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火曜日, 3月 29, 2016

INTERVIEW: 佐藤卓  第4回 日本のクルマがダサく見えるのは、「構造」をデザインできないから

 

日本のクルマがダサく見えるのは、「構造」をデザインできないから

佐藤卓デザイン事務所 代表 佐藤卓(4)

 


 

 

 

 

 

 

欧米メーカーは「構造」の重要性を知っている


川島:前回は、デザインとは、商品の外見の「意匠」だけじゃなく、商品の骨格にあたる「構造」をつくることなんだ、というお話を伺いました。それで連想したのが自動車のデザインです。卓さん、クルマお好きでしたよね?

佐藤:大好きです。

川島:私はクルマ音痴なんですが、ドイツの3大高級車メーカー、メルセデス・ベンツ、BMW、アウディは、そんな私でも見分けがつく。一方で、日本の大手メーカーのクルマは、どこの会社の製品か分からなくなる。何が違うのかな、と前から疑問だったんですが、メルセデスもBMWもアウディも、「構造」ががっちりつくりこまれていて、それがちゃんとこちらに伝わっているからなんだと納得しました。

佐藤:おっしゃる通り。いま挙げた3社は、「構造」のデザインがしっかりあって、絶対に変えない。BMWの場合、中央のラインで左右2つのパーツに分かれているフロントグリルのデザインは、確か創業以来変えていないはずです。つまり「意匠」以上に「構造」を重視してデザインしているわけです。

川島:BMWと言えば、あのフロントグリルの印象、私の中にも焼きついています。

佐藤:でしょう? 日本のクルマメーカーの多くは、「構造」をデザインするのが苦手なんですね。モデルチェンジで車種の名前まであっさり変えてしまったりする。だから、どのメーカーのどのクルマなのか、ぱっと見てもなかなか認識できないわけです。

川島:日本車のデザインをイメージしにくいのは、「構造」をデザインしていないから、というわけですね。

佐藤:実にもったいない。日本のクルマが備えているテクノロジーは世界的にも素晴らしいし、性能に比して価格も安い。だから売れるわけです。

川島:だから、デザインに重きを置かないわけですね。

佐藤:そうです。結果的に日本のメーカーは、テクノロジーと価格戦略にアイデンティティーを求めてしまう。でも実は、デザインをきっちり仕上げ、デザインのアイデンティティーを確立すれば、「ブランド」になるはずなんです。

川島:デザインが「ブランド」をつくるという側面が大きいわけですよね。

佐藤:企業の理念がデザインの力できちんと表現されていること。それがデザインのアイデンティティーです。そしてお客さんは、デザインに惚れ込んで、買ってくれる、使ってくれる。共感してファンになってくれる。「ブランド」ってそういうことですよね。

川島:しつこく繰り返しますが、日本の自動車メーカーが、先ほど挙げたBMWやメルセデス・ベンツのようなラグジュアリー市場で「ブランド」を確立できないのは、デザインに問題があるからということですか。

佐藤:高級路線のクルマに、自社の名前とは別のブランドロゴをつける。日本の自動車メーカーの高級ブランドのつくり方です。でも、あのやり方には疑問があります。だったら、そのメーカーのロゴには、ブランド力がないってことなのか、と。

川島:ラグジュアリー分野をつくろうとして、新しいブランドを展開しているように見えるけれど、ロゴマークを変えちゃうわけですから、企業イメージとは結びついていかないのは当然のこと。つまり、アイデンティティーが確立されないわけです。



佐藤:シンボルマークは、企業やブランドの顔ですから。きっちり統一した方がいい。

川島:「構造」のデザインだけじゃなくて、「意匠」すなわち商品デザインの観点から見ても、日本の自動車って、かっこいいクルマが少ないなと思います。はっきり言って、ダサい(笑)!

佐藤:デザインが二の次になっているわけです。結局、経営トップがデザインの重要性を感じていないからとしか思えないのです。もったいないことです。

川島:売れているだけに、自信を持っちゃっているのかも。

佐藤:一番、厄介なパターンです。

川島:なぜ厄介なのですか?

佐藤:自信を持っている人は、変えようなんて気持ちがさらさらないからです。でも、クルマのことに限らず、世の中のどんな仕事でも、自信を持ち過ぎては絶対にダメです。

川島:卓さんも、ご自身に対しては「自信を持ち過ぎてはいけない」と戒めたりするのですか?

佐藤:もちろんです。自信満々というのは、たいへん危険な状態です。だから、売り上げだけではなくて、あらゆる仕事のあらゆる領域において、デザインにおいても、本当にこれでいいのかと疑い続けなければいけないわけです。でも、今の日本車の大半は、自社の商品デザインにトップが疑問を抱いているようには見えません。むしろ、自信満々な雰囲気さえ漂っているのです。とても残念です。

川島:日本の家電メーカーは、80年代から2000年代の初頭までは、デザインも技術も含めて世界的な評価を得てきました。それが今や、デザインに力を入れたサムスンをはじめとするアジア勢にやられてしまっている。日本の自動車メーカーが同じ轍を踏むんじゃないかと、ちょっと心配です。

佐藤:これからクルマを取り巻く環境が、がらりと変わっていきます。電気自動車やプラグインハイブリッドのクルマが台頭してくると、ガソリンに頼らないエネルギー分野が開拓される。クルマ自体によりITが導入される。つまりクルマは家電になりITとなる。となれば、自社商品が重視するポイントも、変わらざるを得ないのではないでしょうか。

 

 

フォルムを塊から見いだすのが下手な日本デザイン

 

川島:そもそも、日本のクルマの多くは、かたちそのものに魅力がないと思うのですが。

佐藤:どうしてだか分かります? それはデザインで「構造」をつくることがうまくないからです。

川島:なぜでしょうか?

佐藤:クルマではなくて、住宅で説明してみましょう。日本の住まいは、柱を立てて壁を作って屋根を付けてという造り。木造で、しかも、建て直し、建て直しを繰り返して使ってきたのです。伊勢神宮を見れば分かるでしょう。歴史的建造物なのに定期的に建て直してきたわけですから。一方、ヨーロッパでは、堅牢な石造りの住まいを、何百年にもわたって使い続けます。当然、日本とヨーロッパとでは、フォルムに対する感覚が異なってくるはずです。日本の得意とするデザインは、立体というよりは平面。一方、ヨーロッパの得意とするデザインは、立体的な塊の中からフォルムを見いだしていくことなのです。

川島:クルマは、平面じゃなくて立体。



佐藤:そう。立体なんです。だからひとつの塊としてデザインしないといけない。
ところが日本車の中には、フロント周りのデザインと、リア周りのデザインとがばらばらのケースがけっこうある。前と後ろのアイデンティティーがつながっていない。とりわけ、リアのデザインが息切れしちゃっているケースが多い。美しいデザインのクルマって、後方のデザインのまとめ方が優れています。つまり後ろから見たときにかっこいい。日本のクルマは、前方の顔は一所懸命つくるのですが、後方に行くとデザインがつながっていなかったり、適当にごまかしていたりする。

川島:文字通り、竜頭蛇尾ですね。

佐藤:そう。中にはニュートラルでいいデザインのクルマだってあるんです。トヨタの小型車「アクア」のスタンダードモデルって、僕は結構きれいだと思います。やり過ぎずに、適度に収めている。うまいデザインです。最近出た新しいモデルはちょっと残念ですが。

 

 

「組織図」の汚い会社にかぎって、デザインがダサい

 

川島:うーん、でも不思議だなあ。世界で活躍する自動車のデザイナーは日本人が多いですよね。フェラーリもアウディもBMWも日本人がデザインしている。この連載に登場したカーデザイナーの和田智さんは、アウディで大活躍した、優れたデザイナーです。日本人、別にクルマのデザイン、下手じゃないじゃないですか。

佐藤:和田さんは、僕も面識があります。おっしゃる通り、欧米で活躍している日本人のカーデザイナーがいるのですから、「かっこいいデザイン」のクルマが出てこない原因は、デザイナーにあるわけじゃないのです。

川島:となると、やはり……。

佐藤:経営者にあると思います。

川島:結局、経営トップがデザインに問題意識を持っているかどうかが、その企業のデザインをかっこよくするかどうかを分けるんですね。

佐藤:デザインを統括する部門や部署がない会社は、大企業でも結構多いんですよ。自社の現場で、適当にデザインをやらせてしまっている。だから、出てきたデザインは、それぞれの部署でばらばらになる。つまり会社の商品のデザインに一貫性がなくなる。当然、商売にもブランディングにもデザインが寄与できない……。

川島:ああ、いろんな会社のデザインが目に浮かぶ(笑)。それだと、かっこいい、ダサい以前に、同じメーカーのものでもデザインがバラバラで、ひとつのまとまりとなって見えませんね。

佐藤:僕は、デザインをあらゆる局面で必要不可欠なものととらえています。その意味では、デザインが関わりを持っていない部署は、企業の中でひとつもないと思います。総務部門も、人事部門も、開発部門も、そして何より経営部門も、全部がデザインに関わりがある部署なのです。書類一枚、伝票一枚だって、デザインなわけですから。

川島:企画書だって、その企業のイメージの一翼を担うものだし、請求書のフォーマットだって企業のアイデンティティーをある意味で表している。ましてや全社員が持っているロゴのついた名刺は、その企業の「顔」ですよね。

佐藤:そうでしょう? それだけ広範囲にわたって大事な役割を果たしているデザインについて、統括する部署がないというのは大きな問題です。だから、ここを通さないとうちのデザインではないという専門部署を、まずは作らないといけません。

川島:それも社長直轄で。

佐藤:もちろんです。デザインの決定は、最重要な経営マターですから。経営者こそがデザインにコミットすべきです。逆に言えば、組織の末端にデザインの部署がある会社とは、仕事したくないですね。

良いデザインを提供している会社は良い組織になっている

川島:そこまで思っていらっしゃるのですか?

佐藤:新しい仕事の話をご担当者からいただいた時に、「組織の中でデザインを決定する、もしくは統括する部署はどこに位置づけられているのですか」ということをお聞きして、デザイン担当部署が末端の場合は、丁寧にお断りすることにしています。

川島:なるほど。じゃ、その会社の組織図を見ると、デザインに対する意識が分かっちゃうのかもしれませんね(笑)。

佐藤:いや(笑)、ホントにそうなんです。良いデザインを世の中に提供している会社は、良い組織になっている。あえて踏み込んで言ってしまうと、「組織が汚い」会社というのは、デザインもだいたい汚い。

川島:えっ、組織が汚いってどういうことですか?

佐藤:その会社の組織図が、すっきりしているか、ぐちゃぐちゃになっているかどうか、ですね。これは僕の勘みたいなものなのですが、組織図がきれいですっきりしている企業は、だいたい経営がうまくいっている。そしてデザインも良かったりする。一方、組織図がぐちゃぐちゃで汚い企業は、情報の伝達が良くなくて、商品のデザインもぱっとしない。

川島:なるほど! それは目からウロコの落ちる話です。その企業が健全かどうか、いいデザインができるかどうかは、まずはその企業の組織図を見れば分かるということですね。中間管理職がごっそりいて、誰が何をどう決めるのかよく分からないような企業ってけっこうあります。そういうところと仕事をすると、意思決定を下から上に上げていくだけで、物凄いエネルギーが必要になってきちゃう。私も経験があります。

佐藤:その通りです。もちろん僕は、すべての仕事について、経営トップと直接やらなければダメ、と言っているわけではありません。ただ、デザインが決まっていくプロセスがはっきり見えていない企業の場合、良いデザインはできないんですよね。また、ひとつのデザイン案を通す上で、社内を説得するマーケティング調査をしたりすると、その数字が一人歩きすることがある。そういう場合も、デザインがうまくいかないです。

川島:私も、そういう経験、山ほどしてきました。デザインを調査にかけてしまうのもどうかと思いますが、デザインを通していく理由づけとして、何か客観的なデータ=言い訳が必要なのでしょうね。でもそれは、卓さんがおっしゃった、デザインは民主主義で決めちゃダメ、という話と通底しますね。

佐藤:そうです。

川島:でも、いいこと聞いちゃった。ある企業がイケてるデザインを創造できるかどうかは、その企業の組織図を見れば分かっちゃう。今日から、いろんな企業の組織図、集めてみます。

佐藤:そりゃいい。結果をぜひ報告してください。

川島:まずは自分のいる会社を見てみようかな(笑)









 INTERVIEW: 佐藤卓(1)

 INTERVIEW: 佐藤卓(2)

 INTERVIEW: 佐藤卓(3)

 INTERVIEW: 佐藤卓(4)




INTERVIEW: 佐藤卓  第3回 「民主主義」が「デザイン」をダメにする

 

「民主主義」が「デザイン」をダメにする

佐藤卓デザイン事務所 代表 佐藤卓(3)

 

デザインの決定に民主主義はありえない


川島:卓さんは、企業トップと直 接仕事をする機会も多いかと思います。で、質問です。アップルをはじめ、いま世界市場で活躍している企業は、「デザイン」と経営がとっても近い。経営陣 が、デザインを明確に企業戦略に織り込んで、デザインがその企業のブランド価値を上げている、直接的に売り上げを上げている。一方、今の日本企業、とりわ け大企業には、「デザイン」を経営に生かしている、という様子がなかなか見えないのですが……。

佐藤:それは経営トップの問題で す。そもそも大半の社長はひとえに経営の専門家であって、デザインの専門家ではない。その上で、デザイン戦略に関して、社長には大きく2タイプが存在しま す。ひとつは、自分は分からないけれども、デザインは大切だと思っている人。もうひとつは、分からないから、デザイン思考がそもそもゼロの人。

川島:シンプルなお答えですね。

佐藤:デザインに理解がある社長は、例えば外部デザイナーである僕の話を、直接じっくり聞いてくれます。デザインに理解がない社長は、まあ当たり前ですが、外部デザイナーの話なんか聞かない。

川島:卓さんのような影響力のあるデザイナーでもですか?

佐藤:いやいや、影響力がないからです(笑)。それと、案外やっかいなのは、デザインを民主主義で決めようとする社長。これが、とっても困る。

川島:民主主義で決める?

佐藤:ご自身の意見を言わずに、社員の方々の意見をたくさん聞いて、それを反映したデザインにしようとする社長です。多くの社員の意見をまとめて、うちはこうしてほしいということをおっしゃるわけです。

川島:ある種の集合知みたいな話ですね。なんだか、社員の意見をちゃんと聞く、できた社長に思えますが。

佐藤:残念ながらそうではないのです。社長が自分で決めず、不特定多数の社員の意見を積み上げてデザインに反映しようとすると、良いデザインはできないんですよ。

川島:……なんとなく分かります。

佐藤:僕は昔から主張してきました。「デザインの決定に民主主義はあり得ない」と。

川島:「みんなの意見」が「いいデザイン」を産むわけじゃない、と。

佐藤:デザインとはまだ世に出て いないもの、これから世に出るものに施されるものです。つまり未来の世界を具現化するのがデザイン。だからデザインを選ぶ仕事は、「目利き」でないと無理 です。民主主義が機能するのは、ものができてから。つまり、誰かがデザインした商品を、実際に消費者として購入する瞬間。そのデザインが本当にいいものか そうでないかは、市場という民主主義が決める。だからデザインの良し悪しについては、企業の中の“目利き”が判断しなくてはならない。もし社長が、「自分 は“目利き”ではない」と思うなら、“目利き”を側近に配することが大事なわけです。多数決でデザインを決めては絶対にダメです。

川島:そもそも、自分が“目利き”じゃないことすら、自覚していない社長もいっぱいいそうですね。

佐藤:これだけ「デザインの時代」と言われていながら、まだまだ経営にデザインが組み込まれていない企業が多いです。でも、そういう企業は間違いなくダメになっていくと思います。デザインが末端の仕事になっている企業は、一刻も早く体質改善した方がいい。

川島:でも、デザインを理解していないトップが、急にデザインの重要性を認識するように変わることって、はたしてあるのでしょうか?











佐藤:たいがいは、手遅れ、かな (笑)、40代50代になって、デザインマインドを持っていない人が、急にデザインマインドを身につけようと思っても難しい。だから僕は、NHKのEテレ で『デザインあ』という番組を始めたんです。未来の大人=子供たちにデザインを育んでもらおう、と。デザインを決定する人は、政治家だったり、行政だった り、経営者だったりするわけでしょう? その人たちに、デザインが大事と言っても、なかなか理解してもらえない。それならどうしたらいいのか? 子供の時 から、何らかのかたちでデザインマインドを持つようになれば、いずれ大人になった時に、花開いていくのではないかと考えたからです。

川島:あの番組、子供向けにデザインを説いているのですが、5年前にスタートした時点で大きな話題を呼び、今や長寿の人気番組になっています。確かグッドデザイン賞の大賞も受賞しましたよね。

佐藤: ありがたいことです。

 

 

デザインとは構造をつくること

 

川島:企業やブランドが強くなるには、社長にデザインマインドが必須なこと、お話を聞いていて、よく分かりました。じゃあ、トップに必要なデザインマインドって、何なんでしょう? 絵が描けるとか、美術に詳しいとか、そういうことじゃないですよね?

佐藤:あらゆる事象を総合的に見て、10年後のために何をするべきかが分かる力、それがデザインマインドです。もちろん、美意識みたいなものも含まれます。10年たってもびくともしない美意識を持ちあわせていて、明快に判断できる能力です。

川島:なるほど。そうれはもう、 ほとんど「経営」マインドですね。びくともしない美意識とは、どういう要素から成り立っているのでしょうか?

佐藤:びくともしないということは、いわば骨格がしっかりしている、ということです。建築を事例にすると、建築には構造と意匠がありますよね。

川島:構造と意匠。

佐藤:大雑把に言えば、建築物の躯体を担っているのが構造で、それを覆っているのが意匠になります。デザインは構造の部分も意匠の部分も包括しているわけです。

川島:デザインとは、てっきり意匠の方を指すのかと思っていました。

佐藤:いえいえ、デザインは、構 造と意匠の両方を請け負うものです。そして構造には、10年たってもびくともしない強度が求められますが、意匠は、時代の変化に合わせて微妙に調整しても 構わない。どちらもデザインの仕事です。あらゆる製品や企業を「構造と意匠」という考え方で因数分解して、それぞれのデザインを考える。僕が必ず意識して いることです。

川島:もう少し具体的に教えていただけますか?

佐藤:ブランドロゴのデザインで説明しましょう。ロゴひとつとっても構造と意匠という考えのもとでつくります。まず、ロゴの場合、文字を使いますよね。文字には、実は「骨」があります。

川島:文字の骨?

佐藤:ええ、骨です。文字にはいろいろな種類の書体がありますよね。

川島:明朝体とかゴシック体とか。

佐藤:明朝体でも、実に多様な明朝体があります。それぞれの書体は、何が違うかというと、「骨格」が違うんです。

川島:どういうふうに違うんですか?

佐藤:文字の中心を追いかけると、文字の中心となる軸がそれぞれ違うんですね。それが書体の「骨格」です。

川島:ああ、Aという明朝体と、Bという明朝体では、同じ明朝体なのに印象が全く異なったりする。それは「骨格」がそもそも違うからなんですね。

佐藤:文字の場合、この「骨格」 こそが、先ほど言った「構造」にあたります。デザイナーは、新しい文字のロゴをつくるに当たっては、文字の「骨格=構造」をデザインしなければなりませ ん。その企業やその製品の特徴を的確に表現している「骨格」なのか。未来を見据えた時に、長年にわたって愛される「骨格」なのか。それを、徹底して検証し ていくわけです。

川島:卓さんがデザインした「明治おいしい牛乳」も、ロゴの「骨格=構造」がポイント、というわけですね。誰もが抱いている「清潔でおいしそう」というイメージは、文字の「骨格」が寄与している部分が大きいのだと腑に落ちました。




佐藤:「明治おいしい牛乳」にし ても、「ロッテ キシリトールガム」にしても、僕がロゴデザインを手がけてから、すでに10年以上がたっていますが、全く手を加えていないのです。もちろんパッケージとし ては、多少の文言が加わったりなくなったりと、微細な調整、つまり「意匠」の改変をしてはいるのですが、ロゴデザインそのもの、つまり「構造」は全く変え ていないのです。

 

 

アップルのマーク描けますか?

 

川島:時代の変化にびくともしない「骨格=構造」をつくったからということですね。確かに「明治おいしい牛乳」にしても「ロッテ キシリトールガム」にしても、ロゴの印象がはっきりと記憶に刻まれていますし、ちっとも古びて見えない。暮らしの中に根づいて、馴染んでいる感じ。

佐藤:デザインとは、とかく「意 匠」を指すと思われがちですが、人の記憶に残るのは「構造」だったりするんですよ。例えばアップルのマークってあるじゃないですか? この間、新聞を読ん でいたら、一般の人たちにアップルのマークを見ないで描いてみてくださいという調査をしたそうです。そしたら、意外と細部はでたらめだった。葉が付いたリ ンゴという大枠は合っていたのですが、ディテールはバラバラだったんです。

川島:確かにリンゴマークという印象はあるのですが、どんな風にリンゴが欠けていたかとか、葉っぱの大きさはどうだったとか、自分の記憶を辿ると、描けるかな……。

佐藤:でしょう? 人は、葉が付いたかじられたリンゴという「構造」は覚えているのですが、細かい「意匠」は覚えていない。逆にいえば、記憶に残る部分は、あくまで「構造」。まずは、長持ちする「構造」をデザインすること。それがとっても大事なんです。





(4)に続く

INTERVIEW: 佐藤卓  第2回 「アート」になったら「デザイン」はおしまいだ

 

「アート」になったら「デザイン」はおしまいだ

佐藤卓デザイン事務所 代表 佐藤卓(2)

 

 

グラフィック、プロダクト、空間とデザインを分ける意味はあるのか?


川島:日本のデザインの世界って、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、空間デザイン、そして建築デザインと、それぞれの分野に専門デザイナーがいて、何となく枠組みができちゃっているんですが。

佐藤:欧米のデザイン教育の現場では、そういう分野の区分を、あまり感じさせないところもたしかにありますね。

川島:グラフィックもプロダクトも空間も、全部手がけるデザイナーがたくさんいますよね。この違いって何だろうって、ずっと不思議に思ってきました。日本のデザイン界はなぜ、分野ごとに縦割りになっちゃっているのかと。

佐藤:その縦割りの枠組みは、専 門性と言い換えることができるかもしれませんね。ゆえんがあってできあがってきたと思うので、僕は、それはそれでいいと考えています。ただ、専門から見え てくる全体観みたいなものは、どの分野のデザイナーも、持っていなければならない能力ではないでしょうか。

川島:どういうことですか?

佐藤:例えばグラフィックデザイ ナーが、パッケージデザインを手がけることは、特別なことではありません。当然のことながら、パッケージとは空間の中に置かれるものですから、デザイナー は空間を意識するわけで、そこで平面と立体がつながっていくのです。でもこういうことは、プロダクトにしても空間にしても、他の専門分野のデザイナーで も、同じことではないでしょうか。つまり、デザイナーとは、周辺環境との関係性の中でデザインを考える。これは、すべてのデザインに求められる要件だと思 うのです。

川島:ちょっと意地悪な質問ですが、そこまで広い視野を持っているデザイナーって、そう多くないんじゃないですか?

佐藤:でも、自分のテリトリーはここだけと決めているデザイナーの仕事は、言ってみれば、箱庭の中でデザインしているようなものです。

川島:つまり、グラフィックなら平面だけ意識していればいい、プロダクトならその製品だけに限定して考えればいいみたいなことですね。

佐藤:そうです。非常に狭い範囲 でデザインをとらえてしまっている。これと同じようなことは、ファインアート的な思考を持っているデザイナーにも言えることです。デザインをアート的にと らえてしまうと、自己表現が先立ってしまうので、それとの格闘が始まり、同じように箱庭的なデザインに陥っていく。だから僕は、アートになったらデザイン はおしまいと考えているのです。















川島:ちょっと過激なフレーズです(笑)。でもそれは、卓さんが最初におっしゃった「やりたいことをやる」ということですね。つまり、自分が作りたいものをデザインしてしまう。

佐藤:そう。箱庭的な世界の中で閉じこもってデザインしてしまうと、できあがったデザインは、いろいろ余計なものが付いてきてしまうわけです。

川島:「アート=美術」と「デザイン」は全く異なるものということですか?

佐藤:80年代は、アートとデザインが何となく融合していた時代でしたが、私はその頃も、ずっとおかしいと感じていました。アートにはアートでやるべきことがある、デザインにはデザインでやるべきことがあると思っていたのです。

川島:卓さんの中で、双方の関わりは、どのようになっているのですか?

佐藤:デザインはアートよりももっと大きな概念です。デザインとアートは、それぞれのやるべきことを明らかにすることで、大きな力を発揮するのではないでしょうか? 最初から何となく融合しているような状況からは、何も生まれないと思うのです。

川島:なるほど。

佐藤:例えばハイブリッドは、ガソリンと電気、そして今では水素があって、そもそも完全に分けられているものがひとつになることで、物凄い威力を発揮するわけです。最初から何となく融合するみたいな曖昧さは、一切ないわけです。

川島:そもそもの専門性が明快に分かれた状態で、合体するとか融合することで相乗効果が生まれるということですね。そのためには、そもそもの専門性の質が高くないといけないのでしょうね。

佐藤:そういうことだと思います。

 

 

企業が収益だけを大事にすると世の中を貧しくする

 

川島:企業のデザインチームの 方々と仕事していて感じるのは、物事を専門性の壁の中でしか見ていないということです。家電は家電の世界だけ、クルマはクルマの世界だけみたいな。一方、 それを使う人たちは、その製品と、暮らし全体の中で関わっているのが当たり前の状態にある。つまり、家電とクルマとは、暮らしの中でつながっているので す。

佐藤:僕も全く同じ意見です。

川島:卓さんにそう言ってもらえ ると勇気が湧きます(笑)。勢いを得て、もう少し言わせてもらうと、モデルチェンジしなくていい製品もいっぱいあると思うのです。無理して新製品を出し て、広告を打ったり、派手な謳い文句を付けて売り出す必然性は、使い手から見るとなくなっていると思うのです。これだけたくさんの新製品を送り出すこと に、矛盾を感じている人もたくさんいると思うし。だけど企業側は、新製品の大量生産という歯車を止めようとしない。卓さんはどうしてこうなっていると思わ れます? 

佐藤:企業って、やっぱり収益が大事なわけです。

川島:前年比○○%アップみたいなことですよね。その文脈で言えば、四半期決算の結果が問われるようになって、短期的な数字を追う意識が強くなっていると感じます。

佐藤:そうですね。そして短期化していけばいくほど、目の前の数字を上げていくことが目的化してしまうわけです。

川島:それって問題じゃないですか?

佐藤:そうです。だから、いま一度、立ち止まって考える時期なのだと思います。大きな意味で言えば、企業が存在する目的は何なのかを見つめてみるということです。そもそもの存在意義は、金儲けだけなのかと。

川島:そもそもですよね。

佐藤:そう。そもそも経営者の理 念はそうじゃなかったのかもしれない。しかし、組織として動き出してしまうと、いつの間にか、前年比を上げる、四半期決算を順守する、金儲けが目的化して しまったのだと思うのです。しかし、結果的にそれは、世の中を疲弊させてしまう、心を貧しくしてしまうのではないかと、僕はとらえています。

 

 

世の中を引っ張るのは文化で経済は付いてくるもの

 

川島:大企業の中で、疲れて暗い顔をしている方、結構多いと感じます。むちゃぶりな質問ですが、世の中をもう少し豊かにするためには、どうしたらいいと思われます?



佐藤:経済が世の中を引っ張るのではなくて、文化が世の中を引っ張る構造になっていくことが大事ではないでしょうか? 文化が方向を指し示し、経済は後から付いてくるというのが理想だと思うのです。自転車に例えると、前輪が文化で後輪が経済みたいな関わりです。

川島:自転車? なるほど。分かりやすい事例です。

佐藤:「前輪=文化」は進む方向 づけをして、「後輪=経済」は走るためには絶対必要なわけです。だから前輪と後輪、それぞれの存在意義は明快であり、人間が暮らしていくために必須な要素 ではないかと。文化と経済の関わり方がそのようになっていけば、世の中がもう少し豊かになると思うのです。

川島:そうですね。でも、その自転車の例えで言うと、デザインはどこに位置づけられるのでしょうか?

佐藤:前輪と後輪をつなぐ役割になります。

川島:車体でありチェーンであり、肝心かなめなところですね。

佐藤:そうです。さらに付け加えるなら、自転車には、いくつか機能が付いていますよね。例えばギアの段階調整によって、坂道でもスムースに運転できる、子供を乗せても安全にコントロールできる、そういう仕組みまで含め、考えていくのがデザインなわけです。

 

 

良いデザインはコスト低減につながる

 



川島:大事な存在な割には、企業の中で重要視されていない気がするのですが。

佐藤:そうかもしれません。ちょっと高くても、凄く素敵なものだから買いたい、使いたいっていう気持ちは、たくさんの人が持っているもの。そして、そこを担えるのがデザインです。それをうまくすくい上げる製品も、それをつくる企業も、もっと増えていいと思うのです。

川島:そうですよね。良いデザイ ンのものだったら、少し高くても手に入れて、長く愛用したいっていう思いは、暮らしを取り巻くあらゆるものに共通していると感じます。考えてみれば、アッ プルだってそうですし、エルメスなどのラグジュアリーブランドは、その最たる事例かもしれません。だから、企業はお金や手間暇を、もう少しデザインにかけ てほしい。低コストであまり良くないデザインのものを頻発するより、少しコストをかけても良いデザインのものをきちんと出せば、ロングセラーになって、結 果的にはコスト低減につながっていくと思うのです。
 
佐藤:その通りです。






(3)に続く

INTERVIEW: 佐藤卓  第1回 目立たせようと思ったら「下手なデザイン」をすればいいんです

 

目立たせようと思ったら「下手なデザイン」をすればいいんです

佐藤卓デザイン事務所 代表 佐藤卓(1)

 

佐藤卓(さとう・たく)
グラフィックデザイナー
1979年東 京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了、電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所設立。「ニッカ・ピュアモルト」の商品開発から始まり、 「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」などの商品デザイン、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」のグラフィックデザイン、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」「全国高校野球選手権大会」等のシンボルマークを手掛ける。 また、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」総合指導、21_21 DESIGN SIGHTディレクターを務めるなど 多岐に渡って活動。著書、展覧会も多数。

 



川島:佐藤さんは、ここ5年間、グッドデザイン賞の審査副委員長を務めてこられました。私も審査委員の端くれとして、ご一緒してきたのですが、グッドデザイン賞の対象範囲がどんどん広がっていますよね。プロダクトに限ったものではなく、建築やソフトウエアなども候補に上がる。「デザイン」の定義や範囲が、いまずいぶん広がっているような気がするのですが。

佐藤:思うに、東日本大震災がデザインにとって大きな転換点になったと思います。

川島:東日本大震災が?

佐藤:震災を機に、本当の豊かさとは何か、と誰しもが自問自答するようになった。モノがあふれていれば豊か、おカネを持っていれば豊か――。そんな価値観はそろそろ終わりじゃないかなあ、という感覚は多くの日本人の中にすでにあったと思いますが、震災を経て、はっきり表に出てきた。本来の豊かさは、物質的なものだけじゃない。自分自身の中にどんな豊かさを持っているのか。自分が何を豊かと感じ取れるのか。豊かさの基準が変わろうとしているわけです。となると、人々に豊かさをもたらす手段であるデザインも、変わっていかざるを得ません。

川島:そんな変化の中で、改めてデザインが果たす役割は?

佐藤:デザインとは、“やりたいことをやる”ことではない。“やるべきことをやる”ことだと、僕はとらえています。

川島:“やるべきことをやる”ことがデザイン?

佐藤: デザイナーが“やりたいことをやる”というのは、「デザイナー自身が作りたいものをデザインする」ってこと。対して、デザイナーが“やるべきことをやる”というのは、「人と人を含めた環境をつなぐ」ことです。

川島:「僕のデザイン」、「designed by ○○」って感じで、デザイナーが声高に主張しているデザインってたしかにあります。

佐藤:笑

川島:卓さんは、著名なデザイナーだけど、「俺様のデザインだっ」って打ち出し方、されませんね。

佐藤:デザイナーが“やりたいことをやる”じゃなく“やるべきことをやる”を突き詰めると、ユーザーが限りなく「意識しないデザイン」になっていく。デザインとは、デザイナーが自己主張するものじゃなく、むしろユーザーの無意識と共鳴するような存在だと、僕がとらえているからでしょう。

川島:「人がデザインを意識しなくなる」 ?

佐藤:ええ。これからもっと、「意識させないデザイン」が重要になってきます。20世紀は人間が自分のことばかり考えてきました。21世紀は、動物や植物、地球全体を視野に入れ、共に暮らしていかねば、次の未来はない。そんな時代に、オレがオレがのデザインはふさわしくない。デザイナーも、ただモノのデザインをしていればいいってもんじゃない。

川島:じゃあ、何をすればいいんですか?

佐藤:総体の中で交差点を見つけるということです。

 

 

人とそれを取り巻く環境を、どうつないであげるかがデザイン

 

川島:交差点? どういう意味ですか?

佐藤:僕が、ある企業の新製品のパッケージデザインを依頼されたとします。まず何をするかというと、その企業の理念にはじまり、製品の特徴、競合製品との違い、ビジネスとして目指すところなど、製品に関するあらゆる要素について知ろうとします。

川島:そこまではわかります。優秀なデザイナーはたぶん皆そうするでしょうね。

佐藤:ええ、でも、そこで終わらせたら、ただモノのデザインをするだけに終わります。
一方で、対象となるモノから離れ、今度は今という時代の中で、人々が抱いている価値観、地球環境を取り巻く課題などを、徹底的に調べてみる。最後に、それらを俯瞰して、最適なつなぎ方、つまり「交差点」となるべきところを見つけ、実際につなげるのです。

川島:へえ、面白いですね。でも、その「交差点」、どんな風に見つけるのですか?

佐藤:人とそれを取り巻く環境をどうつなげばいいか、ずーっと考えながら全体を眺めていると、物事を結び付ける線が比較的集まっているところが見えてくるのです。その集まっているところを、必要最低限の範囲で、ちょっとつまんであげて、交差点をひとつ作る――。そんなイメージですね。僕の考えるデザインとは。やり過ぎちゃダメだし、やり足りないと、デザインにならない。ちょうどいいつなぎ方、結節点を創って行くということです。


















川島:となると、デザイナーの仕事とは、今あるものをつなぐということで、新しいものを生み出すことではないのですね。

佐藤:そうです。実際、新しいことなんて何もやっていないですから。

川島:本当にそうなんですか?

佐藤:例えば、僕がデザインを手がけた「明治おいしい牛乳」の場合、中身である牛乳のナチュラルテイスト製法は、クライアントである明治乳業(現・明治)さんがつくったもの。パッケージに用いた紙にしても、文字にしても、色にしても、すべて世の中に既にあったもの。以上を「編集」して、ああいうパッケージデザインにしたのが僕の仕事。ゼロから新しい何かを生み出したわけではないのです。

川島:その「編集」のプロセスが「ちょっとつまんで交差点をつくる」ということなんですね。でも、デザインするって新しいものを作る仕事だ、と思っている人、結構いると思います。

佐藤:デザインの「新しさ」って、「新しい」つなぎ方を見つける、「新しい」仕組みを作るということであって、「新しい」ものを作ることではない。世の中、そんなに「新しい」ものってないわけですから。例えば新しい数式が発見されたとします。でも、それって実は、宇宙の中には既にあって、いわば見つからずに眠っていただけの話でしょう?

川島:言われてみればそうですね。

佐藤:それを、天才数学者がある時、発見するわけです。見つけちゃうわけです。つまり、既にあるのだけれども気づいていなかったものに気づき、指し示すことが「新しい」につながる。これ、デザインにかかわらず、たいていのことがそうじゃないかな。

 

 

自分の個性ではなく、相手の個性を表現してあげること

 

川島:「ちょっとつまんで交差点をつくる」のがデザインの果たす役割とおっしゃいましたが、具体的なデザインワークの中で「これがどんぴしゃ、今できました!」みたいな感覚ってあるのですか?

佐藤:正直言ってないです。ただ、本当にやるべきことがやれると、意識の中から「デザイン」が消えるんです。

川島:「デザイン」が消える?

佐藤:みなさんの生活の身の回りにある大半のものは、目を引くデザインなんか必要ありません。僕はそう思っています。つまり、ごく当たり前のように日々使うものは、デザインが前に出ているのではなく、デザインを意識させない方が、デザインとして優れている。

川島:逆の商品、けっこうありますよね。パッケージが派手で店頭で目立つのだけど、家に置いたらダサくて困る。

佐藤:だから目立たせようと思ったら、「下手なデザイン」をすればいいのです。
川島:スーパーのチラシなんかがそうですよね。派手派手で目立つけれど、デザインとしては決してかっこいいものじゃない。




佐藤:ですから「派手派手」で「下手な」デザインも必要なんですよ。スーパーのチラシなども、見た瞬間に「お、これがセールなのか?」と目に留まらなければいけない。初めて見た瞬間に目に留まる。そして、そこからせいぜい数日間もてばいいデザインなわけです。

川島:中長期にわたって使うことは、想定する必要がないデザインもある、ということですね。ただ、ずっと長く使う商品や、企業のブランドイメージを決定するロゴのようなものは、ただ派手なだけ、つまり「下手なデザイン」では困っちゃいます。

佐藤:もちろんです。確実に、10年持つ、20年持つ、30年持つものでなければならない。その間に、世の中も人の価値観も変わっていくだろうけど、それでもびくともしないデザインが要されるわけです。僕らグラフィックデザイナーは、そのためのスキルを磨き、たとえば0.1㎜単位で目配りして、最適な判断をしていかなくてはならない。そのあたり、いわば職人と一緒。一生高みを目指して鍛え続けなければいけないのです。

川島:例えばロゴをデザインする仕事も、物凄い緻密さが要求されるのでしょうね。

佐藤:そうです。個性をきちんと把握した上で、最適なかたちで表現することが大事で、後はいらない部分を全部取り除いていく。グラフィックデザイナーの仕事とは、自分の個性ではなくて、相手の個性を表現してあげることなのです。

 

 

仕事を頼まれたら、必ず工場まで出かけていく

 

川島:では、相手の個性を把握するために、デザイナーは何をしなければいけないのでしょうか?

佐藤:僕の場合は、さっきお話したように、徹底していろいろなことを調べます。企業の方からたくさんお話をうかがいますし、工場に行ったりもします。その企業の製品は、どんなモノ作りの工程を経ているのか、それを知らないで、デザインをするって失礼な話じゃないですか? だから、必ずモノ作りの現場に行くことにしているのです。

川島:カメラ用レンズなど光学機器で定評のある「シグマ」の企業ロゴも、卓さんが手がけています。当然、まずは工場に行ったわけですね。



佐藤:福島のシグマの工場に足を運んで、物凄く精密な製品を高い精度でつくっている企業であることを実感しました。現場で働く方々にとっては当たり前のことなのですが、僕のような外部の人間から見ると信じられないほど凄いことをやっている。シグマは、とても高性能なレンズと、実にユニークなカメラを作っていて、強い独自性と高い価値を持っています。熱烈なファンがいて、プロからの評価も高い。そこをきっちり表現することが僕の仕事です。シグマの精度、完成度を、企業の顔としてのロゴに反映させなければならないと、深く感じ入りました。

川島:ブランドロゴって大切ですよね。コーポレートアイデンティティーを示すロゴの出来が、社外に向けてのブランディングのみならず、社員のモチベーションを上げることにもなる。

佐藤:そもそもコーポレートアイデンティティーとは、外と内の双方を視野に入れなければならないもの。ロゴが変わる、メッセージが変わることで、企業で働いている方々の意識が変わってくる部分は確実にある。デザインが果たす役割は大きいです。また、シグマのケースが典型ですが、僕の仕事の中には、ある企業のロゴ、ブランドのロゴを見直す仕事がけっこうあります。ロゴをリニューアルする仕事は、その企業の財産の輪郭をはっきりさせる作業でもあります。何年もかかりますし、ロゴができておしまい、ではありません。

川島:シグマ以外にも、ブランドロゴのリニューアルを手がけたケースは?

佐藤:化粧品のポーラグループのオルビスを手がけました。すでに6~7年のおつきあいになります。ロゴも以前のものを微妙に変えているのです。



川島:ロゴのモデルチェンジって、がらっと変えられちゃうと、それまでのお客さんは見捨てられたような気がしちゃいますよね。でも、ブランドイメージは刷新しないといけない。少し変えるというのは、大きく変えるということより、実は難しいのでしょうね。

佐藤:オルビスの場合は、関わった早い段階で、ロゴを変えなければならないと、強く感じました。以前流行っていた書体をそのまま使っていたからです。それで「このままにしておくと、10年後、20年後に、時代遅れの恥ずかしいロゴになってしまいます」と、はっきり申し上げたのです。

 

 

同じ「顔」だけど前よりいい表情になった

 

川島:流行りの書体を使っちゃダメ?

佐藤:流行りを使ったら、絶対、古くなります。「流行り」の次には「廃り」が来ますから。ただ、僕が提案した新しいロゴは、実に少しだけしか変えなかったので、「何でそんな微妙に変える必要があるのか」「ぱっと見で、変わって見えないなら変えない方がいい」といった意見も社内から出てきました。でも、ロゴとは企業の「顔」です。もっとも重要なアイコンです。相手の「顔」が、ある日突然がらっと変わったりしたら、びっくりするじゃないですか。いつもと同じ「顔」だけど、なんだか前よりいい表情になった――そんな提案をしたわけです。

川島:卓さんのデザインはとっても精度が高い感じがするんですけど、一方でここ数年、デザインの世界には「ユルいデザイン」が流行ってますよね。

佐藤:「ユルさ」がその企業やブランドの“らしさ”を表している場合は、「ユルくする」ことが、その企業のデザイン精度を高めることにつながります。つまり、「ユルさの精度を高める」わけですね。

川島:「ユルさの精度を高める」? 

佐藤:例えば「ゆるキャラ」のデザイン。

川島:ああ!

佐藤:もちろん、たくさん登場している「ゆるキャラ」の中でも、精度の高低はあります。例えば「くまモン」は、「ユルさの精度」が高い。プロの仕事です。

川島:じゃ、人気ナンバーワンの「ふなっしー」はどうですか?

佐藤:あれは、ものすごく素人っぽいデザインを「これでいいのだ」とあえて押し出すことを楽しんでいる。「くまモン」の逆ですね。

川島:どっちもあり?

佐藤:ありです。

川島:問題は、それ以外の「ゆるキャラ」が、どっちつかずのデザインで、誰の記憶にも残ってないってコトかな……。

佐藤:そう。「ゆるキャラ」のデザイン問題は、普通の商品のデザイン問題と同じってことです。





(2)に続く