レイ・イナモト:「広告の未来は広告ではない」
11月9日、六本木アカデミーヒルズ49にて開催された「WIRED カンファレンス2012」のプレゼンテーションで、レイ・イナモト(AKQA)は「広告の未来は広告ではない」という持論を解説。世界最高峰のクリエイティヴエージェンシーで活躍する“広告業界のイチロー”は、従来の広告代理店が好む「デジタル」「メディア」「ブランドの物語」「キャンペーン」「360」というキーワードはもはや通用しなくなっているのだと語った。
レイ・イナモト(稲本零) | REI INAMOTO
「AKQA」チーフ・クリエイティヴ・オフィサー/ヴァイス・プレジデント。2012年『Creativity』誌「世界の最も影響力のある50人」のひとりに選ばれるなど、世界を舞台に活躍しているクリエイティヴディレクター。カンヌ国際広告祭サイバーライオン金賞や、ニューヨーク・アートディレクターズクラブ金賞など、多数の賞を受賞。現ニューヨーク在住。
「AKQA」チーフ・クリエイティヴ・オフィサー/ヴァイス・プレジデント。2012年『Creativity』誌「世界の最も影響力のある50人」のひとりに選ばれるなど、世界を舞台に活躍しているクリエイティヴディレクター。カンヌ国際広告祭サイバーライオン金賞や、ニューヨーク・アートディレクターズクラブ金賞など、多数の賞を受賞。現ニューヨーク在住。
『フラットランド』という、19世紀に出版されたSF小説があります。世界は2次元で、そこの住人は「図形」なのですが、あるとき「四角形」が3次元に出てしまう。2次元に戻って、「四角形」は一生懸命3次元の説明をするのですが、2次元の人たちにはまるで想像がつかず、最後にはとうとう、「四角形」は裁判にかけられてしまいます。
なぜこんな話をするかというと、テクノロジーの進化によって、いま広告の世界では、2次元と3次元ほどの違いが生じているからです。素晴らしいアイデアがあっても、広告代理店の古いシステムやプロセスでは、それを生かすことが難しくなってきています。
広告の未来は広告ではない。
それが、今日ぼくが伝えたいことなんです。具体的なキーワードを挙げてみます。少し過去を振り返ると、「デジタル」「メディア」「ブランドの物語」「キャンペーン」「360」というキーワードが、広告業界では取り沙汰されましたが、もはや、それが通用しなくなってきているんです。一つひとつ、検証してみたいと思います。
まず「デジタル」なのですが、ぼくは、デジタルの未来はアナログなんじゃないかと思っています。例えば3Dプリンターは、まさにアナログなものをつくる装置ですよね。それに、少し前に話題になった「Clear」というアプリ。使っている人ならわかると思いますが、これは、明らかに紙からインスピレーションを受けているUIだと思います。そこでぼくは、「デジタルではなく、プロトタイプ」だと、言いたいと思います。
次に「メディア」です。これはどういうことかというと、通常、ある商品のプロモーションをしようと思ったら、商品に合わせてメディアが選択され、それに合わせたキャンペーンを考える、という方程式があるのですが、もはやこれが、崩れかけているということです。「情報を歪めることはたやすい」ということを、多くの消費者が知っていますからね。ではメディアの代わりは何かと言うと、「プロダクト」だと思うんです。例えば「Bing」という検索エンジンがあります。でも、検索はほとんどの人がGoogleを使うから、全然知られていません。そんなBingはどんなプロモーションをしたかというと、「使うことによって、どんどん履歴を検索するようになり、誘導してくれます」という、商品の特性自体を打ち出しました。つまり、「メディアではなく、プロダクトが重要」なんです。
3つめは、「ブランドの物語」です。ものづくりのバックステージやブランドのヒストリーといった「物語」を語ることで“深み”を生み出し、購買意欲や認知を高める手法は、これまで頻繁に使われきました。でも現在は、「物語」ではなく「行動」こそが重要だと思うんです。ひとつ例を挙げたいと思います。スウェーデンの観光局のTwitterを使ったプロモーションです。彼らは、公式のアカウントを7日間ごとに無料でひとりの国民に任せ、自由につぶやかせることにしました。あるとき、差別的な発言を頻繁にする人にアカウントがわたったことがあり、海外のニュースでも取り上げられました。普通の国や企業だったら、ここでアカウントを取り上げるところですが、彼らはそのまま7日間任せ続けました。その態度、その行動自体が、結果としてスウェーデンという国のブランディングになり、今年のカンヌライオンズ(広告賞)で、グランプリを獲得しました。
4つめは、「キャンペーン」です。ある過疎化した町の職員が、東京の料亭では、皿の装飾用に頻繁に葉っぱを用いることに気がつき、おじいちゃんやおばあちゃんに、「毎朝散歩がてら葉っぱを拾ってください」というお願いをしたんです。さらには、高齢者でも理解可能な入力デヴァイスをカスタマイズしたPCをわたしてネットワーク化したことで、葉っぱはどんどん売れるようになり、町は活性化することになりました。これは、「過疎化を克服しよう!」といった「キャンペーン」ではなく、具体的な「プログラム」を実行させたことによって問題を解決した、素晴らしい例だと思います。大切なのは、「キャンペーン」ではなく「プログラム」なんです。
そして最後は、「360」です。これはよく、消費者に対して包括的、つまりは「360°」でメッセージを発信していくような広告の考え方なのですが、新しいメディアがこれだけ増え、消費者の動向も細分化されたいまとなっては、およそ不可能な考え方です。ではどう考えていくべきかというと、360ではなく365、つまりブランドと消費者の間に、365日の関係性を築いていくこと。これこそが、今後のマーケティングだと思います。例えばNIKEのTRAINING CLUBなどは、最たる成功例ではないでしょうか。
もう一度まとめると、「デジタルではなく、プロトタイプ」「メディアではなく、プロダクト」「ブランドの物語ではなく、ブランドの行動」「キャンペーンではなく、プログラム」「360ではなく365」。こういった視点が、これからのマーケティングには特に重要になってくると思います。そしてもちろん、コアにあるのは、「人の心をつかむこと」です。それを忘れてはいけません。