。
小黒 というと?
田中 うちって、ミュージッククリップが得意でしょ。その3分くらいの映像の中には、実はもの凄いドラマが隠されているんだけど、それはクリップの中だけで展開するものとして作ってきた。でもそれがもっと大きな、例えば映画とかTVシリーズを見据えたものであったならば、ミュージッククリップでありつつ、別の視点から見ればパイロットフィルムになる。それを10分にしたら、オリジナルのDVDが作れる。一石三鳥でしょ。
小黒 なるほど。
田中 しかも、STUDIO4℃って元々オリジナルを作りたい会社なのに、なかなかチャンスがない。どんどんオリジナルが作りにくくなる世の中で、新人にはなおさらチャンスがないわけです。そこで、若い監督達が音楽アーティストと組んで映像作品を作り、それが世に出て資金を回収できるルートを作れば、新人が次々とオリジナルを作っていく企画として成立するんじゃないか。それで、エイベックスに売り込んだんです。
小黒 じゃあ、これはSTUDIO4℃発の企画なんですね。
田中 ……でもねえ、なかなか難しかった! 一石三鳥って、そうは巧くいかない(苦笑)。
小黒 そうなんですか。
田中 結局、このコンセプトを維持して、やり続ける事に意味があるので、また来年も制作続行する事になりました。
小黒 ああ、第2弾は決まってるんですね。
田中 作ります。自分達でものを作っていくための発想力を、会社の中に根づかせていく。難しい事だけど、それをこの業界の中で実践していきたい。今回のプロジェクトを通して、若いスタッフが主体的に作品を作る立場になった時、彼らのものの見方が変わっていくのを強く感じました。『Amazing Nuts!』を作り続ける事で、凄いものが生まれてくるという予感と確信は得られましたね。
小黒 なるほど。まずその第1弾のメンバーなんですが……。
田中 中山(大輔)さん、山下(卓)さん、青木(康浩)さん、それから新しく「4°F(ファーレンハイツ)」というチーム監督ができまして。
小黒 それはどういう?
田中 STUDIO4℃の℃は「Centigrade」という、氷点から沸点までを100に分けた単位なのだけど、「Farenheit」つまり華氏というのは、人間が熱いと感じるか寒いと感じるかという、人間が肌で感じる温度設定なんです。だから、STUDIO4℃のスタッフ、体温のある人間達が作っているという意味で。単位だから「s」なんてつけちゃいけないんだけど、5人いるから複数形のsをつけて「Farenheits」。
小黒 なるほど。
田中 アンディ&ラリー・ウォシャウスキー兄弟作品とかあるじゃないですか。だから監督は複数でもいいんだ、と。また次も「4°F」で1本作りたいと思ってるんだけど、その5人はメンバーが入れ替わっていきます。
小黒 青木さんと中山さんは、これまでもSTUDIO4℃で短編作品をたくさん作ってこられてますが、山下さんという方は?
田中 山下さんはシナリオライターで、小説家です。でも書いてくるシナリオがとても映像的で、打ち合わせをしている時に「ちょっとコンテも描いてみますか?」と振ってみたら、こんなに描きたいものがあったんだ! とはっきり分かる具体的なビジョンがあった。つまり、元々頭の中に映像があって、それを文章家として言葉にして書いていたのだという事が分かったのね。それで「じゃあ、その描いた映像をそのまま、うちのスタッフと一緒に作ってみませんか?」と持ちかけてみたんです。面白いものだな、と思いますね。やっぱり描きたいものと意志があればそれは形になっていく。
小黒 なるほど。まだ本編を観ていないので楽しみにしています。これは今後も続いていくプロジェクトなんですね?
田中 そうです。
小黒 そういえば、「スウェットパンチ」はもう完結したんですか。
田中 「スウェットパンチ」は来年1月に、「ディープ・イマジネーション」というタイトルでDVDが発売されますよ。「スウェットパンチ」の4本に、今年の夏に劇場公開した伊東伸高さんの『ガラクタの町』が収録されています。
小黒 今思えば、あの一連の作品群のコンセプトはなんだったんですか?
田中 あれは、後でつけた「ディープ・イマジネーション」というタイトルが全てを物語っているように思えるのね。オープニング映像を観てもらうと分かるけど、“Wake”という名前のロボットが出てきて、「目覚めよ! 細胞の中の創造する魂達」みたいな事を英語で話すんです。自分達は何かをクリエイトするために生まれてきた。私達の魂は元々何かを創造するためにあるのだから、それを愉しもう、と。その映像を作ったのは『マインド・ゲーム』が終わった後だから、もう3年ぐらい前なのかな。そこで言っている言葉そのものが、『GENIUS PARTY』をも体現しているのね。


STUDIO4℃・田中栄子インタビュー(3)
私が小黒さんから教わった「ジーニアス」の心
小黒 では、期待の『GENIUS PARTY』についてお聞きしたいんですが。
田中 小黒さんにも何らかのかたちで参加してもらいたいと思ってるの。
小黒 え?
田中 私が小黒さんを素晴らしいなと思うのは、監督達の「ここが凄い!」って凄く誉めてくれるところなのね。誉めるという事は、とっても大事なんですよ。私なんか誉められると木に登っちゃうタイプで(笑)、「田中さん偉いね」なんて言われて頑張ったりしてるわけです。実際、実はけなす事って簡単だし、けなして自分が偉くなったような気になったとしても、それで自分はちっとも輝かない。だけど「あの人のここが素敵」「今度、あの人はこんな事をやるらしいよ」とかって、小黒さんはいつも燃えてるじゃない。その輝きこそがジーニアスだと思うのね!
小黒 あ、ありがとうございます(汗)。
田中 ホントに! クリエイトしていく事を愛でていくという事は、人間が存在する意味であり、その事に気づく事で自分にも価値があると知っていく。そのままいじめの問題とか語っちゃいそうだけど(笑)、つまり自分をないがしろにせず、凄い存在なんだという事に気づいていく事。それをみんなで分かち合いましょう! というのが『GENIUS PARTY』なの。それを愛でられる事自体が、ジーニアスなのね。
小黒 なるほど。
田中 今回参加する監督達みたいに、それぞれにトラックレコードのある人達でも、やっぱり商業主義の中で力を抑えているような状況がある。自分を信じてそれを体現してきた人でも、自分の中にあるものを素直に出す事ってなかなか難しい。でも、彼らが本当に何の規制もなく「こんなものを生み出したいんだ」というものが描けた時、それは凄く観たいはず。そして、それを作るフィールドがある事自体がとても大切なんじゃないか、と思って。
小黒 僕の目から見ると、STUDIO4℃は昔から『GENIUS PARTY』を作り続けていたと思うんですが。「デジタルジュース」もそうでしたし。
田中 よくよく考えてみたら、本当にそうなのね。
 問題は、それをどういう道筋で、きちんと世の中に出していくか。『Amazing Nuts!』では音楽アーティストとのコラボレーション、『鉄コン筋クリート』は公開規模120館のエンターテインメントとして作る事、『GENIUS PARTY』では、『GENIUS PARTY』というカテゴライズを設ける。作品ごとにそういう道筋をつけていく事がプロデューサーとしての役目だから。でも、どの作品でも変わらないのは、やっぱりクリエイターに対する“信頼”に根ざして作っている事ですね。そういう事を小黒さんは発見させてくれるの。その目線があって、私は「なるほど!」って気づくのね。
小黒 俺が気づかせてるんだ(笑)。
田中 「STUDIO4℃の価値ってそうなのか」と自覚したのは、小黒さんから初めてインタビューを受けた時だもの。
小黒 それまでは、自分達が何か変わったものを作っているという意識はなかったんですか?
田中 何もなーい(笑)。
小黒 当たり前のように作ってたんですね。
田中 そう。その時に「意味がある」「価値がある」と小黒さんに初めて言ってもらって、当時と比べたら随分私も成長したでしょう?
小黒 自意識を目覚めさせたんでしょうか(笑)。
田中 というよりは、働かされてる感じが凄くする。そういう事に目覚めた自分が、もっと自分のやってる事に責任を持たなきゃアカンよ、と言われて頑張らされてる感じかな。
小黒 なるほど。それで、話は前後するんですが、『GENIUS PARTY』に「GENIUS」と冠したのはいつ頃なんですか?
田中 『THE ANIMATRIX』を作る前ですね。『GENIUS PARTY』の企画を立てた時、そこに『THE ANIMATRIX』の話が来たので、やろうとしていた監督達に声をかけ始めたの。
小黒 だから面子が被ってるんですね。
田中 そう。実は『GENIUS PARTY』の方が企画が先なんですよ。ここまで遠かったですねえ……(しみじみ)。
小黒 共通コンセプトはあるんですか? 例えば昔の作品だけど『ロボットカーニバル』がロボットをモチーフにしたみたいな。
田中 うーん、話がちょっと飛躍しちゃうけど、突き詰めていくと「人間=メディア」みたいな事なんですよね。人間が表現したものが、形になって届いていく。その届き方はTVや雑誌、WEBだったり、映画やDVDだったり、フォーマットや状況を変えて伝わっていくでしょう。そういうものが「自分」から出ていく事が必要なんじゃないか、と強く思っていて。まだ見えてないんだけど、それって始まりかけてるのかもしれない。
小黒 というと?
田中 自分達はマスコミュニケーションというものができた時から、TVとか新聞というツールから与えられる情報で生きてきた。でも、これからはそうじゃなくて、自分達で発信する情報を、独自のメディアをもってコントロールする。例えばWEBって個人が発信する側になれるでしょう。今ちょうど、よりプリミティブな原点にメディアが立ち戻りかけてる気がしていて。そこに『GENIUS PARTY』がうまくはまれば、今までと違う事ができるんじゃないか、なんて思ってるんです。
小黒 作り手1人1人の個の作品であるという事が『GENIUS PARTY』の共通性なんですね。
田中 そういう事。なおかつ、それがメディアとしての発信力を持つ。それをどうお金に換えていくのか、というのは模索中なんだけどね。
小黒 相変わらず夢みたいな事をやってるわけですね(笑)。という事は、ほとんど自主制作なんですか。
田中 そう。コツコツコツコツと、自力で作り続けているわけですよ。『鉄コン筋クリート』だったら、やっぱり原作に対する凄いリスペクトがあって、社会的信用度も凄く高い。でも、こっちはいくら凄い監督達がいると言っても、やっぱりでき上がらないと分からないから。ある程度の形が見えない事には、お金を出資していただくのは難しい。
小黒 イメージボードぐらいしかない段階で出資するスポンサーなんて、よっぽどですよ。
田中 だけど、この作品にはそれだけのトラックレコードを持っている人達が携わっているから、渡辺信一郎がそんな変なものを作るわけはない、絶対、いいものができるという信頼はある。さらに、このプロジェクト全体に意義を感じてもらえれば、投資する事は可能だと思う。
小黒 具体的な話、出資は決まってるんですか?
田中 これから!
小黒 でも公開の目途は立ってるんですよね。
田中 来年の夏公開を目指してます。
小黒 現在、短編十数タイトルの製作が進行中で、そのうちの何本かが来年夏に公開される見込みなんですね?
田中 そうです。
小黒 個々の作品は監督が勝手気ままにというか、まったく制約なしに作ってるんですよね。みんな、いわゆるストーリーアニメなんですか?
田中 中には観念的な作品もあるし、ちゃんとストーリーがあるものもあります。……これは言っていいかどうか分からないけど、渡辺信一郎の作品は、純愛ものなのよね。
小黒 ほう。
田中 これがもう、凄い胸キュンなの。
小黒 全然信じられない(笑)。騙されてるんじゃないですか?
田中 ホントに純愛! 渡辺信一郎の胸キュンですよ。
小黒 カッコ笑い、とかつかないんですね。
田中 ない! ひとつもない。自分の高校時代の体験をもとにしているらしいですよ。私もついこの間それを聞いて。
小黒 それまでにも当然、絵コンテやプロットは見てるわけですよね。
田中 もちろん。でもその時は「へえー、渡辺信一郎の中からこんな純愛作品も出てくるんだ」と多少は驚いていた。渡辺さんも明かしてなかったんだけど、音楽打ち合わせの時に「実は僕の高校時代の……」と言っていたと聞いて、ハッ!と。
小黒 いい話だなあ。
田中 「あの胸キュンは、渡辺信一郎本人の!」と思ったら、私がキュンとしちゃった(笑)。
小黒 ベーシックな事を訊きますけど、1作品につき何分ぐらいなんですか?
田中 人によっていろいろです。大体10分から20分ぐらいかな。
小黒 田中達之さんの「陶人キット」は何分ぐらいになるんでしょう? 確か「デジタルジュース」で作り始めた当初は、3分ぐらいの作品という事でしたよね。
田中 もっと伸びてますよ。自分から「長くしたい」という事で、絵コンテを切り直してます。
小黒 ちゃんと起承転結のあるストーリーものなんですか。
田中 そうです。今度はきちっとした作品として……ねえ、観たいよね!
小黒 これはまさしく10年越しの作品になるわけですね。
田中 そうですね。まあ、途中でナイキのCMとか、「FLUXIMATION」とか、いろいろやってますから。
小黒 画集も出したり、マンガも描いたり。
田中 アニメーションとしては、「自分の名刺代わりになるような作品にしたい」と言ってます。もう名刺代わりも何もない実力者ですけどね。そういう意味でいうと、STUDIO4℃でやってきた人達が、今や凄くビッグになってますよね。
小黒 森本晃司さんなんて「世界のモリモト」ですからね。
田中 ホントね。最初にSTUDIO4℃がスタートした時なんて、ただの一アニメーターだもの。私もただの一制作だったけど(笑)。片渕さんも最初に会った時は一監督補佐だったし、湯浅さんも一アニメーターだった。だからマイケル・アリアスも凄い監督の1人になって、次の作品に期待したいと思います。

STUDIO4℃・田中栄子インタビュー(4)
創造への愛、『GENIUS PARTY』の意義

小黒 あと、うちの読者はいちばん知りたいところだと思うんですけど、大平晋也さんの作品は何分あるんですか?
田中 何分だろう。まだでき上がってないですからね。
小黒 プロモーション映像を見た感じだと、2分ぐらいで終わりそうな感じでしたが……。
田中 あ、そんな事はないですよ。10分以上はあります。これはホントにここで言っちゃいけないかもしれないけど、大平さんに初めて子供ができたのね。それで、子供ってこんなに素晴らしい想像力や可能性を持ってるんだ! というのを描きたくて作った作品なの。
小黒 じゃあ、今回はこれまでの作風とは違って、どちらかというとおっかない絵柄ではないんですね。そうでもない?
田中 そこにはやっぱり、彼独自の創造性とかいろんなものが入ってくるわけだから。あくまで発想の出発点。でもね、自分に子供が生まれて、あんまり可愛くて、初めて「描きたくなった」作品であるというのは、凄いと思いません? そういうところでの、作品を受け止める人と監督との付き合いって、必要だと思うのね。そこで仲間になっていくというか。絵画でも何でも、その人の人となりを知る事によって、より奥深い鑑賞の仕方ができてくるのと同じように、アニメーションもそういう参加の仕方ができるんじゃないかと。
小黒 具体的には?
田中 絵画って、やっぱり作者の人となりも見たいじゃない。それを知る事によって、例えばその画家が耳を削ぎ落としてまで求めたものの凄さみたいなものが、さらにグッと伝わってくるでしょう。そういうドラマが『GENIUS PARTY』にもある。作品自体を切り離されたメッセージとして受け取るんじゃなくて、作り手の思いが受け手の中にもシンクロして、作品が50%、そして作り手と受け手の気持ちが50%、合わせて200%みたいなね。計算合わないけど(笑)。受け手の受け入れる力こそが、作品を凄くしていくと思ってるから。
小黒 大平さんという人のバックボーンを知る事によって、50%がさらに掛け算で増えていったりするわけですね。
田中 そういうところは今まで伝えてこなかったし、表現してこなかった。でも、小黒さんが今まで注目してきたのは、そういうところなんだよね。イベントとかで「こういう作品をもっと身近に楽しもうよ」って、前から仕掛けてきてるじゃない。その行為自体がそうだもんね。私、そこから学んでるの。
小黒 田中さん、巧いなー(笑)。
田中 そんな事ないよ、ホントにそうなんだもの。私が今まであなたに評価されてきて、今度は私があなたを評価してみたら、やっぱりそういう事なんだから。気がつけば今回の企画も「ああ、同じところにいるんじゃない」って。
小黒 それを「GENIUS」と名づけるところが田中さんらしいですよ。
田中 ネーミング、いいでしょ。
小黒 単純に、ふたつの意味が考えられますよね。参加しているクリエイター達が天才だという意味か、あるいは彼らの天才の部分を見せていくという意味か。どっちなんですかね?
田中 両方。もっと言うと、「GENIUS」というのは、個々の人間1人1人が地上の星である、というような意味も含んでる。何か特定のものを表しているというよりは、いろんな理解の仕方をしていける総称としてつけました。
小黒 なるほど。
田中 最初はみんなから反発もあったのね。俺達はそんな「GENIUS」っていうほど偉かないよ、みたいな。でも森本さんなんかは、「GENIUS」と呼ばれた以上は、責任もって凄いものを作らなきゃいけない、という風に受け止めたし。その言葉の受け止め方も人によって違うというのが、また面白いでしょ。
小黒 マンガ家の福山庸治さん、画家のヒロ・ヤマガタさんと、映像作家じゃない方も参加してますよね。かなり驚いたんですが、これはどういうキャスティングなんでしょうか?
田中 ご本人と話をしていて、やる事になったんです。
小黒 福山さんはマンガ家で、ストーリーテラーでもあるから分かる気もしますけど、ヒロ・ヤマガタさんは風景画で知られている方じゃないですか。どんな作品を作られるんですか?
田中 今はニューヨークにいらっしゃるので、今度来日した時に、最終的な事を決める打ち合わせをします。どういう形で作るのかは、本人と話してみないと分からないですね。でも2月くらいにはSTUDIO4℃に入りますよ。
小黒 凄くドキドキしますね。ひょっとしたら、アニメ界に新しい表現が生まれるかもしれない。
田中 一緒に作るスタッフも、違う目線をどんどん受け止めていくと思うし、絶対に面白い化学変化が起きますよ。いろんな人とやってみたい、という気持ちは凄くある。どこまで変化していくのか。
小黒 やっぱり『GENIUS PARTY』は今後も延々と続けていきたい企画なんですか。
田中 もちろん!  まあ、お金が続く限りね(笑)。だから、きちんと回収していける道筋をつけなきゃいけない。
小黒 『GENIUS PARTY』に関して、どこかでスポンサーに入ってもらう事は、もちろん考えているわけですよね。
田中 そうですね。だけど、市場の原理というのは理想論とは違うので、これから立ち向かわなくてはいけないんですね。好きな人に直接協力してもらう事が理想よね。「大人なんだから1人1万円出してよ」と(笑)。3万人なら3億でしょう?
小黒 それだけあれば『GENIUS PARTY』は作れますか。
田中 10何本も作るのは無理だけど、作り続けていくというところでは大きい。さらに仲間が1万人増えたら、また1億増えていくわけでしょう。その人達に、DVDの売り上げとかを還元していく。
小黒 いわゆるファンドですか。言うまでもないけど、ハードル高いですよ。
田中 高いよね。大体、1000円だって人に出さないもんね(笑)。
小黒 こういった作品を熱烈に観たい人って、若い人が多いと思うんですよ。たとえば、美大生とかデザイン学校の生徒さんとか。そういう人はあまりお金を持っていないから(笑)。
田中 うん、そういう学生さん達から1万円を出してもらおうとは全然思ってないの。やっぱり私達ぐらいの年齢のところで興味を持ってもらわないと、やっぱり市場が成熟していかないんじゃないかな、と思う。
小黒 じゃあ、当面の希望は「アニメファンの成熟」ですか。
田中 アニメファンというか、クリエイティブ・ファンかな。それが大事ですね。それができるようになれば、自分達は自由に発信していけるんだけど、なかなか難しい。「デジタルジュース」をやり続けていたら、一緒に楽しもう! みたいなところまで行けたかもしれない。
小黒 年に1度「デジタルジュース」がある、ぐらいのペースが理想ですよね。
田中 そうね。制作サイドもそれに慣れていけば、もっとサプライズのあるものを共有できる関係になれたかもしれないけど。
小黒 今思えば、STUDIO4℃のオリジナルショートアニメをパッケージとして世に出した最初の作品ですよね。
田中 よく出しましたよ、無謀にも。もっと真剣にSTUDIO4℃ブランドみたいなものを考えて、そこで何かが生まれてくる状況ができるといいんでしょうね。最近やっと世間を見渡せるようになって、「みんなやってるんだなー」と驚いたりしてます(苦笑)。
小黒 でも、継続こそ力なりですよ。STUDIO4℃って何年目でしたっけ?
田中 会社自体の始動から数えると、16年ぐらいかな。大きな流れで言うと、『MEMORIES』を作ってから、『STEAM BOY』のパイロットをやって、『SPRIGGAN』があって、『STEAM BOY』を作り始めて、その後『アリーテ姫』、それから『マインド・ゲーム』……あっという間よね。1本作るのに3年かかるから、知らない間に老けちゃう(笑)。
小黒 そういえば、森本晃司監督の長編はどうなっているんでしょう?
田中 今は『GENIUS PARTY』の作品の方に集中しております。それが終わったら。
小黒 これは森本さんの完全オリジナル作品、しかも長編なんですね。完成は2009年とか?
田中 いやー、あんまり先は考えずに(笑)。本当、アニメーションって時間かかるね!
小黒 当面、控えている大きなプロジェクトはそれ1本ですか。
田中 そうですね。今後のSTUDIO4℃はどうしたらいいんでしょう?(笑)
小黒 ファンとしては、もっと定期的に新作が観られるといいな(笑)。それがいちばんの願いじゃないですか。
田中 そうね。『鉄コン筋クリート』作って「ああ疲れた」なんて言ってちゃいけないのよね。次の作品がちゃんと仕掛けてあって、という事よね。
小黒 あと、映像以外の活動も久々にやってほしいですよ。イベントとか。
田中 『GENIUS PARTY』でやりたいよね! 「映像よ街に出よう」っていうのをポリシーにして。1ドリンク飲みながら、クラブ上映とかできたらいいな。
小黒 ああ、それは向いてる気がします。



●関連サイト
STUDIO4℃ 公式サイト
http://www.studio4c.co.jp/

『GENIUS PARTY』公式サイト
http://www.genius-party.jp/


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いまさら「鉄コン筋クリート」






いまさら「鉄コン筋クリート」スタッフインタビュー(4) 安藤裕章(演出)

『鉄コン筋クリート』スタッフインタビュー(4)
安藤裕章(演出)


『鉄コン筋クリート』スタッフインタビュー第4弾に登場していただくのは、演出の安藤裕章。『MEMORIES』『STEAM BOY』などでCGI監督として活躍してきたが、『鉄コン』では演出として初めて劇場長編に参加。膨大な素材を見事にとりまとめ、魅力的な映像に構築していった今回の仕事について、お話をうかがった。

プロフィール
安藤裕章 Hiroaki Ando
STUDIO4℃の主要作品を多く手がけるCGディレクター、演出家。劇場作品『MEMORIES』のCGスタッフとして業界入りし、同作でCGI監督デビュー。続いてケン・イシイのPV『EXTRA』のCGI監督も担当。短編『音響生命体ノイズマン』や、GLAYのPV『サバイバル』などでスペシャルカットを手がけ、近年では大作『STEAM BOY』のCGI監督を務めた。また、2001年には短編『チキン保険に加入ください』を皮切りに演出家としても活動開始。TV『魔法少女隊ア・ル・ス』の各話演出で経験を積んだ後、『鉄コン筋クリート』に参加。全1537カットに及ぶ各カットごとのレイアウトの設計、アクションタイミング、ダイアローグシート確認、撮影演出を司り、各セクションの重要な橋渡し役として活躍。イメージシーンの絵コンテも手がけた。有限会社ビーン・ジャムの代表取締役。
 

●2006年12月8日
取材場所/STUDIO4℃
取材/小黒祐一郎
構成/岡本敦史



―― 『鉄コン筋クリート』に参加されたのは、いつ頃の事になるんですか?
安藤 2004年の秋頃ですね。それより前から『鉄コン』のプロジェクトは動いていたのですが、完成に向けて巻きを入れるにあたって、演出という役職を入れなきゃいけない段階だったんだと思います。作品規模によっては監督と作監がいるだけでも成り立つんだけど、今回ほどの内容になると助監督的な役割の人間がいないと、どうしても効率よく回っていかない。そんなところで、スタッフ増強の1人として声がかかって、参加したというかたちです。
 最初に呼ばれた時は、CGIディレクターのサポートをするようなかたちで(現場に)入る事をイメージしていたんです。だけど、実際は坂本(拓馬)君が凄く頑張ってくれて、CGIディレクターの仕事を完遂してくれたので、その分普通のレイアウトや原画のチェック、各素材のチェックなどのカット処理の部分に注力できました。
―― 2004年の秋以前の段階では参加していなかったんですね。
安藤 ええ。ずっと(企画が)動いていたのは知ってたし、作品自体も凄く好きだったんですけど、まさか自分に声がかかるとは思ってなかった。だから凄くラッキーだな、と思いました。そして声をかけられた時に見せてもらったイメージボードに、とてもショックを受けたんです。宝町のビルの上にクロが座っているイメージボードだったのですが、まず画としてとても魅力的だった。西見(祥示郎)さんの画が、いわゆるセル調ではなくイラスト的と言っていいのか、凄く魅力的に描かれていて。木村(真二)さんの背景も、かなり遊びを入れた「おもちゃ箱をひっくり返したような」世界観で町を作られていて、こりゃ凄いわ! と大変なインパクトを受けたんです。
 商業アニメの絵は、どうしても量産的な都合に合わせて整えなければいけないところがあるとは思うのですが、本当は作品のスタイルに合わせて色んな画があっていいですよね。それこそ絵本調のものがあったり。日本のアニメってマンガ文化がベースになっている事が多いと思うのですが、マンガだと作品ごとに絵柄が違うなんて至極当たり前の世界なのに、アニメではどうしても少し制約が出てしまう。しかし、そういう事を度外視して好きな絵柄で作っちゃおうよ、というのがそのボードからは感じられたんです。それが自分の望んでいる方向とピッタリ一緒だったので、「いいんスか、自分で? 喜んで入りますよ」という感じでした(笑)。
―― 参加した時、作業はどのくらい進んでたんですか?
安藤 まだコンテが全然完成していない頃ですね。コンテの叩き台や先行して描かれた部分はあったんですが、ちょっと制作の動きとしては停滞していたのかな? とにかく、コンテとしてはまだひとつも完成パートを出してない状況でした。
 その時点で、自分と作監の久保(まさひこ)さんが入って、あとは少し時期を置いて作監の浦谷(千恵)さんが入ってきました。それから、マイクさん(マイケル・アリアス監督)の指揮の下、西見さん、久保さん、浦谷さん、自分の4人で絵コンテ作業を本格的に始めました。
―― 参加当初は、絵コンテの作業が中心?
安藤 そうですね。
―― どんなかたちで進められたんでしょうか。
安藤 4人分業で、並行して絵コンテを描いていくかたちを採りました。町の中で平行してストーリーが進むような構成になっていたので、シーンごとに担当者を分けて、そのエピソードを、それぞれのテイストで描いていきました。「頭から順番に」と言うよりは、エピソードごとに区切って完成させていって、ある程度集まったところで、マイクさんと自分で編集をしてパートを完成させる、という感じだったんですよ。
―― 分担の仕方は「アクションシーンはこの人」とか、そういう感じですか。
安藤 そうです。例えば、アクションシーンなら久保さん、シロのシーンは浦谷さん、とか。それぞれの方の得意分野を活かすかたちで、担当していただいています。

▲『鉄コン筋クリート』絵コンテの一部。安藤さんは主に海のイメージシーンを担当した

―― 大勢で描いているわりには、不思議とトーンが統一されてますよね。書く前に何か提示されたものがあった?
安藤 監督の方から、結構具体的なイメージの提示がありました。監督自身が描いた絵コンテも、その前の段階にベースとしてあるんです。
―― さっき言っていた「叩き台」みたいなものですか。監督はあまり画がお上手でない、と聞いているんですけど、ラフな画で通して描かれたものがあったんですね。
安藤 ええ、ありました。実際にそれを見せながら「こうしてくれ」と言われて作業したわけではないのですが、監督の中でイメージがビジュアルとして結構はっきりしていたので、それであまりブレなかったんじゃないかな、と思います。
―― コンテを作っていく上で、その前に木村真二さんが描かれていたという美術ボードの存在は、相当大きかったですか?
安藤 大きいです。コンテ作業の時点で、設定はかなり起こされていて、短冊で描かれていたイメージボードも、すでにでき上がっていました。あと、西見さんが先行して描かれていた絵コンテやイメージスケッチで、統一感が出るように引っ張ってくれたというのもあると思います。
―― コンテ以降のご自身のお仕事としては、どうでしたか。
安藤 コンテの後、作打ち以降は一気にルーチン的な現場作業になっちゃいますね。と、言ってしまっては説明が途切れてしまうのですが、自分がスタッフィングされた役割を考えるに、従来の工程の部分とデジタルの部分をそつなく結びつける事を意識しつつ、カットの取り回しをしました。それぐらいしか取り柄がないので。
―― この作品ならではの新しい演出的な試みなどはあったんですか?
安藤 ……この作品だけじゃなくて、デジタル化された後のアニメーション全般に言える事だと思うのですが、ちょっと変わったところを映像として狙っていこうとすると、今までの慣例的な段取りでは賄えなくなって、作り方を新たに考え直さなきゃいけない。素材の用意の仕方とか、作画の仕方とかも、一から。
―― 普通のアニメーションみたいな段取りで、単に描いて背景を載せていけばいい、というわけではない?
安藤 はい。場当たりで進めて各部署から上がってきたものを集めたところで、「やっぱり狙ったとおりにできませんでした」では済まされないものですから。作打ちの段階から具体的に狙う画を目指して、素材を押し込んでおかなきゃいけない。では、変わった事をやっていくために、事前にどういう事をしておかなきゃいけないのか。
―― 仕込みですね。
安藤 そうです。レイアウト段階で手法を決めてカットを設計し、それぞれ作業を分担する方に説明しておかなければいけないのですが、自分はその部分のテクニカルな段取りの牽引役を担いました。
―― なるほど。
安藤 自分はアニメーションがデジタル化されていくその過渡期に、CGディレクターとして関与できたので、その辺りの牽引役なら多少は得意としていて。その部分ではちょっとは力添えをできたのではないか、という感じです。
―― 今回の映画の設計理念なんですが、基本は手描きの2D素材をベースに使いながら、要所要所に3Dを入れていく、というスタイルなんでしょうか。全然違う作りのところもありますよね。
安藤 基本的に、伝統的な手描きのレイアウトベースの設計をしています。画面ではカメラを3D空間内で動かしたり、2Dでも手ブレを加えて疑似3次元的に動かしたりと、かなり自在にやっているのですが。それでも、多くは2次元的なレイアウトに落とし込んでいます。フル3Dで動くようなカットに関しても、描きの素材と連携する部分は、素材作成のために部分的に2次元的なレイアウトを作成しています。
―― 手で描いたり、プリントアウトしたり。
安藤 そうですね。ラフで3Dからのワイヤーフレームをプリントアウトして貰った上に、ディテールをその上から手描きで描き込んで、素材発注の原図を作ったりとか。全部とは言えないですけど、必ず2次元的なレイアウトは関与させているところがある。それは、ずっと自分がやってきた方法論でもあるんです。その方が、映像の文法的に手描きの画との馴染みが出る映像ができるだろう、という。
―― 今回、アニメーションとして目指した質感を言葉にすると、どんな感じなんですか。例えば手作り感とか、スタイリッシュとか。
安藤 うーん……やっぱり「絵としての魅力が最大限出るような画面作り」ですね。一方で、カメラワークとしては実写寄りのところを狙ってつけているつもりです。
―― それは、例えば手持ちカメラ映像だったり。
安藤 はい。実写的なカメラワークに関しては、監督の希望が強かったですね。
―― 画の印象で言うと、凄く緻密で質感のある背景と、わりとフラットなキャラクターが同居していますよね。それは参加した段階で、そのかたちになってたんですか?
安藤 そこは参加した段階でかたちになっていたものです。そのバランス自体、自分がインパクトを受けたところなんですけどね。「こりゃイイや!」と思って。
―― キャラクターと背景の馴染み方にもそんなに違和感がないですよね。稀にあるじゃないですか。「なんで背景はこんなにリアルなのに、キャラはこんなにぺったんこなの?」みたいな(笑)。そうはなってない。
安藤 背景も決してリアルというか緻密一辺倒ではなくて、たくさん遊びが入っている。キャラクターも、描画としては凄くシンプルなんだけど、色遣いに美術と同じような遊びを入れてある。あと、西見さんの絵が一見シンプルでありながら、描画するフォルムや、簡潔にまとめられたディテールの中に、凄くリアルな部分があるんですね。ちょっとしたアゴの下の線とか、整理された線の中に、生身の肉体からくるリアルさをポンと感じる部分があるんです。そこら辺のマッチングの仕方は、西見さんの画の巧さが活きたのかな、と思います。
―― 原画のチェックは、どういう感じで進められたんですか?
安藤 ええと、普通に(笑)。
―― 普通は、演出と作監と監督が見ますよね。
安藤 みんなで見てますよ。レイアウトにしても原画にしても、監督、演出、作監の順でチェックしていきます。まずレイアウトの時点で、監督からそのカットの目的や押さえたいポイント等の指示を言葉として書き入れられます。それを自分のところで分業用に、画で指示を起こしたりリライトしたりして担当の方達に流す、という感じでした。
―― マイク監督は、タイムシートは読めるんですかね。
安藤 うーん、どのぐらい見てたのか分からない(笑)。
―― 安藤さんはどうなんですか?
安藤 自分は、原画チェックの段階では、タイムシートはタイミングの部分と撮影に絡むテクニカルな部分とふたつを見る事になります。タイミングに関して「ここは監督の意見も確認しておきたい」というところは、クイックチェッカーに入力して一緒に見てもらいました。制作の後半では、自身や作監のタイミングチェックの効率を上げるために、制作に手伝ってもらってクイックチェッカーへの入力を多用してしまいましたが……。またここでのチェックの後に、動画、仕上と撮影の前まで工程が進んでしまうので、この段階で素材、カットプランの不備がないかの確認と、撮影指示を入れる事になります。従来の撮出作業を実物なしでしているようなものです。きちんと見てると結構時間がかかる……。制作中、未チェックのカット袋の山が一向に減らなかった事の言い訳ですが。
―― 大平晋也さんが原画を描かれたという、水彩画っぽい絵が動くところがあるじゃないですか。その辺りのちょっと特殊な映像のシーンについて、お話をうかがえますか。
安藤 シロのイメージの世界を描いた部分ですよね。このシーンに関しては、実はかなり大平さんにお任せです(笑)。相当、自由なイメージで膨らませていただける事が期待できる方だったので、もう「お任せします!」という感じでしたね。原画は画面で見たとおりの着彩されたかたちで描かれています。
―― 他のシーンでは何かありますか?
安藤 いちばん大きなところは、やっぱりイタチのイメージシーン。このシーンだけは、CGのイメージ優先のカット作りになりました。他のところは普通のアニメーションの作り方で、レイアウト方式で作っているんですが、このシーンのみ美術はテクスチャー的な素材提供で、CGによって背景を作り込んでいます。自分はこのシーンの作業にはあまり関与する事はなくて、マイクさんが直接作り込んでいったような感じですね。だからあのシーンは、マイクさんのイメージ大爆発! というところです。
―― 映画の中でもいちばん完成が遅れた部分らしいですね。
安藤 そうです。そこをしくじったらもう話が成立しなくなってしまうところですから。最後の最後まで引っ張って「どうしようか」と。最後には、作画の部分は作監の久保さんにお任せするかたちで、どうにか完成まで漕ぎ着けた。本当に間に合ってよかった……というところですね。
―― 今回の作品で使っているCGの技術に関してなんですが、新しいものに挑戦すると言うよりは、今までやってきた事の集大成のように見えますね。
安藤 うん、そんなに奇をてらった技術を使ったという意識は、自分にも、マイクさんにも多分ないと思うんです。元々2人とも、セルアニメーションの映像の文法の中にCGを活用したいと思って仕事をしてきたので。一緒に仕事をしていて、CGをどう使うかという考え方で、違和感を感じる事はなかった。不思議と目指すものが一緒なんです。まあ狙っているところが一緒だから、同じプロジェクトに加わっている、というのはあるかもしれない。やっぱり動機としてあったのは「アニメーションを作りたい」という気持ちが第一ですから。おのずと集大成的なものになるのかな、と。
―― 今回、全体の仕事量の中で特に突出しているのはどの辺りでしょうか。
安藤 どこかを突出させる事は自然としないですね。全部がバランスよく突出しているかな……。毎度の事なんですが、CGにしても「やめて~!」って言うほどたくさん使ってはいるんですけど(笑)、あまり画の中でそれがクドく主張する事はないように、コントロールしています。
―― 相当長い移動ショットでも、「凄いCGでしょう!」みたいな感じにはなっていませんよね。あくまでも普通に見せていて。
安藤 作ってる方としては、できるだけ自然に見せたいという意識があります。実写的なカメラワークにしても「アニメに普通にこういう感じが入ってもいいんじゃないかな?」という風に考えています。バックグラウンドになっている映像文化がアニメだけじゃなくて、映画も合わせて全部あるから、自然とカメラもああなったかと思います。原作自体が凄く映画的だという事もあるかな。
―― 振り返ってみて、活躍が目覚ましかったスタッフはいらっしゃいますか? もちろんメインは監督と木村さん、西見さん……。
安藤 作監の浦谷さん、久保さん。あとCGの坂本君と、色彩設計の(伊東)美由樹さんですか。みんな精魂を注ぎ込んでくれたと思います。動検の梶谷(睦子)さんもフラフラになりながら、動画のクオリティを管理してくれてたり。1本の劇場作品を作っていく中では、みんな一様に苦労しているところはありますよね。だから目覚ましくやってくれた人、って順番に挙げていくとキリがないんです。本当はそこについても語りたいんですが……。
 メインスタッフだけじゃなく、作画で参加してくれた人達にも精魂を注ぎ込んでくれた人が多かったです。その中には原作ファンの方も多く、「ぜひともクロをやらせてほしいんです!」とか(笑)、そんなリクエストと共に参加してくれる人もいたりして、その辺は原作に凄く助けられたと思います。
―― ご自身のお仕事としては、どうだったと思いますか?
安藤 絵コンテが上がってからは、制作工程の段取りを追っかけていく基本の作業だけで、自分はてんてこ舞いでしたね。参加してから終わるまで、一様にハードワークが続いたような……。みんなが頑張っている分だけ、自分も普通の段取りだけでは済まさず、1カット1カットに過度に力を入れてしまった、という思いはあります(笑)。
―― 作画インから完成までは、約1年半ぐらい?
安藤 作画インが2005年の頭ぐらいで、2006年の9月いっぱいかけて完成なので、2年弱ですかね。やっぱり最初の方はのんびりしちゃったので、2006年はちょっとつらかったです。「もう少し時間があれば、もっと手を加える事ができたのに」とも思いつつ、本当にもう少し時間があったら、みんな倒れていた気もします(笑)。
―― でも、到底2年弱で作った映画とは思えないですよ。
安藤 もっと短期間で凄い作品を作る会社もあるし、自分が前回参加していた『STEAM BOY』は異常に長かったりとか(笑)。なんとも言えないですけどね。でもまあ、『鉄コン』は期間としてはちょうどよい長さだったかな、と思います。
―― チームワークのよさが見える作品でしたね。カリスマ主導のパワフルさではなくて、全編にパワーバランスが行き渡っていて、きっちり作られている。STUDIO4℃作品としては、そこが新鮮でした。
安藤 かなりハイペースで仕事をしていたから、みんなで頻繁に飲みに行くとかいった感じではなかったんですけど、作品を作っていくという目的の上では、凄く仲がいいチームでしたね。そこには監督の性格も多分に反映されているのかな、と思います。
―― どんな性格なんですか?
安藤 すっごく人がいいですね。
―― ああー(笑)。
安藤 で、スタッフの「こういうのをやりたい!」っていう意見を上手く取り入れてくれる。参加した人もみんなクソ真面目で、どんどんアイディアをカットに盛り込んでくる。だからカットチェックで順番にカットが回っていく中で、「ここまで描きやがって! それじゃこっちもやってやるぞ」って、作業の過程でせめぎ合っていくところが多々あった。西見さんや木村さんなんて凄く負けず嫌いだから……例えば、美術で言えば入ってくる原図をそのままで済ます事はありえない、必ず凄いものにして返してくる、みたいなせめぎ合いです。それと、作っていくイメージについてのディスカッションは、しょっちゅうで、そんな話し合いの上でカットの内容が変わる事もありでした。劇場作品を作るのって、そんな感じですよね。
―― 長編の演出は、今回が初めてなんですよね。
安藤 はい。
―― 今後はどちらの方向に? 確か最初に監督された『チキン保険に加入ください』の時には、「こういうものをもっと作りたい」みたいな事をおっしゃっていましたよね。
安藤 自分の中では方向的には『鉄コン』と一緒なんですよ。絵的なところにこだわってアニメーションを動かしたい。手法としては3Dの方からやってもいいし、手描きのアニメーションでも全然いい。今回は普通に2Dアニメの劇場演出を1本やってく中で、さんざん鉛筆を使って手を動かさせてもらったんだけど、やっぱり手で描くのは凄く楽しいなあ、と思いました(笑)。3Dであっても2Dであっても、自分としてはどちらでも問わないですね。
―― では、次のご予定などは。
安藤 次、どう動くかというのは……『鉄コン』に根を詰めすぎてしまって、まだ次の充電を始められていない、というのが正直なところです(笑)。
―― なるほど。ありがとうございました。


●関連サイト
『鉄コン筋クリート』公式サイト
http://tekkon.net/

STUDIO4℃ 公式サイト
http://www.studio4c.co.jp/


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いまさら「鉄コン筋クリート」






いまさら「鉄コン筋クリート」スタッフインタビュー(3) 木村真二(美術監督)

『鉄コン筋クリート』スタッフインタビュー(3)
木村真二(美術監督)


『鉄コン筋クリート』スタッフインタビュー第3弾は、美術監督の木村真二。『鉄コン』におけるもうひとつの主役といえる「宝町」のイメージを作り上げ、作品全体の世界観を築いた功労者の1人だ。とてつもないボリュームで観る者を圧倒する美術は、一体どのように作られていったのか?

プロフィール
木村真二 Shinji Kimura
1981年、小林プロダクションに入社。美術スタッフとして『コブラ』『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』『ヴイナス戦記』などの作品に参加し、1986年に『PROJECT “A”KO』で美術監督デビュー。なかむらたかし監督の『バニパルウィット』や、大友克洋監督の大作『STEAM BOY』で美術監督を務め、好評を博した。また、絵本「ヒピラくん」(文:大友克洋 絵:木村真二)を出版するなど、アニメーション以外でも活躍。『鉄コン筋クリート』では絵コンテに先行して全ストーリーの膨大なイメージボードを描き起こし、作品に登場する全ての町並みや建造物、路地等をデザイン。独特の色彩感覚に溢れた宝町のビジュアルを作り上げた。
 

●2006年12月8日
取材場所/STUDIO4℃
取材/小黒祐一郎
構成/岡本敦史



―― 元々、どういう経緯で『鉄コン筋クリート』に参加される事になったんでしょうか。
木村 当時『STEAM BOY』をやってまして、制作も最後の頃になって背景チームも解散したので、STUDIO4℃から借りっぱなしだった機材を返そうと思って電話したんです。
―― 制作スタジオが移った時に、機材も持っていったんですか?
木村 ええ。美術はいちばん先に移ったので、コンプレッサーとかも持っていっちゃったんですよ。それで「もう終わりましたんで返します」って電話をしたら、ちょうどいいみたいな話をされて。
―― で、田中栄子プロデューサーに誘われて参加する事に?
木村 そうです。田中さんに呼ばれたら、その時にマイク(マイケル・アリアス監督)もいて、「こういう話がある」と。松本大洋さんの原作は読んだ事がなかったので、それを見て少し考えました。原作自体は面白いと思いましたね。自分でも『STEAM』の後に何をやっていいのかよく分かってなかったので、「じゃあ、これじゃないかな」というのはありました。
―― 田中プロデューサーや監督からもお話をうかがっていて、木村さんが最初に描いた美術ボードが本編に匹敵するぐらい凄かった、みたいな事を聞いたんですが。
木村 そんな事ないんですけど(苦笑)。
―― ボードはどんな感じで描かれてたんですか。
木村 最初に入った時に、色味がとりあえず見たいというので、設定より先にボードを何枚か描いたんです。まだ特に共通認識がなかったので、「こういう感じの世界観」というのを先行して出したような感じでしたかね。
―― 相当な数を描かれたんですか?
木村 いや、そうでもないです。いくつかボードを描いた段階で、今度は田中(栄子)さんからストーリーボードというか、本編の流れが見えるボードがほしいという注文がありまして。そっちの方が数は多いんじゃないでしょうか。
―― なるほど。それは本編の背景とはまた違うんですよね。
木村 全然違いますね。
―― どのぐらい描いたんですか。
木村 ラフは100枚ぐらいじゃないかな。
―― 1枚1枚の大きさは、どのぐらいなんですか。
木村 そんなに大きくないんですよ。短冊みたいなサイズです。現物を見てもらった方が早いと思うんですけど。

▲シーンごとに描かれた初期のボード。キャラクターも描き込まれている。

木村 最初は、背景の色の流れを見るつもりだったんだと思うんですけど、キャラを入れないと、どうしても全部が同じような背景になってしまうんですよね。それで少し、人間が入ってます。
―― 画面比率としては、超シネスコですね。
木村 そうなんです(笑)。いい加減に紙を切ってるんで、全然合ってないんですよ。その頃、STUDIO4℃にも手描きの人があんまりいなかったんで、画用紙さえなくて。しょうがないから『STEAM BOY』で使った残りで切ってた(苦笑)。
―― 実際の仕上がりに比べると、色味が渋い感じがしますね。
木村 そうですか。使ってるのもあるから、ほとんど同じじゃないでしょうかね。
―― 撮影とかの問題でしょうか?
木村 うーん、どうだろう。コンピュータに取り込んでから、彩度とかを少しいじってはいますけど。確かにボードの頃は、かなり自分の好みで描いてるんですよね。『STEAM』のすぐ後だから、相当引きずってる頃じゃないでしょうか。
―― なるほど。大洋さんの原作をアニメの背景に置き換える際、どんなふうにしようと思われたんですか?
木村 「鉄コン」は、今の大洋さんの絵より線が太いじゃないですか。その太さは面白いなあとは思ってましたね。あとは曲がり具合とか。そのデフォルメ加減はかなり面白いとは思ったんだけど、やっぱり半分はヤクザとかの出てくる現実の話なので、あんまり曲げすぎるとどうかな、というのもありました。それに、構造上曲がっているものに、リアルな金属をつけていっても、どうも上手くいかない。半分はちょっとリアルな方に持っていかないと町は成立しないんだろうな、と。その分、定規を使わないと決めていました。なるべくフリーハンドで。それでそういう味が出るんじゃないか、と。
―― で、本編の背景を描くまでに、どんな段取りがあったんでしょう。さっき言われたように、まず最初は数点のボードを描いて、各シーンのボードを描いて、となるわけですね。
木村 そうですね。その頃は、西見(祥示郎)さんとマイクと自分の3人しかいなかった。それで、最初にマイクが描いたコンテをもとに打ち合わせをしてたんです。最初のコンテは、どうしても暗い要素がいっぱいあるものだったんですよ。シロとクロの関係とか、遊びがかなり抜かれてて、ちょっとこのまま作るのは無理だろうと。そこで田中さんと相談して、シナリオ段階から少し直すという話になって。
―― それはどなたの意見だったんですか。
木村 西見さんと自分でも、そういう話になってました。後半にあるイタチのイメージシーンが、かなり長かったんです。10分以上も尺をとってたので、これはキツイだろうと。あと、最初はアサ・ヨル兄弟とかも出てこなかったので、それだとちょっと不自然だろうと思った。子供がシロとクロしかいない町になってしまうから(笑)。
―― それで、シナリオ自体を見直す事になった。
木村 そうですね。その後で、西見さんや久保君、浦谷さん達がコンテを描くという段取りになっていったんです。シナリオから戻るという話になると、その間、自分の時間が空いてしまうので、そこからはもう線画の設定を描いていく作業に入っていきました。だから、シナリオから設定に入って、逆にコンテへ戻していくみたいな感じですかね。
―― 設定の作業を始めたのは、各シーンのカラーボードを作った後なんですか、前なんですか。
木村 後なんですよ。トータルのシーンボードを描いて、大体の色味を作った後にそういう問題が起きてしまったので。
―― 作業期間はどのくらいなんですか?
木村 5ヶ月くらいかな、ずっとやってましたね。
―― ディテールがさらに決まっていったのも、線画の段階?
木村 そうですね。ただ、それが必要だったかどうかはちょっと分からなかったですけど。
―― ディテールが、ですか?
木村 ええ。
―― 「映画にとって」という事ですか?
木村 あ、違います。線画設定を飛ばして、すぐ本編の背景に入りたかったんですよ(笑)。
―― ああ、なるほど。
木村 自分が課せられてるスケジュールからいうと、ここでこれをやってる場合じゃない! と。これがまた、誰に言っても通じないんですよね(苦笑)。STUDIO4℃って、ちょっと暢気な会社なんで。
―― 実際の本編背景に入ったのはいつ頃になるんですか。
木村 自分が入ったのが2004年の3月なので、3月から12月までを準備に使ったんです。
―― じゃあ2005年の年明けぐらいから?
木村 そうですね。冬休みが終わったら入りますよ、という事で。こっちの計算だとそれでギリギリだった。それでも1年半ぐらいですかね。
―― その間に、あのディテールの塊みたいな背景を次々と描いていった、と。
木村 今回、情報量だけは多くしようというのがあったので。
―― それはどなたの意図なんですか?
木村 もう最初から自分の中で決めてました。もう、うるさいぐらいのをやってみたかった(笑)。なるべく1本1本、やりたい事のテーマがある方がいい。『STEAM』はやっぱり質感を追ったような画だったので、今回は色の情報量だけがうるさいような感じにしたくて。
 あと、町って実際は凄くゴチャゴチャしてるじゃないですか。だけど背景に置き換えると、わりと綺麗にまとまってしまう。今回はせっかくグジャグジャな事ができるんで、じゃあやってみよう、と。ただ、1シーン1シーン「こういう場所」というのは作りやすいですよね。でも「町全体」というのは掴みどころがなかったので、その設定はいっぱい描かなきゃいけないとは思ってました。こういうアングルで出したい、というのもありましたね。
―― 監督からの細かい注文はなかったんですか?
木村 3人だけでやっていた頃に、「こういう場所をやりたいよね」とかいう話はずっとしてました。それを本編に反映させていたので、色的な注文はもうなかったです。
―― 場面として、ご自身で出されたアイデアとかはあります?
木村 そうですねえ……地球儀が廻っている看板とか、そういうのは資料とか買ってきて作ってましたね。元はそういう予定はなかったんだけども。(大変な事を)自分でやりたいと言った時、今度はそれを回す事が大変になるので、結構嫌がられるんですけど、やっぱりそういう事を全部避けてもしょうがないですからね。

▼本編で使われた背景美術。凄まじい情報量と、開放感が同居した不思議な世界

―― 今回の宝町のイメージは、ご自身の中ではどんなふうに捉えてたんですか。
木村 ともかく、何かが稼働してないと町に見えない、とは思ってました。今は多分、交通条例とか色々あるんだと思うんですよ。看板があんまり動いてると運転が散漫になるからダメ、みたいな。でも自分が子供の頃は、結構あったような気がするんですよね。家の近くにも、子供の印象だからまた分かんないけど、10メートルくらいあるビクターの犬の立て看板があったような。そういう面白さが今はあんまりないな、と思ってた。そういうのを入れたい、と。
―― ちょっとレトロな感じは、監督の意図も入ってる?
木村 もちろん原作からも採ってるので、元からそういう感じはあります。あと、『STEAM』と『鉄コン』の間に、『鉄人28号[第3作]』のオープニングをやってるんですよ。その時に結構、いろいろ資料を買っていて、やりたいなとは思ってたんです。
―― 原図整理は全部おやりになったんですか。
木村 いや、今回は演出の安藤(裕章)君がいたので。やたら真面目にいろいろ描いてくれるんですよ(笑)。凄いなあと思った。看板とかの細かい遊びはないですけど、大体の作りは綺麗にとってくれる。それで随分、助かりましたね。彼は元からCGの人だけれども、やっぱり自分でも画を描きたいと思っている人だから。
―― じゃあ、まずアニメーターさんが普通にレイアウトを描いて、そこに安藤さんが手を入れたものが来る?
木村 そういう段取りが多かったかな。当然、原画さんがちゃんとした人達なので、変なレイアウトは全然来なかった。
―― 背景原図として緻密な鉛筆画を描いて、それを背景のスタッフに渡したりはしてない?
木村 それはしないですね。それだと背景を描く人も面白くないので。自分で頼ってる人達だから、信用してます。
―― 今回、背景は何人くらいのチームだったんですか。
木村 現場の中では5人ぐらいですね。外に撒いたのが10人くらい。それも10枚とかだったり、極端にいえば1桁とか、かなり少ない単位です。
―― ああ、それだったら全員で賄えそうですよね。
木村 そうなんですよ。自分達ではこの人数で終わらせたい、とは最初から言ってたけど、誰も聞いてくれなくて。こっちが条件を出したスタートができていれば、その人数で終わったと思うんです。
―― 他の背景スタッフとのやりとりはどんな感じだったんですか。
木村 ほとんど昼飯とかも一緒に行くんですよ。ぶらぶらしながら、いいものがあると「こういうの入れたいね」とか、そんな話をしてた感じかなあ。これじゃなきゃいけない! とか、あんまりそういう話はないです。
―― 設定の段階では、全てのディテールまでは作りきれないですよね。看板とか、いろんな所に書いてある字だとか、室内に貼ってある絵だとか、遊びが多くて。それはもう、描く方々にある程度は任せていた?
木村 そうですね。ただ、背景作業に入ったのが2年前って言ったんだけども、夏までは自分1人だったんですよ。その間に多分、150くらいはできてたんです。
―― 木村さんお1人で描かれたものが?
木村 ええ。それを大体、そのままイメージボードというか、見本代わりにしてる。こんな感じにしてください、と。だから、最初から一緒に出発しちゃうと、やっぱり分からないんですよ。どれくらい背景の準備をするか、ですよね。ボードの準備って本来あんまり意味がないと思ってるんです。やっぱりいいとこ取りなんですよね、ボードって。
―― 見栄えのいいところになるから。
木村 そうです。それはあんまり、見本にはならないと思ってるんです。
―― ボードをたくさん用意するより、実際の背景を先にいっぱい描いておいた方がいい。
木村 その方がよっぽど親切という気がするんですよ。言葉で言わなくても、見て分かる事だから。それは『STEAM』の時もそうだったかな。Aパートが終わってから、みんなに入ってもらった。
―― じゃあ、全体の何割かは木村さんご自身で描かれている?
木村 そうですね。それはどんな作品の時でもそうです。やっぱり美術っていうのは、人が集まった時からは背景の1人になる。やっぱり自分がどこまで描けるか、枚数を描けるかで、最後まで決まると思ってるので。
―― 何割ぐらいお描きになったんですか。
木村 数でいえばかなり描いてるはずですけど。そういえば数えた事がないですね(笑)。
―― 全体の3分の1くらい描いてる?
木村 うーん、多分それくらいは描いてると思うんですよね。
―― おお。
木村 『STEAM』の前に、なかむらたかしさんの『バニパルウィット』をやってたんですよ。その時は1人でやってたので。
―― 全カットを?
木村 そうです。
―― それは凄い。
木村 大体、1人の仕事が多かったんです。『STEAM』が初めてだったんですよね、そういう大人数……でもないか(笑)。その、仲間とやるのは。
―― 今回の背景なんですけれども、3Dの素材を貼りつけるのは別として、基本的には手描きでフィニッシュしてるんですか。
木村 そうでもないです。かなりパーツで描いてますね。3Dとは言わないけど、2Dの組み合わせで作ってます。ヤクザの事務所、取調室、あと子供の城もそうかな。
―― 別々に描いた後、撮影で合成?
木村 撮影じゃなくて、背景の段階で合成。壁だったら壁、床だったら床、というのを別々に描いて、2D上で全部合成して1カットにしています。
―― あ、なるほど。つまり1度描いた背景は、ずっとセットみたいにして使うとか。
木村 そうです、そうです。コンテを読んで、30とか50とか、シーン単位でも分かりますから。
―― 建物がダーッと並び立っているようなシーンが多いと思うんですけど。あれもそうなんですか?
木村 いや、建物はさすがに兼用がバレてしまうんで(笑)。ただ、いろんなところでストックができだしてからは、それをしてます。兼用がバレないように、というのは大前提で。
―― 掛け合わせたり。
木村 そうですね。でも、地図上、同じものが見えるという面白さも欲しいとは思ってたので、それはたまに入れてますけど。
―― 背景をチェックに回すなり撮影に回すなりする時は、データでやりとりしているんですか?
木村 いや、背景の本編チェックを1回します。そこで、描いた素材をみんなで画面の中でチェックする。でも今回は安藤君がいたので、そこで少し軽減しちゃってますね。席も近かったので、「ここはもう描かないよ」とか「ここは地面だけ描くから後は合成にするね」とか、そんな話をして。全部こっちに1回フィードバックされる。
―― なるほど。
木村 ただ、チェックに関しては効率よくするのが大前提なので、画面を見てる時間が背景を描いている時間より長くちゃダメだよ、って話はしてましたけど(笑)。
―― 美術班で、描いた背景をパソコン上で加工したりする事は?
木村 それは結構してます。
―― 例えば、看板を張り直したりとか。
木村 それもありますね。あとは、子供の城の建築が近くなる場面で、子供の城のポスターを目立つ箇所に貼ったりとか。あと、シロがいる取調室も、時間経過によって物を増やしていったり。
―― そういうところは演出の指示ではない?
木村 いや、それはもう元から設定で決めてましたから。
―― なるほど。今回の背景のコンセプトは、やっぱり「密度を上げる」事?
木村 そうですね。……それだけですね。
―― それだけ(笑)。
木村 もう、うるさいくらいにやってみようと。ただ、やっぱり(カメラがキャラクターに)寄った時には整理されるんで、そんなにうるさいとは感じないと思うんです。町の画だけを見るとうるさいかもしれないけども。逆に、寄りでも寂しくなっちゃうような事はしたくないんです。普通のアニメを見てても、「なんでこんな何もないところの前で芝居してるんだろう?」とか思っちゃうんですよね。
―― こんなにセットが簡単でいいのか、とか。
木村 なんで壁が白いんだ、とか(笑)。でも、結構やりすぎてダメ出しもありましたけどね。藤村とクロが話をしてる場面で、芝居している2人の間に動く看板を入れてたんですけど、「それはうるさすぎる」って外されたり(笑)。
―― 技法的に変わった事をしている部分はあるんですか。
木村 特にないんじゃないかな。普通に描いてますよ。
―― 何を描くにも、同じ普通の紙で、普通の絵の具で。
木村 そうですね。予算というか、1枚単価は常に同じなんで、変わった事をするにしても、安い道具だったらOKというのはありますけどね。画用紙に紙やすりをかけて、ざらざらにして描いたり。バニラが耳を切られる場面だったかな。マイクが写真を持ってきて「こんな感じにしたい」と。それ以外は、特にないんじゃないかな。
―― 仕上がりの密度は別にして、手法としては普通のやり方で。
木村 だって、変わった事をしてもあんまり意味がないと思ってますから。それよりは、少人数で能率よく、という方をとってます。
―― 他の背景の方から、こんな細かいの描きたくない! とかいうクレームはなかったんですか。
木村 ないですね。
―― みんなやる気まんまんで参加してくれたんですか。
木村 面白いよ、と言ってみんな誘ってるので。
―― 監督や他のスタッフとの連携は上手くいったんでしょうか。
木村 上手くいったんじゃないでしょうか。全然、嫌な事がなかったし。
―― 何か外部からのどんでん返しみたいな事はなかったですか。
木村 それはないですね。淡々と。ともかく背景に関しては、会社は口を出さないでほしいとは言ってあるので。
―― (笑)。先にこの場面を上げてくれよ、とか言われても?
木村 いや、美術は先行して一番先に上げるというのは、最初から宣言してるから。何かを早く上げてくれというのは特になかったです。
―― 振り返ってみて、ここは気持ちよく描けたなという場面はありますか?
木村 ……なんか追われてたんでねえ。心残り、というのはありますけどね。
―― それはなんです?
木村 子供の城。
―― えっ、そうなんですか?
木村 もっと変にしたかった。
―― それはデザイン的に?
木村 うん。いろんな文化のものを取り込んで、それがデザイン的に失敗してるような感じにしたかったんです。地方にある、もう行きたくないようなところ、あるじゃないですか。秘宝館みたいな変な感じ。あんなふうにしたかったんですよね。
―― もっとまとまりのない方がよかった?
木村 オブジェをもっと形のあるものにしたかったんです。工場のプラントをそのまんま遊園地にしたようなつもりでデザインしたんですけど、それが夜しか出てこないっていう話になって。夜だとあんまりそういう造形が活きないんですよね(苦笑)。ゲートの辺りにはアステカの紋様があったりとか、仁王像・阿吽像とか、そういう遊びを入れてたんだけども。園内の奥の方になると……もうちょい、デザインを酷い感じにしたかった。
―― 酷い感じですか(笑)。
木村 メリーゴーラウンドだけは、麒麟に変えちゃったんですけどね。最初は馬だったので、それはやりたくないなと思って。
―― なぜ馬だといけないんですか?
木村 誰でも思いつくから(笑)。馬はキツイなと。
―― それで、完成品をご覧になられていかがでしたか。
木村 あ、楽しかったですよ。でも最初はちょっと違和感があったかな。それまでチェック段階で何度も見てるけど、声が入った状態は(初号で)初めて見せられたので、少し違和感が。でも、それは1回目ですね。2回目は落ち着いて見れました。画的には凄く満足してます。ただまあ、もうちょいフレームを大きくして作ればよかったな、というのはありますけどね(笑)。
―― 実際に描く紙の大きさ?
木村 ええ。最初の段階で、こんなんでいいよとか言って決めちゃったんで。(短冊ぐらいの大きさを手で作って)こんなもんですね。
―― え、じゃあ普通のTVサイズの……。
木村 上下を切ったような感じですね。粗く見えたほうが面白いよ、とか言って決めちゃったんです。やっぱり今、スキャンなんですよね、全部。その都合で決めてますね。
―― そうか、あんまり大きく描いてもスキャナーでいっぺんに取り込めないんですね。
木村 そうそう。スキャナーって大体、どこもA3なんですよ。A3を縦にスキャンできるっていうのを条件にしてる。そうすると、やっぱり横フレームがA3でちゃんと収まる大きさが絶対ですよね。だから今回もそうですけど、分割して、いろんなパーツを寄せ集める事が、撮影とかスキャンにも有効なんです。スキャナーに収まらないくらい無駄に大きなものを描くというだけで、やっぱりスキャンする人には負担になってしまうので。分けて(パソコンの)中で合成しちゃった方が早かったりする。その方が能率はいいんじゃないでしょうかね。
―― 長回しの移動カットみたいなところで、大判の背景を描く事は?
木村 あんまりないですよ。もう、切って切って。
―― なるほど。とんでもなく長いのを描いてるのかと思いました(笑)。描いても無駄なんですね、要するに。
木村 それと、コンピュータってやっぱり万能じゃないんですよ。全体的に、全く同じ明度でとれないんですよね。四隅はなんとなく暗くなっちゃう。そうすると、足していった時に境目を上手く繋いでもらわないと変になったりとか。結構大変なんですよね。縦横比がちょっと曲がってると、繋がらなかったりとか。
―― 背景のサイズが意外と小さい、というのが最大の驚きでした(笑)。
木村 やっぱり、これぐらいの大きさで密度を上げる方がいいんじゃないかな、と思ってますけどね。

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いまさら「鉄コン筋クリート」スタッフインタビュー(2) 西見祥示郎(キャラクターデザイン・総作画監督)

『鉄コン筋クリート』スタッフインタビュー(2)
西見祥示郎(キャラクターデザイン・総作画監督)


『鉄コン筋クリート』スタッフインタビュー第2弾は、キャラクターデザイン・総作画監督を務めた西見祥示郎が登場。これまでも個性的なイラストレーターとして業界内で注目されてきたが、今回、満を持しての大ブレイク。『鉄コン』抜擢に至るまでの、気になる経歴についても聞かせてもらった。

プロフィール
西見祥示郎 Shojiro Nishimi
1965年1月28日生まれ。福岡県出身。1986年よりテレコム・アニメーションフィルムに在籍し、原画マンとして海外合作作品を中心に活躍。近年まで国内での仕事はほとんどなかったが、アマチュア時代に描いた個性的なイラストが一部のクリエイターたちの間で話題を呼んだ。2003年にテレコムを退社後、STUDIO4℃制作の劇場作品『マインド・ゲーム』に原画で参加。そのまま同社にて、中島哲也監督の映画「下妻物語」のアニメパート監督や、ゲーム「ガチャメカスタジアム サルバト~レ」ムービー監督などを務めた。『鉄コン筋クリート』ではキャラクターデザイン・総作画監督・ストーリーボード・原画を手がけ、非常に魅力的なビジュアルを創り出している。
 

●2006年12月8日
取材場所/STUDIO4℃
取材/小黒祐一郎
構成/岡本敦史



―― 湯浅政明さんと同郷なんですよね。
西見 高校が一緒だったんです。その時から友達で、放課後になると一緒に遊んだりしてました。
―― それは絵描き仲間みたいな感じだったんですか?
西見 そうですね。昔から巧かったですよ、彼は。
―― でも、西見さんは西見さんで相当……。
西見 いえいえ! 全然ですよ。湯浅君は当時からみんなの注目を集めてましたから。
―― で、アニメ業界入りして最初に入社されたのが、テレコム・アニメーションフィルムなんですね。
西見 そうです。
―― テレコムにはいつまでいらっしゃったんですか?
西見 3年ぐらい前までいました。僕は21歳の時に入ったので、17年間いたんですけどね。
―― テレコム時代の代表的なお仕事というと、何になるんでしょう?
西見 最初の動画時代は、やっぱり『リトル・ニモ』になるんでしょうかね。『AKIRA』も、ほんの数枚しか動画を描いてないんですけど、クレジットしてくれていて。凄く嬉しかった記憶があるんです。まだ入ったばかりだったので、名前が出るなんて珍しい事だったから。
―― なるほど。すぐに原画デビューされたんですか?
西見 いえ、僕は5年ぐらいずっと動画をやってたんです。遅かったんですよ。出張で韓国に3ヶ月くらい行っていて、帰ってきたら『(わたしとわたし)ふたりのロッテ』という作品の原画をやってくれと言われまして。ええ~、と思って。
―― それが初原画になるんですか?
西見 そうです。それまで2回か3回、原画試験を受けたんですけど、全部落ちてたんですよ。「もういい! 原画やんなくても」と思ってたので(笑)、やりたくないと思ってると、そういうチャンスって巡ってくるんだなあ、と思いましたね。韓国にいた時も、二原みたいなかたちで少し描かせてもらってましたけど。
―― その後、合作でも原画を?
西見 そうですね。原画とか作監です。その後は『タイニー・トゥーン』とか『CYBERSIX』をやっていたのかな。
―― なるほど。じゃあ、テレコムには若手のメインみたいな感じでいたわけですね。
西見 いや、上にいっぱい巧い人がいますからね(苦笑)。僕なんてそんなに、目も当ててもらえなかったです。
―― それで、3年前にテレコムを辞められて。
西見 もう40歳前だし、このままじゃ給料も上がらないから、これが最後のチャンスだと思ったんです。辞めた時は、ちょっと途方に暮れちゃいましたけどね。それでしばらくして、東京に出てきている高校時代の友達と、何人かで飲んだんです。湯浅君はその時『マインド・ゲーム』を作ってたんですよ。そこで初めて辞めた事を言ったら、「ホントに? じゃあ手伝って」と言われて。それまでは湯浅君に手伝いを頼まれても、逃げてたんですよ。彼のレベルを知ってたから。けど、その時はテレコムを辞めて3ヶ月ぐらい経っていて、不安を抱えていたところにポンと仕事を振ってくれたから、「いいよ」って言えたんでしょうね。
―― 辞めてから最初の仕事が『マインド・ゲーム』なんですね。
西見 イラストの仕事なんかも、森本(晃司)さんのツテで、少しやらせてもらったりしてたんですけど。
―― 「edge -a collection of paintings-」に載っていた作品ですか。その時はまだ、知る人ぞ知るみたいな感じでしたよね。
西見 (照れながら)いや、そんな感じじゃないですけどね、僕の中では。
―― その前に「季刊 S」に採り上げられて、森本さんと対談されたりしていたじゃないですか。
西見 あれは本当に森本さんのおかげです。僕の名前を覚えていてくれたから。嬉しかったですけどね。「雑誌デビューなのかな、わあー」とか思って(笑)。
―― ああいう独特の絵柄というのは、学生の頃から変わってないんですか?
西見 そうですね、昔から。まあ微妙に変化はあるんでしょうけどね。自分で見たら分からない。
―― でもテレコムにいた時は、基本的には等身の低い、可愛らしいキャラクターを描いていたんですよね?
西見 僕ね、『トムとジェリー』が大好きだったんですよ。だから合作にはなんの抵抗もなくて、むしろやりたかったんです。でも、実は三等身のキャラが苦手で、頭がやけに大きくなっちゃったり、どうしても全体的にバランスが悪くなったりして、結構苦しむ事になっちゃった。
―― 『CYBERSIX』とか『バットマン(・フューチャー)』とか、ちょっと変わった絵のものもありますが。
西見 『バットマン』は『バットマン』で、凄くスタイリッシュなデザインしてるじゃないですか。キャラを見た時に「これはかっこいいなー」と感動したんですよ。それでいざ形を崩そうと思ったら、崩せなくて。ちょっと苦労しましたね。やってて楽しかったという記憶があんまりない(苦笑)。
―― テレコムを出られてからの方が、わりと楽になった?
西見 『マインド・ゲーム』は、なんか楽しかったですよね。打ち合わせした時は、ちょっとビビッちゃいましたけど。
―― 大変なところを振られてしまった、と。
西見 でも、やってみたら「あれ、楽しいなあ」と思って(笑)。
―― 『マインド・ゲーム』の後は、そのままSTUDIO4℃で短い作品を幾つかやってから、『鉄コン筋クリート』のキャラクターデザインと総作画監督になる、という事なんですか。
西見 そうですね。
―― どういうかたちで声をかけられたんですか?
西見 その前にやってた「下妻物語」と「ピポサルオリンピア(編注:「ガチャメカスタジアム サルバト~レ」の改題前のタイトル)」がふたつ重なってて、ちょっと忙しかったんですよ。そしたら制作の子が『鉄コン』のコミックをボーンと3冊、「次はコレなんですけど」って渡してきたんです。
―― その時は、キャラデザインをやってくれという話がいきなり来たんですか?
西見 そうですね。監督のマイク(マイケル・アリアス)が、僕の描いた「ピポサル」のボードみたいなのを見て、この人がいいって言ってくれたみたいなんですよ。でも僕、コンテもSTUDIO4℃に入って初めて書いたくらいで、そんなに経験があるわけじゃないし。そもそもメインスタッフの経験なんかないんですよ。だから恐ろしくて、できませんと言って最初は断ってたんです。それで、仕事が終わってしばらくしたら、田中(栄子)さんに呼ばれて、マイクと一緒に飲みに連れて行かれて。もういいか、と思っちゃったんですよ(笑)。それで引き受けて。

▼独特の西見テイスト溢れる『鉄コン』初期キャラクター原案。上がクロで、下がシロ

―― キャラクターデザインを起こされる時、原作の絵をどういう風に移し換えようと思われたんですか?
西見 最初は僕も、自分の絵が大洋さんの絵に似てると思ってたんだけど、ずーっと見ていくうちに……時間が経たないと分からんものですね、ああいうのは。「全然似てない!」って(笑)。
―― でも似てないというのは、キャラクターの形やパーツは踏襲しているけど、平面的なところや線の感じの違いではないんですか。
西見 うーん、まあ、結果的にシンプルにしちゃいましたけど。『マインド・ゲーム』の後だったので、もうやりにくくて! 最初はあのスタイルをちょっと引きずってたんです。やっぱり魅力的じゃないですか。「やりにくいなー、アイツいいもん作るからなー」と思いながら(苦笑)。そうやって描いてると、凄く堅くなっちゃうんですよ。「末吉(裕一郎)さん、どう描いてたかな」とか。
―― そこで末吉さんの事を気にする必要ないのに(笑)。
西見 そうそう。最初はそんな事を思いながら描いてたような気がしますね。しかも、キャラ表を人に見られると思うと緊張しちゃって、絵がガチガチになっちゃって。そのうち、だんだん力が抜けてきて慣れていったので、「そっかそっか、こういう画を描いてたんだ」と思ったら、ふっと楽になった瞬間があった。どこからかというのは覚えてないけど。
―― 本当の自分の画はこうだ、という事ですか?
西見 いや、「自分がいちばん描きやすいかたち」という事ですね。
―― 元々、湯浅さんと画の好みは似てるんですか?
西見 そうですね。結構、僕は影響を受けてるのかなあ。
―― 今回の作品がやや『マインド・ゲーム』テイストを感じさせるのは、作品に参加していた事もあるし、ご自身の好みが似ているという事もある?
西見 いや、だから最初は巧くできなかったんです。引きずっちゃって大変だったんだけど、後半になってノッてきて、やっと「あっ! 僕、こういう画を描いてたんだ」と分かって(笑)。自分に戻るまで、ちょっと時間がかかっちゃいましたね。
―― 途中からは意識せずに描けたんですね。
西見 ……ホント、プレッシャーの大きい仕事だったなと思います。僕の中では。
―― 今回はコンテにも参加なさってますが、その作業はいかがでしたか?
西見 ほとんど原作ありきだと思うんですけどね。構図とか。あの原作がなければ、到底できなかった。原作を読んだ時に「映画っぽいなあ」と感じたんで、このままいけるんじゃないか、と素人ながらに思ったんです。さすがにあの単行本3巻の内容全てを2時間に収めるのは不可能だから、それを削る作業で監督は随分苦労してました。大変だったと思います。
―― ご自身でも、単にコンテを描くだけでなく、内容に関して「ここはこうした方がいい」と意見できるチャンスがあったそうですね。
西見 ええ。まあ、コンテは僕が1人でやったわけじゃないですけど。久保(まさひこ)さん、浦谷(千恵)さん、安藤(裕章)さん、僕。それから終盤のイメージシーンを、マイクと久保さんがやってます。マイクは「自分はアニメーションに関しては素人だから」って、僕らの事を信用してくれてました。「こうしていい?」って訊くと「いいよ」と答えてくれたり、ホントに気に入らない時は「ここはこのままでいきたい」とか。結構、みんなの意見を聞いてくれて、やりやすい環境だったと思います。ガミガミ言われる事もなく、こっちの自由にさせてくれた。監督本人はしんどかったと思いますけどね。そうやってできたものの責任を取らなくちゃならんわけですから(笑)。
―― 作画監督の作業では、どこら辺に力を入れられたんでしょうか。
西見 ……表情、なのかなあ。微妙なニュアンスを出したい、みたいなね。まあ僕なりに、ですよ。それが表現できてるかどうかは分からないけど。ちょっとした芝居の微妙な仕草に、そういうニュアンスが画面から出ればいいな、と思ったんですけどね。

▼『鉄コン筋クリート』本編より、クロ(上)とシロ(下)。表情のニュアンスに注目。

―― 大洋さんの原作マンガを見ていると、もっとシンプルに力強く動く骨太な画もイメージできますが、実際の画面ではかなり緻密な動きになってますね。
西見 作画する時は「動かすところは全部動かしてくれ」って言ってました。髪の毛とか、服とか、揺れるところは。結構、描く人は大変だったんじゃないですかね。もうちょっと簡単に描けると思ってたかもしれない。
―― 参加されている原画マンの方達で、西見さんが声をかけた方はいらっしゃるんですか。
西見 僕、外に出て日が浅いもんで、ホントにテレコムの人しか知らないんですよ。「この人に原画をやってもらおうと思うんですけど」って言われても、知らない方ばっかりで。まあ、橋本(晋治)君は同期なんですけど。彼とは監督も友達なので、監督から頼んでましたね。僕の方からは、元テレコムの八崎(健二)さんと、今もテレコムでやっている滝口(禎一)さんという方に声をかけさせてもらいました。引き受けてくれて随分助かりましたね。全然、僕なんかより先輩なので、巧くて当然なんです。
―― 今回、作画監督として3人のお名前が出てますけど、どういう役割分担だったんですか。
西見 最初は僕、原図をいろいろ整理してたんだけど、もう手が追いつかなくなって、浦谷さんと久保さんにレイアウトチェックをやってもらってたんです。途中でまた、終わらないところの原画をやってもらったりとか。後半はもう、上がってない部分のレイアウトを、浦谷さんと久保さんに入れてもらってました。
―― 西見さんご自身は原画修正に専念して、みたいな。
西見 そうですね。あと、ちょっとシートをいじったりとか。……浦谷さんと久保さんがいなかったら、終わらなかったですね。びっくりするほど巧かった。僕がいちばん下手なんじゃないかと思う瞬間があるくらい。
―― いやいや!
西見 作監の作業というのは、人の原画をたくさん見るんで、凹みますもんね。ホントにやりたくなかったですよ(苦笑)。
―― 自分で「このシーンはよくできたな」とか思うところはありますか?
西見 うーん、自分の画って、そんなに好きじゃないんですよ。それが画面に出てると、恥ずかしくなっちゃって。冷静に評価できないです。
 自分以外だと、終盤の(イタチの)イメージシーンがあるじゃないですか。久保さんが全部描いたシーンで、あれをよく1人でできたなあ、と思った。あそこは見応えがあると思いますね。
―― 他に、活躍が印象的だった原画の方っていますか?
西見 (スタッフ表を見ながら)……大平(晋也)さんとは初めて仕事したんですけど、本当に巧いと思いましたね。
―― シロの夢のイメージシーンですね。
西見 ええ、凄かった。監督の狙いは間違いなかったな、と思いました。橋本君も、最初から凄く画を崩してくるんでびっくりしたけど(笑)。
―― 橋本さんはどこをおやりなんですか?
西見 警察署でシロが暴れるところです。あと、オープニングでシロが画面奥から横断歩道を渡って歩いてくる場面。作監補の濱田(高行)君も凄く頑張ってくれた。テレコムの後輩なんですけど、期待を裏切らなかったですよね。
―― なるほど。
西見 牧原(亮太郎)君も頑張ってくれました。まだ原画を初めて日が経ってないとは思うんですけど、「巧いなあ」と思いました。よく描いてくれましたよ。
 あと、最後にイタチが出てくる前のところって、モブシーンじゃないですか。伊藤秀次さんがやってくれたんですけど、よく引き受けてくれたなあって。その前の、クロが子供の城に向かうくだりもモブシーンなんですけど、そこは田中考弘さん。みんなが避けるような大変なところを引き受けてくれた人には、感謝してます。
―― なるほど。ご自身で好きなシーンとか、好きなキャラクターってありますか?
西見 えーと……木村が鈴木を酒場に連れ出して「仲人を頼みたい」と言う場面があるじゃないですか。その時の木村の小芝居が妙にいいなーと思いました(笑)。親指でパチパチ何かを弾いてたりして。嘘ついてる感じがよく出てたと思いますね。そんなに直してないんです。「なんかいいなー、ここ」って。
―― 完成した作品全体を観て、いかがでしたか。
西見 ……あの、実際に観てどうだったですか?
―― よくできてると思いましたよ。
西見 面白かったですか?
―― ちゃんと面白いし、話も破綻してないのが素晴らしいと思いました。
西見 そうか……みんなインタビューで同じ事を言ってると思いますけど、自分じゃ分からないですよね(苦笑)。第三者の人がどういう風に観るんだろう? というのが凄く気になります。
―― そういえば、監督にもお話を伺ったんですけど、オールラッシュをみんなで観た時に、監督と西見さんがもの凄く体調を悪くされたという話が(笑)。
西見 そう! すっごい凹んじゃったんですよ。ホントにもう観る前から不安で不安でしょうがなくて、それでオールラッシュを観て、これは映画としてどうなんだろう……と。まだ完パケてはいなかったんですけどね。みんなで喫煙室にしゃがみこんで「マイク、なんとかしてくれ!」って(苦笑)。そこから監督がシーンをバツッと切ったり、入れ替えたりという編集作業をやったんですけど、それでもやっぱり不安で。
 その後、イマジカで初号試写があったんですけど、始まる前になると過呼吸になるんですよ。で、イヤ~な汗が出てきて、しばらくしたら寒くなってきて。いっぺんに自律神経やられちゃいましたね。
―― 大変ですね。
西見 これはたまんないな、と思った。ただ観るだけでもこんなに緊張するのに、始まる前に挨拶する監督はもっと大変だろうと思いました。『マインド・ゲーム』の時も、初号で湯浅君がみんなの前に立って挨拶してましたけど、今にして思うと「立派だなあ」って思います(笑)。
―― その後、何度か完成品を観る機会はあったと思うんですけど、印象は変わりましたか?
西見 僕、まだ1回しか観てないんです……。
―― 観てないんですか? 初号のみ?
西見 そう。初号の時も、終わってからちょっと凹んで。まあ、気分的には映画を観るというより、ラッシュチェックに近かったですけどね。チェックもできないまま上がったシーンとかも結構あったので。
―― まだ気持ちの整理がついてない状態ですか。
西見 いや、美術の木村(真二)さんがね、最初に初号を観た時には結構ブーブー言ってたんですけど、次にまた観る機会があったんですよ。そしたら「2回目は落ち着いて観れた」と言ってて、そんなモンかなあ、と。だから公開したらもう1回観に行こうかと思ってるんです。
―― なるほど。今後のお仕事の予定は?
西見 なんも考えてないです。とりあえず、森本さんと福島(敦子)さんの作品でちょっと原画を手伝うんですけど。やっぱり原画は原画で大変だな、と思っちゃいますよね。作監やってる時は「作監やりたくねえー」って思ってるのに(笑)。どっちもどっちだなあ、って。




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いまさら「鉄コン筋クリート」スタッフインタビュー(1) マイケル・アリアス(監督)

『鉄コン筋クリート』スタッフインタビュー(1)
マイケル・アリアス(監督)


ついに封切られた松本大洋×STUDIO4℃の話題作『鉄コン筋クリート』。その公開を記念し、今回から4回に分けてメインスタッフへのインタビューをお届けする。第1回目に登場していただくのは、『鉄コン』映像化という長年の夢を、熱意と愛情で叶えたマイケル・アリアス監督だ。

プロフィール
マイケル・アリアス Michael Arias

80年代後半より、ドリーム・クエスト・イメージズ社でVFXスタッフとして活動を始め、「アビス」や「トータル・リコール」といったハリウッド大作に参加。巨匠ダグラス・トランブルの下で「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のアトラクション映像の制作に従事した後、日本に渡って1年ほどイマジカ特撮映像部に在籍。翌年、ゲーム大手ソフトウェア会社SEGAにて「メガロポリス・トーキョー・シティー・バトル」の共同監督を務める(1993年のSIGGRAPHエレクトロニック・シアターで上映)。その後、独立してニューヨークに拠点を移し、映画「クルックリン」「未来は今」などのCGを制作し、多くの賞を獲得。そして再び日本に戻り、ソフトイマージ社のプログラマーとして、3DCGと手描きアニメの組み合わせに特化した「ソフトイマージ・トゥーンシェーダー」を開発・特許取得。その技術を全面採用した『鉄コン筋クリート』パイロット版ではCG監督を務めた。日米合作のアニメーション・アンソロジー『THE ANIMATRIX』では、ウォシャウスキー兄弟の指名でプロデューサーを担当。このとき一緒に仕事をしたSTUDIO4℃で、念願の『鉄コン筋クリート』映画化企画に着手。10年以上前から暖めてきた夢を実現させた。 


●2006年12月7日
取材場所/アスミックエース
取材/岡本敦史、小黒祐一郎
構成/岡本敦史



―― 最初に『鉄コン筋クリート』の原作を読まれた時から、「これは映画化せねば」と思われたんですか?
アリアス そういうわけではないです。でも読んですぐ、これを映画にしたら凄く面白いだろうな、とは思った。それは自分の癖なんです。新しい音楽を聴いた時は「これを映像に合わせてみたら」とか、人の映像作品を観ても「俺だったらこうする」とか、そういうシミュレーションをしている。小説とかマンガを読む時もね。特に、(松本)大洋さんのマンガは元々映画っぽくて、映像にイメージしやすかった。
 原作を読んだ当時は、1人でのびのびとソフトウェアの開発をしてたんです。結構ヒマな時間もあったので、遊びと実験を兼ねて『鉄コン』のある1ショットをCGで作ったんですよ。1995年とかそのくらいかな。
―― それは静止画なんですか?
アリアス いや、動いてる画で。ちゃんとキャラクターがいて、背景があって、カメラも動かしたりして。まあ、動いてると言っても、シロとクロが電柱の上でモダンダンスを踊っているようなものですけど。そういう雰囲気の10秒くらいの映像。今見ると、これでよく大洋さんが許可してくれたな、って思うんだけど(笑)。
―― それが、当時いろんな人に見せて回っていたというテスト映像ですか。
アリアス そう。例えば、スタジオジブリで新しいバージョンのソフトウェアの説明をする時とかに、実験台としてそれを使ったりしてたんです。
―― デモンストレーション映像みたいな?
アリアス いや、素材のデータ自体を使って、その場でいろいろな質感を見せたりとか、輪郭線の強弱を変えて見せたり。
 自分はいつの間にか『鉄コン』の映画を作ってる気になってたんですよ。CGだと、時間さえあれば1人でできちゃう部分もあるし。
―― それは後に森本晃司監督と作られたパイロット版とは違ったものなんですね。
アリアス そうです。
―― パイロット版を作るまでの間に、どれくらい期間が空いてるんですか?
アリアス 大洋さんと知り合ったのが1997年の冬だったから、パイロットを作り始めたのは1998年の夏かな? コミックスウェーブの竹内(宏彰)さんと僕の間で、『鉄コン筋クリート』の映画を作れたら面白いね、という話をしていて。竹内さんは森本さんと仲がよかったから、森本さんに監督を頼もうと言い出した。非現実的な話をしているな(笑)、と思った反面、自分も作品を観て凄い人だと知っていたから、できたら凄いなと思った。それで竹内さんが森本さんを連れてきた。
―― 最初にSTUDIO4℃と接触したのはその頃なんですか。
アリアス パイロット版を作っている1年半ぐらいの間に、STUDIO4℃の人がちょこちょこ遊びにきたり、『音響生命体ノイズマン』の制作担当をやっていた佐伯(幸枝)ちゃんがラインプロデューサーとして参加したりもしていたんです。何かの集まりで大友(克洋)さんとも会う事ができてて、(田中)栄子さんとだけは会ってないような感じでした。
―― なるほど。
アリアス 僕と森本さんでよく話していたんだけど、パイロット版をそのまま映画化するには、CGだけじゃ弱い。できるならSTUDIO4℃と組もう、と。森本さんもそこがいちばん落ち着くし。
 それで、99年の前後にパイロット版ができて、完成したものをSTUDIO4℃のスタッフに見せに行ったんです。その時、スタジオ見学もしました。すでにいろんな人と面識があったから、そんなに違和感はなかったかな。で、パイロットを見せたんだけど、栄子さんにしてみれば森本さんはよそで勝手に遊んでるみたいな感じだったから(笑)、よくは思ってなかったと思う。でも、スタッフからの評価はよかった。
 その後は、僕の方から栄子さんとSTUDIO4℃へのアピールもあったし、森本さんが監督した「Le Saunda」のCMで、CGを手伝う事もできた。STUDIO4℃とのつきあいは、大体そこからなんだよね。
―― その時点では、まだ外部スタッフという感じなんですね。
アリアス 実際に栄子さんと対等な形で仕事できたのは、『THE ANIMATRIX』。ウォシャウスキー兄弟から「こういう企画を考えてるんだけど」という連絡があって、そのうち自分と竹内さんと栄子さんの3人でプロデュースするという事になっていた。
 そこからは、ほとんど毎日のようにSTUDIO4℃に行って、作打ちに立ち会ったり、脚本の編集をしたり、栄子さんと何度も海外出張に行ったりしてました。その仕事が結局3年近くかかって、その間ずっと一緒だった。
―― 『THE ANIMATRIX』の現場を通して、アニメの作り方を把握できたという感じなんですか?
アリアス いや。日本に来る前から、ソフトイマージ社でトゥーンシェーダーの開発をしていて、ワーナーブラザーズとかドリームワークスのアニメーター達にいろいろ相談したり、一緒に作ったりしていたんですよ。日本に来てからは、ジブリとのやりとりもあったし。もちろん作打ちに参加するまではいかないから、いわゆるジャパニメーションの制作現場にいちばん深く関わったのは、STUDIO4℃が最初かもしれない。
 いちばん最初に入ったドリーム・クエストというVFX会社でも、CGが映像に使われていない時代だったから、社内に手描きのスタッフがたくさんいたんです。ロトスコープの作業をしていたり、マスクを切ったりしてました。自分もそこで、オクスベリー社製のアニメーション撮影台のオペレーターをやっていた。ドリーム・クエストを辞めてニューヨークに戻った時も、4ヶ月ぐらい夜間のバイトみたいなかたちで、CMアニメーションの撮影オペレーターをしてたんです。
―― なるほど。アナログの経験もあるんですね。
アリアス 日本のアニメーション制作現場の独特な雰囲気は、ジブリとSTUDIO4℃で知りました。もちろん向こうのやり方とはまた違うから。
―― 『THE ANIMATRIX』の現場で忙しく働きつつ、『鉄コン』映像化の夢も同時に持ち続けていたんですよね。
アリアス パイロット版がその後うまくいかなくなって、割り切って別の仕事に集中しようとしても、なかなか簡単に離れる事ができなかった。(原作は)何度読んでも飽きないし、他の仕事をやっていても頭の中は『鉄コン』でいっぱいだった。
 もういい加減に作らないと、いつまでも胸のあたりにもやもやしたものを抱え続ける事になる。誰か他の人が先に作っちゃったらどうしよう、みたいな不安もあって。やっぱり自分のものにしないといけない。そう自分の中で気づいた部分もあるし、森本さんとか周りの人からも「作っちゃえ」と言われたりして。
―― 自分で監督しちゃえ、と。
アリアス そうね。まあ、軽く「作っちゃえ」と言うのと、本気でそれを決断するのとは大違いだから(笑)。でも、『THE ANIMATRIX』が終わった後、栄子さんが「うちで作ろうよ」と言ってくれて。どこまで希望のものができるかは何とも言えないけど、とにかく絶対完成させる、と約束してくれたのが、いちばんデカかったかもしれない。そういう台詞をずっと待っていたというか、ホッとした気分だった。「やっと誰かが解放してくれる」という気持ち。その時は、まさかこんな大御所ばかりの現場になるとは思ってなかったけど……。
 こうやって『鉄コン』ができた経緯を話す時にいつも思う事なんだけど、栄子さんはある意味『鉄コン』のお母さんみたいな存在だと思う。自分が親父だとするとね。彼女が僕を認めてくれたのは、凄く大きかった。まあ、夫婦喧嘩もたくさんあったけどね(笑)。
―― STUDIO4℃で作ると決まった時、監督はマイクさんで行くというのは決定事項だったんですね。
アリアス うん。森本さんも興味を失っている雰囲気だったし、森本さんの作りたい『鉄コン』と、自分の作りたい『鉄コン』が違うというのは、お互いに分かっていたから。
 原作を読んだ時、これは自分の内面、自分が生きている毎日をそのままマンガにしたんだ、と感じたほどだった。自分が表現したい事は、この本の中ですでにかたちになっている、と思うくらい。だからやっぱり自分がやらなきゃ、思いどおりのものはできないと思った。
 でも、実際にそういう気持ちが高まってくるまでは、監督をする事にはあまり興味がなかったんですよ。どっちかというと、職人として細かい何かに夢中になって作る事が好きだったから。『THE ANIMATRIX』のプロデュースにあたって、自分が監督とはまた別のタイプだという事も分かっていた。自分に全体を見る目があるとは思っていなかったんだよね。
 だけど『鉄コン筋クリート』の場合は、何年も色々考えてる間に、いろんなディテールが見えてくるという事が大きかったんじゃないかな。
―― アイディアを練っている間、何かイメージしていたアニメーションのスタイルというのはあるんですか? 最終的には西見祥示郎さんの画になったわけですけど。
アリアス あの原作の画をそのまま動かすというのは、可能かどうかは別として、ちょっとストーリーの邪魔になる気がしていた。だからやっぱり徐々にデフォルメしていく感じになるのかな、と思ってたんだけど……橋本晋治さんとか、大平晋也さんの画を見て、考えが変わってきた。特に晋治さんが作監をやった『THE ANIMATRIX』の「Kid's Story」。制作中に晋治さん本人ともいろいろ話ができたりして、動きをそのまま形で見せるようなスタイルもアリかな、とも思い始めた。全部きっちりした直線で描いたようなものにはしたくない、という思いがあって。
―― 「Kid's Story」みたいな感じでも行けるんじゃないか、と。
アリアス ただ、大洋さんが得意とする、微妙にドライな感じ? 巧いのか下手なのか、ブサイクなんだか可愛いんだか分からない(笑)、あのスタイルをどう動かして表現できるのかな、というのはあった。
 西見さんの画に目覚めたきっかけは、たまたま誰かの机に西見さんがやっていた作品のイメージボードが置いてあって、それをふっと見た時。最初、大洋さんの画だと勘違いしたんですよ。
―― おお、劇的ですね。
アリアス でも大洋さんの画ともまた違うな、と思って。いろんな人に「これ、誰の画?」って訊いてたら、CGIディレクターの斉藤亜規子さんが「西見君だよ」って教えてくれて。西見君って誰だ、と思ったんだけど(笑)。
―― STUDIO4℃で『マインド・ゲーム』を作っていた時に、面識はなかったんですか?
アリアス 『マインド・ゲーム』を作っている間は、僕は『THE ANIMATRIX』で凄く忙しかったから。一緒にやっていた人達以外は、特に原画の人はあまり知らなかった。
 それで、ちょうどその時、西見さんは別の人と打ち合わせをしていたから、西見さんの机の場所を人に教えてもらって、とにかく机の上にあるものを全部漁った(笑)。『マインド・ゲーム』の原画とか、「ピポサルオリンピア」(編注:「ガチャメカスタジアム サルバト~レ」の改題前のタイトル)のボードとか、落書きとか、かっこいい画がいっぱいあって。この人が『鉄コン』のキャラデザインをやったら凄くいいな、と思った。栄子さんにその話をしたら、ちょうど西見さんを紹介しようとしていたところだったんです。
―― 遅かれ早かれ出会う事になってたんですね。
アリアス その後で「ピポサル」を観たら、画も動かし方も凄くかっこいいし、『マインド・ゲーム』で描いたシークエンスも凄く素敵だった。湯浅さんの画とも少し違うというか、まあ近いところにいると思うんだけど。
―― 『マインド・ゲーム』でも『鉄コン』でも、動きにメジャー感がありますよね。
アリアス あ、それ今度、西見さんに言おう(笑)。喜ぶと思うよ。
 『鉄コン』の最初の1年間は、僕と西見さん、美術監督の木村(真二)さんの3人だけだった。木村さんとは、栄子さんの推薦で最初に話ができてたのね。「町そのものを主人公にしたい」というところに、木村さんは凄く惹かれていた。それと、3Dとの融合性のある立体感を持った映像にするというのも、2人で話していました。
 美術監督、キャラデザイナー、監督、みんな同じ部屋だったんです。3人で一緒にお昼を食べに行ったり、飲みに行ったり。僕は夜になると栄子さんの家に行って、脚本を直す作業をしていた事もある。あと、斉藤さんとCGでカメラワークのテスト的な映像を作ったり、町の立体的な地図を作ったり。マルチョンみたいな画でストーリーボードを描いたり。そういう事をやりつつ、みんなで資料を交換したりして、その1年間にいっぱい話ができた。
―― 監督がスタッフに向けて書かれた「ディレクターズ・ノーツ」というのを見せてもらったんですが、それもその頃に作ったものなんですか?
アリアス いや、西見さんと木村さんに会う前に作ったもの。元々は企画書みたいな、売り込み用の文章でもあったから。だいぶ早い段階からあったんですよ。
―― なるほど。
アリアス それを今度はスタッフに見せようという話になった時に、少し手を加えて、自分が作りたい作品の説明みたいな文章になっていった。その中からさらに、ミュージック・ノーツとか、キャラクター・ノーツとかも作って。
―― 一応、プリントアウトして持ってきたんですよ。
アリアス ああ、恥ずかしい(苦笑)。自分は画が描けないから、文章に依存するなり、街に出て写真を撮ってくるなりして、西見さんや木村さんにイメージを伝えていました。カメラワークは、はっきりとしたデモ映像で見せる事ができていたけど。原作の中のどの部分を強調して、どういう作品にしたいかというのは、具体的に画にしない限り進まない。その最初の1年間で、かなり神経を使いました。西見さんと木村さん、栄子さんは一所懸命それを引き出してくれたり、何を言おうとしているのか理解しようと努力してくれた。そういう相手がいたからこそできたんだと思います。
 その後、作監の久保(まさひこ)さんと浦谷(千恵)さん、演出の安藤(裕章)さんが参加するようになって、その3人も次に大きな存在でしたね。あのコアなスタッフが、本当に家族になってくれた。1人でも欠けたらできなかったくらい、凄くいい意味でのチームワークがあった。あえて僕が絵の人間じゃないから、各部署でやり甲斐のある仕事になったんだと思う。自分は、特に最初の1年間は「俺でいいのかな」っていう感じだった。
―― どの辺から「ああ、俺でいいんだ」という感じになったんですか?
アリアス いやあ、それは意識してないね。初号試写の時なんて、僕も西見さんもすっごく気持ち悪くなっちゃって。
―― 2人で?
アリアス みんなでしょう。オールラッシュの時も、冷や汗かきながら観てた。押井守さんだったかな、「自分の作品は作ってから10年間は観ない」って言ってて、それは凄くよく分かります。終わった直後は、自分で上手い下手なんて絶対に判断できないと思う。きっとそれぐらい経ってやっと距離感ができて、自分にとってその作品がどういうものか分かるんじゃないかな。
―― どういうところがよくないと思われたんですか?
アリアス 早送りで観ているような気分だったんですよ。こんなにアップテンポなはずじゃなかったのに、いつのまにか映画が終わってしまっている、みたいな。今はもう、試写会とかで10回くらいは観ているので、少しずつ普通に観られる状態にはなってきているけど。
―― 確かに、あの全3巻の原作を111分の映画に凝縮する過程で、かなり苦労したという話は聞きました。
アリアス (原作には)おいしいエピソードもいっぱいあるし、かっこいいアクションもいっぱい見せたい。でも、動の部分があれば、同じくらい静の部分がないと成り立たない話だし、それがテーマでもあるから。アンソニー(・ワイントラーブ)君と一緒に脚本を書いている時点では、最初は町をヒーローにして、群像劇みたいに様々なキャラクターを前に立たせようとしたんだけど、そうすると凄く長い作品になってしまう。その後、やっぱりクロとシロを前に出そうという事になって、構成は同じにしながら、バランスとか配置は全部変えていった。
 さらに、その英語のシナリオを日本語に訳すのも大変で。ディテールが飛んでたり、台詞がおかしくなってたり。アニメーションの場合は特にそうだけど、アメリカと日本では脚本の書き方も違うから。そういう「正しいイメージに戻す作業」が凄く長かった。
―― 映画全体のビジュアルについてお訊きしますが、過度にスタイリッシュな感じではなく、基本的に暖かみのあるナチュラルな質感ですよね。登場人物の服や背景美術の色が前に出てくる、非常に「素直」な映像という印象を受けました。それは最初から求めていたスタイルなんですか?
アリアス パイロット版でやったような、クールな映像にはしたくなかった。なるべく自分の好きな感触を出したくて……昭和初期の印刷物、美人画とか、薬箱の絵とか、子供の絵本とか。あの手作り感をどう出せるか、というのは、日々みんなに投げかけていました。
 例えば(デジタルペイントの)ベタ塗りじゃなくて、セル塗りの絵の具のムラみたいなのがパカパカする感じ。そうすると昔の手作りっぽいよさが出るかな、って。それは過去のSTUDIO4℃作品でもいろいろ実験していて、前から頭の中にあったものです。色も原色じゃなくて、ちょっとくすんだ感じの色。昔の2色印刷でしか出ないような、パレットの幅は狭いんだけど独特な、懐かしい色遣い。そういうのが出せないか、とはよく話し合ってました。
―― なるほど。
アリアス いろいろなところで素材感みたいなものが出せるといいな、って。線にも少し遊びがある方がいい。美術の背景にしろ、CGにしろ、直線はなるべく使いたくなかった。画面全体が少し湾曲しているとか、魚眼レンズ風のイメージになっていたりとか。
 カメラワークも、カメラを持った人間がいると想像できるくらいの映像にしました。今までのアニメーションでは、(手ぶれ表現は)キャラクターの見た目からのイメージでしか使ってなかった。この作品のは、言ってみればホームムービーみたいな雰囲気。角を曲がった時、カメラがガタガタ揺れたりする。それがあってこそ、手作りっぽい感じが出る気がして。もちろん、シーンによってはちょっとスタイリッシュな感じにもしてます。特に蛇のシークエンスなんかは、カメラワークも手ぶれじゃなくてステディカム風に、少しクールにやろうとか。
―― 基本的には、自然な温もりのある世界ですよね。
アリアス 町の雰囲気で言うと、今回は特に乗り物がいっぱい出てくる。路面電車とか、ボンネットバスとか、トラックとか、三輪車とか、何百台も道を走ってる。あの辺もなるべく、手描きの感じを入れたかった。西見さんは「CGではできない」って言ってたけど、僕とCGI監督の坂本(拓馬)君、安藤さんの3人は、わりと確信犯だった。目にもの見せてやろう、って感じで。
 最初は久保さんの描いた車輌デザインをもとにキッチリした形で作るんだけど、その後で全ての線に歪みをつける。それをコマごとにほんの少し遊ばせたり、踊らせる。そうする事によって、手描きみたいな勢いが出てくるんです。
 CGの部分も、1コマじゃなくて2コマだったり、場合によって3コマもある。やろうと思えば全部1コマでつけられるんだけれども、そうすると何でもヌルヌルしたCGっぽい映像になっちゃう。なるべくそこにひとひねり入れて、素材感みたいな感触をつけていました。
―― これだけ雑多な世界観なのに、統一感があるのは凄いですよね。
アリアス 最初に何カットか作って、みんなに見せた時、この映画の目指すターゲットが分かったんです。
―― それは冒頭の追っかけのシークエンスですか?
アリアス 作り始めてすぐに取りかかったのは、太陽を背にしたカラスが町にダイブして川の上を飛んでいく、タイトルが出るカット。その前のシロがマッチを持ってるカット。あと、シロがクロに蹴りを見せて「シロ、宇宙一の蹴り持ってる!」って言うカットとか。
―― 結構、バラバラに。
アリアス うん、いろいろなシークエンスから。7、8カットくらいかな? イメージ開発という意味でもね。西見さんと久保さんと浦谷さんが原画を描いて。久保さんはずっと(タイトルシークエンスの)カラスばかり描いてた(笑)。1分近くずっとカラスが飛んでて、しかも確か全原画だったから、何百枚も描いてたね。
―― あそこだけでも相当な長さのカットですよね。
アリアス 本当に、10人ぐらいで3ヶ月、あのカットだけをやってました。だから、ここがうまくいけば、いろいろな事が見えてくるというカットだった。手ぶれ映像にしても、空撮の表現にしても、CGと手描きが融合したジオラマ風の背景にしてもね。みんなでそのカットを試写室で観た時、「俺達が作っているのはこういう映画だ」って、そこからシンクロしたんだよね。
―― なるほど。
アリアス 早い段階からそういう大変なカットを先にやれたから、みんな自信を持って進めたんじゃないかな。やっぱり、いろいろ話し合ってても、実際に絵にならないとどういう作品なのかは見えてこない。
―― オープニングからいきなりクライマックスの話になっちゃうんですが、クロとイタチが対峙するシークエンスは、映像的にもの凄い事になってますね。あのイメージはいつ出てきたんですか?
アリアス いちばん最後ですね。
―― シナリオ段階の最後?
アリアス いや。シナリオも納得いかないまま、原作の展開も納得いかないまま、でも始めないといけないから、とりあえず他のところをどんどん作っていった。あそこだけはコンテもなくて歯抜けだったんですよ。
―― 子供の城でのスペクタクルあたりからブッツリなかったんですか?
アリアス いや、前後とか間のインサートはあったんだけど、クロの心象風景は全部ない。自分としては、ここまで観てきた映像とは全く違う、観ている人を裏切るような感じにしたかった。子供の城がファイナルステージかと思ったら実は、みたいな(笑)。マクロじゃなくてミクロ、みたいなね。
 木村さんによく見せていたのは、電子顕微鏡の写真。あの限りなく細かいディテールがいっぱいある世界に、もの凄いスピード感があって、クロとシロがそこにいるような映像にしたかった。でもどう作っていったらいいのか。みんなに迷惑かけるぐらい粘って、結局何も提示しないまま進んでいた。
 森本さんにもその部分の絵コンテを頼んでいたんだけど、なかなか上がってこない。いろいろ他の仕事で忙しかったし、やっぱり森本さんの考えていた『鉄コン』じゃないという事もあって、最後まで完成しなかった。
―― 森本さんの描いた部分は残っていないんですか?
アリアス ある意味ね。最初に森本さんの描いたラフな絵コンテがあって、それと自分が描いた絵コンテもあって。やっぱり森本さんの描くイメージは格好いいから、いいところを自分の絵コンテの流れに突っ込んで、最後の何カットかだけ久保さんに絵コンテを描いてもらいました。それでも、それは流れでしかなくて、どういう絵にするかはまだ分からなかったんだよね。
 その間、効果だとかスピード感だとか、テスト的な映像はみんなに見せていたんだけど、いい加減もう映画館が空いちゃうくらい時間がなくなってきて(笑)、そろそろ作らないとまずい雰囲気になってきた。それで、どういう絵にするかは後々でいいから、とりあえず今までの作り方、手法を全部ひっくり返して、素材段階でぶち壊して違うものにしようと決めたんです。
―― 具体的には?
アリアス まず、原画をお願いしていた久保さんの発想で、動画を入れないで全原画にして、鉛筆で描かずに全部ボールペンで描こう、と。ボールペンで描くと線の質も違うし、それ以上に間違ったら直せない。久保さん、ヘッドフォンでアフリカの音楽かなんかを大音量で聴きながら、毎日ほとんど人と喋らないでゴリゴリゴリゴリ、ずっと原画を描いてた。ある時、メイキングのスタッフが現場に来て、久保さんが描いてる絵を後ろからこっそりカメラで撮ろうとしたんですよ。それに気づいた久保さんがブチ切れて、「俺達、絵を描いてるんだから!」って言って、ダーッていなくなっちゃって、現場に3日間戻ってこなかった。
―― 凄いエピソードですね。
アリアス それぐらいの緊張感で描かれた原画が、元々の素材としてまずあった。美術に関しても、木村さんがいろいろと考えてくれてました。人間の内側が画面に直結したような、オーガニックな、限りなく細かいディテールがある世界。具体的にどうやって作ったかというと、例えば大きなセルにシンナーとかで薄めた絵の具を垂らして、他のセルとサンドウィッチにして、乾いたら剥がして、また違う素材を塗って、ドライヤーで乾かしたり。そうやって何枚もの大判のセル画を描いて、高解像度で取り込んで、どこに寄っても面白い絵になるようなものをたくさん作ったんです。
―― それであの異様な、人知を超えた映像になってるんですね。
アリアス でも、例えばイタチが地面の上に立ってるとか、空があるとか、そういう立体感は出さないといけない。その絵のいろいろなところを見て、ここは空にしようとか、ここは地面にしようとか、レイアウトの構図になんとなく似ている部分を拾って、ちょっと歪ませてパースをつけたりしていました。
 そういう素材はたくさんあったけど、それでもどんな映像にするかはまだ誰も分からない。だから最初のうち12カットぐらいは自分が引き受けて、特殊効果もCGも塗り方も、コンポジットまで全部1人で作った。でも、このまま監督がそれだけやってると、映画自体が完成しない。それで、CGI監督の坂本君と、マツ(・アンドレン)君というスウェーデン出身のCGアニメーターに、とりあえず素材があがったらどんどんイメージどおりに組んでいってほしい、と発注したんです。
―― 大変な作業だったでしょうね。
アリアス 今考えると、作品のいちばん最後になって、やっとあのクライマックスができ上がったというのは、ちょっと美しい話だと思うんだけど。当時はみんなパニックになってる(笑)。自分も昼間はアフレコとかポスプロをやって、夜は寝ないでそのシークエンスの絵を作っているような状態。アフレコもそこに関しては絵がひとつもない状態で録ってるんですよ。
―― 本当にいちばん最後だったんだ。
アリアス 音響や音楽もアドリブというか、ファイナルミックスの時に映像を観ながらギリギリで仕込んでいる感じだった。昼間はロールのミキシングをやりながら、夜は作曲家がまだ埋まってないところの音楽を作ってる。終わった時はもう、エドさん(エド・ハンドリー。音楽を担当したPlaidのメンバー)もかなりやつれてて、目の下にクマができてました(苦笑)。
 あのシークエンスは、僕も客観的に観て面白いと思う。原作にはない、映像ならではのパワーがあるというか。作り始めた時には、ああいう映像になるとは思ってなかった。
―― 自分でも、あんなものが出てくるとは思ってなかったですか?
アリアス それこそ、自分の中のイタチと対面したみたいだったね(笑)。久保さんも木村さんも、イメージをうまく具体的な素材にしてくれた。あれぐらい巧い人達だから、試行錯誤するにしても、普通の人とは全然やり方が違う。やっぱり新しい映像を作るには、とにかくどの段階においても冒険していないと、見た事のないものにはならないんだって事。それが分かってる人達なんですよね。また一緒に仕事ができたら、最高。



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