「辛くない時期はなかった」
月間1億2000万PVで得たもの/失ったもの
清水鉄平「はちま起稿」に狂わされた人生
月間1億2000万ページビューを稼ぐ怪物サイト「はちま起稿」。その元管理人・清水鉄平とはどういう人物なのか。書籍発売を記念して、清水氏にインタビューを行った。
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「はちま起稿」元管理人・清水鉄平氏。 2007年、高校在学中に「はちま起稿」を立ち上げ、 月間1億2000万PVの大手サイトにまで育て上げた |
「いつだって辛くない時期はなかった。僕幸せになっちゃダメですよね」
「はちま起稿」元管理人の口から、こんなネガティブな言葉が出てくるとは思っていなかった。月間1億2000万ページビュー(PV)を越え、今がまさに絶頂期とも言える「はちま起稿」。しかし目の前にいる“元”管理人は、サイトの隆盛とは裏腹に「僕は幸せになってはいけない人間」と下を向く。
「上には上がいるし、自分がすごいって気にもならない。僕にないものをみんなが持っているからなのかな。現状に満足ができないし、しちゃいけないと思っていて、どこまで行っても満たされたと思ったことがない」
第一印象を正直に述べるなら「ネガティブ・暗い」。自分でも「文章は書けるけど他人と会話するのが苦手なコミュ障」と書いている。とにかく自分の言葉でしゃべるのが苦手なようで、なんとか口を開いても途中でどんどん小声になっていき、最後はモゴモゴと口ごもってしまう。攻撃的な「はちま起稿」とは正反対の人物像に面食らった。
2月18日、場所はSBクリエイティブ。
以前告知したとおり、書籍「
はちま起稿 月間1億2000万回読まれるまとめブロガーの素顔とノウハウ」の発売を記念して、元管理人・清水鉄平氏にお話をうかがった。
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びっくりするくらい口ベタだった清水氏。 インタビュー前にちょうどAmazon用の動画撮影も 一緒に行われていたのだが、セリフが言えず 何度もリテイクを食らっていた |
炎上、引退、そして復帰―― 現在の「はちま起稿」と清水鉄平
日々ネットに接していて「はちま起稿」の名前を知らない人はいないだろう。
1日に更新する記事は約50本、月間ページビュー(PV)は1億2000万。
日本でも指折りの個人ニュースサイト(現在はチームで運営)の1つと言っていい。
一方で、その周囲には常に批判の声がつきまとう。ステマ疑惑、著作権侵害、誤報、露骨な対立煽り……。
管理人自身も顔バレ、氏名・住所の流出といった“炎上”を経験し、追い打ちをかけるように2ちゃんねるからは名指しで「転載禁止」を言い渡された。一度貼られた「悪者」のレッテルは今も消えず、ネット上では「はちま」と聞くだけで眉をひそめる人も多い。
「アンチは平気。無関心の方が怖い」と言う一方で、いまだに誤解にもとづく批判が多いのはつらいという。「ネットで書いてもどうせ嘘だろって言われる。だからここ(書籍)では本当のことを書こうと思った」
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「はちま起稿」トップページ |
炎上で一番こたえたのは、周囲の人間にまで火の粉がふりかかってしまったことだった。「ステマ疑惑」が持ち上がり、過去に絡みのあったゲーム業界関係者まで疑惑の目を向けられるようになった。「ネットではステマがまるで事実だったように書かれてるけど、やってないことに対する証明はできない」。
本を書こうと思った一番の理由は、ステマについての疑惑を晴らしたかったからだという。
なお炎上した際、清水氏はいったんサイト運営から手を引き、「今後一切の報酬も受け取らない」と宣言していたが、現在はこれを撤回し、アドバイザーとしてふたたび運営に関わるようになっている。
記事は原則書かず(書く場合は「鉄P」と明記)、広告販売や記事内容、苦情対応といった運営全般に対するアドバイスが主な役割。
額は明かさなかったが「最低限の報酬」ももらっているという(本によると「欲しいゲームやBlu-Rayディスク、おもちゃを買うのに苦労しないくらい」)。
復帰を決めたのは2ちゃんねるから「転載禁止」を言い渡された少し後だった。それまで記事の中心だった「2ちゃんねるまとめ」ができなくなり、一時的にアクセスもがくっと落ち込んだ。
「僕が生きた証だからつぶさせたくなかった。
大学に行かず、青春のすべてがはちま起稿に詰まっている。これがなくなったら自分は今まで何をしてたんだってことになっちゃう」
以降は「ゲーム中心の2ちゃんねるまとめサイト」から「総合ニュースサイト」へとかじを切り、アクセス数も回復、現在に至っている。Twitter上でインタビューを申し込んだ際、はちま起稿の公式アカウント(@htmk73)でやりとりしていたのも清水氏本人とのことだった。
サイトは4~5人の「チーム」で運営 金銭面については「話したくない」
現在の更新メンバーは「片手で数えられるほど」で、この数人でローテーションを組んで24時間、1日約50本の記事を投稿している。当初は清水氏1人で運営していたが、たった1人で1日18時間、ひたすらサイトを更新し続ける体制に限界を感じ、2011年9月から現在のような複数記者体制になった。
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具体的な組織体制などについても「チーム制です」と答えるのみで、 それ以上は明かしてもらえなかった。書籍内にも詳しい記述はないので、 そのあたりに期待して読むとガッカリするかもしれない |
「編集部」のようなものはなく、記者はそれぞれ自宅から作業しており、やりとりはSkypeチャットを通じて行う。最初は知人のゲームライターに信頼できる人を紹介してもらった。中には2回しか会ったことがない人、年齢も分からない人もいるという。
サイトの収入は
「1:純広告」
「2:アドネットワーク(バナー広告)」
「3:アフィリエイト」
の3つが柱だが、金額などの詳細については「話したくない」と口を閉ざす。本の中でもこのあたりの話題はうまくぼかされてしまっている。
「アフィブログってだけで嫌悪する人は、僕らが1円でも儲けていれば面白くない。
他のブログが(金額を)出していない中でうちだけ出しても、ねたみや疑いの感情しか生まず、叩かれる材料を増やすことにしかならない」
チーム制にしたことで、サイト運営に対する意識も少し変わった。
「記者たちを巻き込んだのは自分だから、彼らを路頭に迷わせるわけにはいかない。背負うものが増えた分、後がないという思いが強くなった。今はトラブルが起きないよう、昔よりも健全なサイトにしようと努力している」
なぜはちま起稿は叩かれるのか
今回、インタビューにあたり清水氏への質問をTwitterで募集したが、まあ一言で言って、こちらの胃が痛くなるほどの「罵詈雑言の嵐」だった。
結果は
Togetterにまとめてあるので、勇気のある人は見てみてほしい。
なぜはちま起稿は叩かれるのか。叩いている人の意見(これも興味がある人はググってみてほしい)はさておき、清水氏はこう分析する。
「管理人の主張が見えるってのが大きいんだと思う。若いってのも追い打ちになった。身近な存在で目につきやすいから、叩きの対象になりやすい。逆の立場なら僕だって叩く」
また「ゲームの話題は特に荒れやすい」とも話す。
特に2ちゃんねるまとめ時代には、以前は使わなかった「痴漢」「妊娠」といった“ゲハ用語”も多用し、ゲハ(ゲーム業界・ハード板)独特の空気を積極的に表現しようとした。
「あくまで転載しているだけなので責任を追及されにくい」(書籍49ページ)という構造も「やりたい放題」を加速させ、アンチを増やす結果になった。
「結局は読者が求めてるからそういう傾向になってしまう。褒める記事よりも叩く記事の方が、良くも悪くも読者の反応が多いんですよ。その方が伸びるから、次はもっと反応がもらえるように持って行こうとする。それが続いていくうちにどんどん扇情的な書き方をするようになっていく」
これは「はちま起稿」に限らず、まとめサイト全体が抱える構造的問題なのかもしれない。
本人に悪意はなくても無意識のうちによりアクセスを集めやすい、過激な方向へと進んでいってしまう。もし一線を踏み越えてしまっても、「転載しているだけ」だから責任を追及されることもない。アフィリエイトやバナー広告のように、PVがそのまま収益に還元される広告を設置していればなおさらだ。最初からそれを承知で悪どくPVを稼いでいるサイトも多いと清水氏は指摘する。
「お金」ではないモチベーション
だが「はちま起稿」の場合、更新のモチベーションは「カネのため」ではなかった。本当にお金が欲しかったら、アダルト広告を貼ったり「魔法石無料プレゼント!」といった詐欺スレスレの広告を載せたり、いくらでもやり方はあるという。だが、はちま起稿はそういった分野には手を出してこなかった。貼ってある広告も、他のまとめサイトに比べれば健全だ。
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はちま起稿に対し「カネのためにゲームを食い物にしている」という 批判は今でも多いが、本人は強く否定する |
「読者が楽しんでくれる、ずっとそれだけがモチベーションだった。もちろん目に見える数字として、PVやアフィリエイトも気にはしていました。それも読者の反応の1つなので。僕自身が寂しい人間だから、自分がしたことに対して読者からリアクションが来るのがとても嬉しかったんです」
ただ、それでも読者に喜ばれたい一心で、結果的に扇情的な記事や不謹慎なネタを載せてしまった時期はあった。北海道から上京し、取り憑かれたようにサイト更新に没頭していた2010年4月~2011年9月。この時期について清水氏は、本のなかでこのように書いている。
“はちま起稿の人気が大きくなるほど、もっと読者を増やすためにがんばらなければいけない。苦しいけど努力すればしたぶんだけブログは成長していく(略)。この1年半はまるで強迫観念に囚われたように記事を書き続けていたのです”(53ページ)
速報性を重視し、裏も取らずに誤報を掲載したり、明らかに一線を越えた不謹慎なネタもかまわずに掲載していたのがこの時期だ。
“右肩上がりで伸びるアクセス数に天狗になっていた僕は怒濤の連続更新を言い訳に、「記事を修正したり謝罪に時間を使うなら、1つでも記事を多く記事を書いた方がマシ」と言い訳し、批判や指摘に耳を貸しませんでした”(53~54ページ)
しかし、本ではまるで過去のことのように書かれているが、現在もこの体質が完全になくなったとは言えないだろう。「記事が読まれる=読者に求められている」という点を評価軸にしていくかぎり、この問題を完全に絶つのは難しい。
「無断転載」悪意はなし
「アクセスを誘導している」と解釈
著作権意識についても聞いてみた。これもまとめサイトとは切り離せない問題の1つで、毎日のように記事を“転載”されている我々メディアとしても他人事ではない。
「はちま起稿では記事の要点だけを抜き出して、続きはリンク先で読ませる『引用』の範囲となるような書き方をするように(記者に)指示をしてる。
Webの記事は見られてなんぼで、はちま起稿はそのお手伝いをしているという認識です。適切なポリシーの下で運用されることで一定の価値があると考えています。例えば『ねとらぼは知らなくてもはちま起稿は見てる』って人が、はちま起稿で記事にすることでねとらぼを知り、ブックマークに入れるかもしれない。流入とロスとどちらが多いかを一概に語ることはできません」
はちま起稿の引用スタイルは基本的に「サイトのキャプチャ画像+本文の一部」で、明らかにブラックな「全文転載」や「商用サイトからの画像無断使用」は2ちゃんねる転載禁止以降避けるようになった。このあたりは前述していた「トラブルが起きないよう、昔よりも健全なサイトにしていきたい」という思いから改善された部分だ。
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現在はもう少し変わって、サイトのキャプチャ画像+独自の要約+「全文を読む」ボタン、という形になった |
ただ、今でも雑誌のフラゲ(発売日前に流出してしまった情報)をネタにしたり、明らかに“引用”の範囲を越えた記事の転載など、グレーな部分は残っている。
「よく聞かれるけど訴えられたことは1度もないです。だからといって好き勝手にして良いとは思っていません。誤って他者に迷惑をかけてしまった場合は申し訳ないと思います。
正式な著作者による削除・修正要請には応じています。ただ、はちま以上にえげつない引用をするブログはたくさんあるので、それに安心して甘えてしまっている部分は確かにありますけど……」
現在の基本ポリシーは「掲載時には細心の注意を払う」だという。
「明らかにこちらに非があるような場合は、言ってくれればすぐ直します。ただみんな直接言わないでTwitterや自分のブログで文句言ったりする。直接言ってくれよ!って思う時はある」
自分で記事書かずとも「今のはちま一番好き」
しばしば指摘される「自分で記事を書かず、他人のふんどしで相撲を取っている」という批判についても答えた。
「これはよく言われます。自分としては情報があふれている今の時代、読者の趣味嗜好に合わせたキュレーションは多くの人から求められていると思っています」
開設当初のはちま起稿は、清水氏自身が、自分の文章で自分の考えを発信していく普通のブログだった。本の中でも「昔から自分の考えを発信したいという欲求が強いタイプ」「(はちま起稿は)日記の代わりに自分の考えを発信する基地だった」(24~25ページ)と当時を振り返っている。
現在のはちま起稿に清水氏の文章が載るスペースはほとんどないが、これも「より読まれる」形を模索していった結果だという。では、今は「自分の考えを発信する」欲求はなくなってしまったのだろうか。
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いつの「はちま起稿」が一番好き? と聞くと、迷わず「今じゃないですか」 |
「まだ僕は記事を書けると思っているけど、ただ、書けば書くほど言葉尻を捕まれて叩かれるし、記事を書くことに対する情熱は炎上でそがれてしまった」
だが、それでもはちま起稿のポリシーとして、記事の最後に「管理人のコメントを入れる」ことはやめなかった。
まとめサイトにとって「管理人の主張が見える」ことはデメリットも大きいが(だから“やる夫”にコメントを代弁させているサイトが多い)、これだけはこだわりとして貫き続けた。
いつのはちま起稿が一番好きか聞くと、迷わずこう答えた。
「今じゃないですか。以前は僕1人だったので情報も偏っていましたが、記者も増えて扱う情報も増えて多くの人に楽しんでもらえると思うので。アクセスも増えてますし」
1億2000万PVでも「満たされたない」矛盾
インタビューはここまでで、ここから先は筆者の個人的な感想として読んでほしい。「はちま起稿」なんて見るのもイヤで、いい機会だから徹底的に叩いて叩いて叩きつぶすべきだ! ――という人にとってはすっきりしないインタビューだったかもしれない。
「なんでねとらぼは著作権侵害で訴えないんだ」という声があるのも重々承知している(一応、明らかに引用の範囲を超えていると判断した場合など、随時削除要請はしている)。
ただ、昨今乱立する「明らかにカネ目的でやっているまとめサイト」に比べれば、純粋に「多くの人に読んでもらいたい」というモチベーションから出発しているはちま起稿はまだいい方だ。
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思っていたよりずっと「天然な人」だった清水氏。 インタビュー中、本の印税の使い道に話が及ぶと 「聞いてくださいよ!」と急に乗り気に。 どこかに寄付でもするのかと思って聞くと、得意満面で 「実家の軽自動車がぶっ壊れそうなのでそれに充てたい」 と答え、その場にいた全員から突っ込まれていた |
何より、自分の身に置き換えて考えてみてほしい。右肩上がりで成長を続けるPVと、「読者が自分のサイトを読んでくれている」という巨大な充足感に、一体どれだけの人があらがえるだろう。まとめサイトという構造や、それを求めてしまう読者の側にも問題はある。現在のはちま起稿には「望んでそうなった」側面と「望まずしてそうなった」側面が混在している。
「今のはちま起稿が一番いい」と清水氏は言う。
同時に
「辛くない時期はなかった」「自分は幸せになってはいけない」とも言う。
1億2000万PVを突破した今でも「満たされたと思ったことはない」とうつむいてしまう。この矛盾は一体どこから来ているのだろう。
高校2年の1学期。新しいクラスになじめず、友だちとの付き合いや受験勉強から逃げるように立ち上げた「鉢巻起稿\(^o^)/」(はちま起稿の前身になったブログ)が、その後の人生を大きく変えた。7年後、サイトは信じられないほど大きくなったが、代わりに大学進学という道を捨て、その後の炎上によって父子の関係は崩壊状態に陥った。本名はおろか顔写真や学生時代の卒業アルバム、実家の住所までさらされ、ネットの世界では「悪者」のレッテルを貼られた。
それを選択したのはもちろん清水氏だが、齢わずか23のこの若者が、すべて承知でこの道を選んだということはあり得ないだろう。
まとめサイトの構造、読者の声、ネットの空気、PV、巨大な承認欲求……。
いくつもの巨大なうねりに流され、気付かないうちに自分でも想像していなかったところまで来てしまっていた――そんな風に見えた。
本の帯にはこう書かれている。「
ブログに人生を狂わされた男!」