水曜日, 2月 04, 2015

IDEO ティム・ブラウンCEOが語る「デザインの未来」

IDEO ティム・ブラウンCEOが語る「デザインの未来」

IDEO CEO ティム・ブラウン公開対談:前編




デザインコンサルティングファームIDEOのCEO、ティム・ブラウン氏が来日。11月18日、慶応大学メディアデザイン研究科の招きで公開対談に臨んだ。聞き手は、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の研究科委員長の稲蔭正彦教授。「デザイン思考」の伝道者が語るイノベーションとデザインの未来とは?。

デザインプロセスは「協働・共創」に必要な“共通言語”

-「デザイン思考」という言葉は日本でも流行語のようになりましたが、深くは理解されていないようです。デザイン思考をどう捉えていますか。

デザイナーたちは直感的に、世界に興味を持つ、そのあり方に疑問を投げかけるということをしています。世界はどうしてこうなっているのか。他にもっといいやり方はないのか。そういう興味と疑問が、彼らをアイデアに向かわせます。その後、そのアイデアを、描いてみたり、立体にしてみたり、コンピュータを使ったりして、実際にいろいろ試して、最終的によいと思えるソリューションを導き出す。
「疑問を持つ」「アイデアを探す」「試す」「最終形を出す」というこのプロセスは、ある1つのソリューションに「収束し、また拡散する」というサイクルを繰り返します。
デザイン思考は、デザイナーのこういう直感的なデザイン行為に説明を与えたもので、どちらかというとノンデザイナーのためにあると思っています。いわゆるデザインプロジェクトに関わったことがない人でも、デザイン的アプローチを経験して、問題解決に生かせるようにするためです。
デザイナーが広い範囲にわたる、より複雑な問題に取り組もうとすると、多様なバックグラウンドを持つ人々と協働しなければなりません。そのなかで、デザイナーだけがデザインプロセスを理解しているだけではうまくいきません。協働・共創のためには、全員が同じプロセスを共有していなければならない。そこでその説明が必要になったのです。デザイン思考の説明ができるようになって、より幅広い人々と一緒に仕事ができるようになりました。
そのうちに、この考え方にはもっと広い用途があることが分かってきました。デザインの定義は広がっていて、これは問題でもあれば、おもしろくもあります。必ずしもデザインそやデザインのやり方そのものとは関係がないかもしれません。
当初は、デザイン思考を単純に、疑問を持つ→人々を観察する→アイデアを考える→プロトタイプを作る→製品化するプロセスであると説明していました。しかし、デザインを直線的なプロセスだと考えてしまうと、単純すぎるし、それ自体が制約にもなると、その後、気づきました。
デザイン思考の考え方を初めて何かに導入しようとするときに、それをプロセスとして捉えるのは有効です。けれども、間もなく、そのプロセスを手放す方法を学ばなければならなくなります。材木の扱い方はあれこれと教えられる。といっても、偉大な家具職人の 仕事ぶりにはこれといって決まったプロセスは見られないですね。私は、この例えをよく使います。

どこか出発点は必要ですが、クリエイティブなことを起こすには、ルール破りが大切なこともよくあります。デザイナー相手に話をするときに強調しているのは、デザイン思考をプロセスとして説明されたからといって、それを言われわれたとおりに使う必要はないということです。

未来企業の組織デザイン-変化への機敏な対応と進化

IDEO CEO Tim BrownIDEO ティム・ブラウン CEO

-大企業などの組織変革に、デザイン思考はどう役立てられるでしょうか。

現代のビジネスでは、すべてのものが常に変化しつづけていることを前提にすべきです。流動的な気候、経済、環境に加え、ひとたび破壊的イノベーションが起これば、競争環境も一定ではなくなります。
変化の少なかった20世紀に確立された組織は効率の追求を目的にデザインされているので、21世紀には合わず、そのままでは変化に適応できません。組織を将来に向かって常に機敏に動けるようにデザインするべきです。私たちは、企業を完璧にチューニングされた機械というより、絶えず進化するエコシステムと考えるべきだと思います。
デザイン思考や創造的思考は、市場に送り出す製品やサービスだけでなく、組織のあらゆる面に適用できます。先進的な企業は、人事や組織内システムの考え方にデザイン思考がどう使えるかを考え始めています。既存事業の革新的な側面を探るとともに、クリエイティブに考える能力を組織的に浸透させる戦略が必要でしょう。
組織内のクリエイティブ力、デザイン力を大幅に伸ばさなければなりません。その能力を構築するのは簡単ではないので、1年や1年半ではなく、10年越しの長期的なプロセスになります。先進的な企業は、ワークショップをしたり、オンライントレーニングをしたり、これまでは雇用してこなかったクリエイティブ系の人材を雇ったりしています。
これは、大企業がもっと新しいものを出し続ける能力を高めるべきであるという問題に関わってきます。新製品を出すのが得意な企業はありますが、既存商品を置き換えているだけという場合も少なくありません。
シリコンバレーなどでは、大企業は新しい事業を生み出せないから、イノベーションの未来はすべてスタートアップにあるといった議論をよく聞きます。私はそうではないと思います。社会がイノベーションを必要とする範囲は広大で、スタートアップが生み出すものだけではとても足りない。大企業がもっと新しいものを生み出す力をつけなければなりません
グーグルやフェイスブックは10年ほどで大企業になりました。企業が短期間に成長する今、大企業になったらイノベーションを起こせないというモデル自体が持続不可能です。とはいえ、大企業が新しい事業を立ち上げて成功させるというスキルは十分に開発されていないのも事実です。これは今後、多くのアカデミックな研究が期待される分野でもあります。

企業のデザイン部門とデザインファームの関係性

-大企業がデザイン会社を買収する例もあります。

組織内にクリエイティブな能力を構築しなければならないという点には変わりありません。その1つの答えがデザイン会社の買収というわけですが、デザイン会社の数は限られていますから、持続的な戦略とは言えないですね。

-大企業で社内にデザインチームがある場合、社外のデザインコンサルティング会社との関係はどうなりますか。

成長企業は、どんどん新しい製品を開発していきます。その力は全部、これから出す目先の製品に費やされます。もっと先の将来やイノベーションを考え始めたときに初めて、そのためのリソースが社内にないことに気づいて、社外に助けを求めるのです。これはどうも自然とそうなってしまうようです。だから、デザイン会社が社内にデザイン組織を有する大企業と協働する機会はまだあるのです。
既存の自社製品を熟知しているという点で、社内デザインチームにも利点はある。一方で、次世代の新しい製品を考えようというときには、様々な業界と仕事をしているデザイン会社の広い視野が役に立ちます。デザインや創造プロセスをうまく管理できている組織は、内外のリソースをバランスよく使い分けています。
IDEO CEO Tim Brown左:IDEO ティム・ブラウン CEO
右:慶應義塾大学メディアデザイン研究科 稲蔭正彦 教授


「未来のデザイナーは生物学を学べ」が意味すること

IDEO CEO ティム・ブラウン公開対談:後編


デザインコンサルティングファームIDEOのCEO、ティム・ブラウン氏が来日。11月18日、慶応大学メディアデザイン研究科の招きで公開対談に臨んだ。聞き手は、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の研究科委員長の稲蔭正彦教授。「デザイン思考」の伝道者が語るイノベーションとデザインの未来とは?


これからのデザイナーは「生物学」を学べ

-循環経済、サステナビリティ、材料のリユースなどの新しい考え方に対して、デザイナーはどう取り組むべきでしょうか?

考え方としてはシンプルで理にかなっていますが、現実はとても複雑です。たとえば、ヨーロッパでは、各種製品の逆アセンブル(解体後の再利用)設計に関する法律がいろいろあります。今やヨーロッパで車を組み立てる場合、一定の逆アセンブルが要求されます。ただし、解体後の素材のほとんどはリユースではなく、リサイクルされています。鉄やアルミは効率的にリサイクルできますが、プラスチックなど、そうはいかない他のものもあります。多くの場合、材料には戻らず、結局は捨てられてしまいます。循環というよりスパイラル経済なのです。これではまだ、長期的に持続可能なソリューションとは言えません。
材料の製造方法を根本的に変えない限り、スパイラル経済から循環経済へは移行できないと考えています。究極的なソリューションは、おそらくフロントエンドにあるでしょう。生物資源材料をベースにした産業革命は始まりつつあるのではないでしょうか。いつになるかはわかりませんが、生物ベースの素材を扱うスキルが高まって、自然の循環を使ってすべての材料を文字通り土に還せるような、もっと簡単にリユースしたり、変化させたりできる材料のデザインが可能になるでしょう。
循環経済を実現するには、この種のブレイクスルーが必要です。18〜19世紀に開発された材料を循環させるのは非常に難易度が高い。こうした材料の扱いに伴うエネルギーの問題もあります。仮にすべての化石燃料廃棄物、すべての使用済み金属をリサイクルできたとしても、そのために投入されるエネルギー量のせいで、循環させることができなくなってしまいます。
これまでは、デザインやエンジニアリングにとって重要な科学といえば物理や化学でしたが、今後20〜30年で、それはおそらく生物学になるでしょう。だからデザイナーは生物学の理解を深める必要があります。非常に大きなシフトですが、その流れはすでに始まっています。RCAには概念レベルで生物学の応用のしかたを研究しているデザイナーがいますし、MITでもいろいろな研究が行われています。

「クリエイティブ経済」を牽引する都市とは?

IDEO ティム・ブラウン CEOIDEO ティム・ブラウン CEO

-21世紀的なクリエイティブ経済を牽引する、良い例だと思う都市や地域はありますか。

メディア、ゲーム、デザイン、建築、カルチャーといった従来から私たちがクリエイティブ産業と考えてきたものすべてと、それ以外のセクターのクリエイティブな活動を合わせたものが「クリエイティブ経済」である。こう定義すると、かなりの規模になりますね。イギリスでは、いわゆる従来のクリエイティブ産業だけで輸出の約4.3%を占めています。かなり大きな数字だと思います。イギリスのクリエイティブ経済は、金融と建設を合わせたよりも多くの雇用を生み出しています。
興味深い例は、韓国です。15年ほど前、韓国政府は家電業界の需要を生み出すものとして、クリエイティブ経済が重要になっていくと判断しました。音楽や映画、その他の韓国文化に注力した結果、Kポップなどそれ以前には存在しなかった産業が現在、実際に消費を後押ししています。15年前には韓国をクリエイティブ経済の国と見なす人はいなかったでしょうが、今では韓国のクリエイティブ経済は一部では日本を抜いたという人もいるほどです。
また、フィンランドも、アールト大学/Aalto University School of Science and Technology, TKK(注:工科大、芸術大、経済大を合併して2010年に新設された大学。名称は建築家アルヴァ・アールトにちなむ。)を設立するなど、政府がクリエイティブ経済に興味深い投資をしています。
都市で言えば、テキサス州オースチンがおもしろいですね。音楽フェスから始まったサウス・バイ・サウスウェストは、世界最大のインタラクティブメディアのフェスに成長したばかりでなく、おかげでその地域で起業する会社も増えました。
当初は技術系イノベーションに強かったシリコンバレーでも、最近はクリエイティブ主導のスタートアップがたくさん出てきています。デザイナーが創立者で、既存の技術プラットフォーム上に体験的サービスを提供するといった類いのものです。これはもちろん、インターネットのおかげです。

日本でビジネスデザインへ関わる人たちへのメッセージ

-日本経済のグローバル化についてはどう思われますか。

日本にはすでにクリエイティブ経済がありますが、内向きでグローバルでない。私の考えでは、日本の小売業は世界で最もクリエイティブです。食文化も素晴らしい。日本の政府や大企業は、自国のクリエイティブ経済の力強さをきちんと把握していないように思います。
世界に出せる文化的なイノベーションや新しいものの源になりそうな、伝統技術を現代的に応用している素晴らしい例もたくさんあります。職人技、ものの見せ方の美しさ、クリエイティブな発想、これらの結びつきには世界に類を見ないものがある。こう思うのは私がデザイナーだからかもしれませんが、日本の政府や企業、金融界には、世界から注目されるこういう分野にぜひ投資してほしいですね。
私の理解では、日本では初期の資金調達は比較的易しいけれど、規模拡大のための資金の獲得が相当難しい。その点を変革して、クリエイティブな起業家を支援する基盤を整備して、彼らがビジネスを拡大できるようにすることが大切ではないでしょうか。

-最後に、デザイナー、ノンデザイナーの皆さんへメッセージをお願いします。

デザイナーの方へは、現代ほどデザイナーにとって恵まれた時代はない、というメッセージを送ります。自分の存在価値をしっかりと認識してください。1つの専門に深く関わるか、いろいろな分野を幅広く手がけるか。デザイナーにとって、この選択は極めて重要です。キャリアを通じて両方を体験することはできるかもしれません。ただ、どちらかで成功している人はいますが、両方で成功している人を私は知りません。
ノンデザイナーの方へは、世界は既定のものである、答えは既にある、とは思わないでほしい、ということですね。世界はかつてないほど新たなソリューションを必要としています。そういったソリューションを考えるときに、デザインや創造性のスキルはきっと役立つでしょう。
IDEO CEO Tim Brown左:IDEO ティム・ブラウン CEO
右:慶應義塾大学メディアデザイン研究科 稲蔭正彦 教授

イベント概要

講演名:Design thinking at a crossroad
How will design thinking in education, business and society evolve in the future?
  • 講演者:Tim Brown (CEO and President of IDEO)
  • 聞き手:稲蔭正彦 慶應義塾大学メディアデザイン研究科 委員長兼教授
  • 主催:慶應義塾大学メディアデザイン研究科
  • 開催日時・場所:2014年11月18日、慶應義塾大学日吉キャンパス藤原洋記念ホール