肥満に「強い意志を持て」は間違い
無知では食品メーカーの思惑通りになってしまう
大人の3人に1人、子供も5人に1人が肥満に該当する米国。生活習慣病をはじめとする疾患と食生活との関連性が指摘される中、ニューヨーク・タイムズ紙のマイケル・モス記者は、大手加工食品メーカーが塩分・糖分・脂肪分を巧みに配合し、消費者の舌を刺激し続けてきた裏側を1冊の本にまとめた。『Salt Sugar Fat』と題したその著書(邦題は『フードトラップ』)でモス氏は何を訴えようとしたのか。
マイケル・モス氏(以下、モス):私は2007年に米国で起きたハンバーグ肉汚染による大規模食中毒について調査をしました(*)。その中で情報源となった人から、「食と健康に関することを知りたいのなら、塩を見るとよい」と教えられました。
(*)この報道で2010年にモス氏は、優れた報道に贈られるピュリッツァー賞(解説報道部門)を受賞
次に私はこんな質問をして歩きました。「塩のほかに食品メーカーが製品に加えているものは何か」。砂糖と脂肪でした。
塩、砂糖、脂肪。この3つは加工食品の三大要素なのです。食品メーカーが頼りにする柱と言っていいでしょう。安価で、混ぜやすく、そして適切に配合すれば、抗しがたいおいしさが生まれるのです。
知識こそが力になる
モス:私はアンチ加工食品を意図してこの本を書いたのではありません。
私には2人の息子がいます。10歳と14歳になります。妻は外で職を得ており、我が家の朝は本当に慌ただしい。この忙しい毎日をやりくりするにはある程度、加工食品に頼らざるを得ません。ですから、加工食品が私たち家族を支配するのではなく、我々が加工食品をコントロールするように努めています。問題は、塩、砂糖、脂肪、それ自体ではなく、取り過ぎることなのです。
加工食品を減らすことだけが解決法になるわけではありません。栄養の観点から言えば、より多くの野菜や、加工されていない果物を食べることが健康に結びつきます。
大切なのは正しい知識を持つことです。スーパーマーケットに行った時に、巨大食品メーカーがあなたに何を買わせようとしているのか。いまの私なら、スーパーに並んでいる加工食品のパッケージを見て、食品メーカーがどう消費者にアピールしたいのかが分かります。読者にはそうしたことを分かってほしい。知識こそが力なのです。
必要なのは習慣を変えることです。ほんの少しだけ。自分で作れる食べ物はたくさんあります。パスタソースなんかはそんなに難しくはありません。スーパーにある食品は便利ですが、便利以上の何ものでもないのです。
わずか20分間もお菓子を我慢できない子供たち
モス:以前、家族で人形劇を見に行った時のことです。約20分間くらいのショーだったでしょうか。その半ばくらいで、観客席にいた子供たちはお菓子をせがみ始め、親はすぐにその要求に応えました。子供たちはわずか20分間の我慢もできなかったのです。
モス:1980年代に米国では、ものを食べる場所や時間などが社会的に大きく変わり始めました。歩きながら飲食したり、職場の会議でも何かを飲んだり食べたりするようになったのです。それによって食品メーカーが新たな役割を見つけることになりました。
時折食べるものだったスナック類が突然、食生活の中に割り込んできたのです。いまでは米国で摂取されるカロリーのうち、約4分の1がスナック類からです。親も子供たちに「食事の間にスナックを食べるのはやめなさい」と言わなくなりました。
モス:「Addictive」ほど食品業界が嫌う言葉はありません。薬物中毒と過食は違うと主張します。しかし、アルコールやたばこ、薬物の中毒を見続けてきた専門家は、糖分や脂肪分が豊富なものは、そうした中毒物質と同じような強制摂取を引き起こす可能性があると主張しています。それは麻薬のようなものです。食べる量を適当にコントロールしようとするのはなかなか難しいものです。
絶妙な配合で脳に快楽を感じさせる
モス:その通り。長い間、体重があり過ぎる人に対して「(過食しないよう)もっと強い意志を持ちなさい」と言ってきました。ですが、それは間違った考え方なのです。こうした加工食品やそれを売り込もうというマーケティングはあまりにもパワフルなのです。
優秀な研究者を抱えている食品メーカーは、甘すぎず、塩辛すぎず、我々が「ワオ」と感嘆の声を上げて、さらに欲しがる完璧な配合を見つけています。塩、砂糖、脂肪の絶妙な配合は、人々の脳に作用し、快楽を感じさせ、もっと食べようと思わせるのです。多くの人は圧倒されるのです。
ヨーグルトにはアイスクリームと同じ量の砂糖を含むものがあり、パスタソースにもオレオクッキーと同じくらい砂糖を含むものもありますが、ご存じでしょうか。我々は口にするすべてのものに甘さを期待しているのです。特に子供はそうです。
モス:記者として、私はどちらの立場もとりません。ですが、もしブルームバーグ氏のような人がいなければ、そうした議論にならないということです。飲料メーカーは多額の資金を投じて子供たちを炭酸飲料の虜にしています。
モス:あまりほめられたものではありませんね。例えば農務省には2つの使命があります。消費者に食べ物についての適切なアドバイスすること。しかし、そこに割り当てられる予算はごく限られたものです。そしてもう1つの使命は、食品産業がもっと製品を売れるように支援すること。予算はこちらのほうに圧倒的に多くつけられています。「ピザの食べ過ぎに注意しましょう。チーズは半分に」などと言いながら、酪農産業とともに消費拡大のキャンペーンをしてきたのです。
自責の念に駆られる食品メーカー元幹部も
モス:投資家をわくわくさせたIT企業でも「最近、目新しいものを出したのか」と言われるような環境ですから、食品会社のCEO(最高経営責任者)たちは株価のことを考えざるを得ません。年1回や四半期に1回どころか、毎週、毎日のように考えているのが実態です。
しかし、加工食品産業を、意図的に過食や疾病をもたらす悪の帝国だとは思いません。より良い食べ物を販売して稼げる道を見つけられるかどうか。そうすれば皆がハッピーになり政府による規制などは必要ありません。そのためには、消費者が自分の購買行動を自覚することも重要になります。
モス:共感を感じる部分はあります。朝から競合に勝つことだけを考えている時は、大きな視点でものを見ることができないのです。コカ・コーラの北南米部門の元社長は「子供たちを肥満にしている」と思いながら目覚めることはありませんでした。「(ライバルの)ペプシコを倒すんだ」と言って毎朝起き上がっていたのです。彼は、会社を辞めてはじめて、自分のやってきたことを考え始めることができたのです。
モス:はい。自責の念に駆られていると思います。もっと違ったことができたのではないか、と。
食品会社を退職した人の中には、もっと健康的な製品を作りたいと行動を起こした人もいます。何かの償いをしたいのでしょう。さっき話したコカ・コーラの元幹部は、ベビーキャロットを栽培する農園で働き始めました。「僕の宿命だよ」。そう彼は言っていました。
モス:私はとても幸運に恵まれました。内部文書の山に遭遇したのです。巨大食品メーカーの内部をうかがい知ることができるメモ、電子メール、研究書類、戦略方針説明書などです。そうした文書があったからこそ、食品メーカーの中で誰が何をしたか、誰に話を聞くべきか、キーパーソンを特定することができたのです。そうしたメモ、文書をもとに、インタビューに応じるよう説得しました。「あなたがこれこれをしたというメモがあります。ぜひほかの話も聞かせてください」と。そしてさらに深い資料に当たることができました。
内部文書を見つけたのは全くの偶然でした。クラフト、ゼネラルフーズ、ナビスコという大手食品メーカーを買収していたフィリップモリスなど、健康問題で訴えられたたばこメーカーが内部文書を公開したのです。そこに巨大食品メーカーに関する文書があるとは気がつきませんでした。
中東では肥満が大きな問題に
モス:米国流の食生活は世界中に広がっています。肥満や糖尿病などのリスクも広がっていることを意味します。昨年の夏、ウィーンで講演しました。健康関連の閣僚が集まる会議です。米国流の食生活が引き起こしたであろう健康問題が予算を直撃し、不愉快な顔をした大臣が集まっていました。
サウジアラビアからも呼ばれました。中東では肥満が大きな問題になっているからです。カナダにはすでに5回も講演に行き、アムステルダムでは1日半で12回もインタビューを受けました。それほど食べ物を心配しているのです。
日本やフランス、イタリアなど、独自の食文化を持つ国でも、多くの人がファストフード店で食事をし、ジャンクフードをスーパーで買うようになっています。そしてその問題にどう対処すべきか、どの国も悩んでいます。米国のように加工食品が押し寄せるのを恐れているのだと思います。
モス:ポテトチップスが大好きです(笑)。我が家のキャビネットを開けたらポテトチップスがありますよ。でも同時にたくさんの野菜もあります。そしてたいていは自分の家で料理をします。
塩、砂糖、脂肪を減らすのではなく、もっと多くの野菜を食べるようにしていますね。息子たちにも「砂糖や炭酸飲料を取るな」とは言いません。「できるだけ少なくなるようにがんばろう」と話しています。唯一の厳しいルールはテレビを見ながらスナック類を食べることはしない、ということです。
『フードトラップ 食品に仕掛けられた至福の罠』
(マイケル・モス著、本間徳子訳)
(マイケル・モス著、本間徳子訳)
大手食品会社は、一流の科学者を大量に動員して、塩分、糖分、脂肪分の安くて強力な成分の組み合わせで、人が快感を覚える「至福ポイント」を刺激する食品を生みだしてきた──。世界的な食品企業が売り上げを伸ばすために行っている驚くべき製品開発やマーケティングの実態と、株価対策などで健康的な製品を出したくても出せないジレンマを、ピュリッツアー賞受賞記者が当事者への徹底的な取材と内部資料により解き明かした本格ルポルタージュ。