セックス・シンボルの素顔【2】──マイケル・ファスベンダー
およそ10年に及ぶ無名時代。その果てにつかんだ、とびきりの配役──ナチスに化 けた英軍将校、『X-MEN』の悪役、そして『SHAME─シェイム─』でのエキセントリックな主役──それらが一躍、彼を映画界の寵児にのし上げた。そ の勢いは衰えを知らず、この夏公開のリドリー・スコット監督作品『プロメテウス』でも印象的なアンドロイド役を演じている。そんな俳優マイケル・ファスベ ンダーの危険なセクシーさに、写真家マリオ・テスティーノが迫り、意外な側面を『GQ』に寄稿するクリス・ヒースがあぶり出す。
※この記事は
セックス・シンボルの素顔【1】──マイケル・ファスベンダーの 続きです。
マイケル・ファスベンダー 俳優
1977年ドイツ生まれアイルランド育ち。ロンドンで演劇を学び、2007年『300』のスパルタの戦士役で映画デビューを果たす。11年の主演作 『SHAME』がヴェネツィア国際映画祭で公開されるなり、セックス依存症役での高い演技力とセクシーさが評価され、男優賞を受賞。新たなセックス・シン ボルと呼ばれるようになる。『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』など話題作に出演し、今年秋に日本公開予定の『危険なメソッド』では、主演の キーラ・ナイトレイと濃厚なラブシーンを披露する。リドリー・スコット監督が手がけた、この夏の注目作品『プロメテウス』は、現在日本で公開中。この男か ら、ますます目が離せない。
10代の半ば、マイケル・ファスベンダーの夢といえばヘヴィメタルのギタリストになることだった。そう思い出を語るうちに席を立ってiPadを取ってくる と、お気に入りのSlayerの曲をYouTubeで検索にかける。その「Seasons in the Abyss」が流れ出すと、熱狂的なエアギターをひとしきり披露し、白い歯を見せてニヤリと笑った。
当時のファスベンダーは胸までの長髪に、編み上げのロングブーツ、膝丈のコンバット・ショーツという出で立ちで、親友とふたりでバンドも組んだ。しかしド ラマーとベーシストがどうしても見つからず、ロックスターの夢は儚く消える。近所のパブに一度だけ出演させてもらったが、お客の反応は冷ややかなものだっ た。
「そりゃそうさ。ランチタイムにMetallicaを聴きたい人なんているわけないよな」。
当時の彼は、何をやっても十人並みだった。自分に向いていて、しかも人より秀でているものがあるとすれば、それは何だろう。そんな、才能の鉱脈のようなも のを探しに探してたどりついた答えが、演劇だった。
ファスベンダーのテレビ初出演は、「Hearts&Bones」という英国のコメディ番組で、役柄は、いつもシュノーケルを持ち歩いているドイツ 人ボーイフレンドだった。ここでついでに言っておくと、彼は父の祖国ドイツの生まれだが、2歳で母の祖国アイルランドに移住してからは、その国で育った (だから基本的には英語話者だが、ドイツ語も流暢に話す)。
それはさておき、将来の映画スターの初出演作を目にするとき、ほんの端役でちらりと映っているだけなのに、まぎれもない大物のオーラを放っていることに目 を奪われ、画面に釘付けになることがよくある。しかし若きファスベンダーに、そうしたきらめきは感じられない。
「とびきりの美男美女ではない同士」だから似合いのカップルになれそうだ、というガールフレンド役への告白の言葉に象徴されるように、彼の演技はいかにも 平凡そのものだった。
演劇学校を出た翌年につかんだ大きなチャンスが、第2次世界大戦でのアメリカ軍パラシュート部隊の転戦を描いた連作ドラマ『バンド・オブ・ブラザース』 だ。
9カ月を撮影現場で費やした果てに彼が実感したのは、連日カメラの前で過ごした時間の長さと、完成映像での出番の短さの落差だった。
「まばたきすれば、ぼくはもう画面のどこかに埋もれている」というくらいだ。それから数カ月、ロサンゼルスで売り込みを続けたが、うまくいかなかった。
「オーディションルームで、居並ぶ面々をぎゃふんと言わせたいという意気込みはあったけど、そううまくはいかなくてね。ぼくには居場所も自信もなかったん だ」と、ファスベンダーは当時を振り返る。
ロンドンに戻った彼はそれからの数年をまたテレビ業界で過ごす。少しずつ大きな役が回ってくるようになり、どの役も熱意を込めて演じたけれど、彼は目立た ず、ぱっとしないままだった。
俳優として一皮むける>>>
しかし2007年に、運命を変える出来事が到来する。
「ぼくには迷信深いところがあって、生まれた年が1977年。そしてこの年は2007年。なにか、巡り合わせのようなものを感じたんだ」。
ようやく手にしたかに見えたそのチャンスも、あやうく手からこぼれ落ちるところだった。アフリカ系イギリス人のスティーヴ・マックイーン監督が、初めての 監督作品となる『ハンガー』の制作準備を進めつつあり、その主役候補として、ファスベンダーに声をかけたのだ。それは81年、アイルランド独立闘争の闘士 ボビー・サンズが、英国当局への抗議として獄中でハンガーストライキを敢行し、その果てに餓死するという実話を基にした映画である。
しかし初対面の印象は、芳しいものではなかった。ファスベンダーは、アイルランド史上それほどまでに重要で、国民感情にも強く訴えかける役柄を演じられる 俳優などいるのだろうかと不安を覚えたし、マックイーン監督の方でも、お高くとまったキザな奴という印象を相手に抱いた。
キャスティング・ディレクターに説得されたマックイーン監督がしぶしぶ再訪に同意したことで、監督と俳優は初対面で見逃していたお互いの良さを胸に刻む。
「会えてよかった。長いこと探していた相手が現れたのだと確信したよ」。ファスベンダーはそう力説する。「自分を本当にたどるべき道筋へと後押ししてくれ て、独力ではできっこないパフォーマンスを自分から引き出してくれる。それがマックイーン監督なんだ」。
『ハンガー』でファスベンダーが見せた演技が、肉体を鍛え、あるいは痛めつけたことの成果という一面のみから評価される傾向があることは、『SHAME』 の場合と同様だし、残念なことだ。
『ハンガー』で彼は128ポンド(約58㎏。ちなみに身長は約180cm)まで体重を落としたが、これは猛烈な努力と自制心の賜物であり、自己を餓死に追 い込んだ実在の人物に自らを重ねるその演技は壮絶で、観る者の胸をえぐる。その輝きは、まぎれもなく本物だ。
この映画でファスベンダーが秘めていたものが一挙に開花したのか、それとも、役柄に対する要求をはるかに上回る演技を見せる俳優がいることに映画業界がよ うやく気づいただけだったのか、それはわからない。
しかし『ハンガー』をきっかけに、彼は俳優として一皮むける。
英国の低予算映画『フィッシュタンク』での気の弱い優男から、コミックを基にした娯楽大作『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』での腹黒い悪役に いたるまで、多彩な役柄で輝きを見せるようになる。
とりわけ出色なのは、おそらくタランティーノ監督作品の『イングロリアス・バスターズ』で演じたナチスに化ける英軍将校だ。その役柄を的確に、カリスマ性 たっぷりに演じた彼の出演シーンは、忘れがたい印象を観る者に与える。
彼が尿をするシーンのこと>>>