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土曜日, 8月 20, 2016

Alejandro Aravena アレハンドロ・アラヴェナ|建築家

 

アレハンドロ・アラヴェナ

「未完成」建築の真意


2016年のプリツカー賞を受賞したチリの建築家、アレハンドロ・アラヴェナ。

彼が「逐次的デザイン」と呼ぶ、意図的に未完成の建物をつくる“原始的”な建築アプローチに迫る。



チリ・ロスヴィロスに建設予定の別荘のアイデアスケッチ。


プリツカー賞を受賞した建築家アレハンドロ・アラヴェナは、2014年に自身の作品についてTEDトークのプレゼンテーションを行っている。

話の途中、観客に背を向けたアラヴェナは、絵と方程式をチョークでさっと黒板に描いてみせた。その古風だが、完成品よりもプロセスを強調するプレゼン方法で、観客は彼のアイデアが、リアルタイムで具体化していくのを見ることができた。

そのプレゼンは、自らの設計アプローチを「incremental design(インクリメンタル・デザイン)」と呼ぶアラヴェナにぴったりのプレゼンテーション方法だったといえるだろう。このアプローチを使って、アラヴェナと彼のスタジオ・ELEMENTALのデザイナーたちは、「意図的に」「未完成の」構造設計を行っている。


14年、アラヴェナたちがチリのイキケで取り組んだ「キンタ・モンロイの集合住宅」 を見てみよう。アラヴェナのチームはユニットの基礎とコンクリートのフレームを築いたまま、残りは未完成にしておいた。

アラヴェナによると、こうすることで、そこに住むことになる居住者は、それぞれのユニットを自分たちに合うように完成させることができるという。政府の支給する画一的な住宅とは異なり、実 際に自分の家のように見えて感じられる、文化的に適切な住宅となるというのだ。

集合住宅に人が住む前と後を比べると、その効果は一目瞭然だ。グレーの厚板でつくられた殺風景な建物が、入居後はカラフルでユニークで、かつ統一感のある景色に変わった。生き生きとしたご近所、といったように見える。








捨てるのではなく、維持するために

48歳のアラヴェナは、チリのサンティアゴ出身だ。
チリで建築を勉強したのち、ハーヴァード大学で教鞭を執り、その後ELEMENTALのディレクターとなった。アラヴェナはこれまでの15年間のほとんどを、キンタ・モンロイのようなプロジェクト、すなわちコミュニティーのアイデアやニーズに特別な配慮を施した取り組みに費やしてきた。そして、応急的な仮設住宅に対する一般的な見解をくつがえしてきた。

災害時に建てられる仮設住宅は金の無駄だと、アラヴェナは公言している。彼はその代わりに長期的に使うことができ、かつ建設に膨大な時間を要しない「逐次的な(incremental)」構造を推奨している。建てたあとのディテールを決めるのをそこに住む家族に託す方式だ。

2010年2月にチリを襲ったマグニチュード8.8の地震の直後、アラヴェナはこの手法をもって、コンスティトゥシオンという町に集合住宅を建てた。この集合住宅の各ユニットは文字通り「家屋の半分」だった。つまり家の左半分は、新入居者自身の投資によってあとから完成されたのである。
これは、一般的な応急仮設住宅のように捨て去られる家ではない。サステイナブルな住宅なのだ。




「テクノロジーの問題ではないのです」

今回のプリツカー賞授賞は、アラヴェナにとって最初の重要な栄誉というわけではない。つい昨年も、アラヴェナはヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展のディレクター兼キュレーターを務めたほか、ロンドンのデザインミュージアムは、アラヴェナがサンティアゴに建てた「アナクレート・アンジェリーニUCイノヴェイションセンター」を、デザイン・オブ・ザ・イヤーに選出した。









UCイノヴェイションセンターはチリ・カトリック大学のキャンパスで、強烈な印象を放つコンクリート構造だ。Googleで「Aravena」と検索すると、この建築が最初に目に入る可能性が高い。


TEDトークのなかでアラヴェナは、この建築の設計コンペでは「知識創造のための適切な環境」と「人々の対話」が要求された、と語っている。
ほとんどのオフィスビルには中心部があり、各フロアの周囲をガラス窓が囲んだつくりになっている。この構造では直射日光がたっぷり入り込んでしまい、温室効果が生まれてしまうとアラヴェナは説明する。

UCイノヴェイションセンターで彼が採用したのは、このモデルをまったく裏返しにしたデザインである。建物内部に空洞のアトリウムを設け、対話性を促すようにしている。また建物の大部分がコンクリートの外部構造をなしていることで、直射日光が建物内の温度を過剰に上げるのを防ぎ、エネルギー消費量を1平方メートルあたり年間120KWから40KWに削減することができるという。


「テクノロジーの問題ではないのです」。TEDトークのなかで彼は、UCイノヴェイションセンターや彼のほかの仕事についてもそのように語っている。「大昔からある、じつに原始的な一般常識なのです」




 [建築家の豊田啓介は、2011年にTOTOギャラリー・間で開催されたアレハンドロ・アラヴェナ展にあわせ来日したアラヴェナへのインタヴューを行っている。「建築の外側から考える」と題されたテキストはこちらのPDFにて。]






PHOTOGRAPHS COURTESY OF ELEMENTAL
TEXT BY MARGARET RHODES

WIRED NEWS (US)

金曜日, 2月 26, 2016

MOREAU KUSUNOKI ARCHITECTES モロークスノキ建築設計


人・街・自然が混ざり合う、モローとクスノキの「フラグメント建築」

昨年結果が発表されたグッゲンハイム・ヘルシンキ美術館のデザインコンペを制した、モロークスノキ建築設計。2011年設立の若き建築スタジオは、なぜ1,700以上の応募者のなかから選ばれたのか。「日常生活と自然」の調和を目指す、彼らの建築ヴィジョンを訊いた。

 


東京で建築を学んだ楠寛子と、フランスの建築学校を出たニコラ・モロー。楠は坂茂に、モローは隈研吾やSANAAの元で建築を学んだのち、2人は2011年、パリにスタジオを設立した。




1959年に初めてニューヨークに美術館をオープンし、その後、ヴェネツィア、ビルバオ、アブダビなど、世界各地に美術館を計画してきたソロモン・R・グッゲンハイム財団は、新たにフィンランドの首都ヘルシンキに美術館を建設する計画を発表し、2014年、建築デザインコンペを開催した。

誰もが参加できるオープン形式で行われたコンペの応募者は1,715組にも上り、2002年の大エジプト博物館コンペの1,557組を凌ぐ、史上最大規模の建築デザインコンペとなったことでも話題を呼んだ。

そのなかで6組のファイナリストが選ばれ、最終的に最優秀賞を勝ち取ったのは、フランク・ゲーリーでも、ザハ・ハディドでもなかった。パリを拠点に活動している「モロークスノキ建築設計」。日本人の楠寛子とパートナーのフランス人ニコラ・モローで営む、新進気鋭の建築事務所だった。作品にかけた2人の想いを訊くべく、パリの若者やアーティストに人気のカルチエ11区に構える彼らの事務所を訪ねた。


「Art in the City」と呼ばれる彼らのアイデアは、ひとつの大きな建物にすべてが凝縮された美術館ではない。性格の異なる小さな9つの建物と灯台のようなタワーから構成されている。
IMAGE COURTESY OF THE GUGGENHEIM HELSINKI DESIGN COMPETITION
楠とモローの2人が大事にするのは、人々の日常の視線と移ろいゆく自然との邂逅。次の時代を切り開く若者たちの感覚に、グッゲンハイムは光を当てたようだ。
IMAGE COURTESY OF THE GUGGENHEIM HELSINKI DESIGN COMPETITION
建物と建物、建物の内と外を自由に行き来できる設計になっている。「『ちょっとここを30分見ていこう、今日はこっちを20分見ていこう』。そんな感覚で訪れることができるような場所にしたいと思ったのです」と楠は語る。
IMAGE COURTESY OF MOREAU KUSUNOKI ARCHITECTES



──このたびは、コンペ優勝おめでとうございます!

ニコラ・モロー(以下、M):ありがとうございます。わたしたちも、まさか優勝できるとはまったく思ってもみなかったです。

──美術館を設計するときに、ヘルシンキの街はどのように意識されていましたか?

楠寛子(以下、K):ヘルシンキは「森の都」「水の都」とも呼ばれる一方、ノキアや、近年話題になっているフリーオープンソースの元祖ともいえるLinuxの起源の地であり、先端技術と自然が豊かに共存する街です。また、日本でも馴染みのあるマリメッコやイッタラといった産業デザインの数々は、この国にとってデザイン、そしてライフクオリティが如何に大切かを表しています。いわゆるトップクラスの美術館こそありませんが、地元のアーティストは活発で、美術館やギャラリーも多く、アートやデザインに対する市民の関心が強い。新しいものへの好奇心が強く、いいものを進んで取り込み、暮らしをアップグレードしていく姿勢は、歴史に習う傾向の強いヨーロッパにおいてとてもユニークなのではないかと思います。

美術館のフランチャイズ化を最初に実施したグッゲンハイム、美術館でもって地域再活性を成功させたグッゲンハイム、そしてゲーリーを今日のゲーリーにしたのもグッゲンハイムです。彼らは常に美術館という分野においてパイオニアであり、アートと人との関係を再定義してきました。だからこそ、「21世紀の美術館とは何か?」という今回のコンペの命題は、建築家に限らず、現代に生きる市民一人ひとりが自問自答するテーマだとまず感じました。建築や美術館、アートを経験するひとりの人間として。そこが面白かった。

今回はそれに加え、前述したヘルシンキの気質、さらに、匿名のオープン形式で挑めたわけですから、このコンペはわれわれ建築家には、参加しないわけにはいかないといっていいくらいの、並々ならぬ興奮とモチヴェーションを与えてくれたのです。

M:ヘルシンキは、アジアとヨーロッパ、ロシアと西ヨーロッパをつなぐ交差点のような役目もあり、世界のハブとしての将来的なポテンシャルが期待されています。航空路が今日のようになる以前には、今回の敷地のあるヘルシンキの南港がバルト海を航行する船の発着点であり、ヘルシンキの海洋文化を継承する特別な場所です。市の中心と港が非常に近いというのもヘルシンキの特徴です。わたしたちは、北国の美しい自然、港周辺のマーケットや散歩道といった敷地の性格を美術館の体験に組み込むべく、フラグメント(断片)を組み合わせた集合体としての美術館をデザインしました。




──「フラグメントの集合体」とは、どういう意味でしょうか?

K:ひとつの大きな建物にすべてが凝縮されているのではなく、それぞれ異なる性格をもった箱の集合体としての美術館をデザインしました。連続した作品群や圧倒されるアートのヴォリュームをわざと少しずつ切り分け、その間のスペースで一息つく。日の傾きに気づいたり、ついさっき見たばかりのアートについて考えを巡らせていくのに丁度よい、力の抜けた時間の流れを提案したい。どっちが“ついで”でもよいのですが、待ち合わせや散歩が一緒にできてしまえば尚いいなと。「ちょっとここを30分見ていこう、今日はこっちを20分見ていこう」。そんな感覚で訪れることができるような場所にしたいと思ったのです。美術館で過ごす時間や、展示物の配置を自由にアレンジできるようにしたいのは、ユーザーが主体となれるような美術館の態度をつくりたかったからです。この施設がその都度いい具合に再定義され、道具のように使われていくといいな、という思いがあります。

M:「美術館は文化人の行くところ」といった観念やその敷居の高さを取り除くことと、街の人の目線で表現することを特に意識して設計しました。「老若男女どんな人でも遊びに来れる美術館とはどんなところだろう?」と考えたのです。これまでの大殿堂のような美術館と比べると、とても身近な体験ができる場所になると思います。

──具体的にはどのようなスペースをデザインしたのですか?

K:港に開けた散歩コースや、教育のためのセッション、クッキングスクール、さらに地元アーティストのためのギャラリーをつくったりと、将来この施設を使う人たちが自由にアイデアを駆使して表現できるスペースの集合体になるよう設計しています。

──建物の完成はいつごろを予定していますか?

M:いまから4〜7年先になると思います。昨年コンペが終わり、政府と社会、そしてグッゲンハイムが協議を続けています。もちろん市民との意見交換も頻繁に行われています。技術関連の下準備も必要です。それらがすべて終わってから設計に入ります。





──スタジオのデザインプロセスには、何か特徴はありますか?

M:ご覧の通り、ぼくらのアトリエは開放的な空間ですから、誰かが何かをやっているのがよく見えます。そしてみんなでアイデアを出し合います。建築は「何を経験として伝えたいか」を試すものであるから、デッサンだけでは判断できません。模型をつくってみてそれを見ながら、ぼくら2人だけではなく、チーム全員が意見を言い合うのです。そして必要ないものを少しずつそぎ落としていく感じですね。

K:欧米の人は都市的なスケールで考えるのに比べ、日本人は生活の一動作に近いスケールから考えるようなところがあるのは面白いですね。わたしは日常的な暮らしのスケールに興味があり、まずそちらに関心が集中します。わたしたちの間には、知らずに繰り返している習慣的なことがたくさんあって、プロジェクトをつくるたびにこういった(日本人と欧米人の)差異や共通点を発見しながら補っているところがあります。

──メンバー同士でディベートを重ねながら、アイデアをかたちにしていくのですか?

K:ニコラもわたしも日本のアトリエにいたのもあり、模型をつかって試行錯誤することには慣れています。事務所のメンバーはほぼフランス人なので、手よりも口のほうが上手に動く人も多かったりして。わたしは彼らのように言葉のリアクションは速くないので、一度ディベートの内容を自分のなかで受け止めて、模型やデッサンにして表現します。言葉は頭が先行してしまい、体が後れを取るような感覚があって、そのスピードの差に違和感があります。フランスにいて言葉に不自由しているから尚更そう感じるのかもしれませんが。模型をつくる時間がアイデアを消化するのに丁度よくもあり、やはり一つひとつ時間をかけて、手と頭を動かしながら試していくことの意味は大きいと思います。ゆえに言葉が上達しないのかもしれませんが…(笑)

──優れた建築家になるために大切なことは何でしょうか?

M:日頃の興味のもち様でしょうか。わたしたちもさまざまな場所を訪れて常に目を開くように心がけています。やはり、いろいろな建物を自分の目で見て体感することは大切だと思います。今回はコペンハーゲンのルイジアナ美術館から少なからず影響を受けていると思います。

──影響を受けた点について、もう少し詳しく教えていただけますか?

K:ルイジアナ美術館は、鑑賞者と作品との間に親密な関係が生まれる珍しい場所で、大好きな美術館のひとつです。目前に広がる海の景色もそうですが、光や風によって表情を変える風景が映り込み、アートと対峙する時空間が偶然のめぐり合わせのように思えてくる、そういう場所です。ホワイトボックスの中で人工的な光で鑑賞するのとは歴然とした体験の差があります。わたしたちの提案する美術館においても、積極的に風景や光を経験に織り込んでいます。移ろいゆく自然要素によって設えられたシチュエーションによって、また同じく移ろいゆく人々やアートのコンディションによって、時間と空間の一回性を感じることができたら素敵だと思います。





──その体験を、どのように今回の設計に取り入れたのでしょうか?

M:体験と空間の親密な関わりを見つめていきたいと思って設計しました。人と人との交わりや、使い勝手、音や匂いなどの五感も強く意識していたので、「焼き杉」を外壁に使ったりしています。これまでよしとされてきた街を象徴する“モニュメント”的な美術館のイメージを脱したかったのです。そのために、楠の手描きのデッサンを表現方法としてぼくらは採用しました。

──コンピューターではなく、手描きですか?

K:はい、今回初めて手描きのデッサンを提出材料として使ってみました。3D画像では表現しきれないことってたくさんあるんです。例えば、プロジェクトの全体がもっている空気感は俯瞰的な見方ですが、一方、人々の話し声は同じ地面に立つ隣の人じゃないと聞こえない。このような並立しないはずスケール感がひとつの平面に表せてしまったり、日常と非日常、主観と客観といった見方が併存したり。すべては見る人の想像力に委ねられているのですが、そのあたりの解釈の余白部分が大きいのも面白いと思います。
 
今回わたしたちが提案する美術館は、人が主体。たくさんの人を描きました。ここに描かれている人物たちは、実用的な空間アレンジを含めたチームでの試行錯誤、そしてそこを利用する人たちの仕草や振る舞いです。わかりづらいですが、白黒で、一つひとつのシチュエーションを楽しみながら、この美術館とそれを取り囲む生活風景を描きました。瞬間的に疑似体験できてしまう3D画像とはちょっと違います。もう少し手間がかかる。だからこそ、時間をかけて、想像して、外側だけでなく、内側からこのプロジェクトをみてもらえたらいいなと思います。

 

月曜日, 2月 08, 2016

建築家ムーン・フーンが描く、幻想都市

Moon Hoon’s Fantastical, Mind-Bending Art and Architecture

 

建築家ムーン・フーンが描く、幻想都市

 



人の体や染色体の形をした建物に、街を歩く不気味なロボット。韓国人建築家ムーン・フーンが描く奇妙な街のイラストは、いつだって空想にあふれている。そして彼は、その空想と現実の境界を、「落書きの魔法」によって超えることができる。






アーキテクチュラル・イラストレーションがもつ特殊な魅力に興味がある方は、シカゴ行きの飛行機に乗って「Doodle Constructivism展」を観に行くことをお勧めする。というのも、韓国・ソウルを拠点とする建築家ムーン・フーンのドローイングが、シカゴ建築ビエンナーレに展示されているからだ。

ソウルの江南地区(Psyの曲で有名になった地域だ)で活躍するフーンは、1960年代の未来派、ロシア構成主義、そして映画『トランスフォーマー』に影響を受け、自由奔放に湧き上がる創造性を駆使しつつ、想像力あふれる、非常に細かなイメージをつくり出している。

自身の創造力の源となっているのは、幼少のころからずっと描き続けてきたメモ用紙の落書きと身近なものにインスピレーションを感じる才能なんです、とフーンは語る。例えばつい最近、彼の創造力の引き金となったのは、帽子のように見えた料理運搬用のトレーだった。ほかにも、車や飛行機、戦艦、日本のアニメ、レオナルド・ダ・ヴィンチが残したノート、逆再生で観る映画も創造の起点になるという。

「近くのものから遠くのもの、あるいは古代から近代までのものを、ぼくはプラグインできるのだと思います」


「Rock It Suda」/Doodle Constructivism展。

塔の形をした野菜や染色体の形をしたオフィス、ロボットのようなカエル、毛細血管のような地下空間…。フーンの描く作品にも、“奇怪な生態系”があふれている。それは、ファンタジーと現実がせめぎ合い、混沌と静寂に満ちた都会風景を対比させている。

例えば、「Rock It Suda」(上の画像)はソウル中心部の「未来派ゴシック建築」を表わしたものであり、ビルには巨大な目玉が衝突し、亀裂が入っている。この作品のテーマは「月と彗星」なのだとムーンは話す。「Shelfish Architecture」(下の画像)では、アパートとイカと、そして「スター・ウォーズ」シリーズに登場する戦闘機TIEファイターが組み合わさったような巨大な宇宙侵略者が、赤い物体をひらつかせて街を闊歩している。


「Shelfish Architecture」/Doodle Constructivism展。


 「アイデアを得て、それを表現する。イラストはそのための方法なのです」。フーンは自身の作品についてそう語る。「作家なら言葉を使用することで、世界を理解して表現しますよね」。彼は手描きでスケッチを行うが、不完全さや独自の歪みのおかげで、コンピューターを使うよりも作品に深い人間味が生まれるのだ という。







「現実」と「ファンタジー」の境界を超える

フーンの描くドローイングは、彼自身の建築作品から生まれることもある。「Urban Robot」というドローイングのタワー形の建物やその翼部分は、実際に彼が建設したプロジェクトのパーツをあてはめているのだ。

その逆もまた可だ。例えば「Rock It Suda」はイラストが描かれたあとに、実際に韓国の山中で建設され、尾や枝角、そのほか自由自在な形態の装飾がひしめき合う住宅空間へと生まれ変わった。「Wind Museum」というドローイングも、あひるのくちびるの形をした黄金塔が飛び出したコンクリートの立方体建築物「Wind House」となった。

彼の、奇怪なインスピレーションの連鎖は止まらない。Wind Houseのアイデアは、食事中に家族と食べたアヒルの詰め物から得たそうだ。2つの立方体から巨大な球体が掘り出された形をしている韓国市街地のカルチャーセンター「Two Moon」は、映画『トゥー・ムーン』にインスパイアされてつくられているという。

そんなフーンは、韓国の建築シーンを「まるでティーンエイジャーのようだ」と語る。未熟な部分も含め「どうなるかわからない」のだと。といっても、フーン自身も、作品に際立ったメッセージを込めているわけでもないのだという。彼はただ、通常は静的に表現される建築美術とは異なり、「はかなく、エネルギッシュで、越境する」建築描写に関心をもっているだけだ。そして彼の目的は、そのイラストによって建築の外観や概念を拡張することである。「建築の定義は、ぼくたちの許容レヴェルに応じていくらでも拡大すると思っています」

フーンは自身の建築を、「遊び心あふれる」作品だと表現する。それは人々に、子どものころにある空間に夢中になったような感覚を思い出させるものだ。「なかには、ぼくの作品が嫌いだという人もいるだろうと思います」。フーンは言う。「でも、ぼくは人の基準に合わせるということはしません。そういう人にとってぼくは芸術的すぎるか、あるいは個性が強すぎるわけです。韓国では、ぼくは建築を軽視する建築家だと思われていますよ」
フーンがこの少し真面目すぎる建築業界で成長し続けるには、彼自身の探求を押し進めていくしかないのだろう。自身の建築と芸術を、どこまで拡張できるかを確かめるために。
「落書きは、現実とファンタジーをつなぎ合わせることのできる最高の方法なのです」とフーンは言う。「まるで魔法のようにね」


水曜日, 10月 22, 2014

「セーフ・ハウス」(Safe House:安全な家)


「ガラス張り」から「コンクリート要塞」に変身する、用心深い家

ボタンひとつで、明るく開放的なモードから、侵入不可能なコンクリートの要塞に変身する家を紹介。


TEXT BY CHARLIE SORREL
TRANSLATION BY MINORI YAGURA/GALILEO

WIRED NEWS (US)

セーフ・ハウス」(Safe House:安全な家)は、矛盾をはらんだ家だ。無数の大きな窓のおかげで明るくて風通しがよく、開放的でありながら、侵入することはほぼ不可能にもできるのだ。
ポーランドの建築家KWK・プロメスが設計したこの家には、ふたつの姿がある。在宅中で、状況が安心できるときには、「無防備」モードで開放的な家になる。家の1面は全体がガラス張りで、間仕切りのない屋内は外の世界に対してオープンだ。2階からは、屋内プールを備えた別の建物に続く可動式渡り廊下まである。
左側は別棟の屋内プール。
だが、ハロウィンの日にお菓子を強引にねだる子ども達など、問題の兆しが見えたら、ボタンを押して家を封鎖し、要塞に変身させる。家の正面にあるシャッターは閉まり、巨大なコンクリート平板が動いて窓を塞ぐ。渡り廊下は引き上げられ、建物は完全に外界から隔絶される。
渡り廊下も引き上げられる。
いったいどういう人が、このような家を欲しがるのだろうか?
マフィアか? 麻薬王か? それとも、被害妄想に苛まれた平凡なただの米国人だろうか? いや、この家を欲しがったのは、ワルシャワ郊外に住む非常に用心深い顧客だという。
緊急時に避難できるパニックルーム(この場合はパニックハウス?)の必要性をなくす最良の方法は、家宅侵入が起きないような国の田舎に住むことのように筆者には思える。だが、あまりにも多くのガジェットを所有している者のひとりとして考えると、留守中の防衛手段の必要性は理解できる。この驚くべきコンクリート製の家に住めば、泥棒について心配せずに、2週間の休暇に出かけられることだろう。