21世紀の「仕事!」論。
俳優 柄本 明
第2回
「人間」について。
── 柄本さんは
人間のことを観察するのがお好きですか?
柄本 好きというかね、芝居なんかやってると、
職業柄、人のことは見ますね。
ようするに、「仕込み」ってやつですよ。
── 仕込み?
柄本 料理人だって、仕込みをするでしょう。
自分の経験で言うと、
仕込みで、いちばん安上がりで簡単なのは、
名画座へ行くことですかねぇ。
── 柄本さん、小学校1年生くらいから
映画館に入り浸りだったということですが。
柄本 子どものころは、
西武新宿線の下井草に住んでいたんだけど、
そこいらじゅうに映画館があった。
野方に東宝映画、大映映画でしょ。
新井薬師には
薬師東映と、東宝の三番館があったかな。
沼袋は沼袋映画って、新東宝みたいなの。
西へ行けば武蔵関にもあったし、
もちろん新宿へ出たら封切りを観られた。
── そういう時代だったんですね。
柄本 年に200本を、5年。
── と、言いますと?
柄本 それくらい続けたら、
いくらか、わかるようになりますよ。
どっちが右で、
どっちが左かくらいのことは、ねえ。
── 右左がわかるようになるのにも、
道のりは遠いんですね。
柄本 簡単なことなんかない、この世には。
おとといまで
ニューヨークに2週間行ってて、
ブロードウェイの芝居、
まあ、いろいろと観て来たんだけど。
── ええ。
柄本 おもしろいものもあったけど、
本当に「すごいな」っていう作品には、
なかなか当たらないもんです。
── そうですか。
その、いわゆる「本場」であっても。
柄本 同じだなと思って見てました。
たしかにレベルも高いし、
ものすごいエンターテインメントなんですけど、
与える側と与えられる側のと関係性が、
非常に安定している。
── 安定。
柄本 そういうのに、苛立つときがあります。
── 苛立つ?
柄本 やっぱり人は
「不安」を見たいんじゃないかしら。
何らかの不安を。
だから初演に当たったら、もうけもの。
そういうのが、おもしろい。
── まだ安定しきってないから?
柄本 そうですね。
すっかり商売として出来上がってて、
「ハイ一丁上がり」に
どうしたってなるのは、わかるんだけど。
もちろん、瞬間瞬間で
やっぱりこりゃすげぇなとは思うんです。
でも、結局は人間のやることだから。
── 柄本さんは、よく「人間」という言葉を
お使いになりますが、
その「人間」に「見られる」ということは、
どういうことですか。
柄本 怖いことです。
── 怖い。
柄本 怖いです。丸裸にされちゃうから。
お客さんだけじゃなく、
相手役にも、スタッフにも、もちろん監督にも。
── 監督といえば、たとえば今村昌平監督とか‥‥。
柄本さんが、日本アカデミー賞で
最優秀主演男優賞を受賞した『カンゾー先生』は
今村監督の作品でしたね。
柄本 私がいちばんはじめに
監督の作品に出たのは‥‥『うなぎ』って映画。
で、私の、今村作品ではじめてのシーンは、
外で、カメラがロングで、
「用意、スタート」で入って、
ゴミ箱のゴミを取るっていうだけのシーンで。
── はい。
柄本 ただそれだけの、どうってことないシーンで、
テストではホイホイやってたんだけど、
いざ本番、今村監督の
「用意、スタート」という声を聞いたら、
出られなくなった。
── なぜですか?
柄本 動かなかったんですよ、身体が。
何だろう、ああ、今村昌平に見られる、
見られてしまう、
ぜんぶ丸裸にされてしまう、って感じ。
── それで、どうなったんですか?
柄本 まあ、固まってたのはほんの一瞬だから、
次の瞬間にはガッと出てったけど、
頭のなかでは
「うわあ‥‥、どうしよう、どうしよう、
どうしよう、どうしよう、どうしよう」
って、ぐるぐる回って。
── ぜんぶ見られてしまうというのは、
やはり「怖い」という感覚でしょうか?
柄本 そりゃあ、怖い。すごく怖い。
今村昌平だからさらにってのもあるけど、
人間って、みんな怖い。
何をするか、わかりゃしねぇんだから。
── と、言いますと?
柄本 ポル・ポトみたいに、
同じ国の人を何百万人も殺す人もいてさ、
テレビの人が
「人間じゃありませんね」とか言うけど、
つまり、
人間だからそういうことしたんでしょう。
── たしかに‥‥。
柄本 あんなひどいこと私はやりませんってさ、
そんな話はないです。
むしろ失礼だよ、人間に対して。
人間なら、誰だって、
あんなことをやってしまう可能性がある。
だから、裏を返して言うならばさ、
人間というものは、
見ていておもしろいとも言える。
── なるほど。
柄本 そういう意味では、
人間って、怖いと同じくらいおかしい。
見てて笑える。
── 笑える?
柄本 たとえば、往々にして、
その場所だとか状況や何かを
クソ真面目に
まとめようとする人間が出てきたりすると、
もう、おかしいですね。
「みんな、もうちょっとまじめに
考えてみようじゃないか」
みたいなこと、人間って、言うでしょ?
── そういうときに、笑っちゃうんですか?
柄本 うん。なんですかね、あれ。
── ちいさいころから、
柄本さん、そういう感じだったんですか?
柄本 どうだろう。
子どものころは、とにかくしゃべらない。
おとなしい、おとなしいって言われてて、
それが自分ではイヤだった。
今だって別に
そんなにしゃべるほうじゃないんだけど。
今は取材で、こうしてしゃべってるけど。
── あ、ありがとうございます(笑)。
柄本 大人になったら、しゃべるんですね。
── 責任感?
柄本 責任感ね。
── 聞かれたことに答えるのが大人、とか?
柄本 まず、責任感という言葉を使うならば、
「責任なんかない」って考えたいですね。
── ああ(笑)、それは、はい、考えたいです。
柄本 そもそも、
そんなに大きな責任なんかないでしょう、
私にだって、あなたにだって。
だからみんな、
責任を「探してる」んじゃないですか。
そのほうがちゃんとして見えるから。
── あの、柄本さんは、これまで、
様々な「人間」を演じてきたわけですが‥‥。
柄本 演じるなんてカッコいい言葉を使えば。
── では、どう表現したらいいでしょうか。
その人になる‥‥とか?
柄本 なれるわけないです。
── ‥‥そうですね。
柄本 「役柄になりきって」とか、
「個性豊かな」とか「存在感が」とか書くけど、
それって、何を言ってるかわからない。
そういう言葉を使って、逃げてるだけで。
── あ、それは、そう思います。
安易に常套句を使うのは「逃げ」だと思います。
柄本 書きやすいんでしょうね。そのほうがね。
── 機械的に書けるという意味では、楽です。
で、おもしろいものにはなりにくいと思います。
柄本 そうなんでしょうね。
vol.3 へ続く
1972年、スタッズ・ターケルという人が
『仕事!』という分厚い本を書いた。
植木職人、受付嬢、床屋、弁護士、セールスマン。
あらゆる「ふつうの」仕事についている、
無名の133人にインタビューした
「職業と人」の壮大な口述記録なんですけど、
ようするに、その「21世紀バージョン」のようなことを
やりたいなと思います。
ターケルさんの遺した偉業には遠く及ばないでしょうが、
ターケルさんの時代とおなじくらい、
「仕事の話」って、今もおもしろい気がして。
スタッズ・ターケル『仕事!』とは
1972年に刊行された、スタッズ・ターケルによる
2段組、700ページにも及ぶ大著(邦訳版)。
植木職人、受付嬢、床屋、弁護士、セールスマン、
郵便配達員、溶接工、モデル、洗面所係‥‥。
登場する職種は115種類、
登場する人物は、133人。
この本は、たんなる「職業カタログ」ではない。
無名ではあるが
具体的な「実在の人物」にスポットを当てているため、
どんなに「ありふれた」職業にも
やりがいがあり、誇りがあり、不満があって
そして何より「仕事」とは
「ドラマ」に満ちたものだということがわかる。
「ウェイトレスをやるのって芸術よ。
バレリーナのようにも感じるわ。
たくさんのテーブルや椅子のあいだを
通るんだもの‥‥。
私がいつもやせたままでいるのはそんなせいね。
私流に椅子のあいだを通り抜ける。
誰もできやしないわ。
そよ風のように通り抜けるのよ。
もしフォークを落とすとするでしょ。
それをとるのにも格好があるのよ。
いかにきれいに私がそれをひろうかを
客は見てるわ。
私は舞台の上にいるのよ」
―ドロレス・デイント/ウェイトレス
(『仕事!』p375より)