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木曜日, 12月 22, 2016

最高の建築は「最高の模型」から生まれる|Kennedy Fabrication, Model Shop

最高の建築物は「最高の模型」からしか生まれない

どんな建物も、最初は小さな模型として始まる。
ヘルツォーク&ド・ムーロン、ゲーリー・パートナーズ、故ザハ・ハディド。
名だたる建築家たちが頼る、2つの模型制作スタジオによる精巧な「建築模型の世界」を紹介しよう。

Architectural models, the small-scale versions of buildings, are an important step in the design process.



















スコット・ハリントンが製作したアルバータ美術館の建築模型。

















PHOTOGRAPH BY SCOTT HARRINGTON

















アブダビ議事堂の模型では、ファサードの金属レースの特徴がよく表現されている。

















主要な構造物は3Dプリントで製作された。

















模型で表現されたアブダビ議事堂の夜景。


































モスクワの建設プロジェクト。

















アブダビ・サディヤット島でのプロジェクト。

















周囲の環境のなかでその建物がどう位置するかを示すのも、模型の大事な役割だ。


































ダブリンの「マリオンロード」プロジェクト。





















PHOTOGRAPH BY SCOTT HARRINGTON
PHOTOGRAPH BY KENNEDY FABRICATION



どんなに偉大な建物でも、最初は小さなバージョンから始まる。
スケールも小さいし、予算も小さい。
けれども、それにかけられる情熱は変わらない。
どのような建物を建てるか。

建築家が構想する段階では、2次元の図面が3次元ではどう実現されるのかを理解するのに、模型が役立つ。その後も、建物が周囲にどのように溶け込むのかをコミュニティや投資家にわかってもらうために、極めてリアルなプレゼン用模型をつくることがある。

最高に精巧な模型になると、制作には何カ月もかかり、費用が百万ドルを超えることもある。

そうした専門的な建築模型をつくるスタジオのひとつ、Kennedy Fabrication(ケネディ・ファブリケーション)のマイケル・ケネディは、「プロセス全体がトラブル解決のようなものです」と説明する。
彼はヘルツォーク&ド・ムーロンや、故ザハ・ハディドなどのためにミニチュア建物を製作してきた人物だ。


また画像ギャラリーで紹介したアブダビの議事堂(#3〜6)の模型を製作したModel Shop(モデル・ショップ)の創業者スコット・ハリントンは、ゲーリー・パートナーズやEYRCアーキテクツといった有名建築会社のために模型を設計している。

25年以上建築模型をつくり続けてきたケネディは、実際の建物ができる前に模型の建物が生まれるのを見るのは、仕事のなかでも最高にうれしい瞬間だと語る。
ただ、職業病として、あらゆる建物を「模型にできるか?」という視点で見てしまう習慣があるそうだ。「世界を見る見方としては、ちょっと変わっていますよね」とケネディは笑う。


 
TEXT BY LIZ STINSON
TRANSLATION BY RYO OGATA/GALILEO

WIRED (US)

土曜日, 8月 20, 2016

Alejandro Aravena アレハンドロ・アラヴェナ|建築家

 

アレハンドロ・アラヴェナ

「未完成」建築の真意


2016年のプリツカー賞を受賞したチリの建築家、アレハンドロ・アラヴェナ。

彼が「逐次的デザイン」と呼ぶ、意図的に未完成の建物をつくる“原始的”な建築アプローチに迫る。



チリ・ロスヴィロスに建設予定の別荘のアイデアスケッチ。


プリツカー賞を受賞した建築家アレハンドロ・アラヴェナは、2014年に自身の作品についてTEDトークのプレゼンテーションを行っている。

話の途中、観客に背を向けたアラヴェナは、絵と方程式をチョークでさっと黒板に描いてみせた。その古風だが、完成品よりもプロセスを強調するプレゼン方法で、観客は彼のアイデアが、リアルタイムで具体化していくのを見ることができた。

そのプレゼンは、自らの設計アプローチを「incremental design(インクリメンタル・デザイン)」と呼ぶアラヴェナにぴったりのプレゼンテーション方法だったといえるだろう。このアプローチを使って、アラヴェナと彼のスタジオ・ELEMENTALのデザイナーたちは、「意図的に」「未完成の」構造設計を行っている。


14年、アラヴェナたちがチリのイキケで取り組んだ「キンタ・モンロイの集合住宅」 を見てみよう。アラヴェナのチームはユニットの基礎とコンクリートのフレームを築いたまま、残りは未完成にしておいた。

アラヴェナによると、こうすることで、そこに住むことになる居住者は、それぞれのユニットを自分たちに合うように完成させることができるという。政府の支給する画一的な住宅とは異なり、実 際に自分の家のように見えて感じられる、文化的に適切な住宅となるというのだ。

集合住宅に人が住む前と後を比べると、その効果は一目瞭然だ。グレーの厚板でつくられた殺風景な建物が、入居後はカラフルでユニークで、かつ統一感のある景色に変わった。生き生きとしたご近所、といったように見える。








捨てるのではなく、維持するために

48歳のアラヴェナは、チリのサンティアゴ出身だ。
チリで建築を勉強したのち、ハーヴァード大学で教鞭を執り、その後ELEMENTALのディレクターとなった。アラヴェナはこれまでの15年間のほとんどを、キンタ・モンロイのようなプロジェクト、すなわちコミュニティーのアイデアやニーズに特別な配慮を施した取り組みに費やしてきた。そして、応急的な仮設住宅に対する一般的な見解をくつがえしてきた。

災害時に建てられる仮設住宅は金の無駄だと、アラヴェナは公言している。彼はその代わりに長期的に使うことができ、かつ建設に膨大な時間を要しない「逐次的な(incremental)」構造を推奨している。建てたあとのディテールを決めるのをそこに住む家族に託す方式だ。

2010年2月にチリを襲ったマグニチュード8.8の地震の直後、アラヴェナはこの手法をもって、コンスティトゥシオンという町に集合住宅を建てた。この集合住宅の各ユニットは文字通り「家屋の半分」だった。つまり家の左半分は、新入居者自身の投資によってあとから完成されたのである。
これは、一般的な応急仮設住宅のように捨て去られる家ではない。サステイナブルな住宅なのだ。




「テクノロジーの問題ではないのです」

今回のプリツカー賞授賞は、アラヴェナにとって最初の重要な栄誉というわけではない。つい昨年も、アラヴェナはヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展のディレクター兼キュレーターを務めたほか、ロンドンのデザインミュージアムは、アラヴェナがサンティアゴに建てた「アナクレート・アンジェリーニUCイノヴェイションセンター」を、デザイン・オブ・ザ・イヤーに選出した。









UCイノヴェイションセンターはチリ・カトリック大学のキャンパスで、強烈な印象を放つコンクリート構造だ。Googleで「Aravena」と検索すると、この建築が最初に目に入る可能性が高い。


TEDトークのなかでアラヴェナは、この建築の設計コンペでは「知識創造のための適切な環境」と「人々の対話」が要求された、と語っている。
ほとんどのオフィスビルには中心部があり、各フロアの周囲をガラス窓が囲んだつくりになっている。この構造では直射日光がたっぷり入り込んでしまい、温室効果が生まれてしまうとアラヴェナは説明する。

UCイノヴェイションセンターで彼が採用したのは、このモデルをまったく裏返しにしたデザインである。建物内部に空洞のアトリウムを設け、対話性を促すようにしている。また建物の大部分がコンクリートの外部構造をなしていることで、直射日光が建物内の温度を過剰に上げるのを防ぎ、エネルギー消費量を1平方メートルあたり年間120KWから40KWに削減することができるという。


「テクノロジーの問題ではないのです」。TEDトークのなかで彼は、UCイノヴェイションセンターや彼のほかの仕事についてもそのように語っている。「大昔からある、じつに原始的な一般常識なのです」




 [建築家の豊田啓介は、2011年にTOTOギャラリー・間で開催されたアレハンドロ・アラヴェナ展にあわせ来日したアラヴェナへのインタヴューを行っている。「建築の外側から考える」と題されたテキストはこちらのPDFにて。]






PHOTOGRAPHS COURTESY OF ELEMENTAL
TEXT BY MARGARET RHODES

WIRED NEWS (US)

月曜日, 2月 08, 2016

建築家ムーン・フーンが描く、幻想都市

Moon Hoon’s Fantastical, Mind-Bending Art and Architecture

 

建築家ムーン・フーンが描く、幻想都市

 



人の体や染色体の形をした建物に、街を歩く不気味なロボット。韓国人建築家ムーン・フーンが描く奇妙な街のイラストは、いつだって空想にあふれている。そして彼は、その空想と現実の境界を、「落書きの魔法」によって超えることができる。






アーキテクチュラル・イラストレーションがもつ特殊な魅力に興味がある方は、シカゴ行きの飛行機に乗って「Doodle Constructivism展」を観に行くことをお勧めする。というのも、韓国・ソウルを拠点とする建築家ムーン・フーンのドローイングが、シカゴ建築ビエンナーレに展示されているからだ。

ソウルの江南地区(Psyの曲で有名になった地域だ)で活躍するフーンは、1960年代の未来派、ロシア構成主義、そして映画『トランスフォーマー』に影響を受け、自由奔放に湧き上がる創造性を駆使しつつ、想像力あふれる、非常に細かなイメージをつくり出している。

自身の創造力の源となっているのは、幼少のころからずっと描き続けてきたメモ用紙の落書きと身近なものにインスピレーションを感じる才能なんです、とフーンは語る。例えばつい最近、彼の創造力の引き金となったのは、帽子のように見えた料理運搬用のトレーだった。ほかにも、車や飛行機、戦艦、日本のアニメ、レオナルド・ダ・ヴィンチが残したノート、逆再生で観る映画も創造の起点になるという。

「近くのものから遠くのもの、あるいは古代から近代までのものを、ぼくはプラグインできるのだと思います」


「Rock It Suda」/Doodle Constructivism展。

塔の形をした野菜や染色体の形をしたオフィス、ロボットのようなカエル、毛細血管のような地下空間…。フーンの描く作品にも、“奇怪な生態系”があふれている。それは、ファンタジーと現実がせめぎ合い、混沌と静寂に満ちた都会風景を対比させている。

例えば、「Rock It Suda」(上の画像)はソウル中心部の「未来派ゴシック建築」を表わしたものであり、ビルには巨大な目玉が衝突し、亀裂が入っている。この作品のテーマは「月と彗星」なのだとムーンは話す。「Shelfish Architecture」(下の画像)では、アパートとイカと、そして「スター・ウォーズ」シリーズに登場する戦闘機TIEファイターが組み合わさったような巨大な宇宙侵略者が、赤い物体をひらつかせて街を闊歩している。


「Shelfish Architecture」/Doodle Constructivism展。


 「アイデアを得て、それを表現する。イラストはそのための方法なのです」。フーンは自身の作品についてそう語る。「作家なら言葉を使用することで、世界を理解して表現しますよね」。彼は手描きでスケッチを行うが、不完全さや独自の歪みのおかげで、コンピューターを使うよりも作品に深い人間味が生まれるのだ という。







「現実」と「ファンタジー」の境界を超える

フーンの描くドローイングは、彼自身の建築作品から生まれることもある。「Urban Robot」というドローイングのタワー形の建物やその翼部分は、実際に彼が建設したプロジェクトのパーツをあてはめているのだ。

その逆もまた可だ。例えば「Rock It Suda」はイラストが描かれたあとに、実際に韓国の山中で建設され、尾や枝角、そのほか自由自在な形態の装飾がひしめき合う住宅空間へと生まれ変わった。「Wind Museum」というドローイングも、あひるのくちびるの形をした黄金塔が飛び出したコンクリートの立方体建築物「Wind House」となった。

彼の、奇怪なインスピレーションの連鎖は止まらない。Wind Houseのアイデアは、食事中に家族と食べたアヒルの詰め物から得たそうだ。2つの立方体から巨大な球体が掘り出された形をしている韓国市街地のカルチャーセンター「Two Moon」は、映画『トゥー・ムーン』にインスパイアされてつくられているという。

そんなフーンは、韓国の建築シーンを「まるでティーンエイジャーのようだ」と語る。未熟な部分も含め「どうなるかわからない」のだと。といっても、フーン自身も、作品に際立ったメッセージを込めているわけでもないのだという。彼はただ、通常は静的に表現される建築美術とは異なり、「はかなく、エネルギッシュで、越境する」建築描写に関心をもっているだけだ。そして彼の目的は、そのイラストによって建築の外観や概念を拡張することである。「建築の定義は、ぼくたちの許容レヴェルに応じていくらでも拡大すると思っています」

フーンは自身の建築を、「遊び心あふれる」作品だと表現する。それは人々に、子どものころにある空間に夢中になったような感覚を思い出させるものだ。「なかには、ぼくの作品が嫌いだという人もいるだろうと思います」。フーンは言う。「でも、ぼくは人の基準に合わせるということはしません。そういう人にとってぼくは芸術的すぎるか、あるいは個性が強すぎるわけです。韓国では、ぼくは建築を軽視する建築家だと思われていますよ」
フーンがこの少し真面目すぎる建築業界で成長し続けるには、彼自身の探求を押し進めていくしかないのだろう。自身の建築と芸術を、どこまで拡張できるかを確かめるために。
「落書きは、現実とファンタジーをつなぎ合わせることのできる最高の方法なのです」とフーンは言う。「まるで魔法のようにね」


水曜日, 7月 01, 2015

OMA-designed fondazione prada campus opens in milan



OMA-designed fondazione prada campus opens in milan
OMA-designed fondazione prada campus opens in milan

OMA-designed fondazione prada campus opens in milan
photo by bas princen / courtesy of fondazione prada 



on may 9, the new milan venue of the fondazione prada opens to the public. the 19,000 square meter complex designed by OMA embraces the relationship between new architectural elements with the reclamation of a former gin distillery, comprising warehouses, laboratories, brewing silos, and new structures which surround a large courtyard.

located in largo isarco, just south of the city center, the campus consists of seven existing buildings with three new ones — museum: a space for temporary exhibitions; cinema: a transformable multimedia auditorium; and torre, a ten-story gallery tower for displaying the foundation’s permanent collections.
fondazione prada milan OMA
the 19,000 square meter complex forges a relationship between new and old architectural elements
photo by bas princen / courtesy of fondazione prada 



the project — led by rem koolhaas, chris van duijn and federico pompignoli — marks a milestone in OMA’s long-term collaboration with the fashion house. koolhaas says ‘the fondazione is not a preservation project and not a new architecture. two conditions that are usually kept separate here confront each other in a state of permanent interaction — offering an ensemble of fragments that will not congeal into a single image, or allow any part to dominate the others’.

‘new, old, horizontal, vertical, wide, narrow, white, black, open, enclosed — all these contrasts establish the range of oppositions that define the new fondazione. by introducing so many spatial variables, the complexity of the architecture will promote an unstable, open programming, where art and architecture will benefit from each other’s challenges.’
fondazione prada milan OMA
photo by charlie koolhaas / courtesy of fondazione prada



to coincide with the opening, OMA has designed two exhibitions for fondazione prada: ‘serial classic’ co-curated by salvatore settis and anna anguissola (may 9 – august 24) set within the new museum space in milan; and ‘portable classic’ co-curated by salvatore settis and davide gasparotto which opens in conjunction with the venice art biennale (may 9 – september 13) — see more about the ‘portable classic’ show on designboom here.

‘serial classic’ explores the conflicting relationship between originality and imitation in roman culture, and examines the issues of reproduction and display. comprising more than 70 artworks, the exhibition opens with an in-depth analysis of lost originals and their multiple copies. similarly, ‘portable classic’ explores the origins of miniature reproductions of classical sculptures, showcasing more than 80 artworks on the ground and first floor at ca’ corner della regina in venice.
fondazione prada milan OMA
the project marks a milestone in OMA’s long-term collaboration with prada
photo by bas princen / courtesy of fondazione prada
fondazione prada milan OMA
the campus comprises seven existing buildings with three new structures
photo by bas princen / courtesy of fondazione prada
fondazione prada milan OMA
‘museum’, ‘cinema’ and ‘torre’ are the three new structures added to the reclaimed site
photo by bas princen / courtesy of fondazione prada
fondazione prada milan OMA
the project embraces the coexistence between new architecture and existing
photo by bas princen / courtesy of fondazione prada
fondazione prada milan OMA
exhibition view of ‘serial classic’, co-curated by salvatore settis and anna anguissola
photo by attilio maranzano / courtesy fondazione prada
fondazione prada milan OMA
exhibition view of ‘serial classic’, co-curated by salvatore settis and anna anguissola
photo by attilio maranzano / courtesy fondazione prada
fondazione prada milan OMA
‘bar luce’ designed by wes anderson
photo by attilio maranzano / courtesy fondazione prada


OMA-designed fondazione prada campus opens in milan
exhibition view of 'serial classic', co-curated by salvatore settis and anna anguissola
photo by attilio maranzano / courtesy fondazione prada
OMA-designed fondazione prada campus opens in milan
exhibition view of 'serial classic', co-curated by salvatore settis and anna anguissola
photo by attilio maranzano / courtesy fondazione prada
OMA-designed fondazione prada campus opens in milan
exhibition view of 'serial classic', co-curated by salvatore settis and anna anguissola
photo by attilio maranzano / courtesy fondazione prada
OMA-designed fondazione prada campus opens in milan
exhibition view of 'serial classic', co-curated by salvatore settis and anna anguissola
photo by attilio maranzano / courtesy fondazione prada
OMA-designed fondazione prada campus opens in milan
exhibition view of ‘an introduction’
photo by attilio maranzano / courtesy fondazione prada
OMA-designed fondazione prada campus opens in milan
exhibition view of ‘an introduction’
photo by attilio maranzano / courtesy fondazione prada
OMA-designed fondazione prada campus opens in milan
robert gober, 'corner door and doorframe' 2014-2015
door, doorframe, wall construction
photo by attilio maranzano / courtesy fondazione prada
OMA-designed fondazione prada campus opens in milan
photo by charlie koolhaas / courtesy of fondazione prada

火曜日, 10月 07, 2014

bauhaus masterhouses by walter gropius restored in dessau

bauhaus masterhouses by walter gropius restored in dessaubauhaus masterhouses by walter gropius restored in dessau


bauhaus masterhouses by walter gropius restored in dessau
(above) the new masterhouse gropius
photo © christoph rokitta / bauhaus foundation dessau



at the bauhaus art school in dessau, two original buildings designed by walter gropius have been restored and reinterpreted by german practice BFM architekten. the project, which reopened its doors on may 16th, 2014, generated a great deal of debate regarding alternative approaches to the memorial site. potential options included the complete reconstruction of of the homes, in line with the principles of monument protection; the aesthetic reconstruction of the outer shells in the interests of tourism; and the conservation of the structures as historic records of destruction.
bauhaus new masterhouses gropius moholy-nagy designboom
the new masterhouse gropius
photo © christoph rokitta / bauhaus foundation dessau



the final decision was to integrate both reconstruction and conservation, safeguarding the legacy of the building with an updated and reconfigured design. the completed structures stand as stacked compositions of concrete, influenced by their former structural shape. externally as well as internally, many of the design’s intricate details have been excluded, simplifying the existing volumes.
bauhaus new masterhouses gropius moholy-nagy designboom
the new masterhouse moholy-nagy
photo © sebastian gündel / bauhaus foundation dessau
bauhaus new masterhouses gropius moholy-nagy designboom
the new masterhouse moholy-nagy
photos © christoph rokitta / bauhaus foundation dessau
bauhaus new masterhouses gropius moholy-nagy designboom
the new masterhouse moholy-nagy
photo © christoph rokitta / bauhaus foundation dessau
bauhaus new masterhouses gropius moholy-nagy designboom
the new masterhouse moholy-nagy
(left) photo © christoph rokitta / bauhaus foundation dessau
(right) photo © sebastian gündel / bauhaus foundation dessau



土曜日, 4月 11, 2009

江頭慎|interview

[interview][London]vol.18 建築家、美術家 江頭慎


今回は建築家、美術家である江頭慎さんにインタビューをしてきました。 作品、活動の解説を中心に、ロンドン、東京のコンテクストの違いについて興味深いお話を聞くことができました。







江頭 慎   Shin Egashira


建築家、美術家、ロンドンAAスクール ディプロマユニットマスター(教授)
1987年 東京芸術大学美術学部建築科卒業
87-88年 北京にて集合住宅の実務に携る。渡英
1990年 AAスクール ディプロマをオナー(honor)にて修了
90-91年 ポストグラデュエートデザインリサーチ及びデザイン指導
1992年 インターミディエートユニットマスター(Intermediate Unit 3)
1996年~ AA ディプロマユニットマスター就任(Diploma Unit 11)



 





澤田:最初に江頭さんが10年以上続けていらっしゃる新潟県旧川西町の小白倉集落でのワークショップについてお話を聞かせてもらいたいのですが、具体的にどのような活動をされているのでしょうか?

江頭:毎年8月の後半に三週間程度、参加する人の対象はAAの学生に限らず興味ある人だったら誰でもこれるようにしてるんだけど大体20人程度、その場所をドキュメントするってことと、コミュニティと一緒に何か建築的な活動するていいうこと、その間にドキュメントしつつものをつくることもあるし、改造することもあるし。


そういうことをしながらひとつは短い期間でできること、それと同時に毎年一回ずつ続けて長い目で見た時に構築されていく部分、あるいは長い目で見ないと記録できない部分ていうのを要はデザインするってことと場所の変容だとかを丁寧にドキュメントしていくという両方の課程を実験的に行ってるという感じかな。

澤田:普通の建築の設計だとデザインして完成したらそれで終わりですよね。


江頭:そうね。でも普通どんな設計でもデザインをし終わってからそれをどう実現するかって時にデザイン自体どんどん変わっていくよね。返ってそのプロセスの方が現時点での問題点だとかリアリティとかに本当に携わる部分だから。


もちろんデザインがどこから始まるか、どのようにできるか、の課程を見るとそのラインてそんなにクリアじゃないよね。

ただその建築を設計する事務所だとか、世の中の建築家に与えられた条件の中でやってくとしたらもちろんそこには契約があったり、初期設計があってその中から予算をとって詰めていくっていうそういうある決まり事がないと経済の中でデザインが成り立たないかも知れないけれど、小白倉みたいなところだとワークショップをやるっていうことは今ある普通の建築が作られるシステムでは成り立たない場所だと思うのね。

それは経済があまり潤わない、建築家がいない場所だったり、特殊というかそういう状況で建築の他にランドスケープを変えていく手法だとか、コミュニティの特殊ですごくイントリケートな部分を尊重しながらその中で何が出来るかってのを考えた時にデザインていうこと自体も一回クエスチョンしないと成り立たないでしょ。

そういった意味ではデザインていうのがあるアウトラインを決めてそれを決めて作っていくんじゃなくて、まずひとつはそこにある状況だとか、その内容をどうやって読み替えていくか、使えるリソースだとか条件ていうのを再解釈していくそういうことの方が問題解決のために何かデザインするっていうよりもやっぱり意味があることなのかな。

澤田:なるほど。


ルイス・カーン" Architecture does not exist, what exists is the work of architecture"てことを言ってて、要するに建築と建築作品は別ものだと言っていると思うんですが、江頭さんの小白倉ワークショップのアーカイブを見てると地元の住民の方とのコラボレーションからものを作っているのように思えて、そのプロセスが作品自体より重点的にドキュメントされているように感じたんですが、住民の方からは実際にどういうフィードバックを受けたりするんでしょうか。

江頭:まずデザインに関するボキャブラリとして、やっぱり学校でいうようなフィードバックっていうようなものではないよね。


ひとつの現象として、人口が百人足らずの集落で皆家族のように暮らしているところに毎年色んなところから色んな国籍の人がきて、なんだか分んないものを作ってるんだけども何かやってる、何かいつも残していく。そういう現象に対するノートの方が彼らにとっては自信に繋がるんじゃないかな、きっと。

いつもは今回一体何やってるんだろうかとか、結局こんなものになったとか、そういう建物の結果というよりも色んな人が来て何を見ているかとかね、どういうものに興味を貰ってそこの場所から何かインスピレーションを貰ったり何か結果として出てくる、フィードバックとしては視点だとかものの見方とかそういう部分のほうが返って興味もってる部分なんじゃないかなきっと。

澤田:川俣正さんとのコラボレーションされたLodging Tokyo、Lodging Londonについてお話をお伺いしたいんですが、コンセプトとしては都市の中の建築としては使われていないような場所を建築的に見立ててロッジングするということなんでしょうか。

江頭:そうだね、結構昔の話だからちゃんと覚えてないんだけども笑。
川俣さんは藝大での先輩になるんだよね、川俣さんはいつも新しいものに興味持ってる人でしょ。小屋のプロジェクトだとかホームレスのシェルだとか、すごいテンポラリーな部分に興味持つと同時にね、彼の作品ずっと見てるとさ、普通皆彫刻家だと思うかも知れないけども、川俣さんて絵画なんだよね。

平面からものを始めてそれをインフォーマルに都市の残余空間だとか廃材だとかを使ってテンポラリーなものを作っていくっていう手法があった時に、自然と建築に興味を持ち始める時期っていうのがあったと思うのね。

そういう流れの中でちょうど僕らが2000年前後にAAで始めてたことっていうのも都市の残余空間だとか過剰生産物、余剰物、要は建築として普段あんまりこう認められてないけれども都市を生成する上では非常に重要なエレメントとしてこう介在している、副産物としてあるパターンだとか空間を作っているものに興味を持ってたのね。そこで興味が合ったのかな。

身体的なスケールから見た時の都市の様相だとかね、小さなスケールでもものごとをずっと繰り返していくうちに可能となる建築的なもの、あるいはテンポラリーであると同時にパーマネントていうのかな、繰り返しっていうことでものが成立しているとかね。

Lodgingでやろうとしてたことっていうのは要はもし僕らが自分達の体だとか感性だとかテクニックだとか、ありとあらゆる手に入る材料を使って出来る限りの中であらゆる有用な場所、スペースをプリコラージュ的に都市の空間をリサイクルしていくっていうのかな、それを皆でシステマティックに進めていくことによって作品を作るよりもひとつの現象を作れないかなと、そういうことを同じ視点でひとつ東京でやってみて今度はロンドンでやってみた時には、違うものが見えてくるのか、もしくは似ているものが見えてくるのか、それをちょっと確認してみようっていうプロジェクトなんだよね。

澤田:実際に結果として東京とロンドンでやってみてどういう違いが見えてきましたか?

江頭:そうだね、東京はね、僕らがやる以前からぱっと見てこれは凄いなと思う部分が既にいっぱいあるんだよね。既に現実化されてしまってる。
普通のリサイクル業者がいつの間にか作ってしまっているようなものだとか。

そういう意味からいうと東京では東京に既にある事例から学ぶことの方が多くて、ロンドンっていうのは要はものを集めて来て手を加えるとそれがコントラストとして非常にこう作品として成り立つような気がしたななんか。
建物が煉瓦でできていたりだとか、やっぱりそういう重い中でちょっとインフォーマルなことをすることによって作品ていうものがパフォーマンスとしてだけじゃなくて、実際のものとして成り立つんだよね。そういう土壌っていうのはハードな面からいったらロンドンの方があるんじゃないかな。歴史的なコンテクストがある上でっていうのもあるかもしれないけれど。

澤田:なるほど。こないだ再オープンしたサーチギャラリーに行ってきたんですが、元々兵舎だった建物をコンバーションして使っているんですが、兵舎の外壁が凹んだ部分に新しく階段部が入って、今まで外部だった場所が内部になっていて、そういう歴史的なレイヤーが重なっている様子が凄く面白かったんですね。テート・モダンなんかもそうですけど歴史的なコンテクストがあるとそういう単純な作業で凄く面白くなるんだなとも思いました。

江頭:そうかもしれないね。
たださ、東京とかで凄くいいなと思ったのはもしアートワークっていうのが世の中の既にある状況を探し出してそれをリプレゼンテーションするっていうとこで成り立つんだとしたら、僕らがやっていたLodgingっていうのはどちらかっていうと東京の中で既に存在するような現象をもう一回コミュニケートするっていう意味では本来の意味でのファインアートに近い部分なのかも知れないね、きっと。逆にロンドンとかだとさ、妙にそれが作品になってしまってるっていう事態がもしかしたら不自然なことかも知れないね。

東京で面白いなと思ったのは作品だとかものの成り立ちを説明するにあたって、手がかりとしてシステムをまず説明しなくちゃいけないていうのがあって。
こういう部分があって、なんでそれが成り立っているのかとか、どうしてこうなったとか。そういう決まり事の枠がもうちょっと複雑なのかもしれないね。
ロンドンていう場所は制約とかルールだとか、自分たちで約束事を破らないとものが成り立たないというか。

そうするとさパフォーマンスの部分ていうのが、建築家にしてもアーティストにしても凄く英雄的、ヒロイックに物事を進むような気がするんだよね。
要はさ、例えばアジアの都市とか見るとさ都市が面白いなって部分はさ、あんまり生活のスタイルにこだわらずに営利活動してたり商業活動してたりそういう部分で都市のダイナミックが成り立ってる感じがするよね。

香港とか行くと高速道路とかの陸橋の下にレストランがいっぱいあったりだとか、ビルの隙間にものすごい数のがらくたを売ってるお店があったりとか、そういう部分が普通のこととして成り立ってるでしょ。
そこで住んでる人っていうのは活力がやっぱりあるよね。ロンドンみたいな場所って皆生活にこだわるからさ、こんだけレールウェイアーチがいっぱいあってもそこの下に住んでる人ってあんまりいないでしょ。大体パターンが決まってて、自動車とかMOTの倉庫になってたりとか。
ひとつのコードみたいな部分での約束ごとっていうのがなんかこうもっと限られているような気がするな。

澤田:『メイドイントーキョー』的な特殊な風景ってロンドンだとやっぱりあんまり無いですよね。

江頭:そうね。
ここ三年ぐらいね、ユニットでは東京とロンドンを比較するような都市の見方をしてるんだけどね。
そうすると逆に東京にあるスペースのタイポロジーみたいなのをこちらに持ってきてアダプトするっていう事の方が、それはもちろん僕らがロンドンでリサーチして勉強しているってこともあるかもしれないけど、逆に都市の特異性だとか特殊状況みたいなものを学んでそれを分析してどうやったらそういう状況が成り立つかってことを考える場合には返って東京から学ぶ事の方があるかもしれないね。

澤田:関係ないかもしれないですけど、その対比は建築教育にも共振してるように思えるんです。

僕は日本の建築教育受けてないのでちゃんと分ってないかもしれないですけど、元々あるものを再解釈してリプレゼントする東京とロンドンで作品が都市とコントラストを成すっていうのは、僕は日本の建築教育受けてないのでちゃんと分ってないかもしれないですけど、日本の学校がこっちより空間の構成に重きを置かれていたりだとか、例えば家型のアーチの流行だとかと、ロンドンのAAとかだと例えばザハ的、AADRL的なちょっと現実の都市とは乖離した「作品」を作ってるストリームの対比にも共振する気がするんですが。

澤田:そのザハとかがやってる部分てのはもちろん現代建築の一旦を担ってるからさ、それと都市の分析を比べるのは不可能な気がするけどな。

どちらかっていうと、ザハの最近の流れを見ていると、都市自体を建築にしていくような流れだよね。都市をプロトタイプだとかプロダクトといてやっている。そのスケールの大きさっていったら、昔あったメタボリズムだとかそういうレベルだよね。

都市っていうものが今のテクノロジーを使って今まで建築家ができなかったようなデザインのスケールで、ルールだとかスクリプティングだとか都市論ていうのをインフラのレベルまで見ていってデザインの対象にしてしまうっていう流れだよね。

それって現状のコンテクストを読んで手を加えていこうっていうのとは全く逆のアプローチなんじゃないかな、きっと。

澤田:なるほど。ロンドンの建築教育でいうとバートレットについてはどうですか。アート色、ペーパーアーキテクト色が強いですよね。

江頭:バートレットで最近external examinerをやっていて最終の作品をいっぱい見る機会があるんだけれど、バートレットとAAはまるっきり違うかもしれないね。
凄いバートレットはナラティブっていうのかな。
要はベスポークって分るかな。テーラーメイドってものあるよね。 
特殊状況に対して特殊なものを提示していくっていう。それに近いものがあるかもしれないな。

やっぱり建築の特異性だとかスタイルだとかで、特殊状況を更にこう建築的にリプレゼントしていくっていうのかな。

僕が時々最近思うのは、もしAAの伝統として今でも残っているものがあるとするなら建築を通して都市を勉強していく態度だと思っていて、建築の学校だからじゃぁ建築をつくるためにリサーチをするんじゃなくて、建築のボキャブラリーだとか技術だとか知識を使ってデザインすることによってどうやって自分と都市の関係を築いていくだとか建築をデザインすることによって都市がどう変わっていくだとか、既にある現在僕らが住む都市は何が一体それをコントロールしていて、どういった状況なのかっていうのを建築を通してリサーチしていくっていう。そういう違いがあるんじゃないかな。

多分の日本の設計っていうと工学部だとかデザインの意匠ていうと最終的に建物のスタイルだとか出来たものによって評価されるけども、それがもしアプローチの中にもうちょっとリサーチっていうものが入っていたら見えてくる都市のあまり見られてない部分だとか、設計を成り立たせるための、もっと有用なパレメーターだとかダイナミズムだとかそういうものをもしかしたら見失ってしまうようなことがあるかもしれないよね。

澤田:リサーチは建築をつくるためのアプローチっていう単純なイメージがあったんですけど、逆に建築をパラダイムに都市を見るっていうことなんですね。
そう考えると小白倉のワークショップなどの姿勢がすごい理解できた気がします。

江頭:昔から都市論て都市計画だとか地域計画とか、要は計画案、ひとつの決まり事、約束ごとをつくっていくっていうのがあって、逆に建築をデザインしていくことによって都市と関係していくっていうのは都市論じゃなくてやっぱり建築論だと思う。

ある状況の中で一体どういう建築が成り立つんだろうかとか、建築的な手を施すなかでそれが一体都市の中でどういう意味を持って成り立っていくのかっていう部分から考えると、都市がどんどん変容していく中で建築のデザインていうのもそれをリフレクトしながら常にリニューアルして新しいアプローチだとか知識だとかを使っていくものだとしたらね。
もちろん建築の学校でもいつも同じことやっててもしょうがないわけでしょ。
何を見てそこから建築のあり方を見てこうかなって考えると、やっぱりなんでも変わっていく中で建築に対する解釈も変わるだろうし、その中で都市と建築を切り離してしまったらあんまりこう社会との関わりってあんまり無くなっちゃうと思うよね。

澤田:なるほど。では昨年展示された『都市を歩く表象』についてお話を聞かせてもらっていいですか。

江頭:あれは建築っていうよりもアートワークに近いかもしれないな。
岡村っていう家具の会社とコラボレーションしてインスタレーションをつくっていくっていうプロジェクトだから、デザインていう仕事と工業デザインの違いがあったとすると、ひとつに世の中の発展してきた便利な技術でもっと効率にもっといいものをつくろう、改善していこうという流れがあると思うんだけど、それとは別に建築の視点からものをみた時にもうちょっと違う見方があるんじゃないかなと思っていて。

世の中不思議な状況がいっぱいあるわけでしょ。
こういうAAの建物にしても昔のジョージアンスタイルの建物の中で、同時に違う国籍の人達が一緒にいて携帯だとかコンピューターとかそういうものが混在している不思議な状況ってあるよね。

そういう物事がどれだけ同時に混在していて世の中がどんなに効率的に見えても実はそうでなくて物事っていていうのは元々のアイデンティティを超えてそれが応用されることによって偶然的に何かと関係したりして、そういうことによって本当の意味でのリアリティって成り立っているんじゃないかなと思っていて。そういうひとつの仮定がある中で空間的なインスタレーション考えてったって言えばいいのかな。

都市を歩く表象の中で使ってる材料として百年前にエドワード・マイブリッジが映画がまだできる以前に動物や人間の動きをカメラで撮って動画を作ってた時のモチーフとしての象があって、そのモチーフを僕でも使えるようなiMovieだとかでアニメーションしてそうやって作った象が動く様子を今度はコンピューターでプログラミングしてインタラクティブなスイッチで再生していくことで、北斎がつくった北斎漫画で象のイメージを木版画でつくってたように、コラージュ的にモーターだとか木だとか硝子だとか色んな技術をチグハグに組み合わせて、曖昧な空間の中で百年前の映像を流したんだよね。

ただ色んなレイヤー、読み方があって、その中で象っていうのは北斎が木版画作った時ってのは日本にまだ象がいない時期で大陸からくる情報から思い描いて象を彫ったんだけど、その中で象に目の見えない人達が手で色んな場所を触りながら、象をディスクライブしていくのね。

全体は見えないんだけどディテールを触ることによって象の意味っていうものが出てくる。それを木版画にしたのが北斎の「象にのぼるひとびと」っていうものなんだけども。
実際のディテールっていうのは色んな側面を繋ぎ合わせていく事によって変容していくものなんだよね。だからバックグラウンドとして移されてる映像の中も東京に実際にあるバックグラウンドとかディテールだとか音だとかそういうものがインタラクティブの中に入ってくる。概念的になっちゃうかも知れないけどね、象の横に人遍をつけると「像」、つまりイメージ、ビジョンになるよね。

象の横に人がいてそこから触発されるイメージが像っていうのかな。

もし仮に都市っていうのが建築家達が思い描いているイメージの中で構築されるんだとしたら、色んなディテールだとか建築的な空間だとかアクシデントだとかそういうものを色々重ね合わせた時に初めて見えてくるものがもしかしたら都市の表象なんじゃいかなと思って。一応、象をモチーフにしているけども作られてる映像っていうのは例えばその会場の壁を全部取っ払って360度回した時に見えるだろう東京のイメージを使っているのね。そういう風に視点を色々変えてインタラクティブに象を介在させて都市を表象させていくという。それがテーマにチグハグな技術のバランスをとりながら不思議な状況を作り出すっていうね。わかるかな笑。

澤田:客観的に把握てきる都市というものがあるんじゃくて、自分と他人の色んなパースペクティブから捉えられた表象が集まったものとしての像として都市があって、逆にそうでしか都市を把握できないっていうことなんでしょうか。

江頭:基本的にさ、人がものごとをどうやって把握するかって事を考えるとある程度スケールが大きくなった時ってのは、物事を同時に把握するってことは不可能だよね。
どんなものでも既に起こってしまった事象を、後から見直したり、ニュースを見て分ったりだとかでしょ。

実際にリアリティだとか都市を一体なんだろうと思ってもそれは絶対把握できないものだよね。どういう媒介をしても、ある自分の知覚だとか知識だとかそれをもう一歩サテライトだとかニュースだとか、そういう情報のドキュメントのリプレゼンテーションをもう一回フィルターを通して見直してるわけだから、実際そのリアルな中で自分たちが何をリアルとして見るかっていうのは、このスピードとスケールの中でこれだけの情報の量をプロセスするキャパシティってのがこれだけ多様になってる中で、もう一回都市っていうのが簡単なものじゃなくて色んなものを可能にするキャパシティ、柔軟性があるべきなんじゃないかなって思うんだよね。

澤田:AAのDiploma unit11ではどのような活動をされているんですか?

江頭:さっき言ってたことに近いかも知れないな。
今はマイクロシティってのをテーマにしてるんだけど、今まで三年間バターシーっていう川の南側のバターシーパワーステーションがあるところなんだけど、そのエリアってのは昔から都市のインフラストラクチャーが混在していて、非常にダイナミックな状況なわけ。でも面白いのはマーケットにしてもゴミ処理場にしても物のサーキュレーションにしても全てうまく成り立っていてその間に不思議な状況がいっぱいあるわけね。でそういう部分を今まで都市カタログってのにまとめてたのね。

それは残用空間、余剰生産物、アダプテッドインダストリーだとかアクシデンタルパブリックスペースだとかそういうものがどういう関係性の中で色々派生してきたかってのをタイポロジー化してカタログをずっとつくってたわけ。

結局都市を材料、プログラム、大きなスケール、小さなスケール、あるいは余剰生産物、技術っていうそこにすでに存在している部分を一旦全部カタログ化した時には、そのカタログをもう一回使い直すと色んなものの組み替えだとかができるから、それを元に都市を再編成してみようっていう一個の流れがあってその三年間の蓄積で去年一区切り打ったのね。
そこからでてきた色んなタイポロジーだとか建築的な可能性だとか、そういうところからいくと、ひとつは都市建築のタイポロジーっていうのかな、色んなレベルでのテンポラリティだとかパーマネンシーだとかスケールのオペレーションだとか絶対必要なインフラストラクチャーだとか排泄物の処理の仕方だとか色んな部分がある中で、それがある種の手法として成り立つとしたらどうしようかと。

今年から場所を一回変えて、Elephant&CastleとKing's Crossでやってるんだけども。
そこを選んだ理由ってのはElephant&Castleはこれから再開発が始まるところなのね。ロンドンの中では一番込み合ったバスの集客点でそのエリアってのは昔からコラージュ的に発展してきていてそれをこれからどうやって場所的に取り壊しながらやっていくかっていうマスタープランが一個あるわけね。
そのマスタープランをコンテクストにして、これから消えていく可能性のある建物とミックスプログラムだとかがマスタープランとして存在している部分を一回ディテールから、既にそこに存在しているボキャブラリーを再編成しながら、都市の再開発を見てったらどういう結果が生まれるかってのを見るのがElephant&Castleでのプロジェクト。

King's Crossの場合には既にユーロターミナルが入っていて、昔イメージされてた部分と今現状として提示されてる不思議な状況ってのが混在している状況だから、それのポストになるかプロセスになるか、都市が変容しているふたつのモデルを今まで使ってきたカタロギングだとかサンプリングっていう手法を使って、都市の建築プロトタイプってのを作っていて。マスタープランではない残用空間によって再構築されていくっていう新しい手法、シナリオづくりをテーマにしてるって感じかな。

その中では十二月には東京に行ってメイドイントーキョーみたいな既にあるミックスプログラムだとかクロスユーティライゼーションだとか、要はフラグメントとしていくつかの建築物が不完全な形で共存する中から補い合いながら存在しているネットワークのシステムだとか、サービスのインフラともうちょっと小さなコマーシャル、あるいはパブリックスペースがどういう形で補い合いながら共存しているかとか、そういうものの関係性ってのを東京の中からサンプルとして持ってきてそのフレームの中でどういうアクシデンタルに共有できるようなものが存在できるかってのを、現実のシナリオと比べ合いながら進めていくと。

パーマネントな構築物によって成り立っているテンポラリーなプログラム、あるいはパーマネントなプログラムによって成り立っているテンポラリーなストラクチャーだとか、そういう色んな関係性からデザインの手法に変えていくっていうのかな。

澤田:どういう経緯でロンドンに来ることになったんですか?

江頭:やっぱりAAがあるあら来たんだよね。

一度藝大を出て北京仕事をやってた時期があるんだけどね。
もともと藝大に入った理由ってのも、本当は高校生の終わりまでは美術家にはなろうと思ってたけど建築家になろうとは思ってなかったのね。でも高校の先生に言われたのが今からアーティストになるなら、例えば絵画を描くために絵画科に行くなんてことはこれからは成り立たないから、違う技術だとか視点だとかディシプリンを勉強してそれを他の部分に役立ててくことの方が意味があるからと。
今面白いことやってる美大に行っても絵画科行っても絵画描いてる奴なんて一人もいないからと。
お前一体何を勉強してそれをどう使っていくかってのをちょっと考えた方がいいって言われてね。初めに興味持ったのがやっぱり建築が面白いなって思ってさ。

それが発端で今でもそうかもしんないね。建築勉強したから普通に建築の仕事に携わっていこうってつもりはあんまりないわけ。ただその物の表記の仕方だとか分析の仕方だとか、建築的な手法、言語だとかは他では絶対勉強できなかった部分なんだよね。でも一回大学出て実務をやってみるとやっぱりこうなんか違うんだよね。

なんていうかな、高校の美術でも現代美術は教えないよね、大体高校の美術の教科書ってのはピカソ辺りで終わっててさ、その後一番面白い時期の二十世紀後半に一体どういう動きがあって何が生み出されたかっていうコンテクストってのは建築だけじゃなくて美術に対してもリアリティを感じないわけ。

要は大学に入っても現代建築史って近代で終わってて、それから今いる場所で今やってる人達の仕事と建築のコンテクストがなんか切り離されててさ、大学で興味をそそられて見る部分て大体a+uだとか雑誌を通して入ってくるものでさ。

ちょうど僕が学生だったころっていうのは、安藤さんがいっぱい建物つくりはじめる時期だったりとか、アメリカからポストモダニズムってのが入ってきてパステル調のものが多かったりしてね、その中で一番目を引くのはチュミだとかレム・コールハース、ザハ、ナイジェルとか彼らがまだ建物をつくる前の状況でね、グラフィックにしてもなんか不思議な感じがして見ても分んないわけ。
でもなんかこれは視点があってやってうんだろうなと思ってて。それが元々AAに興味持った時期なんじゃないかな。
彼らみたく、どうも建物をデザインするってことを目的にしてるんじゃなくて、もうちょっと他にもっとメタのレベルで何か考えてやってるんじゃないかなって本能的に分るわけね。

まだそん時学生だから、他の学生と見ても、やーこれ面白いんだけどよく分らないと。大体コラージュのテクニックを盗んだりだとか、ナイジェルみたいに文章を書いてみようだとかその程度のレベルなんだけどね。

それから卒業して実務やってる間に、もう一回ちょっと勉強し直そうかなって思った時に昔そういう風に見てたのもあったから、それが影響したんだよね。

ちょうど働いてたのが中国が開き始めた時期で、その後天安門事件で閉じるちょうどその間だったんだけど、生活費かからないし、出張補助金もでて、日本に返ってきた時には結構お金がたまってたから、じゃぁそろそろ使おうかなと。

それでロンドンに来たんだよね。でも元々興味持ってたのはセドリック・プライスだとかアーキグラムだとか、その辺の流れに一番興味持ってたからそういう人達と会えて一緒に勉強できたらと思って来たんだよね。

澤田:なるほど。本日はどうもありがとうございました。





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