世界規模でプロフェッショナルサーヴィスを展開するDeloitte(デロイト)。
その一員として日本のコンサルティングサーヴィスを担うのが、
Deloitte Tohmatsu Consulting(DTC)である。
彼らはグループ全体のネットワークを活かし、
あらゆる組織や機能に対応したサーヴィスで、
提言と戦略立案から実行まで一貫した支援を行うコンサルティング業界の一大勢力だ。
しかしそんな彼らですら、旧来的な「コンサルティング」への限界を感じ始めている。
その危機感から、物語は始まる。
グローバル化やデジタル化が急速に進行し、さまざまなものが高度に複雑化した現代においては、大量の情報を使いこなせるようになった「消費者個人」が、大きな力をもち始めた。
それに加え、IoTの進展によって自動車・電機などの製造業と通信・IT産業の融合が進み、あらゆる情報がデータ化されるなかで、産業間の新たな競争が激化し始めている。
そうした状況に対し、多くの既存企業が、すでに確立されて古くなった大規模な資産や組織や社内のルールに縛られて、市場や顧客の変化に柔軟に対応する難しさに直面し、悩んでいる。
いまや「デジタル」が関わらない経営戦略課題はない。Deloitte Digitalは、かかる時代の要請を受けて、企業のデジタル化のための改革を支援するプロフェッショナル集団として組織された。
日本法人は、オーストラリア、アメリカ、イギリスに次いで4カ国目の拠点として2013年7月に設立。約100名の専任体制で、自動車、テクノロジー、メディア、通信、消費財、ライフサイエンスなど、多岐にわたるクライアントに最先端のコンサルティングを実施している。
AIやIoT、あるいはロボティクスといった、今後間違いなく投資領域になるであろう分野に先行投資をし、社会課題解決を国に働きかけていくことも大切だと岩渕匡敦は語る。 |
「伝統的なコンサルティングももちろん重要ですが、従来の考え方や手法では、できることに限界があるのも事実です。
ある課題を取り上げ、論理的に分析した結果を積み上げていくタイプのアプローチでは、リニアではない世界が急に立ち現れた時、つまりは非連続的な事象に対して有効な手を打ちづらい。
そんな時代において競争優位を築くためには、デジタル技術やビッグデータをどのように活用していくべきか、フォーカスすべきマーケットはどこなのか、販売チャネルをどう再構築するのか…といった戦略的課題を解決することが重要であり、そのソリューションを提供するのがDeloitte Digitalの役割、というわけです」
「メンバーはみな、ウェブやモバイル、ウェアラブル、あるいはAIやIoTといった先端技術に深い知見や洞察をもち、戦略コンサルティング、クリエイティブエージェンシー機能、エンジニアリングを融合させることで、産業の垣根を超える視点で戦略を立案し、その実行をクライアントと一体となって行っています」
Deloitte Digitalで戦略プラクティス部門のリーダーを務める岩渕匡敦は、組織の存在意義をそう語る。デジタル化によって、経済や経営の環境が大きく変化した現代社会においては、もはや課題を解決するだけがゴールではなくなった。そうした中で、自分たちはいったい何ができるのか。半年や1年のROI(投資対効果)でものを考えるのではなく、5年、10年、ひいては100年先に続くヴァリューを生み出していくことが、これからのコンサルティングには必要なのではないかと岩渕は言う。
「『どんな技術が世の中にはあって、それを掛け合わせた事例にはこんなものがあって、御社であればこういうことができるのではないでしょうか』といったことを大量の資料にまとめ上げるのが、これまでのコンサルティングでした。
例えばIoTの概念を整理して、戦略を立てることはできるけれど、『センサーを買ってきて、そのシステムをつくるとしたらいくら掛かるの?』とか『どうすればそのデータは見えるようになるの?』といったことを聞かれると、コンサルタントは『それはわたしたちの仕事ではありません』と言うほかはありませんでした。
しかしこれからは『デジタル化に向けてこんなふうに組織や戦略を変えていきましょう』といった提案をしながら、さらに『こういう技術を使うと新規事業に繋がります』ということまでパッケージとして提示していかなくては戦えないし、未来はない。当然そのプロセスにおいては、コミュニケーションやクリエイティヴの知見も必要になってきます」
事実、Deloitte Digitalのメンバーは、実に多士済々だ。デジタルマーケティングのエキスパート、デジタルブランド戦略家、クリエイティヴディレクター、Webエンジニア、ユーザーエクスペリエンス(UX)専門家など、異なるバックグラウンドをもったメンバーたちが集う。
「『こういうものが必要なんです』という見せ方を、これからはしていかなくてはなりません。そのためには、ストラテジーの提案だけではなく、『未来はこういうものです』というのを、きちんとつくれるようなクリエイティヴ集団でなくてはならないと思っています。極端なことを言えば、これまでのコンサルティングは分析した結果をまとめた紙の束を見せていただけ。でもこれからは、誰もがイメージできる具体的なアウトプットをつくっていくことが大切です。どんなに素晴らしいことが書かれていても、具体的なイメージが湧かなければ意味はありません。紙面を使って説明するよりも、ウェブのプロトタイプやデヴァイスの試作品を見せたほうがはるかに分かりやすくて説得力がありますからね」
しかしそんな彼らですら、日本の未来、例えば今回取り組んでいる「今後30年、日本が取るべき戦略は?」という課題を考えるにあたっては、従来の思考法では事足りないと考えているという。
「人も会社も、相対的な状態や関係性のなかで成立しています。しかしコンサルタントは、ある問題を『解ける単位』で切り出して解く、という作業しかやってこなかった。
それだと、単年では効果があるかもしれませんが、長いスパンでは効かない可能性が大いにある。ですからこれからのコンサルタントは、対症療法ではなく、予防医療的な役割を担わなければとわたしは思っています。
そうしないと、コンサルティング業界どころか、日本の産業が傾いてしまうのではないかと。ですから、これまでのように局所的に起きた問題や課題に対処するだけではなく、もっと全体を捉えていく発想法を身につけることが、わたしたちの急務だと考えました」
局所的ではなく、非局所的に…。
そんな視点から浮かびあがってきたのが量子力学であり、やがてたどり着いたのが、「スキャナマインド」だった。
スキャナマインドとは、クリエイティブ・ブレインズの鈴木一彦が生み出した、量子数理を活用したマーケティングエンジンである。
人間の脳のプロセスには「意識」と「無意識」の2種類があり、無意識の世界は自分にも意識できないので過小評価されがちだが、実は脳内プロセス全体の95%を占めている。
この無意識の世界に潜む概念構造を可視化したのがスキャナマインド。
「こと」の本質を暴くにあたり、量子力学がもつ「非局所性」が適していることを発見し、「仮説を立てない」「答えを知るためには答えが必要」という、量子数理ならではの特性を、マーケティングに当てはめたという。
このスキャナマインドを土台とした「量子的思考」を身につけるべく、Deloitte Digitalの選抜メンバーは、鈴木のもとを訪れた。はたして彼らは何を感じたのか。
20世紀までの常識や消費行動を支配した「モノの法則の時代」が終わり、
これからは「コトの状態の時代」が訪れるのではないだろうか…。
Deloitte Digitalが得意とする「左脳&右脳的思考プロセス」、
あるいは「ヒューマニタイズデジタル」という視点から導き出された
そんな「予測」に具体的なエヴィデンスを求めるべく、
Deloitte Digitalの選抜チームは、クリエイティブ・ブレインズの
代表・鈴木一彦のもとを訪れた。「量子的思考とはなにか」を、学ぶためである。
(「Think Quantum──『量子的』に思考せよ」、第2回)
「今日は、『無意識の概念構造を可視化する方法』をご覧になっていただければと思います」
クリエイティブ・ブレインズの代表・鈴木一彦の第一声は、いきなり刺激に満ちていた。
そんな鈴木によるScanamindのプレゼンテーションに耳を傾けているのは、今回、「今後30年、日本が取るべき戦略は?」という“思考実験”に取り組んでいるDeloitte Digitalの選抜メンバー8人、そして、このプロジェクトにメンターとして参加している水口哲也と石川善樹の2人だ。
概念構造を可視化する
鈴木は、無意識の概念構造を理解することの重要性を唱え、その「構造」を可視化するべくScanamindを生み出したと語る。
Scanamindとは、自分でリストアップした項目間の関連度を総当たりで2秒以内の直感的判断で答え、その奥に潜む「概念の構造」を量子力学系の数理(量子数理)によって可視化するエンジンのこと。その結果、「独自の概念構造が自動生成される」のが特徴だ。なぜそんなことが可能なのかを理解するためには、量子力学のある特徴を知る必要がある。
Scanamindの解説を通じ、「21世紀における概念(無意識)の重要性」や「モノの時代 からコトの時代への変遷」について熱弁を振るう、クリエイティブ・ブレインズ代表の 鈴木一彦写真奥)。 |
例えば、ある作用素にカンパリを入れたら、カンパリソーダが出てきた。次にウイスキーを作用素に入れたら、ハイボールが出てきた…。この場合の作用素とは、「炭酸水注入」である。
このように規則性をもって変換するブラックボックスが作用素なのだが、ごくたまに作用素と同じ出力、この場合だと作用素から炭酸水が出てくる場合がある。それは作用素に炭酸水を入れたとき、要するに、入力(原因)と出力(結果)が一致したときである。
その状態が固有状態であり、固有状態を見つけることは、作用素の本質に迫ることだということが、わかると思う。答えを演繹的に導き出すのではなく、「答えを入れたから答えがわかる」という、実に不思議なプロセスを経て結論が浮かび上がるのである。
「これは言い換えると、『コンセプトの本質(=固有状態)がわからないのであれば、コンセプトを読むのではなく、コンセプトに対していろいろ外から作用させ、変形しないものを発見できれば、それこそがコンセプトの本質である』という話だと思います。
Scanamindを通じて行う『概念構造の可視化』とは、全部をいっぺんに見てしまおうということであり、課題を仮説に追い込むのではなく、広げる作業をしているのです。それによって、別のアプローチでは決して浮かび上がってこない状態や概念や『コト』の本質(=固有状態)を、見つけ出すことができるというわけです」(鈴木)
この日鈴木は、Scanamindの実例として、2014年に『WIRED』日本版と共同でおこなった「クールジャパンの『次』をみんなで考えよう」という実査のプロセスを披露。「ウォームテック」や「クリーン」といった概念が飛び出した結果に関してはこちらから。 |
今回Deloitte Digitalが行っている思考実験(「今後30年、日本が取るべき戦略は?」)に 、メンターとして参加している水口哲也(レゾネア代表/慶應義塾大学大学院KMD特任教授 ・写真中央)と石川善樹(予防医学者/Campus for H共同創業者・写真右)。 |
一方でわれわれが対峙するクライアントは、一定以上の論理的思考力や各種のフレームワークなどのビジネス知識を身につけた優秀な方が多く、それでも解けない課題こそがコンサルタントの前に提示されるわけです。
いわば「コンサル風に考えても解けない問題を解いてください」と言われているのに等しく、そこで論理的思考だけに縛られていては限界もあると感じていました。
なので「ポストコンサルティングとは何か?」と言われれば、従来のロジカルシンキングだけではなく、右脳的な発想や直感を取り入れることが不可欠だと感じます。
「考える」→「具現化する」という“順序”にこだわるのではなく「具現化しながら考える」というデザインシンキングやアジャイル開発に通じる方法論も含めて柔軟に対峙し、人や企業を動かしていくことこそが重要であり、それは「量子的思考」といわれるものと思想的には近しい文脈だなと理解しました。
右脳的発想の重要性
この2人の発言に対し、メンターとして参加している石川善樹がこう続ける。
石川 みなさんが、従来のロジカルシンキングに疑問を抱いているというか、すでに飽きていることが意外でした。それこそみなさんのお客さんのなかには、いろいろなことが考え尽くされた領域、例えば家電とか自動車とか、競争が激しい領域のお客さんもいると思うのですが、そのなかでなにをどう考えてコンサルティングしているのでしょうか?
岩渕 近年のコンサルティングのなかでわれわれに最も求められているのは、クライアントに違う視点を与えることです。激変する経営環境を踏まえて、経営層の思考方法を変える、柔軟性のあるオプションを提示する重要性が高まっています。つまり、正当な理想論を言うだけでは価値がなく、経営の意思決定を大きな役割をもった層から変えていき、納得して変革を促し、一緒に推進していくことが大きな意味をもちます。
数字とロジックだけで答えが出せるほど経営というのはシンプルではなく、社会的、歴史的コンテクストも斟酌して判断を下す右脳的な発想が極めて重要な、いわゆるアート的な要素のある世界なのです。
更には、この先に予測されるさまざまな級数的な技術進化や、複雑に変化し続ける消費者や社会課題を超えて経営をサポートするには、戦略コンサルタントのみならず、クリエイティヴやテクノロジーといった分野の専門家が一体となり、ヒューマンなソリューションを提案できる集団であらねばなりませんし、その先のことも考えなければならないという悩みはあります。
欲求にはヴェクトルがある
そんな岩渕たちに、もうひとりのメンターである水口哲也は、自身の体験に則した言葉を投げかける。
水口 1年半ぐらい前にある家電メーカーから依頼があって、「3年後のスマートフォンはどういうものにすべきなのか」というテーマを手伝ってほしいといわれ、当時ちょうど鈴木さんと出会ったタイミングだったので、一緒にその家電メーカーのコンサルティングをしたことがありました。
Scanamindを使って、さまざま世代の男女にどんなスマートフォンが欲しいか、その欲求を書き出してもらったんです。出てきた欲求をどんどん因数分解していって、マッピングされたものが出来上がったら、唖然とするほど各世代でスマホに対する欲求が違ったうえに、その欲求にヴェクトルがあることもわかった。それが見えてくると、入口はこういう欲求から入って、でも最終的には化学反応を起こしながらここにつながっていくという、ロジカルなアーキテクチャーと感情的なものが結び付けられる。
なにか未来をちょっと指し示しているヴェクトルが見えるというところが、量子的に思考することの面白いところだと思うんですよね。組織の量子化とか、会社の量子化とか、いろいろなものを量子化してもう1回組み直さなきゃいかないというタイミングに来ているのかもしれません。
石川 研究者がどういうふうにトレーニングされるかというと、最初は問題を解く、ロジカルになることを非常にトレーニングされるんですね。そしてある段階からロジカルを捨てろといわれる。というのは、「問いを解く」立場から「問いを考える」側になるからです。問いを考えるとき、ロジックってすごく邪魔になるんですよ。だから、もっと感情的になれといわれるんです。例えば怒ることってすごく大事で、怒りという感情は人の思考を非常に楽観的にして視野を広げてくれる。逆に、不安という感情は人を非常にロジカルにするんです。つまり、怒りという感情はロジックというよりも相関、パターンで物事を見やすくするんですね。
伝統的な仮説思考の限界?
普段、ロジカルに思考することを求められるDeloitte Digitalの面々にとって、鈴木から聞いた「量子的思考」は、新たな刺激だったようだ。戦略プラクティス部門のリーダー岩渕匡敦とシニアマネジャー小森博仁の口ぶりから、それが窺える。
岩渕 プレゼンテーションを聞いて、いわゆる学術的な量子力学とは違うコンセプトであるけれど、なるほど、そういう見方があるのかと新鮮な気づきがあったというのが率直な感想です。実は最近、「伝統的な仮説思考のコンサルティングだけでは限界があるな」と思うことが多かったのです。すべてをロジックで推測しなければならないけれど、そのロジックが個々人の経験や保持している情報にかなり依存していることに疑問も感じていました。鈴木さんのお話を伺って、ロジックを狭めていくやり方だけ、というのが少し限界に来ているのかもしれないと思いましたね。従来型のコンサルティングの手法は基礎としてもちろん重要なのですが、そこにも一定の限界があり、無意識下のニーズを捉える試みは、興味深いなと。
鈴木一彦と2人のメンターたちによって、「量子的思考」をインストールしたばかり のDeloitte Digitalのメンバーたち。普段用いているロジカルシンキングとは異なる 思考法を得たことで、彼らはなにを導き出すのだろうか? |
人の脳って本当に怠け者なのですぐパターン化するんですよ。行動もそうだし、考え方もそうだし、実は感情もそう。気付くと感情って決まった感情しか感じなくなっているから、そういうときはすぐ違う感情を経験したほうがいい。同じ問題を見るときに、違う感情で見るとまた違った見方ができるんですよね。
水口 その感情とか欲求が定量的に測れないんじゃないかということだったんですけど、量子的に考えていくことでできるのではないかと思います。
人間の感情は可視化できる!?
メンター2人のそんなやりとりに呼応して、鈴木が最新のプロジェクトの一端を語りはじめた。
鈴木 実はいま、進めているプロジェクトが1つあるんです。人間の感情の全マップをつくる、エモーションサークルというプロジェクトです。
『インサイド・ヘッド』というピクサーの映画がありましたよね。あれは5つの感情しか登場しませんでしたが、本当はもっとたくさんありますよね。人間の感情のすべてが可視化されたら、すごく面白いと思うんです。
岩渕 感情や「コト」をフラットに捉えようとするみなさん視座は非常に新鮮で興味深いです。
いま、日本の社会にはどういった感情価値やニーズが不足しているのか、逆にどういう価値観が過剰なのかということが分析され、可視化されとしたら、企業経営やコンサルティングの場での新しい考え方につながるかもしれません。
本日、鈴木さん、水口さん、石川さんから得た考え方、手法を自分たちなりに咀嚼して、
次回、われわれDeloitte Digitalが考える「今後30年、日本が取るべき戦略は?」に、つなげていければと思います。
日本の社会・産業・文化等を中長期的に見据えたとき
いかなるシナリオプランニングが考えられ
そのなかからよりベターな道筋を歩んでいくためには
いかなる技術やサーヴィスを発展させ
いかなる価値観やコンセンサスを涵養していく必要があるのか。
「今後30年、日本が取るべき戦略とは?」という思考実験を
Deloitte Digitalが行うにあたって選抜されたメンバーは
この命題に対し、どのようなヴィジョンへとたどり着いたのか。
そのプロセスに迫る。
(連載「Think Quantum──『量子的』に思考せよ」、第3回)
量子的思考のひとつのかたちを、鈴木一彦(クリエイティブ・ブレインズ代表)によるScanamindのプレゼンテーション、及び、水口哲也(レゾネア代表/慶應義塾大学大学院KMD特任教授)と石川善樹(予防医学者/Campus for H共同創業者)という2人のメンターとの対話で手に入れたDeloitte Digitalの選抜メンバー。その2週間後、彼らは2チームに分かれ、メンターたちの前で「今後30年、日本が取るべき戦略は?」という思考実験の「草案」を披露した(最終的にたどり着いた「戦略」はこちら)。
まずは「チームA」によるプレゼンテーション。発表者である小森博仁(戦略プラクティス部門シニアマネジャー)は、「従来のロジカルシンキングだけではなく、右脳的な発想や直感を取り入れることが不可欠」との認識に立ち、そのうえで日本の経営に“らしさ”を取り戻すことが重要だと語る。
「自社」を勝たせるために「自社」の枠組みを捨てる
小森日本の経営に“らしさ”を取り戻すためには、まず「自社の軸を決める」ことが必要だと思います。いまや顧客志向は経営の根幹に据えられていますが、実際は「軸」のないエセ顧客志向に陥っている例も散見されます。自社/事業がより立つべき「軸」、 すなわち顧客に対して創出する価値を明確にしないままに、調査やデータに溺れ、ニーズの発見や積み上げばかりを重ね、結果的に「全部のせ」や「同質化」に 陥っている。カスタマージャーニーやカスタマーデータは、無限のニーズを発見/積み上げるためではなく、最適解を絞り込むために使うことに意味があるので す。
今回のプロジェクトにメンターとして参加している、水口哲也(レゾネア代表/慶應義塾大学大学院KMD特任教授・写真手前右)と石川善樹(予防医学者/Campus for H共同創業者・同左)を前に、プレゼンテーションを行う「チームA」。左から大橋健一郎(マネジャー)、小森博仁(シニアマネジャー)、川田貴和(シニアコンサルタント)。 |
また、「自社」という枠組みを超えることもこ れからの経営を検討していくうえで不可欠だと考えます。共創やオープンイノヴェイションがバズワードになっていますが、もはや1つの会社がすべてを完全に コントロールすることは、不可能だと思うのです。そこでポイントとなるのは「人材」の捉え方です。“らしさ”を追求するには、極めて人間的な情緒や意思、 矜持といったものが不可欠で、その追求に人間というアセットを集中的に投資するのが、未来の働き方のひとつのあり姿だと考えられます。そのためには、人間 的な価値創造ができるような人材を確保することが必要ですし、そうした人材を惹きつけ、つながり、活用しあう組織のあり方も必要になってきます。つまり 「人材」の価値にフォーカスするほど、それが自社に専属であるか否かにこだわる必要はなくなるはずです。
これまでの経営は、あくまで「自社」という単位を前提に戦略を構築してきました。しかし、30年の先には価値を生み出す「個」や「場」は分散、今回のプロジェクトになぞらえて言えば「量子化」するはずで、いかにそれらとつながっていくかがテーマになると考えられます。「自社」を勝たせるために「自社」という枠組みを捨てるという矛盾した取り組みが、「合理」を追求しながら「非合理」を取り込むという「超合理」経営の原則になっていく。そうした剛柔ないまぜになった人間的な要素が“らしさ”の源泉だと思うのです。とはいえ、異文化を受け入れるのは相当な覚悟が必要になります。だからこそ、そのつなぎ役として、われわれDeloitte Digitalの存在意義があると考えます。
水口哲也の論評
このプレゼンテーションに対し、メンターのひとり水口哲也が論評を加える。水口話を伺っていて、なるほど、その通りだなと思いました。AIとかブロックチェーンとか、いろいろなも のを組み合わせていくと、人事も要らないし、総務も経理もほとんどいらなくなります。モノづくりの現場ももっとオートメーション化されていく可能性が高い 状況で、10年後には、もしかしたらいまの自分の仕事はないかもしれないわけです。そう考えたときに、会社にとって最大のお客さんが社員であるという発想 が、実は重要になってくるのではないかと思いました。最高のお客さんが最高のものを生み出すということですね。
メンターのひとり水口哲也は、「ニーズの時代が終わった現在、 マズローの欲求のピラミッドでいうと半分から上のものを目指してい かないとイノヴェイションは起こらない」と語る。 |
無意識を明らかにしていくテクノロジーの重要性
一方の「チームB」は、発表者の神谷幸太郎(コンサルタント)を中心に、「量子的に思考する」というインプットの過程で得た、「仮説をもたない」というアプローチによって導かれたシナリオを披露した。神谷「未来に住まう顧客の課題を先取りして解決策 を提示する」ために必要なのは、人間の根源的な要素に基づく予測と、環境変化によるメンタルモデルのシフトに基づく予測です。特に後者は、その時代が訪れ てみないとわからないということで、少しでも蓋然性のある想像をするべく、プロトタイピングやクリエイティヴマテリアルでコンセプトを実感することが必要 だと考えます。そのプロセスにおいては、ストーリーメイキングや先端テクノロジーを使うこともあります。
技術は「昨日まで人類ができなかったことをできるようにする」という意味で、環境を変化させる大きな要因です。例えば、人工知能のカヴァーする領域 が広がり、さまざまなタスクが自動化されると、実行の主体が機械に移り、労働力投下量が少なくなります。一方で、人間は認知や欲求をデータとして機械に学 習させようとするでしょうから、結果として、手続きよりも結果(=何が欲しいか)を意識するようになり、課題発見であったり価値定義に頭を使う時間が増え ます。
エンジニアリングやクリエイティヴの領域のスタッフが揃った「チームB」。このチームを牽引した神谷は、「AIやIoTの発展により、ヒトの役割を機械が代替し、人々はまったく別の新たな付加価値の創造を行うことができるようになる」と語る。 |
また、医療技術の発達により、病気は治すものから予防するものへと変化するとともに、現代におけるあらゆる生物学的限界を突破する可能性も出てくるかもしれません。そして、健康寿命が延長された世界では人生の時間や心に余裕が生まれることでしょう。
そのような環境変化は、機能的価値が供給し尽くされた日本において、本質的な欲求に根ざした情緒的価値へのシフトに拍車をかけるでしょう。言語化で きないような感性で意思決定されるにつれてサーヴィス提供者と顧客の間に乖離が生まれ、ロジックだけでニーズの奥にあるウォンツを知ることはできなくなっ てくると考えられます。ギャップを埋めるには、より表現力の高いデータ分析や、特徴を捉えたユーザ観察の他、アジリティの高いサーヴィス開発、サーヴィス 共創を通じて顧客のウォンツを直接組み込むアプローチが求められます。
コンサルティングはそれらを総合的に提供し、顧客に共感し顧客から共感してもらえるような価値の定義・サーヴィス設計が求められていくでしょう。こ れからわれわれのメインタスクになるのは、未来の体験をいまここに実現させてみる道具とアイデアを携えて行う創発支援サーヴィスではないかと思います。 既にDeloitte Digitalは、そうしたケイパビリティを擁する体制になっており、ストラテジーとクリエイティヴとエンジニアリングという思考様式も行動様式も違うチーム同士が融合することで、各領域の深い洞察を社会の価値へ接地し解像度の高い未来を描こうとしています。
石川善樹の論評
「チームB」のプレゼンテーションに対し、もうひとりのメンターである石川善樹は、こんな言葉を投げかける。石川テクノロジーばかりを見ていると、それに流されてしまいます。「それは流行なのか、本質なのか」ということを、しっかり考える必要があるのではないでしょうか。本質に基づく未来予想はブレないけれど、流行に基づく未来予想は、ブレる可能性が高いですからね。だから、「そもそも会社とはなんだ?」とか、「経営の意思決定ってなんだ?」といった本質をもう一度考えたうえで、具体的にどういったクリエイティヴ支援サーヴィスが可能なのかということを、考えるべきだと思います。
「未来が見えにくい、答えがないのであれば、問いを提示するしかない」 と、もうひとりのメンターである石川善樹は指摘する。 |
未来が見えにくい、答えがないのであれば、問いを提示するしかないのです。だから、「われわれはこういうふうに問いを立ててコンサルティングをしていくんです」というスタイルだったら、独自性があって面白いなと思います。
今回は特に未来を考えるプロジェクトなので、出てきた案を自分たちで評価するときに、見たことない、聞いたことないものになってないと、それは未来 ではないと思うんです。いまのプレゼンテーションだと、どうしても相手が思っているほうに近づけていくというか、どこかで聞いたことがある、見たことがあ るアイデアの提案が多かったけれど、そうではない未来を想像した提案ができたら、これからのコンサルティングは面白いなと思います。
写真左が、ストラテジストが揃った「チームA」。写真中央の小森博仁(シニアマネジャー)がチームを率いた。一方「チームB」は、神谷幸太郎(コンサルタント)を中心にエンジニアやウェブアーキテクト、デジタルマーケティングといった多彩なメンバーが集結。 |
企業対企業ではなく、人間対人間
2人のメンターから講評を受け、Deloitte Digitalのメンバーは、「今後30年、日本が取るべき戦略は?」という思考実験の「解」を導き出し、かつ、ポストコンサルティングのあり方を 考えるにあたって、経営や戦略を担う“左脳的思考”とクリエイティヴな“右脳的思考”のハイブリッド化が不可欠であるという結論に至る。技術の進化や課題 の変化を超えて経営をサポートしていくためには、先に神谷が語ったとおり、戦略コンサルタントのみならず、クリエイティヴやテクノロジーといった分野の専 門家が一体となり、ヒューマンなソリューションを提案していくことが不可欠だからだ。ここまでリニアに走っていた「チームA」と「チームB」は、最終局面 に至って融合を果たすことになる。
小森ポストコンサルティングということでいうと、やはり単なるロジカルなだけのコンサルティングではな い、プラスアルファが求められているなということを実感する機会が増えています。特にDeloitte Digitalが関わるプロジェクトは、クライアントにとっても未知の領域に踏み込むようなテーマも多く、その意味では「デジタルに関連する分野で共闘す るビジネスパートナーとして頼れるか?」という点を、一層見られていると感じます。
従来のコンサルティングがそうであったように、プロフェッショナルとしての所作振る舞いはもちろん大切ですし、論理的で体系だった提案書も必要なの ですが、提案の場でのやりとり全体を通じて「この人たちは本当にヴァリューを出してくれるのだろうか?」といったジャッジがリアルタイムで行われているわ けで、そこで相手の心を動かすことができるかどうかにかかっているということです。
コンサルティングといえども、人間対人間の話になってきている。従来の「提案書を見て判断してください」というだけではなく、対面でのインタラク ションとそこで見せるもの、感じてもらい方を通じて、パートナーとしての関係が始まっていくという流れを体感する機会が増えています。Deloitte Digitalはクリエイティヴやエンジニアリングという価値を実現・実装する力をもつチームだからこそ、最後は心が動くかどうかというところを含めて感 じていただきやすいのだと考えています。
「超合理」という視座
「急速に進化を遂げているデジタルテクノロジーは、人々の生産や消費活動をめまぐるしく変え続けています。そしていずれ、シンギュラリティ(技術的特異点)に達し、世界のありようをガラリと変えてしまうでしょう。シンギュラリティの文脈につなげるためには、生産と消費活動双方の変革が必要だと考えます」(小森) |
未来に向けてのコンサルティングに不可欠なのは、「合理」を追求しながら「非合理」を取り込む「超合理」という視座…。それが今回、「量子的に思考する」という一連のプロセスからDeloitte Digitalが導き出したヴィジョンにほかならない。そのヴィジョンを基底として思考された未来の様相を見る限り、ヒューマニティとデジタルが溶けていく社会は、思いのほか早く訪れるのかもしれない。