1回のメール配信で売り上げ数千万アップの驚異
良品計画のWebサイト『MUJI.net』の秘密を聞く(前編)
『無印良品』の名で知られる株式会社良品計画は、1980年の誕生以来、シンプルで、しかし必要な機能は省くことなく付加された商品を提供してきた。そ の商品カテゴリーは、衣類、食品、小物、雑貨、家具、家に至るまで多岐にわたる。そしてそれらを販売する店舗も、2012年2月末日現在、国内は372店舗、海外での展開は『MUJI』のブランドで、中国の38店舗を筆頭に、アジ ア、ヨーロッパ、アメリカなど、全163店舗を展開している。
そして、リアル店舗への集客、最近の言葉で言うとO2O(オンライン・トゥー・オフライン)を推し進め、また同時に力を入れているのがWebサイトだ。 リアル店舗同様に日々顧客が訪れるWebサイトもまた、顧客満足度を高めていくため、常に試行錯誤を繰り返している。今回、そのサイト『MUJI.net』を運営しているWeb事業部長の 奥谷孝司氏に最新Web技術の動向を含め話を聞いた。
実店舗に呼び込むクーポン戦略
「最近は顧客セグメントツールなど、いろいろなツールがあるので、さまざまなテストが簡単にできます。私たちの場合、ネットと店舗を行き来してほしいとい うこともあって、まず会員に向けてのメールマーケティングに挑戦しました。というのもメールを出して『店舗に来てください』と書いても、そう簡単にはいらっしゃらないわけです。であれば、バーコードを付与した電子クーポンを 送って、店舗で実際のクーポン発券機でクーポンを発券してもらう。
最初は1都3県の人にメールしました。店舗は池袋西武です。それで来店されたのが2%弱。7割が東京の人。でも池袋西武はやはり埼玉からいらっしゃる方 が多いというのがわかりました。
加えて、やはり主要顧客は30代ですが、普通の客層、いつものレジから見えているお客さまと比べ、意外と20代、40代が多いとか、男性より圧倒的に女 性が多いとか、だからネット経由で男性を増やさないといけない、という課題もみえてきたのです」
このような結果を店舗に伝えることによって、いままでわからなかったメール・キャンペーンなどの効果が可視化されたという。Webチームが意味のあるこ とをやっているという彼らの存在意義さえ実店舗のスタッフに伝えることができたのだった。
「効果があったと印象に残っているのは、くじ引きをやったときです。これは22店舗を対象に北海道から都心、大阪、福岡のエリアの人だけにバーコードをつ けて、はずれなしで、ランダムに120万人にメールで送りました。
普通は120万人に“5%OFF”のクーポンを送ると、だいたい2000人から2500人くらいしか来店されないのですが、“はずれなし”でやったら1 万1千人来店されたのです。120万人のうちの1万1千人だから約1%の人が実際にいらしてます。
メールの有効期限は通常3日間と言われていますが、私たちの場合もそうで、ここで約半数の人が来店しています。そしてクーポン期限の最後に盛り上がって 終わるといった感じです。この“はずれなしのくじ引き”は、弊社の商品をお渡ししているので、商品原価のみ。それで1万人以上の方々が来店されたのです。
最近のツールは細かなことまでわかるのでおもしろいですよ。たとえば、札幌の事例ですが、メール送信の承諾を受けているのが約5万人です。それだけしか いない。しかし、圧倒的にこの手のクーポン施策へのリアクションが高いんです。
そういう結果もわかるので、それを社内で見せると、初めて地方のエリアマネージャーたちが会員獲得の重要性を見出すわけです。いままでは会員と言って も、無印良品メンバーに10%OFF価格で商品を提供する“無印良品週間”のときだけ、メールで見たと言うのみで、そのほかのときはいくらメールを出して も『メール見ました』とは言わないわけです。だからメールを送る意味があるのかどうか、わからなかったのです。
しかし前述のようにセグメント化することによって、たとえば九州のお客さまだけにメールを出すこともできるようになりました。これは一見簡単そうです が、実はちゃんとしたツールがないとできなかったんですよね。それができるようになった意味は大きいですね」
彼らWeb事業部の目的は、原則的に店舗への送客だ。通常そのためにおこなわれることはチラシの配布や広告宣伝となるが、それに代わる送客手段として、 Webやメールがある。
「たとえば1万人の送客を目的に外部バナー広告を打つとします。そのとき一人あたりの広告単価CPAが1000円だとすると100万円では足りないわけで すよね。1000万円。そう考えると、1万人のお客さまがいらっしゃるのに商品代金ですむのであればCPA(成果1件あたりのコスト)は格安です。そんな に安い広告はないので、成果としては大きいのではないでしょうか。
もちろんその後店舗でほかの商品を購入したのか、お茶だけをもらって帰ったのかはわかりません。しかし、たとえば割引クーポンの場合で言えば、メールを 出して、実際に来店してクーポンを発券し、そのうち7割くらいの人がそのクーポンを使用して商品を購入しています。通常120万人にメールして2500名 くらい来店するので1700名ほどの人が、商品を購入するわけです。
通常、私たちの店舗の平均購買単価は2千円ほどですが、ときには2〜3倍も購入するような人が多くいて、期間中の売り上げが大幅に伸びるということもあ ります。ITでこれほどの実績を上げることができるのです」
ネットストアに呼び込むメール戦略
店舗への送客に実績を上げている顧客セグメントツールではあるが、彼らの仕事としては、実店舗のみならず、ネットストアへの送客も必要だ。この部分につ いては、どのような戦略で臨んでいるのだろうか。「先ほどお話ししたとおり、現状、私たちは会員の属性によってセグメント化し、いろいろな商品を訴求することができます。たとえば以前『アロマオイルを訴 求しましょう』と、アロマディフュザーをネットで購入した人たちに対して、アロマオイルをお勧めしてみたのです。
すると、やはりアロマディフューザーを購入した方にアロマオイルをお勧めすると、ある程度の人が購入した。そして購入率がわかりました。しかし、彼女た ちがアロマオイルだけを買ったとは言えませんから、本当の効果まではわかりません。そのメールを見てネットストアに行って、なにかほかのものを購入してい るかもしれないのです。
また、ソファを購入した人にもソファカバーを訴求してみようとやったことがあります。このときは母数が少ししかありませんでしたが、一応メールを送って みました。結果、数人しか買いませんでした。とても非効率なメールですが、単価は高かったのです。
ただ、こういった購入商品の履歴からのアプローチは、弊社のような比較的購買頻度が低いところでは、あまり意味がないような気もしています。
たとえば、現在、ある人物像を想定したマーケティング、ペルソナ分析をしてるんですが、ほとんど効果がないのです。いくら小さいお子さんがいらっしゃる 主婦の方を分析しても、もちろん数年間はずっと子ども用品と自分の婦人ものを購入するのですが、無印良品はなんでも売っているので季節要因のほうが強過ぎ るんですね。
あるときベッドを買って、次はお菓子。そして、冬が近づくとコタツを買うんです。一応購買傾向からペルソナを設定できるのですが、こうなるとペルソナが わからない。ですから弊社の場合、ペルソナ間を移動するのが良いお客さんだということになってしまうのです。
一回購入したからといって購買記録に基づいてメール販促をしても直接的な効果はわからない。しかし毎週メールを送れば、年間52週で、どこかのタイミン グでお客さまが購入するかもしれないので、一応直近のデータを元にして、お勧めしてみよう、もしかしたらドンピシャのものがくるかもしれないね、と……。
ですから毎週、一応購買履歴に応じたメールを送信して、ファインチューニングをやり、ちょっとずつですけど売り上げもあがってきています。やはりメール マーケティングは、地味ですけども、まだまだ最大のネットへの流入経路なので、最適化する必要があるのです」
メールマーケティングの極意
巷間O2Oが言われているが、これは90年代の終わりに言われた“クリック&モルタル”の焼き直しである。やっていることは同じ。いかにネットからリア ルの店舗に客を呼び込むかという方法論だ。しかし、ネットストアへの集客を考えるとオンライン上でやるほうが、物理的な移動が伴わない分、簡単ではある。ただ、漠然とメール告知をおこなったりバ ナー広告を貼るだけで集客できるほど甘くはない。
「まず私たちがおこなったのが、未購買フォローメールです。これは、ネットメンバーに登録したお客さまが3日間なにも買うことなく動きがなかったら、自動 的にメールを送りましょうというものです。
それをやってみて驚いたのが、訴求グループと非訴求グループで圧倒的に違ったのです。訴求すると0.5%程度のレベルで購買が上がったんですね。で、単 価にしても訴求せずにいたお客さんと比べて、0.5%程度上がった。これは良い施策だということがわかったのです。
地味ではありますが効果があるので自動化プログラムを組みました。毎日会員登録される新会員に対して、3日後には自動的にメールが送信されます。『ご登 録ありがとうございました』という言葉とともに、商品の紹介などをする。そうすると少しずつなにかしら売れていく。
これがたまっていくと、たとえば月の売り上げの2%ぐらいは未購買フォローからのものになるんですね。これは地味ですが、けっこう効いてます。これも最 新のマーケティングツールが出てきたのでできることなのですが。
その他、最近は検証がすぐにできるので、いろいろとやっています。先ほどの未購買フォローメールも3日後、1週間後など全部テストしてみました。もちろ ん、タイミングが遅くなればなるほど効かなくなってきます。
メールのタイトルも『お知らせ』というのがいいのか、『いまならお得』のほうがいいのか、など、すべて反応を見ながら変えていき、最終的にいまのカタチ に最適化さています」
無印良品のネットストア『MUJI.net』の会員は350万人という。そのうちメール送信の許諾を得ているのが約半数だそうだ。毎週170万人の顧客 にさまざまなタイプのメールを送信し、その都度効果を確認して、フィードバックしている。そして精度も上がっていく。
「次に始めたのは“お誕生日メール”です。会員登録の際、いろんな個人情報をいただくのですが、いままでなにもしてこなかったのです。ですからお誕生日を 登録してくれたら、お誕生日月に当時300円のクーポンを送りますと告知しました。いまは500円のクーポンです。
そうすると毎月だいたい15〜6万人の該当者がいるので、その人たちにメールを送ってあげる。『8月のお誕生日なのでクーポンをどうぞ。クーポンは1か 月間有効です。お好きなものをお買いください』というふうに。これが非常に効率の良いセグメンテーション・プロモーションとなっていて、毎月、平均すると 3%の人がクーポンを使用し、2000万から2500万円ぐらいの売り上げになるんです。
リターンがものすごくいいですよね。それでもこのメールがきたら、平均して3%の人がサイトにいらっしゃって購入していくわけです。平均単価はクーポン を使用する分、若干下がって1万円くらいですが効果があるので、これも自動化して毎月送信しています。
ただ昨年、お客様ごとに配送料無料にできるシステムができあがったので、ちょっと実験してみようと特典を送料無料に変更しました。そうしたらこれが誕生 日のインセンティブとしてはイマイチで……普通に購入して送料が無料というだけではまったく魅力を感じていただけなかった。
私たちとしてはふだん送料をいただいているので、送料無料は魅力的だろうと思っていたのですが、お客さまにとってはまったくそういうことはなく、誕生日 のインセンティブとしては向かないことがわかりましたのですぐに元に戻しました」
顧客分析での売り上げが躍進!
最新のツールでは、もちろんRFM分析もおこなえるという。RFM分析とは、顧客のRecency(リセンシー)=最新購買日、Frequency(フ リークエンシー)=購買頻度、Monetary(マネタリー)=購買金額を分析して、自社にとっての優良顧客を見つけていくという手法である。奥谷氏も当 然それらを使って顧客の分析をおこなっている。「私たちはRFM分析によって、購買回数に応じて半年に1回プレミアムクーポンというものを発行しました。10回以上買った顧客には1000円分のクーポ ンを提供する。4〜5回は500円、3回の人は300円というふうにしてクーポンを発行するんです。
このようなパターンを実験としていろいろとやってみたのです。たとえば母集団を3つにわける。母集団Aは10回以上購入した集団。彼らには2000円の クーポンを発行する。母集団Bは6〜9回の人で1500円のクーポン。それ以下は1000円、もしくは500円のクーポンを発行するグループを作るなどし てさまざまにテストをしてみたわけです。
その結果、売り上げとしてはけっこうな金額になっていて、購買率は7.6%、購買金額は月額売上の3〜4%になりました。客単価は下がりましたが、売り 上げとしては大きなものです。
いまは、1000円、500円、300円というふうに決めてやってます。というのもテストの結果、もっとも効率がよさそうな集団が見えてきたのです。
10回以上買うスーパーロイヤルユーザーに2000円のクーポンを発行すると利用率はものすごく高いのですが、逆にROI(投資回収率)が低くなってし まい、効率が悪い。そうやってテストを進めていくと、あるグループに500円のクーポンを発行すると9.8%使用してくれて、もっとも効率がいいことがわ かったのです。
ですから500円を標準偏差にして、1000円と300円でいこうと。弊社の場合、売り上げに対してクーポン比率が10%超えると、ちょっと高すぎる。 最近は収益へのインパクトがあるので、8%ぐらいに抑えようとしています。しかし、半年に1回やるだけで、月の売上の3〜4%が取れるので、非常に効率が いいわけです」
その効果には目を見張るものがある。しかしそれは、販売できる良質な商品と、メールを受信してくれる170万人の顧客がいるから達成できることでもあ る。また、それだけ多くの登録ユーザーがいるからこそ、さまざまなテストを実施して効果を最適化できるのである。
<後半に続く>