人の記憶はニューロン(神経細胞)同士がシナプス(結合部位)により繋がったときに生まれます。このうち数十秒~数分といった直近の短期記憶については、シナプスが興奮して一時的に強化された間のみ有効であり、そのうち長期記憶に転送されないものは、シナプスの興奮が収まれば失われると考えられてきました。


米ノートル大学のNathan Rose助教授が率いる神経科学者チームによる研究では、こうした仮説が覆され、TMS(経頭蓋磁気刺激)によって短期記憶が回復することが判明しました。短期記憶は消えるのではなく、休眠状態になるだけで、脳がそれを再活性化して「思い出す」ことが可能とされています。


この研究では、まず顔や言葉といった視覚的な刺激を与えられた被験者グループに対して、「覚えておく重要事項」を指示。その上で各人の脳活動をモニターして、その事項についての神経活動を特定したところ、「重要」とされた画像記憶に関しての活動レベルが一旦は「忘れられた」ように下がりました。が、TMSにより脳に刺激を与えると、活発な神経状態に戻すことができ、「忘れられた」記憶が回復できたとのことです。


短期記憶は、普通に生活するために欠くことができない脳の機能です。それまで何を話していたか忘れてしまうため会話が困難になり、自分がどこにいるかが分からず帰宅できない......といったアルツハイマー病の症状も、短期記憶における障害に起因するもの。今回の研究は、そうした認知障害に苦しむ人々の治療に貢献し、生活の質を向上できる可能性があります。


そして短期記憶が一過性の神経の興奮ではなく、いくつもの層をなしているという研究成果は、人間の記憶と想起メカニズムや、認知システムの理解を飛躍的に推し進める可能性もあります。将来的には長期記憶の回復や、一夜漬け記憶マシンができるかもしれないなどの希望(妄想?)も膨らみます。