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月曜日, 12月 07, 2015

水木しげる

水木しげるさんとの思い出─作家・石井光太

 

漫画家の水木しげるさんが亡くなった(享年93歳)。作家・石井光太が、2年前に水木しげるさんと会った時の思い出を振り返る。


「軍隊ではドラム缶に糞をするの。間違ってこれに落ちるでしょ、ドボンって。それが何より怖い。だって、南方の糞は水分がなくなってベタ〜としているんだもん。餅みたいにベタ〜と。だから膝まで沈むと出られなくなるの。本当に怖い。ベタ〜だもん、ベタ〜」
二年前に水木しげるさんとお会いした時、三十分ぐらいずっとこんな話をされたことがある。


──水木さんの戦争体験において恐ろしいことって何でしたか。

そう尋ねたところ、いきなり「糞」の話になり、それからまるで「糞」という言葉に取り憑かれてしまったかのように、満面の笑みを浮かべて延々と糞について語り出したのである。


    ※    ※    ※    ※    ※


十一月三十日、水木しげる死去のニュースが流れた後、数多くのメディアが追悼特集を組んでその業績を紹介した。新聞やテレビでもっとも多く目についたのは、水木さんが「日本の妖怪文化を体系化した」とか「漫画によって戦争の悲惨さを訴えた」という論調だった。

実際にその通りだと思う。
水木さんがいなければ、これほどまでに日本の妖怪文化・研究は広まらなかっただろうし、傷痍軍人の目から見た戦争をあれほど活写した漫画はでなかっただろう。今となっては日本文化に大きな足跡を残した巨人であることに疑いはない。

ただし、と思う。水木さん自身は最初からそんな高尚なことを目指して漫画を書いていたのだろうか。妖怪研究者、反戦主義者としての水木しげるは、後年の世の中の評価であり、実際の水木さんの像はそれと異なるところにあるのではないか。


二年前、水木さんとお話していた時、それをつとに感じたことがある。水木さんの話を聞いているうちに、次第に心が震えるような感覚になったのだ。 長々と語られる「糞」の話に感銘を覚えたわけではない。「糞」の話一つするだけで、三十分近く声を弾ませ、唾を飛ばして大笑いし、何十通りの表情をつくる 水木さんの姿に引き込まれたのである。まるで興業主の天才的な口上を前にした時のように、その姿に圧倒され、見惚れてしまったのだ。

隣にいた編集者も勢いに飲まれたようにペンを持ったまま唖然としていた。水木さんはふとそれに気づくと、勝ち誇ったようにニカッと笑って言った。

「な!面白いでしょ?なんにせよ、面白いものが一番だよ!面白きゃいいんだよ。糞だって何だって、みーんなを面白いって思わせればいいの!」

私はそれを聞いた時、きっと水木さんはただ全力で「面白い」を追求してきた人なんだなと思った。

妖怪漫画については、結果的に妖怪研究や文化を広めることになったが、きっと幼い頃に感銘を受けた「のんのんばあ」の妖怪談をもっと面白く人に伝えて喜んでもらおうとしただけだったのだろう。

戦争漫画についても、今となってはまぎれもない反戦作品ではあるが、きっと軍隊で味わった戦場における人間の滑稽さと魅力を漫画として面白くつたえたいと願ったのではないか。

私にとっての水木さんとは、高尚な存在ではなく、人を楽しませることを生きがいにしている生粋のエンターテイナーなのである。三度の食事より、人を驚かして、笑わせて、怖がらせるのが好き。妖怪漫画も、戦争漫画も根本のところでは、そうやってできたのではないか。

今頃水木さんは天国から、テレビや新聞のご自身の訃報を見てどう思っているだろうか。もしかしたら、砂かけ婆や子泣き爺たちに囲まれながら、みんなが「水木しげるの生涯」を大真面目に語っていることを大笑いしているかもしれない。

きっと究極のエンターテイナーというのは、亡くなってもなお、そんなふうに思わせられる人のことをいうのだろう。





「天狗」
「ろくろ首」
「鬼」
「人魚」
「狐」
「からかさ小僧」
「河童」
「化け猫」
「青坊主」
「狸」
「海坊主」
「山童」
「さがり」
「小豆洗い」
「油すまし」
「青女房」

(※水木しげる画ではありません)

木曜日, 4月 04, 2013

左利きの道具


 
 レオナルド・ダ・ヴィンチ、ニュートン、エジソン、アインシュタイン、夏目漱石、正岡子規、梅原龍三郎、坂本龍一、王貞治…この人たちの共通点は何 でしょう?──実は、みなさん左利き。アメリカの歴代大統領にも左利きが多いそうです。左利きには天才や芸術家タイプが多いと言われますが、なんとなくう なずけますね。とはいえ、少数派ゆえに不便を強いられることも多いのが左利きの人たち。今回は、左利きの道具について考えてみましょう。

利き腕の自由

メイン画像は左利きの人が通常のトランプを持った場合、上の画像は左右どちらでも使えるように四スミに記号が入っています
左利きの割合は全人口の8%~15%といわれています。地域や民族でその発生率に大きな差異はないといいますが、欧米に比べて日本では少ないように 感じるのは、矯正されることが多いからかもしれません。
以前、左利きの人にインタビューしたとき、「すべて左手を使うけれど、左利き専用のものは一切持っていない」と答えた人がありました。20代のその女性 は、「幼いころから、あらゆる場面で右利き用を工夫して使いこなす努力をしてきた」といいます。その理由は、「右利き社会では職場や出先で常に左専用グッ ズがあるわけではなく、そのことで後ろ指を指されることに耐えられない」から。現実に対応しようとする積極性や努力は称賛に値しますが、人と利き腕が異な ることに後ろめたさを感じさせるような空気がその社会にあるとしたら、それはちょっと寂しい社会だと思いませんか? 画一的な教育を押し付けられず個を大切にされて育ったという意味で、「左利きの人がうらやましい」と言う人もいるほどです。左利きの人が左利きのままであ りのままに生きていける。そんな社会を後押しするのが、ストレスなく使える道具の存在なのかもしれません。

左利きの不便



世の中のもののほとんどは、右利き用に作られています。左 利きの人にとっては、あらゆる場面で左右が逆。中でも、ネジやキャップの開閉、ワインのコルク抜きなどの「ひねる」行為は、いかにも大変そうです。
他にも不便を感じるものは、ハサミ、定規、カッター、缶切り、片刃包丁、ビーター、レードル、ピーラー、急須、がま口、カメラなどなど。扇子はあおぐたび に閉じてきますし、ババ抜きをするときは右手でトランプを広げると2箇所しかない角の数字と記号が見えなくなります。また、ボールペンが使いづらいという 人も多いようです。文字を書くとき、多くの言語では左から右にペンを動かしますが、左手で文字を書こうとすると、左から右へとペン先を押し出すようなアク ションに。一般的に普及しているボールペンはペン先のボールが滑らかに回転することでインクが出る構造なので、左手で押し込むようにペンを動かすとボール が滑らかに動かないのです。
道具だけではありません。「日常生活で一番ストレスに感じることは?」と左利きの人にインタビューしたところ、多くの人が「駅の自動改札機」と答えまし た。たしかに自動改札機は、タッチパネルと切符の投入口が右側にあります。左手に定期券や電子マネーを持って改札を通過しようとすると、腕をクロスさせな ければなりません。考えごとをしていると、つい隣のレーンにタッチして扉に挟まれることもあるとか。毎日のことだけに、そのストレスは大きいかもしれませ ん。

専用と共用

日常的に使うもので左利きの人が不便を感じるのは、文房具とキッチン用品が多いようです。ところがこの二つ、性質が大きく異なります。
文房具は本来パーソナルグッズで、家庭内に複数個あってもいいものです。左利き専用のものを作れば、ある程度解決するでしょう。
一方、キッチン用品の多くは家族で共用するものです。週末はご主人が料理をするなど複数の人が使用する場合、右利き用と左利き用2個ずつあっても置き場所 に困ります。缶切りやワインオープナーなどのように不便さは感じるものの、使用頻度が少なければ我慢できる範疇のものもあるでしょう。この領域では、おの ずと、右利きでも左利きでも使えるユニバーサルなデザインへの要望が高まります。
通販サイトで「左利き」と検索すると、左利き専用のグッズが数多く売られています。しかし本来は、専用にしなくても、すべての人に使いやすいデザインや機 能というものがあっていいはずです。実際、2012年に実施した「左利き」のアンケートでは、約5000名の方からご回答とご要望をいただき、その多くは 「シンプルでユニバーサルなデザインのものを開発してほしい」というものでした。
ユニバーサルデザインとは、「すべての人のためのデザイン」を意味し、男女や年齢の差異、障害の有無などにかかわらず、最初からできるだけ多くの人 が利用できるようにデザインすること。左利きの人に使いやすい道具を考えることは、すべての人にやさしい道具を考えることにもなるでしょう。
あなたの周りに、左利きの方はいらっしゃいますか?


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