世界のデザイン教育最前線で起きていること-Global Innovation Design: GIDの試み
「デザインが時代と共に変わり続けていくのであれば、その担い手を育成するデザイン教育もまたそれにふさわしい変化を遂げるべきだ」。このような理念に基づき、イギリスの理系大学インペリアルカレッジロンドンと美術大学院ロイヤルカレッジオブアートは2013年に共同修士プログラム、グローバルイノベーションデザインを新設した。学部長のマイルズ ・ペニントン氏が来日、東京大学i.schoolにて、同プログラムのカリキュラム、これまでの歩みを紹介した。
欧州・北米・アジア3都市の異なる教育機関での体験を組み込んだカリキュラム
キャンパスが隣同士のインペリアルカレッジロンドン(Imperial College London: ICL)とロイヤルカレッジオブアート(Royal College of Art: RCA)のパートナーシップは、イノベーションデザインエンジニアリング(Innovation Design Engineering: IDE)プログラムを立ち上げた35年前に遡る。IDEはエンジニアリングとデザインを同時に学ぶことを目的とした修士コースで学生には年に1回、3週間程度の外国留学が義務づけられているが、国境を越えた教育をさらに拡大するためにこのコースからスピンオフして新設されたのがグローバルイノベーションデザイン(Global Innovation Design: GID)プログラムである。
GIDを設立した理由をペニントン氏は次のように説明する。
GIDは、ある製品を設計するというオブジェクト指向のデザインアプローチから離れ、製品を取り巻くエコシステム、ビジネス環境をより包括的に捉えようとしています。そのために、学生たちに、異なる場所で異なるデザインアプローチに触れさせます。1つの分野を深く学ばせるのではないので、学生によっては違和感を持つ場合もあるかもしれませんが、こうしてデザインまわりのコンフォートゾーン(安心領域)を広げさせようとしています。
具体的には、履修期間2年のうち、学生は1年次中に、いわばホームであるロンドンのICL/RCA(5週間)から出発し、ニューヨークのプラットインスティテュート(15週間)、ICL/RCA(8週間)、東京の慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)(15週間)の各機関で学ぶ。2年次はICL/RCAに腰を据え、グループと個人2種の卒業制作に取り組む。
提携校には、工学指向でプロダクトデザインに強いICL/RCAとは異なるスキルセットを持つ教育機関を選び、相補的な効果を狙っている。
KMDはICL/RCAよりもデジタル指向で、システム思考・サービスベースのデザイン教育をしています。リサーチにも強いので、ユーザーセントリックリサーチは重要な学習項目です。対して、プラットは歴史の古い美術学校で、ビジュアルコミュニケーション、ハンドクラフトを重視しています。
3か所のうち、プラットの体験は特に異彩を放っていて、美術学校の伝統的な授業スタイルに苦労する学生もいるそうだが、ペニントン氏は、大きな石膏の塊を使って手作業で造形を学ぶといった一見古めかしい手法の大切さを強調する。
プラットでは『コンピュータを使えばもっと早くできるのに、なんでこんなことまでしなければいけないの』と一部の学生がこぼすほど、時間をかけて材料に対峙し、物の形態や構造、比率などを手仕事を通して理解していく訓練をします。プラットには速いペースで多くを学ばなければならない現代の多くのデザイン系大学に欠けているタイプの学びがあります。イノベーティブとは言えないかもしれませんが、デザインスキルの屋台骨を鍛えるためには、とてもパワフルな授業です。
世界3都市に分散した学生の共同プロジェクト、地方の課題に取り組むプロジェクトも
GIDには、ロンドン、ニューヨーク、東京に分散した学生たちが共同で同じテーマに取り組む「インターナショナルプロジェクト」もある。グーグルハングアウトやスカイプでプレゼンをし合い、各者が担当する作業を振り分けながら成果物を仕上げていく。
やってみて、このプロジェクトは学生にとってかなりきついと分かりましたが、目的はアウトプットの出来ではなく、国際共同作業の大変さを実感することにあります。
また、各提携校のある都市から離れた地方にしばらく滞在し、その地域特有の文化を学んだり、課題解決に役立ちそうなアイデアを考えたりする機会も用意されている。日本では昨年度に続き今年度も高知県内の各地を訪問し、紙漉き、刃物づくりなどを体験する一方、県外、国外からの定住者を増やすためのソリューション提供に取り組んだ。
GIDは異文化理解を重視しています。文化の違いは本や動画で知ることもできますが、ある文化の微細なエッセンスまでを感じとるには実際にその中に身を置かなければなりません。高知では1つの訪問先に3日は滞在して、すべてワークショップつきでなんらかの体験をさせました。
“相違が相違を生む効果”に期待
学生の選抜においても多様性に配慮し、エンジニアリング、ファッション、金融、グラフィックデザインの経験者など、異なるバックグラウンドを持つ人たちが一緒にプロジェクトに取り組むことで、お互いにそれぞれのスキルを学び合える環境づくりに努めている。スキルだけでなく、学生の国籍や母語も、もちろん様々だ(GID初年度の全12人の学生の国籍は10、母語は9を数えた)。
GIDは、都市、文化、教育機関、デザイン哲学、いずれにおいても相違を大切にしています。イノベーションとは、違いを推し進めていくことですから。2013年にできたばかりなので、まだ卒業生はいませんが、特定分野のスペシャリストというより、ここでの2年間の経験を踏まえ、異分野、異文化、異言語の環境を横断的に扱え、新しい形態のビジネスをスタートできるクリエイティブリーダーになってほしいですね。
今後は、現在のロンドン-ニューヨーク-東京間のルートに加え、シンガポールやムーンバイなどにも提携校のネットワークを拡大し、国境を越えたデザイン教育プラットフォームのルートを充実させていく意向という。
質疑応答
Q:サステナビリティはどのように扱っていますか。
A:IDEでは、 4、5年前から試験の基準にサステナビリティを取り入れています。この5年ほどで、サステナビリティの概念は、カリキュラム全体にかなり浸透してきたと思います。サステナビリティはそれ単体が独立したテーマではありません。学生たちには、どんなプロジェクトを手がけていようが、サステナビリティ面での仮説を用意するように要求します。
以下の3つの面を考慮してプロジェクトをスタートさせるように指導しています。
- 環境面:材料やエネルギーの使用がどのように環境をよくするか、または悪化させるか
- 社会面:製品やサービスは人々の生活や社会に役立つか
- 財政面:プロジェクトを継続させるための財政が担保されているか
学生は好きなテーマを選んでよいのですが、自分のプロジェクトについて、必ずサステナビリティの視点からの説明ができなくてはならないのです。
セミナー概要
- セミナー名:2015年度第1回 innotalk(innovation talk)
- スピーカー:マイルズ・ペニントン(Miles Pennington)ロイヤルカレッジ・オブ・アート教授
- 主催:東京大学i.school
i.school HP - 開催日時・場所:2015年4月3日、東京大学本郷キャンパス
マイルズ・ペニントン氏のワークショップのご案内
tangible - Tokyo Summer School 2015
2015年8月、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートから東京にイノベーション・ワークショップがやって来ます。講師はRCAのダブルマスタープログラムIDE(Innovation Design Engineering)の教員達です。クリエイティブなアイデア創出のテクニックを身につけたい、リアルな世界に向き合うためのデザインイノベーションの方法論を学びたい、本物のRCAワークショップを体験してみたい。そんな方は、この夏東京で、RCA提供のライブ・ワークショップを体験しませんか。
- ワークショップ1:
■会期:2015年8月15日(土)~18日(火)
■会場:東京ミッドタウン タワー5 F <インターナショナルデザインリエゾンセンター>(東京都六本木) - ワークショップ2:
■会期:2015年8月21日(金)~24日(月)
■会場:アクシスギャラリーB1F<シンポジア>(東京都六本木) - 講師:マイルズ・ペニントン(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)、ヨーン・バーク(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)、ガエタノ・リン(ROLI)
- 主催:Tangible実行委員会(タンジブル実行委員会)
- ※ワークショップは英語で実施されます。下記Webサイトを読める程度の英語力があれば、参加可能です。
- 詳細・お申し込みはこちらから http://www.tangibleglobal.org/