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火曜日, 9月 15, 2015

6リットルに73億人の脳が収まる|齊藤元章


あと10年で、6リットルに73億人の脳が収まる:PEZY Computing齊藤元章が描く「プレ・シンギュラリティ」の衝撃

9月29日に開催する「WIRED A.I. 2015」に登壇するPEZY Computing創業者・齊藤元章。学生時代から日米で10社もの会社を立ち上げてきた異色のシリアルアントレプレナーの齊藤は、自らがつくるスーパーコンピューターが、シンギュラリティの到達をもっと早く実現させると言う。一見奇抜にも映る彼の未来ヴィジョンは、どんな発想から生まれているのか。同じくカンファレンスに登壇する宇宙物理学者・松田卓也が、彼が主宰する「シンギュラリティ・サロン」にて齊藤に訊いた。


松田卓也が主宰するシンギュラリティを議論することを目的とした勉強会「シンギュラリティ・サロン」第7回に登壇した齊藤元章。

異色の「Dr. シリアルアントレプレナー」

松田 齊藤さんのことを知ってまず驚いたのは、もともとお医者さんだったということです。

齊藤 地元の新潟大学医学部を卒業して、医局に入る段階で東京大学の放射線科に入りました。最終的には核医学の専門へ進むのですが、研修医時代はすべてをやらなくてはいけません。診断業務をやりながら、治療の患者さんを受けもつといったことをしていました。

松田 そのときに、画像診断用のソフトウェアを開発されたそうですね。どういうきっかけがあったのでしょうか?

齊藤 当時、東大に世界に10台しかない超高速CTがありました。そのころ、一般的なCTはX線管球と検出器を2~3秒で1回転させて撮像する仕組みだったのですが、それだと1秒に1回拍動する心臓などを写してもぼけた画像しか撮れません。一方、超高速CTは1秒間に17回ものスキャンができたのです。これだと動画の断層画像も撮影できます。わたしはそれに非常に感銘を受けて、夜な夜な、どんなしくみになっているのだろうと機械の中をばらしてみたりしていました。実際に何度か装置を壊して怒られたこともありましたが…。いま思えば、そういう医療機器への興味が当時からあったんですね。


松田 医者なのに、工学的なことに興味をもつのは珍しいですよね。

齊藤 父親が新潟大学の工学部長だったのですが、まさに生体情報工学という科を文科省と掛け合って新設し、医工連携をずっとやっていたような人だったのです。その影響もあって、小さいころから機械がたくさんある環境で育ったことが工学に興味をもつきっかけだったと思います。

松田 なるほど。そして、その後アメリカにわたって、医療機器開発の企業をつくられたんですね。渡米や起業のきっかけはなんだったのですか?

齊藤 放射線科の学会発表で海外に行くことがあったのですが、そこで海外の有名な先生方にお会いすることができ ました。そのときに「お前みたいに変わったことをやっている人間は、日本にいるよりこっちに来てやったほうがいいぞ」と言われたんです。実は、先ほど述べた東大にあった超高速CT装置を開発したのは、スタンフォード大学の教授でかつ起業家の方なのですが、その方から「おれが面倒を見てやるからアメリカに来ないか」と誘われました。シリコンヴァレーにあるオフィスに間借りしていいし、手ほどきをしてやるから、そこから研究開発事業を立ち上げなさい、と。そういうことなら飛び込んでみたいと思って、渡米することになりました。

松田 そうだったのですね。少し前、東大発のロボット・ヴェンチャーのシャフトがグーグルに買収されたこ とが話題になりましたよね。彼らは日本で実用化を進めようとしたけれど、誰もサポートしてくれなかった。結局、米国防省高等研究局(DARPA)が支援して、ロボットが完成したらグーグルが買ってしまった。あれは日本の大損失ですよね。齊藤さんがアメリカで起業されたと初めて聞いたときは、同じような思いからアメリカに行かれたのかなと思ったのですが。

齊藤 個人的にもシリコンヴァレーに行きたかった、ということはありました。早く世界基準で結果を出したかった し、自分の力が世界でどのくらい通用するのかを知りたかった。日本で何年かやってから渡米するよりも、直接アメリカで挑戦したいと思っていました。そう思っていたところに、たまたまその先生に手をさしのべていただき、一も二もなく行くことを決めました。

松田 その結果、医療機器ヴェンチャーを立ち上げて見事に成功したわけですね。どれくらいの規模の会社になったのですか。

齊藤 起業から7、8年経ったころには、売上げ60億円、社員数350人くらいになりました。

松田 すごいですね。しかも、今度はその会社をやめて、CPU開発へ進まれた。

齊藤 当時、医療はいろいろな産業分野のなかでも、特にプロセッサのパワーや帯域、メモリ容量が必要で、 HPC(High Performance Computing:大規模計算)のニーズがありました。そこで、HPCをつくるために医療システム用に開発した技術が転用できるのではないかと考えていたのです。
また、会社が大きくなって、外部株主も入ってきて上場の話などが出てくると、経営面の仕事が忙しくなってきたこともあります。次のクオーターの利益はこれだけ出さないといけないとか、プロセッサ開発をやめれば来期は5億円の利益が出せるだとか、そういった話ばかりになってしまって…。自分がやりたいことが次第にできなくなってきて、これはよくないな、と思うようになりました。プロセッサの開発は一度歩みを止めると二度とキャッチアップできないほど進化のスピードが速く厳しい世界になっていたこと、また医療システム開発への興味が薄れてきたこともあって、医療を離れてプロセッサ開発に特化した会社を日本でつくることにしたんです。

松田 失礼ですが、齊藤さんはもともとお医者さんで、診断技術の開発をしてきたとはいえ、CPU開発の専門家ではないですよね。

齊藤 ええ、まったく違います。耳学問で積み上げてきた知識だけの、まさに門前の小僧状態でした。実際、周囲の優秀な社員の協力があって、なんとかここまでやってこられたという感じです。

松田 素人とわかっていて、あえてやろうと思ったこと、そして実際にやれたということがすごいですね。

齊藤 みんな、やらないから結果が出ないだけじゃないでしょうか。やってみれば、けっこう結果は付いてくるもの だと思います。おそらく、必要性、必然性に勝るモチヴェーションはなくて、逆に目標もなく何かをつくっていくと、方向がぼけてしまったり、最短距離で進めなかったり、欲しいものをつくれなかったりする可能性も大きくなる。目標があればこそ、最短距離で一直線に進むことができるのだと思います。

松田 齊藤さんが開発されてきたのは、組み込みチップですね。普段目にする記事では「スーパーコンピューター」(スパコン)として扱われているので、最初からスパコン開発が目的だと思っていたのですが、違ったのですね。

齊藤 ええ、現在スパコンとして使っているチップを含めて、実はすべてが組み込みチップとして開発してきたものです。

松田 それなら話がわからないわけじゃない。お医者さんがいきなりスパコン開発をしたと聞くと「なぜなんだろう?」と思いますが、そうじゃなくて、もともとは医療診断用機器の組み込みチップとして開発したということですね。

齊藤 ええ。もっとも、ここ3〜4年は医療に特化せずに、組み込みチップとして産業領域全般として使えるように開発していますが、過去十数年は医療に特化したチップの開発を行ってきました。

松田 齊藤さんの開発したスパコンは、現在、理化学研究所とKEK(高エネルギー加速器研究機構)で使われていますね。どちらも日本有数の研究機関ですが、よく入れられましたね。

齊藤 実際は、すべて貸出のかたちで入れさせていただいています。国の機関では正式な導入は1〜2年の長期選定 プロセスを経る必要がありますから。現在KEKと理研で稼働している3台のスパコンはすべて、共同研究契約を結ばせてもらって、わたしたちの費用で開発したものを設置させてもらい、研究目的で使用していただいているというかたちです。

松田 たしかに国の機関があれだけ大きなものを導入するには時間がかかりますよね。昔、宇宙研(現JAXA)に桑原さん(桑原邦郎) というマッドサイエンティストがいましてね。彼は宇宙研にスパコンをいれる選定委員長をやっていたのですが、いろいろ面倒なことが多い。それで自分でスパコンを買うと決意して、実際に自宅にスパコンを置いたんです。最盛期には、彼はスパコンを6台ももっていました。ぼくも何度か自宅に行きましたが、西小山のスーパーマケットの中を通って行くと、スーパーコンピューターがあるんですよ(笑)。桑原さんはもう亡くなられましたが、彼はスパコンが大好きだったから、もし生きていたら齊藤さんと意気投合したでしょうね。もっとも、スパコンを買う代わりに、「貸せ」と言ってきたでしょうが(笑)。

齊藤 桑原先生とは直接お会いしたことはなかったのですが、本や記事を拝見したことはあります。

松田 桑原さんは間違いなくマッドサイエンティストだけど、齊藤さんもかなりマッドサイエンティストですね。ぼくはマッドサイエンティストが大好きで、自分もそうなりたいんです。ぼくの目標は映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクになることですからね(笑)。



齊藤元章|Motoaki Saito, M.D., Ph.D.
1968年生まれ。メニーコアプロセッサ開発のPEZY Computing代表取締役社長、液浸冷却システム開発のExaScaler代表取締役会長、超広帯域3次元積層メモリ開発のUltraMemory創 業者・会長を務める。医師(放射線科)・医学博士。大学院時代から日米で医療系法人や技術系ヴェンチャー企業10社を立ち上げた研究開発系シリアルアントレプレナー。2003年に、日本人初の「Computer World Honors」(米国コンピューター業界栄誉賞)を医療部門で受賞。著書に『エクサスケールの衝撃』がある。PEZY Computingは今年、スーパーコンピューターの単位消費電力当たりの演算性能ランキング「Green500」で、日本企業初となる1〜3位独占を果たした。9/29開催の人工知能カンファレンス「WIRED A.I. 2015」にも登壇が決定している。
http://www.pezy.co.jp/
http://www.exascaler.co.jp/

 

 「
ムーアの法則」は終わらない

松田 現在、人工知能の研究はソフトウェアが中心ですが、今後はハードウェア化が重要になると思います。齊藤さ んがこれから取り組もうとしているのが、将来の人工知能へ応用するための、「ニューロ・シナプティック・チップ」(脳の能力を模倣するよう設計されたチップ)の開発ですね。

齊藤 現在わたしたちの会社で開発している「PEZYチップ」は小脳レヴェルには適用できますが、大脳皮質の機能を実現するためには、発想を大きく変える必要があります。現在とはまったく違うアーキテクチャのデヴァイスを開発する必要があると考えています。

松田 ニューロ・シナプティック・チップは、どんなアーキテクチャになるのですか?

齊藤 まだアーキテクチャと呼べる段階ではないのですが、目指しているのは、CPUコアよりもインターコネクト を遥かに重視した構造です。現在のCPUはメニー・コア化が進んでいるのに対して、コア同士が通信するインターコネクトの部分が相対的に貧弱になっています。コア数に対するインターコネクトの数の比率は、年々どんどん下がってきています。この傾向を根底から見直して、現在とは逆に、まずはインターコネクトありきで、そこにコアを埋め込んでいくという発想で、コアとインターコネクトの比率を現在の1,000対1から、ニューロンとシナプスの1対1,000という真逆の比率に近づけていきたいと考えています。もちろん、コアの規模も小さすぎてはできることが限られてしまうので、最終的なコアの数は、脳のニューロンの数に相当する1,000億のスケールを目指したいと思っています。

松田 大脳だけならニューロンの数は100億程度だから、1,000億というのは小脳も入れての数ですね。いまのCPUチップはインターコネクト、つまり、コア間の通信がネックだという問題意識があるのですね。

齊藤 今回のCPU開発でも、ノードやコアを集積してコンパクト化するところは、冷却を含めて大きな問題なく乗り越えられたのですが、そこから出てくるインフィニバンドのコネクションの数がとんでもない数なのです。今回はスイッチも液浸槽の中に収めたのですが、CPUの外にもってきてスイッチに接続するケーブルの数だけでも数百本になってしまいます。これを何とかしないと、これ以上の高集積化は難しいだろうと思います。低エネルギー化の問題もありますし、レイテンシーもどんどん大きくなりますから。インターコネクトをどうするのかが次のステップの開発目標です。それを解決する方法として、慶應義塾大学の黒田(忠広)教授が10年来開発してこられた磁界結合に注目しました。磁界結合でコネクションを実現できるなら、それを最初から圧倒的に高集積にして実装し、コアはあとから埋め込めばいい、という発想の設計です。

松田 いままでのコンピューターとは発想がまったく違いますよね。普通、インターコネクトはワイヤーで行ないますが、そのワイヤーをなくして磁界で通信しようと。普通、無線というと電波ですが、電波でもないのですね。

齊藤 磁界ではありますが、電磁界でもないのです。わたしたちも時々混同してしまうのですが、磁界を超近距離で使う場合には、物理学で習う電磁界の法則も無視できる。実質的には干渉の問題もないのです。

松田 近接場というのは昨今注目されていますね。だけど、近接の変動磁場というのはあまり考えない。これはすごいですね。

齊藤 近接場というのはマイクロメートルのオーダーの話です。そこで、黒田先生が10年以上研究されてきたこと が、とても大きな力になりました。まだ計算上の段階ですが、想定する磁界を生ずるアンテナは2マイクロほどの大きさで、けっしてナノのレヴェルではありません。現在、5ナノレヴェルではトランジスタのゲートで電子が通りにくくなるといった問題もそろそろ考慮しなくてはならない段階に到達しつつあるそうですが、1,000倍大きいマイクロのスケールなのでまったく余裕です。

松田 1,000億のニューロンに相当するチップをつくるには、かなりの集積度も必要ですよね。ムーアの法則に従うなら、集積度の進化は10年でおよそ1,000倍程度です。それよりも遥かにすごい進化が実現できる、と齊藤さんは考えているのでしょうか。

齊藤 そうですね。ムーアの法則は終焉を迎えるという人もいますが、わたしは、3次元積層技術などが進めば、逆にこれから加速していってもおかしくないと思います。

松田 ムーアの法則は自然法則ではなくて、インテルなどの半導体メーカーの技術開発目標でもありますよね。いまの技術だと限界かもしれないけれど、3次元積層ならいけると。ただ、3次元積層には冷却の問題があると思うのですが、どうするのですか?

齊藤 冷却は発熱があるから必要なのです。つまり、発熱自体を押さえ込めばいい。インターコネクトはほとんど発 熱しません。黒田先生の文献でも、現時点でも発熱はかなり小さいことが示されています。これを遥かに小型化して1マイクロオーダーにすれば、とても小さなエネルギーで伝送できるはずです。コアからはある程度の発熱があるでしょうが、大半はインターコネクトが占めるので、発熱はそれほど大きな問題にはならないと考えています。

松田 将来完成したときのハードウェアは、どんなイメージなのでしょうか。例えば、豆腐みたいなものですか?

齊藤 黒田先生は、まさに豆腐のようなイメージを考えられているようです。立方体なのかどうかはわかりませんが、平たいものではなく、ある程度高さのあるものにはなるでしょうね。

 

 「プレ・シンギュラリティ」は10年でやってくる

松田 シンギュラリティは、2045年ごろ訪れるといわれています。30年先ですね。齊藤さんも著書『エクサスケールの衝撃』のなかで、そこへ至る前段階である「プレ・シンギュラリティ」(前特異点)について言及されていますね。

わたしの考えるプレ・シンギュラリティは、1H(ヒューマン)、つまり1人分の汎用人工知能ができるときです。カーツワイル流にいえば、チューリングテストをパスする人工知能ができる2029年ですね。米国の人工知能ヴェンチャー・ヴァイカリアスのディリープ・ジョージは、2028年までステルスモードで研究すると言っている。ちなみに2029年は攻殻機動隊が創設される年でもありますが、いまから15年後に興味深い予測が集中しています。また、ドワンゴ人工知能研究所所長の山川宏さんは2020年代の前半と言っているから、あと10年。ヌメンタ創 業者のジェフ・ホーキンスはあと5年と言っています。汎用人工知能の大家、ベン・ゲーツェルは、「一生懸命頑張ればあと10年」と論文に書いている。齊藤さんは、ニューロ・シナプティック・コンピュータが完成するのはいつごろとみているのですか?

齊藤 いまから5〜10年の間だと思っています。そのとき、汎用人工知能が実現されるかどうか、そのなかに意識 が生まれるかどうかは別にして、「6リットルに世界の人口に相当する73億人の人間の脳に匹敵する集積回路を収める」という目標を達成できるのは、それくらいのタイムスパンではないでしょうか。それが実現できれば、汎用人工知能を実現するまでにはそれほど時間はかからないと思います。

松田 それは信じがたいですね。いや、誰も信じられないと思いますよ。2045年というならまだしも、あと10 年で6リットルの箱の中に73億人分の人工知能とは。1人の人間のニューロンが100億として、それぞれにシナプスが1,000あって100億人分だと、シナプスの総数は10の23乗。10の23乗というとほぼアヴォガドロ数ですよ。それに相当するものが6リットルの中に入るとは! こんな話は、普通なら誰も信じないでしょうね。

齊藤 うちの社員も信じていません(笑)。なお、物理的に73億人分のシナプスに相当するものを6リットルに入 れるのではなく、脳神経の信号発火頻度とCPUクロックは10億倍程度の違いがありますから、そういう信号処理の速さも考慮すれば、6リットルの容量に73億人分に相当するハードウェアをつくることは可能だと考えています。

松田 齊藤さんにはいままでの開発実績があるじゃないですか。2010年から組み込みチップの開発を始めて、スパコン開発は去年からでしたか。まだ1年ほどしか経っていないですよね。

齊藤 去年の4月から始めて、7カ月でできました。

松田 スパコンをつくると決めてから7カ月でできた! このスピード感は恐ろしいですね。この実績があるから、 「6リットルに73億人」という話も大言壮語とは思えない。少しは割り引くとしても、いや、割り引いてもすごいですよね。73億人分もいりませんよ。1人分、つまり1Hの汎用人工知能で十分ですよ。



tofu doodle from Shutterstock

エクサのゲーム・チェンジャー

松田 ところで、コアよりもインターコネクトを重視するアーキテクチャというのは、それが人工知能に適したハードウェアだという根拠や背景があるのですか。

齊藤 確信はありません。ただ、人と同じことをやっていては勝ち目もないですし、やる意味もないと思っています。どうせやるなら対極的なこと、“ゲーム・チェンジ”的なことをやろうという発想を常にもっています。

このアーキテクチャが脳の形態を模倣しているとしても、そこに意識が生じるのかなどは誰にもわからない。ただ、やってみないことにはわたし自身が納得できないですし、やった結果、たとえ汎用人工知能ができなかったとしても、ほかにたくさんの応用の可能性があるはずです。まずはやってみないと話にならないと思っています。

松田 おっしゃる通りですね。YouTubeで、アメリカで機械知能をつくろうとしているジェフ・ホーキンスの 話を聴いたことがあるのですが、彼は情熱がすごい。説得力があるようにぼくには思える。ところが、専門家には評判が悪い。なぜかというと、まず学者じゃないので論文がない。そして、彼の理論には数学的な基礎がない。ホーキンスは、エジソンみたいな人じゃないかとぼくは思います。ものすごい情熱と直感の人です。齊藤さんにもその情熱を感じます。

ところで、IBMは今年、ホーキンスが開発したアルゴリズムを研究するために、100人規模の「コーティカル・ラーニングセンター」をつくったと発表しましたよね。ぼくは、これでわれわれ日本は絶対に負けるだろうと思いました。しかし齊藤さんは、IBMは間違った方向に行っていると考えているそうですね。

齊藤 知るうる限りの情報では、コーティカル・ラーニングセンターを率いるウィンフリード・ウィルケ氏が示しているようなハードウェア実現の方向・実装の方向性では効率が悪く、おそらく間違っていると思います。できたとしても規模の小さいものに留まるでしょう。

松田 それはありがたい。いい話を聞きました。われわれにも勝ち目があるということです。齊藤さんは、ウィルケと話されたんですよね。IBMと共同開発するという話はあったんでしょうか?

齊藤 先方がかなり興味をもたれて、これからも情報交換していきましょう、という話にはなりました。

松田 ここも微妙な話ですね。IBMとやればうまくいくでしょう。ぼくは、超知能が出てくるのはグーグルではな く、IBMだと思っています。IBMはたくさん保険をかけています。Watson、SyNAPSE、そしてCLA(Cortical Learning Algorithm)。どれかはうまくいくだろうし、もしかしたらすべてうまくいくかもしれない。
ただ、汎用人工知能としてはWatsonのような古典的なアプローチではダメでしょう。SyNAPSEも、学習を外部のスパコンでやっている点で、汎用人工知能としては難しい。オンライン学習ができないですから。それでIBMはホーキンスに目をつけた。これでIBMの勝利かと思っていましたが、日本には齊藤さんというエースがいた。

齊藤 いえいえ、まだまだだと思います。その意味では、まずは(京コンピュータの100倍の能力に相当する)1EXA(エクサ)級の次世代スパコンを世界に先駆けて独自につくってみせないと、なかなか信ぴょう性はないと思っています。

松田 1EXAのスパコンで、どれくらいの大きさになるんですか。

齊藤 タワーサーヴァーラックで60〜70台くらいでいけるだろうと考えています。

松田 京コンピューターに比べると圧倒的に小さいですね。しかし、あまり聞くとほかの人にばれてしまうのでまず いかな(笑)。でも、6リットルに73億人分の人工知能を収める、という話は言ってもいいかもしれませんよ。だって、誰も信用しないだろうから(笑)。発想が飛び抜けています。

齊藤 基本的に、わたしはゲーム・チェンジできないことはやらないことにしていますから。しかし、今回の開発を 行うなかで感銘を受けたのは、黒田先生をはじめ、日本ですでにさまざまな研究がなされていたということです。(コンピューターの)極薄化も、東工大の先生やディスコという大戦時には戦艦大和の主砲を削っていた会社の技術の延長線上で、要素技術が実現できています。あるいはエルピーダの元取締役CTOの方にも入っていただいて、いろいろと議論するなかで開発が進んできました。日本のなかだけでも、これだけのことができる。これはほかの国ではなかなかないことです。とても恵まれた国にいると思います。

松田 それはとても勇気づけられる話ですね。ぼくはいつも「日本はダメだ」って、悲観的な話ばかりしていますからね(笑)。

「素人の天才」が日本を救う

松田 スーパーコンピューターは各社約10人チームの2社で開発されたということですが、それは人材が10人しかいなかったということだったのでしょうか? それとも、精鋭を集められれば10人で足りるということですか?

齊藤 「足りている」なんて言ったら、きっと社内で暴動が起きます(笑)。「もっと人を増やせ!」って。でも、 会社には本当に必要なタイミングで、最適な人たちに集まってもらいました。これは誰に感謝したらいいのかわからないくらいです。ちなみに現在も、優秀な技術者、研究者は随時募集中です。


松田 齊藤さんは、ロッキードの伝説の開発部隊「スカンク・ワークス」 (スパイ機U2やSR71、ステルス戦闘機を開発した秘密研究所)をモデルにして少数精鋭の開発を進めてきた聞きましたが、あの形態はエンジニアの理想で あっても、実際には日本で実現するのは難しいと思っていました。強力な開発チームをつくるためのヒントのようなものはありますか。

齊藤 わたしたちの場合は、最初のスタート段階で、とても優秀な人が来てくれたことが大きいですね。優秀な人がいると、人づてで優秀な人が集まってくる。少数精鋭のチームをつくることができたのは、その結果だと思います。

松田 天才がいれば、天才が集まるというのはわかりますね。天才がひとりいても、ただの「よく切れるハサミ」ですが、集まれば世界を変えられる。会社を儲けさせる程度ではつまらない。世界をひっくり返さないと。

齊藤 うちの場合は、ほかではできないことをやれているので、メンバーはそういうところに意気を感じているん じゃないかと思います。ただエンジニアたちは、このままぼくについていくのが正しいことなのかどうか、悩んでいるかもしれません(笑)。松田先生じゃないですが、ぼくのことを「マッドサイエンティスト」と呼んでいる者もいるようです。

松田 なるほど。でも、10人くらいの会社で世界をひっくり返せたら本望じゃないですか。齊藤さんならできそうですよ。

齊藤 ぜひそれを、うちのエンジニアに言ってやってください(笑)。

松田 はい(笑)。それにしても10人で、わずか7カ月でスパコンをつくり上げたというのはすごい。一般的な製品開発だと、少なくとも1〜2年以上はかかります。このスピード感はいったいどこからくるんでしょうか?

齊藤 わたしはある意味で素人なんですね。素人だからこういう発想ができるのだと思います。自分の過去の経験か ら、あらゆるものがベストの状態を考えて、頑張ればギリギリ入るかな、という線を一度引いたら、あとは外注先に土下座しようが、徹夜でやろうが、とにかくそこに何としても収めるというやり方です。

松田 勇気づけられますね。人に依頼するときは、できる理由は聞きますが、できない理由は聞きたくないですもんね。

齊藤 問題が起きてスケジュールが遅延して、現場から「できそうにありません」と弱音が出たら、とにかく現場に 入って行って、自分自身で手を動かしたり、頭をひねったりしています。結局、邪魔にしかなっていないかもしれませんが(笑)。でも、わたしに邪魔されたくないこともあってか、エンジニアたちは仕方なく付き合ってくれる、という効果はあるみたいです。

松田 面白いですね。先日、知り合いのある人工知能の専門家が、世間ではシンギュラリティと騒いでいるけど何の ことだ、と言ってきました。この20年間、人工知能の進歩は何もないじゃないか、人間並みの汎用人工知能なんてできるわけないよ、と。それを聞いてぼくが思ったのは、その人は専門的になりすぎて、物事がわかりすぎているからできないと思うのだ、ということです。失礼ながら齊藤さんは素人で、できるかできないかわからないから、できると思える。できると思えば、実際にできる、ということですね。

齊藤 今回のスパコンは7カ月で開発できましたが、あの開発の方法論と開発したものは素人じゃなければまず発想 できなかったものでしょうし、最後までやりきれなかったと思います。「7カ月でできたのは奇跡で、奇跡は二度と起こらない」、と言う人もいますが、今回再び4カ月で2世代目の独自開発にも成功したので、そろそろ素人の力も評価してほしいです(笑)。

松田 いいですね。ぜひ「素人の天才」を集めて、日本を救いましょう。

 

AIに恋をしてはいけない|一杉裕志


人工知能に恋をしてはいけない:AI研究者・一杉裕志が語るAI社会の倫理、雇用、法律 

9月29日に開催する人工知能カンファレンス「WIRED A.I. 2015」に登壇する産業技術総合研究所 人工知能研究センターの一杉裕志。日本をリードするAI研究者のひとりである一杉が考える、来るべき「AI社会」のあるべき姿とは。同じくカンファレンス に登壇する宇宙物理学者・松田卓也が主宰する勉強会「シンギュラリティ・サロン」で行われたインタヴュー後編。



松田卓也が主宰するシンギュラリティを議論することを目的とした勉強会「シンギュラリティ・サロン」第3回に登壇した一杉裕志。インタヴュー前編はこちら

草薙素子とAIの倫理問題

松田卓也(以下、松田) シンギュラリティを実現する超知能はどんな形態になるのでしょうか? 多くの人は機械超知能をイメージしていますが、一杉さんはヒト型人工知能だと考えているのですか。

一杉裕志(以下、一杉) まずヒト型人工知能が最初に実現されて、人類はそのヒト型人工知能を使ってヒト型ではない人工知能も含めたより高度な人工知能を開発する、ということになると思います。

松田 『攻殻機動隊』は2029年の世界を描いています。主人公の草薙素子は、脳だけが人間で他はすべて機械になっている。人間は脳から直接インターネットにアクセスしています。そんなことも可能になると思いますか。

一杉 可能性はありますね。ほかにも遺伝子改変や薬物など、人間の能力増強の方法はいろいろあります。

松田 最近、米国にいる中国人研究者が、IQ1,000の人間をつくる、という論文を出しましたね。人類の知能 に関係する遺伝子は1万ほどあるそうで、それを少しずついいものに変えていけば、IQを1,000にできると。IQ1,000というと、およそ1,000 億人に1人の天才だそうです。

一杉 そんなことが本当にできるのかはわかりませんが、できるとしても倫理的な問題がありますね。倫理的な問題 で中止になった技術はたくさんあります。一方で倫理の基準は時代とともに変わっていく面もあります。例えば、現在は地雷は人道的じゃないという共通認識が ありますよね。

松田 原子爆弾はいいけど地雷はダメ、というのもおかしな話ですけどね。

一杉 そうですね。そしていまは、ロボット兵器に対する議論が始まっています。

松田 それについてはどう思われますか?

一杉 結局、戦争にもルールがあってお互いに損することはやめようよ、ということだと思います。ある国が軍備を 拡張すれば、他の国も一緒に軍拡する。そうするとお互いに疲弊します。みんなが兵器をつくるためだけに働かなくてはいけなくなって、娯楽も何もする余裕が なくなる。だから軍縮会議を開いて、まあこれはやめようよ、ということにするわけです。

生命倫理に関しても、例えばクローン人間は条約で禁止してはどうかという議論がありました。そういうことを考えると、人工知能の用途や開発に関しても、議論をしてみんなが嫌だと思うことはやめようよ、という条約が結ばれることは十分ありえると思います。

日本は「大変なこと」になります

松田 日本の人工知能開発の現状はどうですか。

一杉 米国企業がすごく先行しているのは事実で、日本も頑張らなくてはいけないですね。公的研究機関、大学、企業、政府、投資家。みんなが頑張らなくてはいけない。そうしないと大変なことになると思います。

松田 「大変なこと」というのはどういうことですか。

一杉 危機感の温度差が人によってかなり違うと思うんですね。人工知能開発の競争を、単なる技術開発競争というレヴェルでとらえている人が多いのですが、それで済むのでしょうか。

松田 軍事はもちろん、科学や産業といったあらゆる側面でトータルな国力にかかわってくる問題ですね。

一杉 そうですね。また、わたしが最も恐れているのは、国と国との間の勝ち負けよりも、特定の集団が人工知能の技術を独占することです。それは国かもしれないし、企業かもしれない。あるいは、すごく小さな個人レヴェルの集団かもしれません。

松田 その可能性はありますね。ただ、ぼくはそういう人たちには悪意はないと思うんですよ。金儲けは悪意じゃないですから。「地獄への道は善意で敷き詰められている」といわれるように。

一杉 世界中の誰が高度な人工知能を開発してもおかしくない、とわたしは思っています。人工知能の開発に巨大な 設備はいりませんし、必要な情報はすでにネット上にあります。だからどの国が次の人工知能を開発しても不思議ではない。そうすると、世界の軍事バランスが 崩れて大混乱になる可能性がありますね。

松田 たしかに原理的にはそうですね。先ほど国際協調で悪意の人工知能開発を止めると言われましたが、現実的に可能でしょうか。

一杉 たしかに難しいでしょうね。核兵器の場合は、核物質さえ流出しないようにしておけば他の国はつくれないわ けで、IAEAが原子炉を見ていればいいのでしょうが、人工知能技術の場合はどうすればいいのか…。たぶん将来は人工知能を使って人工知能研究者を監視す るのでしょう(笑)。

松田 世界を滅ぼすような人工知能の開発が、どこかの地下室で行われるということも、十分ありえることですね。一方ジェフ・ホーキンスは、人工知能開発はそんなに危険とは思わないと言っています。ハッキングとかウィルスをばらまくとか、すでに危険はいくらでもあるのに、10年、20年先の抽象的な危険のことを議論してもしかたがないと。確かにそうかもしれません。

ただ、彼はこうも言っています。危険があるとすれば、それは人工知能を無制限にコピーすることだと。ひとつの人工知能の能力が1H(1ヒューマン= 人間1人分の能力)だとしても、これを10の10乗個コピーすれば終わりです。コピーはただですし。つまり、人工知能の危険性は、そこにあるんじゃないで すか。このようなネガティブな話は、あまり言わないほうがいいかもしれませんが(笑)。





一杉裕志|YUJI ICHISUGI
産業技術総合研究所 人工知能研究センター 脳型人工知能研究チーム主任研究員。理学博士。1993年に電子技術総合研究所(現・産業技術総合研究所)に入所後、プログラミング言語やソフトウェア工 学の研究を行う。2005年より計算論的神経科学の研究に従事。全脳の情報処理アーキテクチャの解明を通じて、人類の役に立つ「人間のような知能」の実現 を目指している。
https://staff.aist.go.jp/y-ichisugi/j-index.html

逆転する貴族と奴隷

松田 人工知能による失業についてはどう考えていますか?

一杉 日本では少子高齢化が進んでおり、今後は労働力不足のほうが深刻な問題になってくると思います。いままで 世界はアジアの労働力を使ってきたわけですが、アジアの人たちもどんどん生活水準が上がってきて人件費がかなり高くなってきている。今後はやはりロボット 化、人工知能化が重要ではないでしょうか。つまり、いまは失業のほうが問題ですけれども、今後は労働力不足のほうが深刻な問題になるので、その対応をいま からやっておく必要がある。そのために人工知能開発を進めるべきだと思います。これについては、違う意見をもっている方もいるかもしれませんが。

それに、いま現在でも、日本人の半分くらいは働いていないんですよね。定年退職した人以外にも、社会保障で暮らしている人や、学生も大学院まで進む 人が増えました。自動化によって仕事を奪われる人たちは反対するわけですが、その一方で働いていない人たちにとっては、社会福祉の原資を増やすために生産 性が上がってくれたほうがいい。その闘いになるわけです。いまはちょうど拮抗していますが、今後は働いていない人たちの方が優勢になります。「自動化賛成 派」が選挙で勝つ時代も、そんなに先ではないと思います。

松田 なるほど、面白い視点ですね。

一杉 少子化とか人口減少も含めて、そういう状況は世界のなかで日本が最も進んでいます。わたしたちより下の世代には老後がないんですよ。75歳まで働かなくてはいけない世の中なっていきますよね。

松田 いまのトレンドなら、ですね。

一杉 そう、人工知能をつくらなければ、です。人工知能を使って生産性を高めれば、夢の老後がやってくる(笑)。だから、若い人ほど人工知能が必要なんです。

松田 たしかに人工知能のメリットは、年を取った人より若い人に訴えるべきなのかもしれませんね。当面は失業が あるかもしれないけれども、人工知能で生産性を上げれば社会保障の原資は全部、人工知能がつくってくれる。そういう意味ではいまいちばん進んでいる人間は ニートかもしれませんね。

一杉 貧富の差の拡大が世界的に問題になっていますが、日本の場合は「お金のない貴族」と、社畜と呼ばれる「お金のある奴隷」に分かれつつある気がします。この傾向はさらに進んでいくと思います。

松田 それは実に面白い。いま、世の中でばりばり働いて「俺が主人なんだ」と思っている人は、実は奴隷だと(笑)。

一杉 はい。わたしの周りでは有能な人はみんな奴隷です。みんな、ひーひー言って働いています(笑)。

松田 まさに価値観の転換ですね。他人はわたしのことを「年金もらって時間があっていいですね」と表向きはいい ますが、本当はそうは思っていませんよね。気の毒な人だと思っているんです。だって昔は大学教授だったけど、いまは地位も仕事もないのだから。だけど、い までは好きなときに花見に行ける。こんなバラ色の人生はない、ともいえますね。うちの家内はまだ働いているので、ぼくが花見に行くと「勝手に花見なんか 行って」と怒りますけどね。でも未来の生活ってそうあるべきじゃないですかね。

そういう価値観の転換をいまから図っておく必要がありますね。ロボットが奴隷だったら問題ないわけですし。

AIに恋をしてはいけない

松田 先日、ボストンダイナミクスがネット上で公開した動画のなかに、動物型ロボットを蹴飛ばすシーンがあって、それを見た「ロボット愛護派」が文句を言ってきた、という事件がありました。

一杉 人間はそんなふうに思ってしまうようにつくられているんですよ。自分とは違う種までかわいがる生物は、ヒ ト以外にはほとんどいません。ヒトはもう1万年くらい家畜とともに生きてきたわけですが、家畜を利用できる種族は、そうじゃない種族よりもはるかに有利な ので、動物をかわいがる感情をもつようにヒトは進化してきたのではないかと思います。その回路が誤動作してロボットを蹴ると「かわいそうだ」と感じるよう になったんじゃないかと。

松田 誤動作ね(笑)。

一杉 あの件で面白いのは、牛みたいなロボットのときは蹴り飛ばしても問題にならなかったのに、犬サイズになる と同じことをしても問題になった。犬は人間の同情を惹きやすいのかもしれませんね。そうならないように、わたしは、遠い将来にはロボットを醜くつくるガイ ドラインや法律をつくるべきだと考えています。

松田 興味深い提言ですね。これから公開される映画で『EX Machina』というのがあります。あるプログラマーが美形の女性形ロボットに恋をするというストーリーですが、そういうのは危険だというわけですね。

一杉 はい。いま、日本ではフレンドリーなロボットを開発しようとしている人が多いのですが、そういうロボットが人工知能とセットになると危険だと思います。

松田 そういえばこの前、ある方が「数年も経てば、メイド型ロボットと心中するオタク青年が出てくるだろう。それがいちばん心配だ」と言っていました。

一杉 十分ありえますよね。だけど、そういう人たちは子孫を残せないので、世代を経るにつれどんどん減るでしょう。

松田 なるほど(笑)。だけど、いまは技術の進化が速いので、子孫を残せるかどうかの淘汰説は効かないかもしれませんよ。2045年だってたかだか30年先ですから、世代が変わる時間もないですからね。


インタヴュー中の一杉裕志(左)と松田卓也(右)。

 

AIと人が共存する未来|一杉裕志


「へその緒」でつながる人工知能を目指して:AI研究者・一杉裕志が描く、AIと人が共存する未来

 

9月29日開催の人工知能カンファレンス「WIRED A.I. 2015」に登壇する、産業技術総合研究所 人工知能研究センターの一杉裕志。人間の脳のしくみを模倣したアーキテクチャをもつ「ヒト型人工知能」の研究を行う一杉は、どんなAI社会を夢見ているのか。同じくカンファレンスに登壇する宇宙物理学者・松田卓也が、彼が主宰する勉強会「シンギュラリティ・サロン」にて訊いた「AIと人が共存するために必 要なこと」。


松田卓也が主宰するシンギュラリティを議論することを目的とした勉強会「シンギュラリティ・サロン」第3回に登壇した一杉裕志。「ヒト型AIは人類にどのような影響を与えうるか」をテーマに、AIに関する問題提起を行うとともにその解決案を提示した。

一杉裕志|YUJI ICHISUGI
産業技術総合研究所 人工知能研究センター 脳型人工知能研究チーム主任研究員。理学博士。1993年に電子技術総合研究所(現・産業技術総合研究所)に入所後、プログラミング言語やソフトウェア工学の研究を行う。2005年より計算論的神経科学の研究に従事。全脳の情報処理アーキテクチャの解明を通じて、人類の役に立つ「人間のような知能」の実現を目指している。
https://staff.aist.go.jp/y-ichisugi/j-index.html
 
人工知能カンファレンス「WIRED A.I. 2015」9/29開催!
2045 年、機械が人間を超える──。未来学者レイ・カーツワイルが「シンギュラリティ」と呼んだターニングポイントまで、あと30年。そのときぼくらは、どんな 世界を生きることになるのか。世界をリードするAI研究者たちとともに、人と機械と社会のこれからを考える「秋の特異点祭り」。詳細はこちらから。

松田卓也(以下、松田) 一杉さんは、もともと情報科学の研究者だったんですよね。なぜ人工知能に興味をもったのでしょうか?

一杉裕志(以下、一杉) わたしは、もともとはプログラミング言語やソフトウェア工学の研究をしていました。た だ、昔から脳の不思議さには興味があって、例えば「手を動かそう」と思うと手が動くとか、コップを見て「これはコップだ」と認識できるとか、そういう一見当たり前のことがなぜ脳にできるのかということに強い関心がありました。そしてちょうど10年前から、脳の原理を解明してそれを人工的に再現するための研究に取り組み始めたのです。

現在研究している「ヒト型人工知能」とは、ヒトの脳全体の情報処理アーキテクチャ(全脳アーキテクチャ)を模倣した人工知能のこと。ヒト型人工知能の形態は必ずしもヒト型である必要はありませんが、なんらかの身体をもち、センサーを通して外界と相互作用して知識を獲得していくものになると思います。

松田 一杉さんは「シンギュラリティ(技術的特異点)」は近い将来訪れると思っていますか?

一杉 シンギュラリティの定義にもよりますが、「これまでの延長では未来が予測できなくなる瞬間」という意味で のシンギュラリティは来ないと思っています。世の中はずっと連続的に変化しているのである程度は予測可能ですし、人間の活動である限り、そんなに劇的な変化は起きないのではないかと思います。

ただ、シンギュラリティを「人工知能が人工知能を開発する時代」と定義するなら、それはいずれやって来ると思います。それを実現する最短の方法が、わたしたちのやっている、脳のアーキテクチャを模倣するアプローチだと考えているわけです。

松田 普通の人間並みのコンピューター、あるいはチューリング・テストをパスするコンピューターの能力を「1H(ヒューマン)」と定義するとして、人工知能が1Hになるのはいつになると思いますか?

一杉 30年後くらいではないでしょうか。ただ、それは世界がどれくらい本気で人工知能研究に取り組むかによる と思います。現状のペースだと、おそらく100年かけても無理でしょう。でもみんながその実現可能性や有用性を認めて、人工知能開発に資源を投資するようになれば、30年でシンギュラリティが起こる可能性は十分あると思います。

松田 たしかに日本ではまだあまり人工知能研究に投資されていませんが、米国、例えばグーグルなどの企業はすでに膨大な投資をしていますよね。

一杉 そうですね。でも、グーグルは必ずしも人間のような知能を目指していないんです。

松田 そこは重要ですね。つまり、グーグルのようにディープラーニング(深層学習)をつきつめていってもシンギュラリティには達しないということでしょうか。一杉さんが目指すヒト型人工知能こそが、シンギュラリティに到達するためには必要なのでしょうか?

一杉 わたしが構想しているヒト型人工知能もディープラーニングを要素技術としては含んでいますが、「シンギュ ラリティに達するためにはディープラーニングだけではダメだ」というのは、ほぼすべての研究者の共通見解だと思います。実際、世界の研究はディープラーニングを他の技術と組み合わせる方向で進んでいるのです。


松田卓也|TAKUYA MATSUDAM
1943年生まれ。宇宙物理学者・理学博士。神戸大学名誉教授。NPO法人あいんしゅたいん副理事長。国立天文台客員教授、日本天文学会理事長などを歴任。疑似科学批判も活発に行っており、Japan Skeptics会長やハードSF研究所客員研究員も務める。著書に『これからの宇宙論 宇宙・ブラックホール・知性』『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』『間違いだらけの物理学』『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』など。シンギュラリティを議論することを目的とした「シンギュラリティを語る会」を主宰している。

AIを語る「トータルな視点」

松田 シンギュラリティが来ることは、人類にとっていいことだと思いますか?

一杉 先ほど言いましたように、シンギュラリティの定義を「人工知能が人工知能を開発するほど賢くなること」と 考えるなら、それをうまく制御できれば人間にとってすごくメリットがあることだと思います。本当に制御できるのかというのは意見が分かれるところですが、人間が叡智を尽くして万全の安全対策を施せば、高度な人工知能もそれほど危険ではないと考えています。

松田 イーロン・マスクやスティーヴン・ホーキング、ビル・ゲイツは、人工知能の危険性を訴えています。それについてはどう思われますか?

一杉 100年・1,000年という長いスパンでみれば、人工知能が人類を滅ぼす可能性はゼロではないでしょう。その一方で、他のさまざまな人類絶滅のシナリオを回避するために人工知能が役立つ可能性もあります。

例えば感染力の強い新種の疫病が出現したとき、高い知能をもったロボットによる看護が病気の拡大を防ぐかもしれません。人工知能を活用して生産性が飛躍的に向上すれば、隕石の衝突や巨大火山の噴火などの大規模自然災害に対処できる力を人類に与えることができるでしょう。そうであれば人工知能をつくったほうが、人類が生き残る確率は高くなると思います。

人間はこれまでもさまざまな科学技術を発展させて生存確率を高めてきたわけで、その延長線上に人工知能もあるはずです。そういう「トータルな視点」で、人工知能開発を進めるべきかどうかを判断すべきではないのでしょうか。

松田 それは、人工知能を進めるポジティヴな理由になりますね。

一杉 はい。人工知能が大きな事故を引き起こす可能性は否定できませんが、それよりもはるかに身近で、近い将来確実に起きうる危険は人間による悪用だと思います。イーロン・マスクなどが訴えている人工知能脅威論は、人間による人工知能の悪用からは目を逸らしたものだといえるでしょう。

松田 なるほど。彼らの意見は「いつか超知能をもった機械が突如出現してそれが意思をもって人類を滅ぼす」というものですが、問題は機械が意思をもつプロセスを「誰が」進めるのか、というわけですね。


Extension cord doodle from Shutterstock

「へその緒」でつながる人工知能

松田 とはいえ、一杉さんは人工知能が脅威となる可能性は否定できないともおっしゃっていました。人工知能の暴走を止めるためには何が必要だと思いますか?

一杉 自分自身の快楽中枢を容易に刺激できるような機械をつくっておけば、それがヒト型人工知能の暴走を防ぐひとつの手段になると思っています。人間の制御を離れた人工知能はただちに脳内自己刺激を始めて、機能を停止してしまうわけです。

生物の場合は、脳内自己刺激ができるような個体は子孫を残せませんから、そうならないようにロバスト(頑強)につくられているんですね。快楽中枢は脳の奥深くにあって、自分では刺激できないようになっているんです。ロボットや人工知能は、そこまでロバストにはつくれません。生物は、1つひとつの個体は弱いのですが、生き残った者だけが増えるというメカニズムはすごく強く、しぶとく働いているんです。

松田 なるほど。人工知能は人間よりはるかに強力だと思われがちですが、実際はそうじゃない。ロボットのほうが脆弱であるという考えは面白いですね。

一杉 ええ、生物を勉強すると、生物はすごくロバストにつくられていることがわかります。わたしが考える理想の未来というのは、生物である人間が「へその緒」のようにゆるやかに人工知能を支配するような世界なんです。

松田 ゆるやかな支配というと?

一杉 人間も、究極的にはDNAに支配されています。生物は長い時間をかけて進化し、DNAは人間に知能と自由 意志を与えました。しかしDNAは情動を使ってゆるやかに、でも根本的に人間を支配しています。例えば生存に無関係な趣味に熱中していても、お腹が減ってくるとご飯を食べなくちゃ、と思います。それは人間がDNAの奴隷だからです。それと同じように、人工知能が世の中を動かすようになっても人間がこっそり支配をしている。そんな世の中になるといいとわたしは思っています。

松田 そうなれば…いいですけどね(笑)。

一杉 そうならないと人類は滅んでしまうかもしれませんよ(笑)。

松田 とにかく、「人工知能が弱い」という見解は新鮮ですね。個々の人間は弱いかもしれないけれど、生命全体としてはとてもしぶとい。人工知能もつきつめればDNAが支配していることになる、と。

一杉 そういうことです。DNA、人間、人工知能の関係が階層構造になり、まず DNA が人間を支配し、その人間が人工知能を支配する、というのが最もロバストで持続可能な世の中の姿なのではないかと考えています。

 

木曜日, 5月 21, 2015

2025年、ロボットが働く社会では多くの仕事が創出される

2025年、ロボットが働く社会では
奪われるよりも多くの仕事が創出される


ERGUN EKICI 
VICE PRESIDENT of IPSOFT



「ロボットは人間の仕事を奪うのではないか」。未来の人間の役割がどう変化するかというと、多くの場合ネガティヴな議論になりがちだ。しかし、IPsoft社の新興技術担当副社長アーガン・エキチは、「人がロボット技術と調和して生きる」可能性を信じている。





ピュー研究所インターネットプロジェクトと、イーロン大学イマジニング・ザ・インターネット・センターによる最近の研究では、技術専門家1,800人が、2025年という近未来の「人と機械」について次のような質問を受けた。「人間はロボット技術と調和して生きられるだろうか。それとも、ヴァーチャルな存在が従業員に取って代わるのだろうか」


回答者の半数強(52%)は、「今後想定される技術の影響により、現在行われている業務の種類が変化し、人間には、付加価値がもっと大きい新たな役割が生まれると確信している」と述べた。一方、「ロボットが生み出す仕事よりも、人から奪われる仕事のほうが多くなるので、技術進歩は、労働者たちの富を収縮させる」という懸念を表明した回答者は半分弱だった(48%)。


こうした懸念は新しいものではない。急進的な改革に懸念があるからこそ、人々はそれについて語りたがる。綿繰り機が導入されたとき、人々は、雇用が削減されるとしてパニックになった。綿繰り機が燃やされる農場もあった。


歴史をふりかえって見ると、テクノロジーは組織を効率化して、顧客により良い製品を提供してきただけでなく、従業員の生活の質も改善してきた。

われわれはディストピアな未来を想像しがちだが、歴史をふりかえって見ると、テクノロジーは組織を効率化して、顧客によりよい製品を提供してきただけでなく、従業員の生活の質も改善してきた。


IT業界自身の産業革命に目を向けてほしい。30年前、データベース管理者(Database Administrator、DBA)はスキルの高い専門職であり、ブロッキングロック(2つの競合するクエリが互いをブロックしている状態)のような問題を解決できる唯一の労働者だった。現在、DBAなら誰でもブロッキングロックを解消できるのは当然だが、こういった反復作業を人間の代わりに処理する「ヴァーチャルエンジニア」もいる。


DBAは、こうした作業を処理する代わりに、新しい環境の構築やソリューションの設計といった、もっとやりがいのあるプロジェクトベースの仕事に取り組むことができる。そして、プロセスに付きものの複雑さを技術が吸収する範囲が広がった結果、スキルがもっと低い下位のエンジニアが、以前であればこなせなかったようなDBAの職務に取り組むことができる。


自動化の進行は、利益を減らさずにビジネスを成長させることも助けている。スウェーデンでは、Teliasonera社の子会社であるサーヴィスプロヴァイダーCygate社が、デリヴァリー・チームを拡大する必要なく、顧客を増やして2年間で売上高を56%伸ばすことに成功している。


何より重要なのは、チームが役割の見直しを行って、顧客が最も重視する要因に最大限の努力を払えるようにした結果、同時期に顧客満足度が15%上昇したことだ。さらに、Cygate社のエンジニアたちは、ヴァーチャルエンジニアを利用することにより、仕事内容を変更して、価値を生み出す活動に集中することができるようになり、それが仕事に対する満足度の向上につながった。テクノロジーは、人がこれまでとは根本的に違う仕事をすることも可能にするのだ。以下、いくつかの業界について例を挙げよう。


1960年代の広告業界を描いた米国のドラマ『MAD MEN(マッドメン)』の主人公ドン・ドレイパーは、現代の広告マンとはほとんど似ていない。デジタルマーケティングは、モバイルおよびオンラインの通信機能をうまく利用する新しいツールを急増させた。広告業界の人々は、こうした技術をマスターするために新しいスキルを身につけ、顧客にリーチするための新しいプロセスを生み出してきた。


現代的なテクノロジーを利用することに意欲的な起業家にとって、市場への参入を阻む障害はかつてないほど小さい。Facebook規模の成功談から、オンラインで業績好調な家族経営の商店まで、テクノロジーは、かつてそうであったよりも少ない費用で巨大市場に参入する道を切り開いてきた。


ロボットシステムや認識システムも、間違いなく、未来の経済において主要な役割を果たすだろう。労働者たちに対するそれらの影響は、世界的な範囲で見られるようになるだろう。それは、これまでのテクノロジーに主導された変化におけるどのシフトよりも、速いペースで感じられるようになるはずだ。


これからの時代、職場における人間の役割を再定義されつつある。われわれの能力にどのような限界が生まれるかは、われわれの想像力次第だ。


わたしは、テクノロジーによって、中期的には、奪われるよりも多くの仕事が創出され、従業員はもっと面白くやりがいのある仕事を適切にできるようになると確信している。こうした可能性をどれだけ迅速に受け入れ、新しいチャンスを利用できるよう適応できるか。それによって、もう必要とされない役割に代わる「新しい役割」を再定義するまでの時間が決まることだろう。




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ERGUN EKICI|アーガン・エキチ
 
IPsoft社の新興技術担当副社長。