ラベル 人間関係 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 人間関係 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

金曜日, 4月 14, 2017

人間関係が仕事の質を左右する

 

 

炎上案件を見て「金銭や方法論よりも、人間関係が仕事の質を左右する」と知った話。

 


時々仕事をもらっている会社で、あるキャンペーンサイトの構築案件が炎上したという出来事があった。
私はその案件に直接には無関係だったのだが、その関係者と飲む機会があったので、野次馬根性からその案件について聞いてみた。

システムの人間は
「そもそも最初のスケジュールに無理があった」と呆れたように言い、
デザイナーは
「クライアントの修正要求が多すぎた」と恨みがましく言った。
ディレクターは
「現場から情報が上がってこないから対応が遅れてしまった」と憤懣やるかたない様子であり、別々に聞く上では皆が皆、それぞれに不満を持っているようであった。


まるで芥川龍之介の「藪の中」である。


藪の中 (講談社文庫)

藪の中 (講談社文庫)

  • 講談社
  • 価格¥ 421(2017/05/11 21:40時点)
  • 発売日2009/08/12
  • 商品ランキング110,360位


ただ、小説と異なるのは、皆がある程度、正直に語っている、ということだ。

話を聞いていて、私はある印象を持った。

これはビジネスと人間関係の軋轢(あつれき)ではないか、ということだ。

ビジネスというものの定義はひとそれぞれであろうが、話を単純にするために
「金銭をともなった労務のやりとり」としておこう。

どこかで読んだ例をあげるが、叔父の家に招待され、素晴らしいホームパーティに参加した。美味しい手作り料理に舌鼓を打ちながら、ホストである叔父に「この料理は素晴らしいですね。お代として5万円出しましょう」と言ったならば、おそらく叔父は表情を一変させて怒り出すであろうし、

逆にプロのカメラマンをしている友人を1日付き合わせて、さんざん撮り直しを要求したあげく、気持ちばかりの御礼もなしに「ありがとう。助かったよ」の一言ですませてしまえば、その友人は二度とあなたの写真を撮ろうとはしなくなるだろう。


前者は人間関係にビジネスを持ち込んだ結果であり、後者の結果は本来ビジネスであったものに人間関係を持ち込んだことによるものだ。


このようにビジネス、または単純に「金銭のやり取り」というのはある種、人間をひどく冷淡にする面がある。

社会の中で本来誰もやりたがらない仕事を誰かがやっているのは、そこに報酬が発生するからだし、報酬を払う側も自分たちが出来ないこと、ひいては、やりたくないことを他人に押し付けるために金銭を払っている。


このような、「人を金銭で動かす」というビジネスの論法は様々に実践されていて、いかにクオリティの高い成果物を最小のコストで得ることができるか、というのがビジネスの中で生きる人間の基礎教養となっている。


それで言うと、会社とは間違いなくビジネスの場である。


仮に、皆が会社で行う「ビジネス」の利潤や自身の生産性というもの「だけ」に目を向けているのであれば、(言い換えれば、皆が充分に冷淡であれば)

案件が炎上しようが、採算が割れようが、純粋に案件の経緯と結果を反省するだけで、「誰が悪かった」というような不満は出てこないだろう。


しかしながら、同僚やチームといった会社内の関係性の中には、貸し借りや、好意、苦手という人間らしい側面もある。


おそらく今回の炎上案件がそれぞれに怨嗟の情を残した訳は、ビジネスがもたらした苦難に

「長年の付き合いなのだから、こちらの事情ぐらいそれなりに察してくれよ」

という対応を求めたことであり、突き詰めれば、それぞれのコミュニケーションが上手くとれなかったという所に行き着くように思う。



さて、この平凡な結論を「それぞれのプロ意識が足りない」と断じることもできるだろう。

または、このようなケースに適用できるような様々なビジネス・メソッドが思いついた方もいるかもしれない。

しかし、私がそう言ったものにあまり興味がない、というのもあるのだが、私はむしろ人間関係というものが仕事の質を左右することを経験的に知っている。

例えば、あるクオリティの仕事ができる人間に、10倍の報酬を出せば、10倍のクオリティのものが上がってくるということが基本的に有り得ないことがわかるように、「金銭」だけでは労務の結果である成果物の質はあまり変化しない。

それよりも、長年の付き合いでお互いの好みや長所を知っているとか、気軽に円滑なコミュニケーションが保てるということのほうが、成果物の質やその後の結果にとって重要なことも多い。

もちろん、それらもビジネスの文脈で、何らかの堅苦しい専門用語で説明できることはわかっている。



ただ、私が思うのは、人間が生来持っている「社会性」

――自分の為にすることよりも他人の為にすることに、より価値を見出すという性分――

は、主に人間関係によって惹起されるものではないか、ということだ。



ここに、ビジネスの文脈で「PDCAサイクル」がどうとか、「プロジェクト管理の妥当性」がどうとか、という話を持ち出しても、おそらく当人たちにはそれほど伝わらないようにも思うのである。

もちろん、皆が仲良く、気分良く、仕事できるようにしよう。という漠然とした希望だけでこの種の軋轢が解決できるほど甘いものではない、ということも事実だ。


ビジネスの文脈で語られる様々な合理的なメソッドは、

人間関係、ひいては社会性というものを「補完」する目的で用いられることが望ましいのではないか。

漠然としていて申し訳ないのだが、この話の結びとしては、これが現場にいる人間の「感想」である。






人生に捧げるコント 3 20130827 投稿者 PModel






http://blog.tinect.jp/?p=38788

木曜日, 12月 22, 2016

「タモリ学」 嫌いな人・女性への接し方

 

タモリ学

「嫌いな人・女性への接し方」


皆さんお悩みの人間関係について、目から鱗の「タモリ学」を紹介します。

 

 

タモリ流:嫌いな人と合わない人への接し方



とうとう来月に解散してしまうSMAPの長寿番組「SMAP×SMAP」のビストロSMAPにゲストとしてタモリさんが出演した際に、そして加賀美幸子(マツコ絶賛の元NHKエグゼクティブアナウンサー)さんとの対談のなかで、非常に興味深いことを仰っていました。


「テレビに出ると、この人は合わないなと思うとますます合わないようにしてやろうと思うんですよ。合わないことを楽しもうとするんです。しゃべらない人が(ゲストで)来るじゃない?こっちも黙ってようとする。どっちが先に困るんだろうと。」
 (中略)
「もちろん苦手な人もやっぱり中にいますよ。でも、面白がる目で見ると、その嫌なところが面白くなるんです。



前回ご紹介したタモリ学と同様に、タモリさんは一般的に嫌だと思う状況を、そのまま「嫌だなあ」と捉えずに、「面白がる」「楽しもう」とする行動特性をお持ちの方です。


これは心理学的にも、とても有効な方法です。タモリさんは理論でこの方法を取っているのではなく、感覚的に会得したのだと思いますが、人間は「心の生き物」ですので、いい意味で脳を騙す(自己暗示)ことで、ピンチをチャンスに変えられるんですよね。



この方法の代表例が「紙に書く」です。そしてその紙を「目に付く場所に貼る」です。たったのこの2ステップで、「紙に書いたことが現実化する(確率が上がる)」というのは、多くの文献で語られていることです。


個人が、意識的あるいは無意識的に、自己の予言や主観的期待に沿うような結果を生じさせる行動をとったために、自己の予言や期待通りの結果が出現する現象。
自己成就予言とは
人間は期待された通りに成果を出す傾向があることを指す。
ピグマリオン効果とは



最近よく書店の目立つ位置に平積みされている「成功している人は、なぜ神社に行くのか?」も、要は神社によく行く人は、お願いごとを何回もすることで、「人間の潜在意識を活用」しているので、「成功しやすい」ということに過ぎないわけです。


これは先日、下記の記事で紹介した良書「「1日30分」を続けなさい!人生勝利の勉強法55」にも書かれていたことですね。


 著者、古市幸雄氏のHP上で、「負け犬にならないための勉強法」というタイトルで1万円の値段で販売し、ネット上だけで500部以上も売れたというベストセラーを加筆修正し、1冊の本にまとめた「「1日30分」を続けなさい!人生勝利の勉強法55」とその続編「「朝30分」を続けなさい! 」がとても参考になったので、紹介します。…



タモリ「好きという感情にはデメリットもあるんだよ」



僕が恋した少女は、「好き」という言葉がない国で育った。けれど、少女は、僕の知らない美しい音楽を知っていた―。世界をひとつにする魔法を見つけた、ちっぽけな僕たちの物語。
 

上記はタモリさん発案の元、お笑い芸人のキングコング西野さんが制作し、大ヒットした絵本です。

炎上芸人西野さんとは思えぬ程のAmazon高評価5つ星だらけです。
そんな「オルゴールワールド」を作る上で語ったタモリさんのお言葉が真理なのです。


「お前戦争って何で起こるか考えたことあるか?」
「好きって気持ちがあるから人を攻撃したり妬んだりそういうことするんだよ。そんな感情が一切なければ、親が殺されても殺した人になんの恨みも抱かない、好きという感情にはデメリットもあるんだよ」

よく見聞きする言葉に、「好きの反対は嫌いじゃない、無関心だ」というのがありますが、人間は好きだからこそ攻撃したくなるんですよね。よく男子が好きな子に向かってちょっかい出したりするあれです。
 

ちなみに、キングコング西野亮廣さんが絵本作家になった理由は、笑っていいとものコーナーで、西野さんがふざけて出演者だけが見えるように「フリップの裏側にエロい絵」を描いていて、それを気に入ったタモリさんに「お前は絵を描け」と言われたことがきっかけです。

▼絵本としては異例のシリーズ10万部の売上
えんとつ町のプペル

西野さん、もうテレビに出なくても食べていける? w



 

タモリ「オレは何事においても期待していないところがある」


人間は、どうでもいい人には無関心なのです。
興味のない人に感情なんて抱かないですからね。

それを象徴するかのような恐ろしいデータがあります。

殺人事件の半数以上が親族間」




殺人事件の動機として多いのは,憤まん・激情,報復・怨恨,暴力団の勢力争い等,痴情・異性関係トラブル,介護・養育疲れであったが,それらのいずれの動機においても,面識のない相手に対する事件は最も少なかった
出典:殺人事件の動向 - 法務省


このように、人間は親族、恋人のような期待する人に対して、激情をいだく生き物。
だからタモリさんは、「オレは何事においても期待していないところがある」 と、人に期待しないのです。



 

タモリ流「人への接し方」まとめ



笑っていいともにおいて、32年間8054回生放送で人と接し続けたタモリさんのコミュニケーション術が少しでも参考になりましたら幸いです。

タモリさんの嫌いな人・女性への接し方は、「いいところを見る」であったり、「聞き上手になる」といった、一般的によく言われているコミュニケーション術と共通しています。なぜならそれが「真理」だからです。

他にも「タモリ学」には沢山の興味深いエピソードが綴られているので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。


最後に、当たり前のようだけどなかなか深いタモリさんの素晴らしい言葉をご紹介

 「幸せというのは、望むものじゃなくて感じるもの













http://amzn.to/2h8kIO5

タモリ




関連記事

タモリ考|01 タモリにとって「偽善」とは何か
タモリ考|02 タモリにとって「アドリブ」とは何か
タモリ考|03 タモリにとって「意味」とは何か
タモリ考|04 タモリにとって「言葉」とは何か







水曜日, 12月 21, 2016

「タモリ学」 人間関係をうまくやるには...

 

 

タモリ学

 

「人間関係をうまくやるには偽善以外ない」


みなさんご存知タモリさん。
そんな貴重なタモリさんのエピソードが沢山綴られている「タモリ学」という本を読んでみたところ、人間関係に対しての深いお言葉がありましたので、紹介します。


タモリ学1:自分とは何か?

 

「会社の課長」「芸能人」「妻がいて子供がふたりいる」「友達が何人いる」といった、現時点での自分自身の”状況”を横軸とし、「親は医者」「家系」「叔父が不動産業界にいる」「子供が東大生」など、自分の周囲の人間が持つ”事実”を縦軸とすると、この横軸と縦軸が交差したものが「自分」であるとタモリは言う。

「そうすると、自分というのは一体何か、絶対的な自分とは何か、っていうと、わかんなくなってくるわけですね。それだけこういう、あやふやなものの中で自分が成り立っている」。そんな「自分」を成り立たせている横軸も縦軸も「余分なもの」であり、それを切り離した状態を、タモリは便宜上「実存のゼロ地点」と名付けた。



はじめに、人間関係を深掘りする上で、まずは自分について知る必要があります。いきなり深いですが、自分を理解する上でとても大切なことですので、しっかり理解しておきたいところです。

自分とは何かとは、一度は考えたことのあるテーマですが、結論も出ずに結局のところ「自分ってよくわからない」、となったりしませんでしたか?それをタモリさんは、横軸と縦軸を用いて「自分とは何か」を説明します。

その上で、自分ってあやふやなものの中で成り立っているので、「自分とはよくわからないもの」と結論付け、「横軸も縦軸も余分なものである」と言い切ります。その余分なモノがなくなった状態を「実存のゼロ地点」と名付けました。

ちなみに「実存」とは、哲学用語で「主観とか客観とかに分けてとらえる前の、存在の状態。ここに今あるということ。」という意味になります。



タモリ学2:人間は不自由になりたがっている

タモリさんは、キルケゴール(デンマークの哲学者)の言葉「人間とは精神である。精神とは自由である。自由とは不安である。」 を引用して、下記のように解説します。



自分で何かを規定し、決定し、意義付け、存在していかなければならないのが人間」であり、それが「自由」であるとすれば、そこには「不安」伴うと。この不安をなくすためには「自由」を誰かに預けたほうがいい、と人間は考える。
(中略)
だから人は、「家族を大切にする父親」であったり「どこどこの総務課長」であったりといった「役割」を与えられると、安心するのだ。その「役割」の糸こそがシガラミである。



自由には責任や不安が伴うので、その不安をなくすために、多くの人は何かに所属して安心を得ようとします。そしてより大きな安心を得るために、「一流大学→一流企業」という道を選択するのです。しかし、その分、シガラミも多く、嫌なコミュニティでも辞められず、精神的に疲弊してる人が多いのが現状です。


そんなシガラミだらけの人間関係に対するタモリさんの結論がこれまた凄いのです!



タモリ学3:若者よ、シガラミを排除し、実存のゼロ地点に立て!




大学時代は、そのシガラミがほとんどない時期である、とタモリは言う。そこでその時期にこそ「実存のゼロ地点」を通過しなれればならない、と力説するのだ。「若者よ、シガラミを排除し、実存のゼロ地点に立て!」と。それを経験しているのとしていないのとでは、大人になった後、腹のくくり方や覚悟の仕方が違ってくる

ゆえにそんなシガラミを象徴するような各種行事を排除していかなければならないと、タモリは結論付けるのだ。結婚披露宴、クラス会、そしてクリスマスにバレンタインデー・・・それらの各種行事は「不自由になりたがっている」人間が不安から逃れるための幻想、錯覚、自己喪失の場であり、排除すべきものだ、と。
(中略)
「俺はすべての記念日(のパーティは)やんない。自分の誕生日もやんないもん。(プレゼントも)受け付けない。(他人にも)ほとんどあげない。もらわない、あげない。年賀状出さない」



実存のゼロ地点とは、先述した通り、自分を成り立たせている「余分なもの(横軸と縦軸)」を切り離した、主観とか客観とかに分けて捉える前の存在の状態のことです。これを、「シガラミがほとんどない時期に経験することで、腹のくくり方や覚悟が変わる」というのは、非常に興味深い話ですよね。

学生という役割を与えながらも、日本の多くの学校は、あまり勉強しなくても授業に出席しなくても、卒業できてしまうシステムです。部活やサークル、バイトだって、行かなくても何のデメリットもありません。

よくよく考えてみれば、学生時代は実質シガラミなんてほとんどありません。そんな時期に、わざわざ成人式とか結婚式とか同窓会とかの各種行事にわざわざ行く必要も、パリピでもなければありません。

各種行事とは、ある種の宗教みたいなもので、人間が不安から逃れるための精神安定剤みたいなものです。芸人の有吉さんとコラムニストのマツコデラックスさんも、怒り新党で各種行事について否定的な意見を仰っていました。


タモリ学4:人間関係をうまくやるには、偽善以外にないんじゃないか



しかし一方でタモリは「最近、『人間関係をうまくやるには、偽善以外にないんじゃないか』って思ってる」とも語っている。ネクタイを締める、制服を着る、食事のマナー、そういった「様式」をタモリは「偽善」だという。

そしてタモリは「マナーと美意識も偽善」であるといい、さらに「偽善は善意」「偽善を楽しめばいい」とも述べている。「偽善って、徹底的にやると、これまた、別の楽しみがあるんです



やっと本題ですw

人間関係をうまくやるには偽善以外にないって、もの凄い考えさせられる内容です。偽善とは「本心からでなく、うわべをつくろってする善行。」のことをいいます。

ネクタイとか制服、スーツって基本的に着なくても別にいいものですが、しかし、それを偽善といい、偽善は楽しめばいい、徹底的にやると別の楽しみがあるんだよ!とタモリさんは仰っています。

ホリエモンやFacebookの創始者マーク・ザッカーバーグ、Appleの創始者スティーブ・ジョブズも、「様式なんてクソくらえ!」と言わんばかりにTシャツ、ジーパン姿で重要な会社の打ち合わせに出席していました。

しかし、今までスーツやネクタイといったものに反発して生きてきた彼らも、歳を重ねるごとに、TPOに合わせてスーツやネクタイをする姿をよく見かけるようになりました。

堀江貴文氏の60万部以上売れたと言われる著書「ゼロ」の帯には、「スーツにネクタイ姿の生まれ変わったホリエモンの姿が大々的に掲載」されています。Tシャツ・ジーパン姿でフジテレビや球団買収に臨んでいた彼の姿はもうありません。

それは、タモリさんのお言葉を借りて言えば、「人間関係をうまくやるには、偽善以外にない」と気付いたのかもしれません。そして大事なことは、「楽しむ」ということですね。中途半端に嫌々やるのではないということです。



いかがでしたでしょうか?
この他にも沢山の興味深いエピソードが綴られているので、ご興味ある方はぜひ読んでみてください。











http://amzn.to/2h8gMgl

SWITCH Vol.33 No.5 ジャズタモリ TAMORI MY FAVORITE THINGS




関連記事

タモリ考|01 タモリにとって「偽善」とは何か
タモリ考|02 タモリにとって「アドリブ」とは何か
タモリ考|03 タモリにとって「意味」とは何か
タモリ考|04 タモリにとって「言葉」とは何か


水曜日, 7月 13, 2016

有害な人10タイプ

 

なにがなんでも避けるべき有害な人10タイプ

 

 

 

有害な人間というのは、ものの道理とは無縁です。

自分が周囲にどれほど悪影響を及ぼしているか気づかないおめでたいタイプもいれば、周りを混乱させたり他人を怒らせたりすることに歓びを見いだすタイプもいます。

自分とは異なる人々との付き合い方を学ぶことは大切ですが、本当の意味で有害な人に、時間とエネルギーを割く価値はありません。実際、彼らはじつに多くのあなたの時間とエネルギーを浪費させます。

有害な人は物事を不必要に複雑にし、争いを生み出し、そしてなによりもストレスを招きます。

もっとも、どういう人が有害なのかがわからなければ、彼らから距離を置くこともできないでしょう。

ちょっとイライラさせられたり、単につき合いにくかったりする人々と、真に有害な人間とを区別する必要があります。

あなた自身が有害な人間にならないためにも、是が非でも距離を置かなければならない有害な人々がこの世には存在しており、彼らは以下の10のタイプに分けることができます。

 

 

1. 噂話に目がない人

 


「偉人は考えを論じ、凡人は出来事について話し、つまらない人間は噂話をする」
  ――エレノア・ルーズベルト


噂話をしたがる人は、他人の不幸に歓びを見いだします。
他人の私生活や仕事上の失敗をのぞき見るのは、最初のうちこそ楽しいかもしれませんが、やがて飽きて徐々に嫌な気分になり、他人も傷つけことになるでしょう。この世には有意義なことがたくさんあるし、素晴らしい人々から学ぶべきことも山ほどあります。他人の不幸を話題にするのは時間の無駄と言えるでしょう。

 

 

2. 気分屋

 

世の中には自分の感情をまったくコントロールできない人が少数ですが存在します。

そういう人は、あなたに感情をぶつけ、自分の思いをあなたに投影し、あなたのせいで気分が悪くなったと考えます。
感情をコントロールできない人を見捨てるのは簡単ではありません。なぜなら、彼らが感情的になっているのを見ると、気の毒な気分になるからです。それでも、彼らはいざとなったらあなたを感情のはけ口として利用します。心を鬼にして、なにがなんでも避けるべきです。

 

 

3. 犠牲者になりたがる人

 

真の犠牲者を見分けるのは意外とむずかしいことです。

彼らの問題に対し、誰しも最初は同情してしまうからです。それでも、時間が経つにつれて、彼らは常に「困っている」ということに気づくでしょう。
犠牲者になりたがる人は、ほんの小さな障害を、超えることのできない巨大な山と見なすことによって、責任を回避しようとします。
困難な状況を、学んだり、成長したりする機会と捉えるのではなく、言い訳の機会にするのです。

「痛みを避けることは不可能だが、苦しむかどうかは選択の問題だ」という金言があります。

これは、犠牲者になりたがる人の有害性を見事に言い表した言葉だと思います。
犠牲者になりたがる人は、自ら苦しむことを毎回選択しているのだと言えます。

 

 

4. 自分のことしか眼中にない人

 

自分のことしか眼中にない人は、周囲との関係をシャットアウトしてしまいます。他者から距離を置き自分の感情を一定に保ちます。そんな彼らと関わることで、あなたは落ち込むことになるでしょう。

自分のことしか眼中にない人と一緒にいると、やがて自分が一人ぼっちになったように感じ始めます。そんなふうに感じるのは、彼らは、他人と真の絆を築くことなど、なんの意味もないと考えているからです。彼らに取ってあなたは、彼らをいい気分にさせるためのモノ、道具でしかないのです。

 

 

5. 嫉み屋

 

嫉み屋にとっては、隣の芝生は常に青々と映っています。

素晴らしいことが自分の身に起きても、彼らは満足することがありません。自分の中に満足感を見いだすべき状況において、自分の幸運を世間の幸運と比較するために、けっして満足できないのです。
当たり前のことですが、自分よりもうまくやっている人間は、真剣に探せば、かならず見つかります。
嫉み屋と長い時間一緒にいることは危険です。自分の業績をいずれあなたは、取るに足らないものと感じるようになってしまうでしょう。


 

 

6. 他人を利用する人

 

他人を利用する人は、友情の名のもとに、あなたの時間とエネルギーを吸い取ってしまいます。
彼らはまるで本当の友人のように接してくるために、特に扱いに注意する必要があります。
あなたがなにを好み、どんなことに幸せを感じ、なにを面白がるか、彼らはとてもよく知っています。ただし、彼らはその情報を自分の目的を達成するためだけに利用します。
他人を利用する人は、常にあなたからなにかを手に入れようとしています。あなたからは奪ってばかりで、与えられるようなことはほとんどないでしょう。
あなたから絞り取るために、どんな手段を講じてでも、あなたを味方につけようとします。

 

 

7. ディメンター

 

ディメンターが部屋に入ると、その部屋は暗くなり、人は寒気を覚え、忌まわしい記憶が甦る。そして魂を体から吸い取り人を抜け殻にしてしまう。

そんなディメンターは、J・K・ローリングの『ハリー・ポッター』シリーズに登場します。

ローリングは、飛び抜けてマイナス思考の人々――その人が部屋に入ってくるだけで、部屋から精気が抜けてしまう――そんな感覚からディメンターの着想を得たと言っています。

ディメンターは、自身のマイナス思考と悲観主義を、出会う人みんなに押しつけることによって、その場から精気を吸い取ってしまいます。
彼らは常に物事を悪いほうに解釈し、たとえ無害な状況に際していても周囲に恐怖心と不安を植えつけます。

ノートルダム大学の研究によると、マイナス思考のルームメイトと同部屋になった学生は、そうでない学生と同部屋になった場合よりもはるかにマイナス思考になりやすく、鬱状態に陥ることすらあったそうです。

 

 

8. 悪意に満ちた人

 

有害な人の中には、他人の痛みや悲しみに深い満足感を覚える悪意に満ちたタイプの人々がいます。彼らは故意にあなたを傷つけようとしたり、嫌な気持ちにさせたり、あなたからなにかを手に入れようとしたりします。そして、その必要を感じない時には、あなたに対してなんの興味も示しません。

このタイプの人間の唯一の美点は、すぐに見分けがつくため、あなたの人生からすみやかに追い出せることでしょうか。

 

 

9. 批判したがる人

 

批判したがる人は、なにが評価に値し、なにが値しないかを、いちいち指摘したがります。
情熱の対象をあなたから奪い取り、あなたを惨めな気持ちにさせるでしょう。
批判したがる人は、自分とは異なる他人の価値を決して認めて学ぼうとしません。他人を見下します。なにかに情熱を燃やして思いを表現したいという、あなたの欲求は捻り潰されることになります。ですので、批判したがる人とは早々に縁を切って、自分自身でいたほうが良いでしょう。

 

 

10. 威張りたがる人

 

威張りたがる人は、あなたのすることを、ことごとく自分に対する挑戦と見なします。彼らとつき合うのは時間の無駄です。彼らの尊大さは自信の証明ではなく、不安を覆い隠す仮面にすぎません。

アクロン大学の研究によると、尊大さは職場においてさまざまな問題を引き起こす要因となるようです。威張りたがる人はパフォーマンスに劣り、気むずかしく、平均的な人よりも認知能力に多くの問題を抱えています。

 

 

 

有害な人からどうやって身を守るか?

 


有害な人たちと一緒に仕事をしていたり、一緒に暮らしたりしていれば、状況をコントロールするのは不可能だと感じる人が多いでしょう。

でもそれは少し違います。

有害な人を特定さえできれば、しだいに彼らの行動を予測できるようになり、理解しやすくなります。そうなれば、いつ、どういう状況でなら我慢し、いつどういう状況でなら我慢する必要がないかを、論理的に考えることができるようになります。
つまり境界線を引けるようになるのです。

ただし、それは意識的、能動的にやる必要があります。

安易に考え、なるようになるだろうなどと、その場の雰囲気で自然の流れに任せたりすれば、厄介な会話にしょっちゅう引きずり込まれる結果となるでしょう。

しっかり境界線を引き、いつ、どういう状況で、むずかしい相手に対処するかを決めてしまえば、混乱のかなりの部分をうまく収束させることができるでしょう。

相手はかならずや境界線を越えてこようとします。

大切なのは、相手が境界線を踏み越えようとした時には妥協せず、あくまで境界線を守り続けることです。