木曜日, 12月 22, 2016

Tom Sachs トム・サックス|artist



 

 

 

 

シャネル印のチェーンソーにプラダのトイレ、


フォームコア製の真っ白なR2-D2に、6mのハローキティー。


現代を象徴する文化的アイコンを、ブリコラージュという手法によって


ユーモラスな作品につくりかえてきた現代アーティスト、トム・サックス。


自身もアーティストであり、サックスの長年の友人であるアダム・サヴェッジが


そのハンドメイドの才能とディープな宇宙オタクぶりを探る。







トム・サックスの作業場は、ロウアー・マンハッタンにある。
迷路のように入り組んだ部屋に、キャビネット、棚、作業台、仕分け装置などが所狭しと並んでいる。そのどれもが、カスタマイズされたものだ。
単なるボール盤ですら、大掛かりなリメイクが施されている。
上部からはふたつの作業灯がクモのように伸び、引き込み式のコードにはブラシが付いていて、屑を落とす仕組みだ。チャックハンドルとセンターポンチは、磁石で機械にくっついている。

実は筆者自身、自分の作業場でも同じようなカスタマイズをしている。この種のあらゆる“儀式”が、作業場とはかくあるべしという哲学を表現している。 サックスは彫刻家である。しかし、彼は自らのことをブリコルール(「ブリコラージュ」をする人の意)と呼ぶ。もらった素材、集めた素材から、実用的なからくりを取り出してツギハギする人のことだよ」とサックスは言う。



カスタマイズされたボール盤と、整理された作業台が、サックスの作品づくりのスタイルを表している。



 

世界一有名なブリコルールがつくる「エウロパ」


ギャラリストや美術館員たちが彼の挑発的な作品──エルメス風の箱に入った段ボール製の手榴弾、ティファニーの装飾が施されブランド名が記されたグロック社製の拳銃──に目をつけたのは、いまから10年前のことだ。

彼は現在、12人のチームとともに世界中の美術館で展示会を開いており、アート好きたちがせっせと彼の作品を収集している。

わたしが彼の作業場を訪れた日、チームはサンフランシスコのヤーバ・ブエナ・アート・センターで2016年9月に展示される予定の、大規模な作品の準備をしていた。Space Program」シリーズの3作目で、2人の「宇宙飛行士」アシスタントが演じる)がベニヤ板でできた宇宙船に乗って木星の衛星「エウロパ」に送られるというものだ。

エウロパには、生命が存在する可能性があると考えられている。スタジオでは、アシスタントのサム・ラタナラートが、地表」に降り立つカート(チタン製の釣り竿の溶接作業)を安定させようとしているところだった。



サックスが寄せ集める、
粗削りでどこか
楽しげな仕掛けが、
彼を世界で最も有名な
ブリコルールにしたことは
ほぼ間違いないだろう。




ボロボロになっている。これ、捨ててもいいかな?」
まだ使います」と、守るようにラタナラートが答えた。

サックス自身は、もう少し尖ったものと向き合っていた。人類が月に行ったとき、(米国のナイフメーカーの)スパイダルコは白いデリカをつくったんだ。デリカとは、ナイフ愛好家に愛されている折り畳み式ナイフのことである。サックスは、1970年代のNASAのグルーヴィーなロゴをデリカに刻み込んでいた。


上)ADAM SAVAGE|アダム・サヴェッジ
1967年、ニューヨーク生まれのメイカー、司会者、ライター、特殊効果
のエンジニア。米国の都市伝説を検証する人気テレビシリーズ「怪しい伝
説(MythBusters」の元司会者でありプロデューサーでもある。


下)TOM SACHS|トム・サックス
1966年ニューヨーク生まれ。身の回りの素材や道具を使って作品をつくる
ブリコラージュアーティスト(ブリコロール)であり、彫刻家。
LAのフランク・ゲーリー事務所で家具製作に携わる。
独立後、グッゲンハイム美術館やホイットニー美術館などで、
数多くの展覧会を開催。東京・六本木の森美術館で2017年1月9日まで開催
中の「宇宙と芸術展」に、
作品「ザ・クローラー」を出展している。
PHOTOGRAPH BY JULIA WARDtomsachs.org
エウロパには違うナイフが必要だ。エウロパは、帝国主義に関するミッションなんだ。ぼくらは別の惑星に行き、そこでエウロパ人に出会う。そして、彼らを拉致する」とサックスは言う。植民地主義のナイフといったら何だろう? そうか、『マチェテ』だ!」サックスは、日本の芝刈り機の刃を素材に、マチェテをつくり始めた。




サックスは、この時点で(註:原文初出は2016年9月ニューヨークでの3つのショーをかかえていた。そして間もなく、エウロパへの着陸」がヤーバ・ブエナにお目見えする。20年間のキャリアの頂点にいるサックスが寄せ集める、粗削りでどこか楽しげな仕掛けが、彼を世界で最も有名なブリコルールにしたことはほぼ間違いないだろう。







「Space Program」の宇宙管制センターの模型。ショーでは、アダム・サヴェッジも管制官役を演じる予定だ。




宇宙とトム・ハンクスがつないだ縁


サックスは、変わった子どもだった。成績はオール〈D-〉で、モテないしスポーツも苦手。リサイクルショップのGoodwillで古着を買っては手直しをしていた。中学では、3年生を2度経験している。

それでも、何とかベニントン・カレッジに入学し、そこで先輩のバブスと出会う。サックスに溶接を教え、(コンスタンティン・)ブランクーシリチャード・セラを彼に紹介した人物だ。
彼は恋に落ちた。すぐに振られて、金持ちのドレッド男に彼女を取られたよ。でも、彼女はぼくにいろいろなことを教えてくれた。モノをつくるための複雑な作業や、政治的、社会的にモノを語る方法、そして、人生の儀式におけるモノの使い方をね」。彼は、傷ついた心をアングルグラインダーで癒した。


「Generator」:ベニヤ板とスチール製の部品、塗料を使ってつくら
れたホンダの発電機。ロゴもしっかり入っている。
2012年、筆者は偽の火星に向かう着陸船のレプリカの動画を見ている。理解はできなかったが、宇宙オタク仲間のトム・ハンクスにそのリンクを送った。ハンクスはわたしよりもオタクだった。作品はもちろん、その作品をつくったアーティストも個人的に知っていると言う。そして、わたしにサックスを紹介してくれた。















サックスのワークスペースにある作業台

作業中のアシスタント。

壁一面にツールが貼り付けられている。

サックス作のツールボックス。

サックスのワークスペースより




10歳の自分と対話する


サックスの作業場を見るたびに、そこにある工具よりも“儀式”に親しみを覚える。
平凡な物や素材をアートへと変える方法を示す合図のことだ。


わたしの趣味(というより強迫観念に近いものだが)は、映画やテレビに出てくるモノのレプリカをつくることだ。ブレードランナー』の拳銃、エイリアン』の宇宙服、ヘルボーイ』のメカグローヴなど。


レプリカをつくるときはいつも、10歳の自分と話をする。
そして、10歳のわたしが欲しがり、かつ現在のわたしが迷うほどにリアルなものをつくる。
大好きな物語からいろいろな物を引きずり出して、自らその物語のなかへと入っていくのだ。

きっと、サックスも、ギャラリーに展示したり販売したりするレプリカをつくるとき、10歳の自分と対話してるのだろう。
でも、会話の中身は、わたしのそれとは違う。
いままで誰も求めたことがないようなあらゆるアート用品を10歳の自分に渡して、好きなように作品をつくらせるのだろう。


サックスは、
構造のなかに物語を構築する。
サックスの作品は、アートである。
なぜなら、
彼のものづくりの儀式が、
つくり手のストーリーを
物語っているからだ。



わたしは、モノでストーリーを語る。
古く見せることで、物語に層をつくる。
それをアートと呼ぶかどうかはわからない。

サックスは、構造のなかに物語を構築する。そこには、行き場を失った合板のエッジ、ねじ、油まみれの手でつくったマーク、ツールがある。
完成したモノはつくりものにすぎないことは、必ずわかる。

サックスの作品はアートである。なぜなら、彼のものづくりの儀式が、つくり手のストーリーを物語っているからだ。




トム・サックス流の茶会


わたしたちはいま、マンハッタンから約20分、ロングアイランド・シティのノグチ美術館で、サックスが合板と樹脂でつくった茶室に座っている。
グループは、わたしと美術館の大口寄付者4人だ。
サックスが茶会の亭主を務める。

伝統的な茶会では、客は不要なもの(鍵、上着、靴など)を持ち込んではならない。
そして、日本古来の履物である足袋を履く。

一方、トム・サックスの茶道では、スニーカーをカットしてサンダルにしたものを履く。
携帯電話や腕時計は、彼の手でファラデーケージにしまわれる。


サックスは真剣に茶会を進める。
抹茶を泡立て、お湯を注ぐ。
しかしそれは、伝統的なお点前ではない。
わたしたちは、サックスがつくったパイプでタバコを吸う。
積み重ねた円形の合板を樹脂でコーティングしたカップで、酒を飲む。
オレオを食べ、リッツにピーナツバターを付けて食べる。

「人がお茶に惹かれる理由は3つあるんだ」。
サックスは、のちにわたしにこう教えてくれた。 

ひとつは精神性。禅のような精神性だ。ふたつめは官能性。お茶そのものや、匂い、炭、そしてカフェインで気持ちが高ぶる感覚だとかね。そして3つめはアーキテクチャだ。
茶室や着物、茶器、そして茶筅

彼は一瞬間をおいて続けた。 

ぼくがお茶に惹かれた理由は、明らかにこの3つめにある」


それは、サックスのNASAへの執着ともよく似ていた。 

天文学に惹かれる人には、自分たちの起源や科学と宗教の出合いに興味がある人もいる。それから、勢いよく飛び出していくものや、宇宙服や探査機、ロケットに興味がある人も。つまりハードウェアだね」

「それでいうなら、ぼくは儀式がそうだね」とわたしは言う。
正直に言うと、ぼくはハードウェア派なんだけど。でもハードウェアも、儀式がなければなんの意味ももたないんだ」と、サックス。





茶会のためにサックスがつくった盆栽。トイレットペーパーの芯やタンポン、綿棒などから鋳造した3,500の青銅製鋳物を溶接した。
茶会で使われた鯉池。エウロパのプロジェクトでは、生命を支える凍えるプールになる。
サックスお手製の手水鉢。
茶庭の入り口。上に「ティーガーデン」の文字が見える。
サックスの茶会で使われた茶室。

 

 

 

儀式と、失敗の可能性


宇宙飛行士は、あらゆる事態を想定して訓練を積む。NASAは実験が終わるたび、失敗についての分析を行う。構造的失敗、人的失敗、組織的失敗、哲学的失敗。それらを二度と繰り返さないために。考えてみれば、NASAとは単なる大規模かつ儀式的な失敗分析集団に過ぎないのだ。

わたしにははっきりわかる。サックスが宇宙に関するアートをつくる理由は、まさにそれだ。儀式と、失敗の可能性。NASAのそれと同じように、サックスのスペースミッションは、さまざまな失敗の可能性をはらんでいる。

エウロパでは、宇宙飛行士たちが隔離されたトレーラーで出発する。
そして、シザーリフトで着陸モジュールへと移されると、模型のロケットが打ち上げられる。ミニチュアカメラを使ってNASAの打ち上げ撮影と同じアングルで撮影されたヴィデオを、観客は本物の打ち上げのように観る。ロケットは糸を伝わって飛び、自転する球体へと向かう。


NASAのそれと
同じように、
サックスの
スペースミッションは、
さまざまな失敗の
可能性をはらんでいる。
 




着陸が最大の見せ場だ。宇宙飛行士のひとりが、家庭用ゲーム機Atariの「Lunar Lander」をプレイする。

彼女が燃料を使い果たすかモジュールをクラッシュさせると、爆発してしまう。
そしてテレビ画面にニクソンのそっくりさんが映り、アポロの宇宙飛行士が死んだときに読むはずだったスピーチを読み上げる。
ショーはそこで終演となる。

彼女が成功すると、宇宙飛行士らは着陸船を離れる。
宇宙服は、バックパックにつめられた氷水のタンクで冷やされている。
彼らは宇宙管制センター(少なくとも1回の公演ではわたしが管制官を演じることになっている)の指示に従い、足を引きずりながら氷で覆われたプールにたどり着く。
彼らはドリルで氷を掘り、そこにカメラを挿入し、見つけた「エイリアン」を捕らえる。


サックスは、エウロパに住む生物をまだ決めていない。
ザリガニ? エビ? 難しい問題だ。

なぜなら彼は、宇宙飛行士にエウロパ人を食べさせるつもりだからだ。どの魚ならPETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)からの苦情が最小限になるかを考えているんだ」とサックス。





トム・サックスの「Space Program」シリーズで使われるジップガンと宇宙服。服の内部は氷水によって冷却されている。

サックスのアシスタントが、人工のエウロパへ行くときに着る宇宙服を縫い合わせている。

「Model for the Europa mission piece」

「Met」

「LAV 3」

火星版の「Space Program」で、人々が打ち上げを見守るために使ったNASAマークのイス。

コーヒーからキャットフード、アート作品まで何でも売っている雑貨店、「Bodega」。




NASAの仲間たちは、彼のショーが大好きだ。
NASAは、サックスに参考資料や画像を提供している。
たとえ着陸船にテキーラバーや麻薬の道具があったとしても、サックスは必ず宇宙の原理を念頭に置いている。

NASAのロボット研究家デイヴ・ラヴェリーはこう言う。 

ラフにカットされた合板のエッジや半分摩耗した塗装の奥で、本物の宇宙船のハードウェアが細部まで忠実に再現されている様子を見ると、いつも興味をひかれます」

セットアップが難しそうだと思うかもしれないが、それこそがポイントだ。
サックスが使っている素材は、理想的なものではない。
宇宙服は冷却が難しい。
スイッチやハッチなどは、壊れることがある。
東海岸から西海岸まで、すべての作品を移動し組み立てるだけで、8月の大半を費やすことになる。公演はたったの3日なのに。

しかしそのすべてが、サックスのプロセスなのだ。
彼は、大きな疑問を抱えている。
それは、星への旅の背景にある哲学だ。
しかし、それはたいてい彼の物づくりの情熱を加速させる。 

手を汚すのが好きなんだ。気分がいいのは、どこかに切り傷があるときだけ。ぼくが火傷をしていたら、それはきっと、何かがうまくいっている証拠さ」





動画は、10月に行われた「Innovative City Forum 2016」でのトム・サックスの講演より。





手放すのがつらいなら、その作品はアートだ


この1年、サックスとわたしは共同で、2001年宇宙の旅』のヘイウッド・フロイドのランチボックスのレプリカをつくった。

わたしは、フォームコアを使ってそのプロポーションの感覚を身につけてから、スチレンとアルミニウムでパターンをつくった。
それらをグラスファイバーの型に入れ、鋳造する。
そして、機械加工でヒンジとロックをつくった。
NASAから仕入れたマイラー樹脂のバブルラップでそれを包んだら完成だ。


サックスとサヴェッジがつくったランチボックスのレプリカ。サックスのランチボックス(左)は、ベニヤ板でできていて、
エッジーだ。サヴェッジのものは洗練されている印象を受ける。


これは、映画の小道具のレプリカじゃない。
ストーリー中でフロイドがもっている、ランチボックスのレプリカだ。
サックスもひとつつくった。

彼のものは、合板とネジと樹脂でできている。エッジはラフなまま残されている。
白い塗装の間に、木の色がにじみ出ている。
これぞ、紛れもないトム・サックスのアート作品だ。


わたしたちはふたつずつつくり、ひとつをお互いにわたした。
サックスは、わたしの作品もアートだと言う。
わたしは、賛同していいものかわからない。

君の『ブレードランナー』の拳銃だって、もう完璧なアート作品さ」と、サックス。

でも、あれをギャラリーで売ることはできなかったよ。もう1つつくることはできたと思うけど、これを手放したら死ぬと思う」と、わたし。 

毎回、そんな気持ちになるものさ」と、サックスは言う。 

その瞬間、その作品のよさがわかるようになるんだ」

見つけた素材を寄せ集めてつくった平凡なブリコラージュ。手放すのがつらいと感じたなら、その作品はアートと呼べるのかもしれない。






















Tiffany Glock (Model 19)

















Hermes hand grenade

















Chanel Chain Saw

















Prada Toilet

















R2D2


















※ 記事は、WIRED』US版2016年9月号掲載の記事より翻訳して掲載。