シャネル印のチェーンソーにプラダのトイレ、
フォームコア製の真っ白なR2-D2に、6mのハローキティー。
現代を象徴する文化的アイコンを、ブリコラージュという手法によって
ユーモラスな作品につくりかえてきた現代アーティスト、トム・サックス。
自身もアーティストであり、サックスの長年の友人であるアダム・サヴェッジが
そのハンドメイドの才能とディープな宇宙オタクぶりを探る。
トム・サックスの作業場は、ロウアー・マンハッタンにある。
迷路のように入り組んだ部屋に、キャビネット、棚、作業台、仕分け装置などが所狭しと並んでいる。そのどれもが、カスタマイズされたものだ。
単なるボール盤ですら、大掛かりなリメイクが施されている。
上部からはふたつの作業灯がクモのように伸び、引き込み式のコードにはブラシが付いていて、屑を落とす仕組みだ。チャックハンドルとセンターポンチは、磁石で機械にくっついている。
実は筆者自身、自分の作業場でも同じようなカスタマイズをしている。この種のあらゆる“儀式”が、作業場とはかくあるべしという哲学を表現している。 サックスは彫刻家である。しかし、彼は自らのことをブリコルール(「ブリコラージュ」をする人の意)と呼ぶ。もらった素材、集めた素材から、実用的なからくりを取り出してツギハギする人のことだよ」とサックスは言う。
カスタマイズされたボール盤と、整理された作業台が、サックスの作品づくりのスタイルを表している。 |
世界一有名なブリコルールがつくる「エウロパ」
ギャラリストや美術館員たちが彼の挑発的な作品──エルメス風の箱に入った段ボール製の手榴弾、ティファニーの装飾が施されブランド名が記されたグロック社製の拳銃──に目をつけたのは、いまから10年前のことだ。
彼は現在、12人のチームとともに世界中の美術館で展示会を開いており、アート好きたちがせっせと彼の作品を収集している。
わたしが彼の作業場を訪れた日、チームはサンフランシスコのヤーバ・ブエナ・アート・センターで2016年9月に展示される予定の、大規模な作品の準備をしていた。「Space Program」シリーズの3作目で、2人の「宇宙飛行士」(アシスタントが演じる)がベニヤ板でできた宇宙船に乗って木星の衛星「エウロパ」に送られるというものだ。
エウロパには、生命が存在する可能性があると考えられている。スタジオでは、アシスタントのサム・ラタナラートが、「地表」に降り立つカート(チタン製の釣り竿の溶接作業)を安定させようとしているところだった。
サックスが寄せ集める、
粗削りでどこか
楽しげな仕掛けが、
彼を世界で最も有名な
ブリコルールにしたことは
ほぼ間違いないだろう。
ボロボロになっている。「これ、捨ててもいいかな?」
「まだ使います」と、守るようにラタナラートが答えた。
サックス自身は、もう少し尖ったものと向き合っていた。「人類が月に行ったとき、(米国のナイフメーカーの)スパイダルコは白いデリカをつくったんだ」。デリカとは、ナイフ愛好家に愛されている折り畳み式ナイフのことである。サックスは、1970年代のNASAのグルーヴィーなロゴをデリカに刻み込んでいた。
上)ADAM SAVAGE|アダム・サヴェッジ 1967年、ニューヨーク生まれのメイカー、司会者、ライター、特殊効果 のエンジニア。米国の都市伝説を検証する人気テレビシリーズ「怪しい伝 説(MythBusters)」の元司会者でありプロデューサーでもある。 下)TOM SACHS|トム・サックス 1966年ニューヨーク生まれ。身の回りの素材や道具を使って作品をつくる ブリコラージュアーティスト(ブリコロール)であり、彫刻家。 LAのフランク・ゲーリー事務所で家具製作に携わる。 独立後、グッゲンハイム美術館やホイットニー美術館などで、 数多くの展覧会を開催。東京・六本木の森美術館で2017年1月9日まで開催 中の「宇宙と芸術展」に、 作品「ザ・クローラー」を出展している。 PHOTOGRAPH BY JULIA WARDtomsachs.org |
サックスは、この時点で(註:原文初出は2016年9月)ニューヨークでの3つのショーをかかえていた。そして間もなく、「エウロパへの着陸」がヤーバ・ブエナにお目見えする。20年間のキャリアの頂点にいるサックスが寄せ集める、粗削りでどこか楽しげな仕掛けが、彼を世界で最も有名なブリコルールにしたことはほぼ間違いないだろう。
「Space Program」の宇宙管制センターの模型。ショーでは、アダム・サヴェッジも管制官役を演じる予定だ。 |
宇宙とトム・ハンクスがつないだ縁
サックスは、変わった子どもだった。成績はオール〈D-〉で、モテないしスポーツも苦手。リサイクルショップのGoodwillで古着を買っては手直しをしていた。中学では、3年生を2度経験している。
それでも、何とかベニントン・カレッジに入学し、そこで先輩のバブスと出会う。サックスに溶接を教え、(コンスタンティン・)ブランクーシとリチャード・セラを彼に紹介した人物だ。
彼は恋に落ちた。「すぐに振られて、金持ちのドレッド男に彼女を取られたよ。でも、彼女はぼくにいろいろなことを教えてくれた。モノをつくるための複雑な作業や、政治的、社会的にモノを語る方法、そして、人生の儀式におけるモノの使い方をね」。彼は、傷ついた心をアングルグラインダーで癒した。
「Generator」:ベニヤ板とスチール製の部品、塗料を使ってつくら れたホンダの発電機。ロゴもしっかり入っている。 |
サックスのワークスペースにある作業台 |
作業中のアシスタント。 |
壁一面にツールが貼り付けられている。 |
サックス作のツールボックス。 |
サックスのワークスペースより |
10歳の自分と対話する
サックスの作業場を見るたびに、そこにある工具よりも“儀式”に親しみを覚える。
平凡な物や素材をアートへと変える方法を示す合図のことだ。
わたしの趣味(というより強迫観念に近いものだが)は、映画やテレビに出てくるモノのレプリカをつくることだ。『ブレードランナー』の拳銃、『エイリアン』の宇宙服、『ヘルボーイ』のメカグローヴなど。
レプリカをつくるときはいつも、10歳の自分と話をする。
そして、10歳のわたしが欲しがり、かつ現在のわたしが迷うほどにリアルなものをつくる。
大好きな物語からいろいろな物を引きずり出して、自らその物語のなかへと入っていくのだ。
きっと、サックスも、ギャラリーに展示したり販売したりするレプリカをつくるとき、10歳の自分と対話してるのだろう。
でも、会話の中身は、わたしのそれとは違う。
いままで誰も求めたことがないようなあらゆるアート用品を10歳の自分に渡して、好きなように作品をつくらせるのだろう。
サックスは、
構造のなかに物語を構築する。
サックスの作品は、アートである。
なぜなら、
彼のものづくりの儀式が、
つくり手のストーリーを
物語っているからだ。
わたしは、モノでストーリーを語る。
古く見せることで、物語に層をつくる。
それをアートと呼ぶかどうかはわからない。
サックスは、構造のなかに物語を構築する。そこには、行き場を失った合板のエッジ、ねじ、油まみれの手でつくったマーク、ツールがある。
完成したモノはつくりものにすぎないことは、必ずわかる。
サックスの作品はアートである。なぜなら、彼のものづくりの儀式が、つくり手のストーリーを物語っているからだ。
トム・サックス流の茶会
わたしたちはいま、マンハッタンから約20分、ロングアイランド・シティのノグチ美術館で、サックスが合板と樹脂でつくった茶室に座っている。
グループは、わたしと美術館の大口寄付者4人だ。
サックスが茶会の亭主を務める。
伝統的な茶会では、客は不要なもの(鍵、上着、靴など)を持ち込んではならない。
そして、日本古来の履物である足袋を履く。
一方、トム・サックスの茶道では、スニーカーをカットしてサンダルにしたものを履く。
携帯電話や腕時計は、彼の手でファラデーケージにしまわれる。
サックスは真剣に茶会を進める。
抹茶を泡立て、お湯を注ぐ。
しかしそれは、伝統的なお点前ではない。
わたしたちは、サックスがつくったパイプでタバコを吸う。
積み重ねた円形の合板を樹脂でコーティングしたカップで、酒を飲む。
オレオを食べ、リッツにピーナツバターを付けて食べる。
「人がお茶に惹かれる理由は3つあるんだ」。
サックスは、のちにわたしにこう教えてくれた。
「 ひとつは精神性。禅のような精神性だ。ふたつめは官能性。お茶そのものや、匂い、炭、そしてカフェインで気持ちが高ぶる感覚だとかね。そして3つめはアーキテクチャだ。
茶室や着物、茶器、そして茶筅」。
彼は一瞬間をおいて続けた。
「ぼくがお茶に惹かれた理由は、明らかにこの3つめにある」
それは、サックスのNASAへの執着ともよく似ていた。
「天文学に惹かれる人には、自分たちの起源や科学と宗教の出合いに興味がある人もいる。それから、勢いよく飛び出していくものや、宇宙服や探査機、ロケットに興味がある人も。つまりハードウェアだね」
「それでいうなら、ぼくは儀式がそうだね」とわたしは言う。
「正直に言うと、ぼくはハードウェア派なんだけど。でもハードウェアも、儀式がなければなんの意味ももたないんだ」と、サックス。
茶会のためにサックスがつくった盆栽。トイレットペーパーの芯やタンポン、綿棒などから鋳造した3,500の青銅製鋳物を溶接した。
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茶会で使われた鯉池。エウロパのプロジェクトでは、生命を支える凍えるプールになる。
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サックスお手製の手水鉢。
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茶庭の入り口。上に「ティーガーデン」の文字が見える。
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サックスの茶会で使われた茶室。
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儀式と、失敗の可能性
宇宙飛行士は、あらゆる事態を想定して訓練を積む。NASAは実験が終わるたび、失敗についての分析を行う。構造的失敗、人的失敗、組織的失敗、哲学的失敗。それらを二度と繰り返さないために。考えてみれば、NASAとは単なる大規模かつ儀式的な失敗分析集団に過ぎないのだ。
わたしにははっきりわかる。サックスが宇宙に関するアートをつくる理由は、まさにそれだ。儀式と、失敗の可能性。NASAのそれと同じように、サックスのスペースミッションは、さまざまな失敗の可能性をはらんでいる。
エウロパでは、宇宙飛行士たちが隔離されたトレーラーで出発する。
そして、シザーリフトで着陸モジュールへと移されると、模型のロケットが打ち上げられる。ミニチュアカメラを使ってNASAの打ち上げ撮影と同じアングルで撮影されたヴィデオを、観客は本物の打ち上げのように観る。ロケットは糸を伝わって飛び、自転する球体へと向かう。
NASAのそれと
同じように、
サックスの
スペースミッションは、
さまざまな失敗の
可能性をはらんでいる。
着陸が最大の見せ場だ。宇宙飛行士のひとりが、家庭用ゲーム機Atariの「Lunar Lander」をプレイする。
彼女が燃料を使い果たすかモジュールをクラッシュさせると、爆発してしまう。
そしてテレビ画面にニクソンのそっくりさんが映り、アポロの宇宙飛行士が死んだときに読むはずだったスピーチを読み上げる。
ショーはそこで終演となる。
彼女が成功すると、宇宙飛行士らは着陸船を離れる。
宇宙服は、バックパックにつめられた氷水のタンクで冷やされている。
彼らは宇宙管制センター(少なくとも1回の公演ではわたしが管制官を演じることになっている)の指示に従い、足を引きずりながら氷で覆われたプールにたどり着く。
彼らはドリルで氷を掘り、そこにカメラを挿入し、見つけた「エイリアン」を捕らえる。
サックスは、エウロパに住む生物をまだ決めていない。
ザリガニ? エビ? 難しい問題だ。
なぜなら彼は、宇宙飛行士にエウロパ人を食べさせるつもりだからだ。「どの魚ならPETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)からの苦情が最小限になるかを考えているんだ」とサックス。
トム・サックスの「Space Program」シリーズで使われるジップガンと宇宙服。服の内部は氷水によって冷却されている。
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サックスのアシスタントが、人工のエウロパへ行くときに着る宇宙服を縫い合わせている。
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「Model for the Europa mission piece」
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「Met」
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「LAV 3」
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火星版の「Space Program」で、人々が打ち上げを見守るために使ったNASAマークのイス。
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コーヒーからキャットフード、アート作品まで何でも売っている雑貨店、「Bodega」。
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NASAの仲間たちは、彼のショーが大好きだ。
NASAは、サックスに参考資料や画像を提供している。
たとえ着陸船にテキーラバーや麻薬の道具があったとしても、サックスは必ず宇宙の原理を念頭に置いている。
NASAのロボット研究家デイヴ・ラヴェリーはこう言う。
「ラフにカットされた合板のエッジや半分摩耗した塗装の奥で、本物の宇宙船のハードウェアが細部まで忠実に再現されている様子を見ると、いつも興味をひかれます」
セットアップが難しそうだと思うかもしれないが、それこそがポイントだ。
サックスが使っている素材は、理想的なものではない。
宇宙服は冷却が難しい。
スイッチやハッチなどは、壊れることがある。
東海岸から西海岸まで、すべての作品を移動し組み立てるだけで、8月の大半を費やすことになる。公演はたったの3日なのに。
しかしそのすべてが、サックスのプロセスなのだ。
彼は、大きな疑問を抱えている。
それは、星への旅の背景にある哲学だ。
しかし、それはたいてい彼の物づくりの情熱を加速させる。
「手を汚すのが好きなんだ。気分がいいのは、どこかに切り傷があるときだけ。ぼくが火傷をしていたら、それはきっと、何かがうまくいっている証拠さ」
動画は、10月に行われた「Innovative City Forum 2016」でのトム・サックスの講演より。
手放すのがつらいなら、その作品はアートだ
この1年、サックスとわたしは共同で、『2001年宇宙の旅』のヘイウッド・フロイドのランチボックスのレプリカをつくった。
わたしは、フォームコアを使ってそのプロポーションの感覚を身につけてから、スチレンとアルミニウムでパターンをつくった。
それらをグラスファイバーの型に入れ、鋳造する。
そして、機械加工でヒンジとロックをつくった。
NASAから仕入れたマイラー樹脂のバブルラップでそれを包んだら完成だ。
サックスとサヴェッジがつくったランチボックスのレプリカ。サックスのランチボックス(左)は、ベニヤ板でできていて、 エッジーだ。サヴェッジのものは洗練されている印象を受ける。 |
これは、映画の小道具のレプリカじゃない。
ストーリー中でフロイドがもっている、ランチボックスのレプリカだ。
サックスもひとつつくった。
彼のものは、合板とネジと樹脂でできている。エッジはラフなまま残されている。
白い塗装の間に、木の色がにじみ出ている。
これぞ、紛れもないトム・サックスのアート作品だ。
わたしたちはふたつずつつくり、ひとつをお互いにわたした。
サックスは、わたしの作品もアートだと言う。
わたしは、賛同していいものかわからない。
「君の『ブレードランナー』の拳銃だって、もう完璧なアート作品さ」と、サックス。
「でも、あれをギャラリーで売ることはできなかったよ。もう1つつくることはできたと思うけど、これを手放したら死ぬと思う」と、わたし。
「毎回、そんな気持ちになるものさ」と、サックスは言う。
「その瞬間、その作品のよさがわかるようになるんだ」
見つけた素材を寄せ集めてつくった平凡なブリコラージュ。手放すのがつらいと感じたなら、その作品はアートと呼べるのかもしれない。
※ 記事は、『WIRED』US版2016年9月号掲載の記事より翻訳して掲載。