金曜日, 8月 08, 2014

いまさら「鉄コン筋クリート」STUDIO4℃・田中栄子インタビュー

STUDIO4℃・田中栄子インタビュー(1)
覚悟を決めて入った『鉄コン筋クリート』


このところ立て続けに新作を発表し、ファンを喜ばせているSTUDIO4℃。念願の映像化を果たした松本大洋原作の『鉄コン筋クリート』が全国公開され、時同じくして新鋭監督達によるショートアニメ集『Amazing Nuts!』もDVDリリース。来年には、豪華クリエイター陣が集結した話題のプロジェクト『GENIUS PARTY』の公開も予定されている。それらの作品について、またSTUDIO4℃の現在と未来について、同社代表として精力的に活躍する田中栄子プロデューサーにお話を伺ってきた。


▲今回の写真は、田中さんの要望もありインタビュアーの小黒とツーショット。『鉄コン』にちなんだシロとクロの2人だ

プロフィール
田中栄子(Eiko Tanaka)

STUDIO4℃代表取締役社長。
スタジオジブリで『となりのトトロ』『魔女の宅急便』のラインプロデューサーを務めた後、森本晃司・佐藤好春と共に「STUDIO4℃」を設立。1995年公開の『MEMORIES』に始まる劇場作品の他、短編やミュージッククリップ、CMやゲーム用映像など、多彩な映像作品を精力的にプロデュースしてきた。クリエイターの個性を重視する姿勢を貫き、先鋭的なビジュアル表現に挑み続け、国内唯一無二の精鋭クリエイティブ集団=STUDIO4℃という評価を確立。2002年には米・ワーナーブラザーズと『THE ANIMATRIX』を共同プロデュースし、世界的に話題を呼ぶ。湯浅政明監督の劇場作品『マインド・ゲーム』も各方面から高い評価を受け、文化庁メディア芸術祭大賞を受賞。そして2006年、松本大洋の人気コミックをもとに、構想13年を経て映画『鉄コン筋クリート』を完成させた。2007年には『GENIUS PARTY』で映像業界に新風を巻き起こす予定。
 


小黒 『鉄コン筋クリート』完成おめでとうございます。
田中 ありがとうございます。
小黒 観た人からの反応はいかがですか。
田中 熱いメールとか電話とか、結構もらってますね。嬉しいです。
小黒 今回、作品を観て思ったのは、STUDIO4℃作品としては初めて「監督のフィルム」ではないという事なんです。つまり、今までは大友克洋さんや森本晃司さん、片渕須直さんや湯浅政明さんといったカリスマがいて、その監督達のカラーとモチベーションで作品を作っていくところがあった。だけど『鉄コン』はチームの映画だという気がしたんです。それは間違ってないですか?
田中 ええ。実はSTUDIO4℃って、ピクサーみたいに「STUDIO4℃プロデュース作品」として作品を作っていくクリエイター集団だったんだ、という事に気が付いて。『鉄コン筋クリート』はそこから始めた作品なんです。
小黒 それはいつ、何で気づかれたんですか
田中 『マインド・ゲーム』ですね。とっても素晴らしい作品ができたと思うんだけど、売れなかった。その反省は大きいよね。自分がプロデューサーとして「こうしたらきちんと売れる」という目線を持って、しっかり監督と対峙して作品作りに参加してこなかったのでは? と思ったの。監督には自分の作りたい作品があるけど、プロデューサーはそれをきちんと世の中に出していくために作品をサポートする役割がある。それなのに、売れても売れなくても監督のせいだ、みたいな事を今までやってきたのかな、と。
小黒 どちらかというと、その「売れるかどうかなんて知らないよ」という姿勢が、STUDIO4℃らしさだと思ってましたが。
田中 『マインド・ゲーム』が当たらなかった時、これって田中栄子のせいじゃないの? だって作品のクオリティは抜群だったのだから、って凄く思ったのね。この作品で、売り方を含めて、売れる作品作りを目指すのは監督ではなくてプロデューサーなんだ、という事に気がついた。私がその努力をしなかったら、では誰がやるの? やっぱり監督の横でタッグを組む私だろう、と。そこで本気が入りましたね。
小黒 具体的に「売れる作品作り」というのは、どういう事なんですか。
田中 今までも自分はシナリオ作りから参加してきたんだけど、やっぱり「作品は監督のものだから」というエクスキューズをしてきた部分があった。今回の『鉄コン筋クリート』は、下手すると暴力的な部分だけが突出してしまうような内容だったし、そこを売り物にしたら絶対にお客さんは入らない。カルトでキッチュなものになってしまう。その事は企画の段階から分かっていたわけ。
 どうやってエンターテインメントとして世に出していくか。製作すると決めたからには、監督と一緒にシナリオから詰めていく覚悟をしました。監督のマイケル・アリアスにも、プロデューサーとして覚悟を決めて作品に入るから、私の意見もきちんと聞いてほしいという事はしっかり伝えました。シナリオにも、絵コンテにも、世界観設定にも参加します、と。そしたらマイクは「もちろんだよ」と。USAではそれが当たり前だし、それに経験値的な事とか色々含めて、私がいなければ彼もできないと言ってくれたので、素晴らしいタッグになりました。
小黒 仕上がった作品を観ると、非常に明解な映画になってますよね。分かりづらいところがない。それは田中さんの狙い通りなんですか。
田中 ……上手く小黒さんを騙せたんだな、と思った。しめしめ。
小黒 へ?(笑)
田中 作ってる側から言うと矛盾点はいっぱいあるんです。解決できてない部分や、入りきらなかった原作の要素は、かなりありますよ。
小黒 でも、それを無理に詰め込んでしまうと、それこそ一般のお客さんが置いて行かれるカルトな作品になる恐れがあるわけですよね。
田中 そう。最初のシナリオがまさにそうで、描きたい事をいろんなタイムラインに乗せながら、登場人物の人生模様を映し出すような構成だった。けれど、それは上映時間的にも無理だった。そこから「シロとクロの物語」という大きなラインに様々なドラマが挟まるような形で、骨格自体も大きく変えて整理していったわけです。だけど、なかなか上手いやり方が見つからなくて、シナリオ段階でかなりの時間を費やしましたね。原作にある膨大な要素の中から、どれを整理して出していくか。そういう意味では幸福な、贅沢な作業ですよね。足りないものを付け加えたり、何が足りないのかを悩むわけじゃないから。
小黒 今回は、凄くノーマルなものを作ったわけですね。
田中 私は基本的に、自分はもの凄く普通の人だと思ってますから。作品に入り込み過ぎず、普通の人が観ても分かるという事を、プロデューサーの視点から見ていく。そういう事が求められているという自覚で作品作りをしていました。
小黒 過去にSTUDIO4℃が手がけてきた作品に関して、田中さんは自分の「普通の目線」と、監督の作りたいものとの間にギャップは感じてたんですか?
田中 それは感じてますよ。『アリーテ姫』のシナリオを8回も書き直した事だってそうです。監督の片渕さんが、その時々に持っていたエンターテインメント認識みたいなものと何年間も付き合っていくという歴史だったし。最終的に、片渕さんが「自分の奥さんを描きたい」というところまで辿り着いた時、もう私には踏み込めないところまで片淵さんは行ってしまった。
小黒 『アリーテ姫』のテーマって、片渕さんの奥さんを描く事だったんですか?
田中 そう。「田中栄子だけは描きたくない」って(笑)。
小黒 なるほど! 田中さんみたいに、積極的に自分で目的に向かって問題をクリアしていくヒロインじゃなくて……。
田中 そうそう。敵に立ち向かって、くじけて泣いて、でも私は負けない! みたいな女には興味がないと。ひっそり咲きながら、家庭でも仕事でも素晴らしい能力を発揮しているのに、自分では「私は何もできない」なんて自信をなくしてしまうような人に、「そんな事はない。君は素晴らしいよ」と言ってあげたいんだ、って片渕さんに言われて。私、感動しちゃったのよね。その片渕さんを応援しちゃった。「分かった。じゃあ片渕さんなりのエンターテインメントを作るという事に対して、私達は最大限の協力をするよ」みたいな感じに着地して。それはそれで、完成した作品は素晴らしいものになったと思うし、そこに私が立ち入る事はなかなかできなかった。
小黒 そこで田中さんが引いたために、万人向けの誰もが楽しめる作品にはならなかったわけですよね。
田中 それは興行成績としてはね。ホントはもっと宣伝の仕方とかで、片渕さんの思いを広く伝える事ができたかもしれない。でも、あの時に引いた立場になるんじゃなくて、もっと入り込むべきだったという反省は凄くあります。『マインド・ゲーム』も同じように、もっともっと監督と話すべきだった。
小黒 なるほど。しかし、今までSTUDIO4℃作品を応援してきた身としては、複雑な心境ですね(苦笑)。
田中 ホントに?
小黒 だって、その「偏った」ところがSTUDIO4℃の魅力だったわけじゃないですか。東映アニメーションのような大手のプロダクションが作らないタイプのアニメというか。
田中 うーん……他の会社がどんなポリシーを持って作品を作っているかは、井の中の蛙なので知らないんですけど。「子供だましじゃない、自分達の等身大のメッセージを必ず入れていきたい」という面では、何も変わってないですよ。日本のアニメーションでは一般的なものであるキッズ&ファミリーというターゲットじゃなくて、ちょっと違うところに向けて作っているから、「いつもキッチュなものばかりやっている」と見られていただけなんじゃないかな。
小黒 見られていただけ、なんですか(笑)。
田中 今度の『鉄コン筋クリート』で言うと、全国120館以上という規模で公開された時、「STUDIO4℃ぽくない」って言われるんじゃないの? それだけの事だと思う。『SPRIGGAN』も全国公開だったから、STUDIO4℃ぽくなかったりしてね。
小黒 ああ、確かに僕の中で『SPRIGGAN』はあんまりSTUDIO4℃ぽくないです。
田中 そうでしょ? だから単に公開規模の問題であって、作品自体のSTUDIO4℃ぽさは変わってないと思いますよ。
小黒 今回の『鉄コン』は、今までの制作スタイルと作り方は違うんですか? 個々のスタッフがそれぞれ才能を発揮して、もの凄い美術とか世界観設定とかを作っているわけですけど、そのビジュアルのとりまとめ方とか。
田中 うん、違いますね。監督のマイケル・アリアスは『鉄コン』という作品の事をよーく分かってるし、誰よりもこの作品を作りたいと思っていた。ただ、何しろ実績が少ないから、監督としてどこまでできるかは未知数でしょう。だから今回、メインスタッフをやってくれたのは、全員が監督経験のある人達なんです。自分が映像作品を作るという、いわゆる高い意識みたいなものがある人達。
小黒 意識? 経験や能力ではないんですか。
田中 もちろんそれもあるけど、やっぱり「意識」ですね。自分はこの作品をこういう風に完パケて、こういう作品作りをするという意識を持っている人を、選んでキャスティングしてます。そういう目線がないと作れなかった。
小黒 美術監督の木村真二さんもそうなんですね。
田中 木村さんは「ヒピラくん」という絵本を大友さんと作った事があって、ひとつの作品をまとめていくという事をそこでやってますから。指示されて画を描くだけの人とは、ちょっと違う。キャラクターデザイン・総作画監督の西見(祥示郎)君にしても、「ピポサルオリンピア」のゲームムービーや「下妻物語」のアニメパートで一緒に仕事して、この人には監督として卓越した才能があると分かったし。作画監督の浦谷(千恵)さんは、あの宮崎駿さんも認めた素晴らしい才能の持ち主で、うちでは『土方歳三 白の軌跡』『三年とうげ』のコンテ・演出・監督をやってもらってるしね。同じく作監の久保(まさひこ)さんも、『魔法少女隊 ア・ル・ス』や『きまぐれロボット』で監督経験があるでしょう。監督もやって、コンテも描いて、アニメも巧くて、非常に真面目で、作品作りに対して純粋に燃えるタイプの人達を、今回は集めていますね。そして最後に、膨大な素材をまとめる緻密な演出力というものが必要になった時、安藤裕章氏に「是非!」とお願いして。彼自身、監督のマイクに対するリスペクトがもの凄くあったのね。同じCG畑なんですよ。
小黒 なるほど。監督と演出が両方ともCG系なんですね。
田中 そう。マイクが「こういう事をやりたい」と言うと、安藤君が「なるほど」って言う関係。最終的にはCGというツールを使って撮影していくわけだから、そこで安藤君がマイクの言葉を的確に受け止める事ができたのは、やはり大きいんじゃないかな。
小黒 美術の世界観が圧倒的なんですが、それは監督からの要求もあるんですか?
田中 マイクは「アジア」という要素を意識してたので、彼が撮りためたアジア諸国の写真を参考に、打ち合わせたりはしてました。でもそれよりは、木村さんの中にあった今までのストックが全部出てきている、という感じかしらね。
小黒 ああやって町を丹念に見せていくというプランは、木村さんから?
田中 そうです。いちばん最初に木村さんが(全シーンの)頭からお尻まで、美術ボードをガーッと描いてきたの。それを見ると、完成した本編と基本的に同じものなのね。もちろん、イメージの原点は松本大洋さんの原作なんだけど。
小黒 その時にはまだシナリオは最終決定稿にはなってない?
田中 えーと、なってない(苦笑)。
小黒 物語のおおよその形ができつつある中で、全シーンの美術ボードはすでに上がっていた?
田中 ええ。
小黒 そりゃ凄い(笑)。普通はありえないですよね。木村さんってそんなに絵を描くのが早いんですか?
田中 早い早い! そりゃもう、早いし巧いし、アイディアは持ってるし。最初のシナリオが、ヤクザの抗争がメインになっていたりして、全体的に暗い話だったのね。登場人物も大人が多かった。でも木村さんは、子供達が元気に遊んでいる、もっと活き活きとした突き抜けるような感覚の世界を作りたかった。広い空とか空気感とか、人肌の感じがある町。松本大洋さんへのリスペクトも含めて、色味や世界観はこうだ、というアイディアはガンガン出てきていました。木村さんなりに『鉄コン』の世界を実現したい、と。
小黒 単なる一スタッフではないわけですね。
田中 もう全然「単なる」なんてとんでもない。基本的な世界観を彼も創り上げてますよ。
小黒 監督と演出がCG畑という事で、それによって膨らんだ部分はあるんですか? 実験的なチャレンジをしているとか。
田中 技術的に新しい事は、なんにもしてないの。2人が持っている熟練したスキルを基に創り上げていった。
小黒 今までのSTUDIO4℃作品でも、町や家を3Dで作って、カメラを奥に動かすみたいな事はやっていたけど、今回ほど圧倒的な物量ではなかったですよね。『鉄コン』ではわりと当たり前の事のようにやってますが。
田中 そうですね。当たり前になっています。それにやっぱり、木村さんが町の立体感を描きたかったんだと思いますね。最初に上がってきた企画用のレイアウトが、わりと普通のアニメっぽかったのね。まあ、普通でもいいんだけど(笑)。でも木村さんが背景原図を自分の感性で切り直させてくれと言って、BGの奥行きまでちゃんと描いてきた。カメラの使い方と言うか、レンズの見え方と言うか、「あそこまで町が見えて、ディテールがあるんだ」と思える世界が作りたい、と提案してきたのね。そういう風に背景が見えてくると、またカメラワークとかにも奥行きが出てくるでしょう。そこに、ハンドヘルド・カメラを持ち込みたいというアイディアも加わって、あらゆるところに手持ちカメラが効果的に使われてる。
岡本 手持ち感がかなり自然というか、従来のアニメっぽくなくて新鮮でした。
田中 キャラクターが地面に落ちてきた時、カメラも一瞬ガクンと揺れたりね。あとでCGI監督の坂本(拓馬)君に「あれはどうやって指示を出したの?」って訊いたら、撮影していくうちにスタッフみんなが無言のうちにやり始めたって。(レイアウトの)PAN目盛りなし、撮影任せみたいな。要するに、役者がいて、その演技している姿をカメラで撮影するっていう方法をアニメに持ち込んでる。さっき新しい事はしてないと言ったけど、その点は新しいかもね。でもこの方法も前から言ってましたよね。「CGは新しいカメラです」とかってね。
 あとひとつ、新しい事といえば、塗りムラをやってるんです。色にムラを残して、線もちょっとぼかして。
小黒 どういった意図でやっているんですか。
田中 やっぱり、アニメって均一的で綺麗すぎる。現実には肌にも濃淡や凸凹があるわけでしょ。そういう効果を出したい、と。それはマイクの意向だったんじゃないのかな。
小黒 海外の方が監督した事でプラスになった点とか、違った点とかはありますか。
田中 んー? ……どうだろう。それはほとんどなかったと思う。マイク自身は(映画の舞台となる)宝町を、日本じゃなくてアジアとして見ていた。全く違う文化的素養の中からアジアを見た時、私達と違ったところに注目するという事は、多々あったと思いますよ。だけど、映画本編を見ても、アジアの中でずっと暮らしている私達には分からないレベルなんじゃないですか。
 それに、マイク自身がとても日本人的というのかな。一緒に仕事をしている私達が、彼を外国人として意識する事はあまりなかったと思います。でも、外国人同士で喋る時は英語だから、「マイクって英語も喋るんだなあ」と思ったり(笑)。そんな感じかな。


STUDIO4℃・田中栄子インタビュー(2)
「一石三鳥」のアイディア『Amazing Nuts!』
小黒 田中さんとしては、『鉄コン筋クリート』で初めてアフレコディレクターとしてクレジットされたのも事件ですよね。
田中 エンディングには一度クレジットで入れたのだけど、結果的には外してしまいました(編注:試写用プリントには入っていました)。だから、自分で事件として申告します。
 やっぱり、日本語で台詞を収録するわけですからね。マイケル・アリアスは日本語でも言葉の行間を読めるくらい鋭い人間だけれども、イントネーションとか細かいところでは、どうしてもネイティブ(日本語)のOK出しが必要になる。それはきちんとやらなくちゃ、という事もあり、最終的にマイクから「田中さんとやりたい」と言われて。『マインド・ゲーム』の時に結構苦労したから、今回は無理じゃないかと思ってたんだけど、「よっしゃ!」って覚悟を決めて。……本当、体力的にはボロボロになりましたね(苦笑)。
小黒 どれぐらいかかったんですか?
田中 大体、ひとり1日かけて収録しました。プロの声優さんの部分はまとめて録らせてもらったんだけど、今回は(映画や舞台の)役者さんが多かったでしょう。まず口パクに慣れてもらうところから始まって、じっくり作品に付き合ってもらっています。実は今回のキャラクターは他の作品と比べて、画の中でもの凄く演技をしてるんですよ。作画の段階で、感情を込めた芝居が計算されているのね。その画と、役者さんの台詞を合わせなきゃいけない。その両者の感情がピタッと合う瞬間、そこに来るまでに時間がかかるんです。でも、やっぱり役者さんは感情作りがもの凄く巧いので、一度その感情を作ると、ピタピタピタッとはまってくるのね。それは素晴らしかったです。

▲『鉄コン筋クリート』の1シーンより。シロ(左)役の蒼井優、クロ(右)役の二宮和也による素晴らしい演技には驚かされる。脇を固めるキャスト陣の妙演も楽しい

小黒 基本的にはひとりずつ収録していったんですか?
田中 ひとりずつですね。もっともシロとクロは、ひとりにつき3日とか4日とか、かかってます。
小黒 役者さん同士で同時に録ったところはない?
田中 ないです。
小黒 例えば、先に録ったシロの声を聴きながら、クロの声を録るとかは?
田中 あ、それはしてます。収録した分は画に合わせて、インカムで聴けるようにして。だけど、それを聴かずに自分の演技だけに集中する人もいるし、聴きながら合わせていく人もいるし。人によってやり方はまちまちでした。
小黒 次に機会があれば、また音響演出もやりますか?
田中 やらないです!
小黒 (笑)
田中 今回はホントにたまたまですから。いろんな条件的に、音響監督が立てられなかった事と、外国人である監督に代わって誰かが監修に立たなければならない、という事で。私とマイクはシナリオの一言一言、ホントによく話し合ってきたから、新たに誰かに役者さんとの橋渡しをしてもらうより、拙くても自分達で意味を伝えたいという思いも強くて。実際凄く面白かったですよ、田中泯さんとか特にね。
岡本 個人的に「鈴木(ネズミ)=田中泯」というキャスティングは本当に意外で、びっくりしました。
田中 田中泯さんの台詞を収録した時は、子分の木村役を演じる伊勢谷さんがまだ収録していなかったんですよ。だから私が一緒に中(ブース)に入って、伊勢谷さんの代わりを演じたんです。普段は私達は調整室の方にいて、防音ガラスを隔てて役者さんとキャッチボールするんですけど。その時だけは私も一緒に入って田中泯さんと「こういう風に」とか「そういう感じで」とか相談しながら、何回も何回も、自分達でリテイクを出しながらやっていきました。収録が夕方の4時から始まったんだけど、終わって気がついたら夜中の1時半。
岡本 ああー、凄いですね。
田中 食事もせずに9時間半! でも、一瞬でしたね。4時から夜中の1時までが、あっという間。自分の中でも、あれは初めての体験ね。ブースの中に入って、役者さんの相手役をするなんて事も初めてだけど。凄く密度の濃い時間でした。これはアフレコディレクターの仕事とは言わないでしょうね(笑)。
岡本 プレスシートのお手伝いをさせてもらった時、キャスト全員の声が入る前のラッシュを観る機会があったんですけど、伊勢谷さんの代わりに木村役をアテている田中栄子さんの声が残っていて。田中さんの演じた木村もよかったですよ。
田中 もう、自分も気持ちが入っちゃってね。最後のところは本当に涙流しながらやってましたよ。2人っきりでやってると、だんだん本気になってくるじゃないですか。そしたら、調整室でお喋りしながら聴いてたスタッフも、そのうちみんな真剣になってきて、最後はお互い「シー……ン」となってやっていたらしいですね。
岡本 気迫が伝わってきたという事ですね。
田中 そうそう! で、その後、伊勢谷さんがアフレコしているのを聴くわけじゃないですか。なんとなく私が喋っていたイントネーションと似てるのね(笑)。それが自分でもおかしくて。もちろん声も違うし、演技の仕方も断然うまいけど、気持ちは同じになるんだな、みたいな。親近感を持ちました。
 その私の音声の入ったテープは貴重だなあ、あとで是非ください!
岡本 今度持ってきます(笑)。

▲『Amazing Nuts!』より。左上から時計回りに、中山大輔監督「グローバルアストロライナー号」、山下卓監督「GLASS EYE」、青木康浩監督「たとえ君が世界中の敵になっても」、4°F監督「Joe and Marilyn」

小黒 で、『鉄コン』というビッグタイトルも作りつつ、相変わらず作家主導の短編作品もたくさん作られているわけですね。先に『Amazing Nuts!』の事をお訊きしたいんですけど、これはどういう経緯で作られたんですか?
田中 ちょっとイイ事を思いついちゃったんですよ。一石三鳥。
小黒 というと?
田中 うちって、ミュージッククリップが得意でしょ。その3分くらいの映像の中には、実はもの凄いドラマが隠されているんだけど、それはクリップの中だけで展開するものとして作ってきた。でもそれがもっと大きな、例えば映画とかTVシリーズを見据えたものであったならば、ミュージッククリップでありつつ、別の視点から見ればパイロットフィルムになる。それを10分にしたら、オリジナルのDVDが作れる。一石三鳥でしょ。
小黒 なるほど。
田中 しかも、STUDIO4℃って元々オリジナルを作りたい会社なのに、なかなかチャンスがない。どんどんオリジナルが作りにくくなる世の中で、新人にはなおさらチャンスがないわけです。そこで、若い監督達が音楽アーティストと組んで映像作品を作り、それが世に出て資金を回収できるルートを作れば、新人が次々とオリジナルを作っていく企画として成立するんじゃないか。それで、エイベックスに売り込んだんです。
小黒 じゃあ、これはSTUDIO4℃発の企画なんですね。
田中 ……でもねえ、なかなか難しかった! 一石三鳥って、そうは巧くいかない(苦笑)。
小黒 そうなんですか。
田中 結局、このコンセプトを維持して、やり続ける事に意味があるので、また来年も制作続行する事になりました。
小黒 ああ、第2弾は決まってるんですね。
田中 作ります。自分達でものを作っていくための発想力を、会社の中に根づかせていく。難しい事だけど、それをこの業界の中で実践していきたい。今回のプロジェクトを通して、若いスタッフが主体的に作品を作る立場になった時、彼らのものの見方が変わっていくのを強く感じました。『Amazing Nuts!』を作り続ける事で、凄いものが生まれてくるという予感と確信は得られましたね。
小黒 なるほど。まずその第1弾のメンバーなんですが……。
田中 中山(大輔)さん、山下(卓)さん、青木(康浩)さん、それから新しく「4°F(ファーレンハイツ)」というチーム監督ができまして。
小黒 それはどういう?
田中 STUDIO4℃の℃は「Centigrade」という、氷点から沸点までを100に分けた単位なのだけど、「Farenheit」つまり華氏というのは、人間が熱いと感じるか寒いと感じるかという、人間が肌で感じる温度設定なんです。だから、STUDIO4℃のスタッフ、体温のある人間達が作っているという意味で。単位だから「s」なんてつけちゃいけないんだけど、5人いるから複数形のsをつけて「Farenheits」。
小黒 なるほど。
田中 アンディ&ラリー・ウォシャウスキー兄弟作品とかあるじゃないですか。だから監督は複数でもいいんだ、と。また次も「4°F」で1本作りたいと思ってるんだけど、その5人はメンバーが入れ替わっていきます。
小黒 青木さんと中山さんは、これまでもSTUDIO4℃で短編作品をたくさん作ってこられてますが、山下さんという方は?
田中 山下さんはシナリオライターで、小説家です。でも書いてくるシナリオがとても映像的で、打ち合わせをしている時に「ちょっとコンテも描いてみますか?」と振ってみたら、こんなに描きたいものがあったんだ! とはっきり分かる具体的なビジョンがあった。つまり、元々頭の中に映像があって、それを文章家として言葉にして書いていたのだという事が分かったのね。それで「じゃあ、その描いた映像をそのまま、うちのスタッフと一緒に作ってみませんか?」と持ちかけてみたんです。面白いものだな、と思いますね。やっぱり描きたいものと意志があればそれは形になっていく。
小黒 なるほど。まだ本編を観ていないので楽しみにしています。これは今後も続いていくプロジェクトなんですね?
田中 そうです。
小黒 そういえば、「スウェットパンチ」はもう完結したんですか。
田中 「スウェットパンチ」は来年1月に、「ディープ・イマジネーション」というタイトルでDVDが発売されますよ。「スウェットパンチ」の4本に、今年の夏に劇場公開した伊東伸高さんの『ガラクタの町』が収録されています。
小黒 今思えば、あの一連の作品群のコンセプトはなんだったんですか?
田中 あれは、後でつけた「ディープ・イマジネーション」というタイトルが全てを物語っているように思えるのね。オープニング映像を観てもらうと分かるけど、“Wake”という名前のロボットが出てきて、「目覚めよ! 細胞の中の創造する魂達」みたいな事を英語で話すんです。自分達は何かをクリエイトするために生まれてきた。私達の魂は元々何かを創造するためにあるのだから、それを愉しもう、と。その映像を作ったのは『マインド・ゲーム』が終わった後だから、もう3年ぐらい前なのかな。そこで言っている言葉そのものが、『GENIUS PARTY』をも体現しているのね。


STUDIO4℃・田中栄子インタビュー(3)
私が小黒さんから教わった「ジーニアス」の心
小黒 では、期待の『GENIUS PARTY』についてお聞きしたいんですが。
田中 小黒さんにも何らかのかたちで参加してもらいたいと思ってるの。
小黒 え?
田中 私が小黒さんを素晴らしいなと思うのは、監督達の「ここが凄い!」って凄く誉めてくれるところなのね。誉めるという事は、とっても大事なんですよ。私なんか誉められると木に登っちゃうタイプで(笑)、「田中さん偉いね」なんて言われて頑張ったりしてるわけです。実際、実はけなす事って簡単だし、けなして自分が偉くなったような気になったとしても、それで自分はちっとも輝かない。だけど「あの人のここが素敵」「今度、あの人はこんな事をやるらしいよ」とかって、小黒さんはいつも燃えてるじゃない。その輝きこそがジーニアスだと思うのね!
小黒 あ、ありがとうございます(汗)。
田中 ホントに! クリエイトしていく事を愛でていくという事は、人間が存在する意味であり、その事に気づく事で自分にも価値があると知っていく。そのままいじめの問題とか語っちゃいそうだけど(笑)、つまり自分をないがしろにせず、凄い存在なんだという事に気づいていく事。それをみんなで分かち合いましょう! というのが『GENIUS PARTY』なの。それを愛でられる事自体が、ジーニアスなのね。
小黒 なるほど。
田中 今回参加する監督達みたいに、それぞれにトラックレコードのある人達でも、やっぱり商業主義の中で力を抑えているような状況がある。自分を信じてそれを体現してきた人でも、自分の中にあるものを素直に出す事ってなかなか難しい。でも、彼らが本当に何の規制もなく「こんなものを生み出したいんだ」というものが描けた時、それは凄く観たいはず。そして、それを作るフィールドがある事自体がとても大切なんじゃないか、と思って。
小黒 僕の目から見ると、STUDIO4℃は昔から『GENIUS PARTY』を作り続けていたと思うんですが。「デジタルジュース」もそうでしたし。
田中 よくよく考えてみたら、本当にそうなのね。
 問題は、それをどういう道筋で、きちんと世の中に出していくか。『Amazing Nuts!』では音楽アーティストとのコラボレーション、『鉄コン筋クリート』は公開規模120館のエンターテインメントとして作る事、『GENIUS PARTY』では、『GENIUS PARTY』というカテゴライズを設ける。作品ごとにそういう道筋をつけていく事がプロデューサーとしての役目だから。でも、どの作品でも変わらないのは、やっぱりクリエイターに対する“信頼”に根ざして作っている事ですね。そういう事を小黒さんは発見させてくれるの。その目線があって、私は「なるほど!」って気づくのね。
小黒 俺が気づかせてるんだ(笑)。
田中 「STUDIO4℃の価値ってそうなのか」と自覚したのは、小黒さんから初めてインタビューを受けた時だもの。
小黒 それまでは、自分達が何か変わったものを作っているという意識はなかったんですか?
田中 何もなーい(笑)。
小黒 当たり前のように作ってたんですね。
田中 そう。その時に「意味がある」「価値がある」と小黒さんに初めて言ってもらって、当時と比べたら随分私も成長したでしょう?
小黒 自意識を目覚めさせたんでしょうか(笑)。
田中 というよりは、働かされてる感じが凄くする。そういう事に目覚めた自分が、もっと自分のやってる事に責任を持たなきゃアカンよ、と言われて頑張らされてる感じかな。
小黒 なるほど。それで、話は前後するんですが、『GENIUS PARTY』に「GENIUS」と冠したのはいつ頃なんですか?
田中 『THE ANIMATRIX』を作る前ですね。『GENIUS PARTY』の企画を立てた時、そこに『THE ANIMATRIX』の話が来たので、やろうとしていた監督達に声をかけ始めたの。
小黒 だから面子が被ってるんですね。
田中 そう。実は『GENIUS PARTY』の方が企画が先なんですよ。ここまで遠かったですねえ……(しみじみ)。
小黒 共通コンセプトはあるんですか? 例えば昔の作品だけど『ロボットカーニバル』がロボットをモチーフにしたみたいな。
田中 うーん、話がちょっと飛躍しちゃうけど、突き詰めていくと「人間=メディア」みたいな事なんですよね。人間が表現したものが、形になって届いていく。その届き方はTVや雑誌、WEBだったり、映画やDVDだったり、フォーマットや状況を変えて伝わっていくでしょう。そういうものが「自分」から出ていく事が必要なんじゃないか、と強く思っていて。まだ見えてないんだけど、それって始まりかけてるのかもしれない。
小黒 というと?
田中 自分達はマスコミュニケーションというものができた時から、TVとか新聞というツールから与えられる情報で生きてきた。でも、これからはそうじゃなくて、自分達で発信する情報を、独自のメディアをもってコントロールする。例えばWEBって個人が発信する側になれるでしょう。今ちょうど、よりプリミティブな原点にメディアが立ち戻りかけてる気がしていて。そこに『GENIUS PARTY』がうまくはまれば、今までと違う事ができるんじゃないか、なんて思ってるんです。
小黒 作り手1人1人の個の作品であるという事が『GENIUS PARTY』の共通性なんですね。
田中 そういう事。なおかつ、それがメディアとしての発信力を持つ。それをどうお金に換えていくのか、というのは模索中なんだけどね。
小黒 相変わらず夢みたいな事をやってるわけですね(笑)。という事は、ほとんど自主制作なんですか。
田中 そう。コツコツコツコツと、自力で作り続けているわけですよ。『鉄コン筋クリート』だったら、やっぱり原作に対する凄いリスペクトがあって、社会的信用度も凄く高い。でも、こっちはいくら凄い監督達がいると言っても、やっぱりでき上がらないと分からないから。ある程度の形が見えない事には、お金を出資していただくのは難しい。
小黒 イメージボードぐらいしかない段階で出資するスポンサーなんて、よっぽどですよ。
田中 だけど、この作品にはそれだけのトラックレコードを持っている人達が携わっているから、渡辺信一郎がそんな変なものを作るわけはない、絶対、いいものができるという信頼はある。さらに、このプロジェクト全体に意義を感じてもらえれば、投資する事は可能だと思う。
小黒 具体的な話、出資は決まってるんですか?
田中 これから!
小黒 でも公開の目途は立ってるんですよね。
田中 来年の夏公開を目指してます。
小黒 現在、短編十数タイトルの製作が進行中で、そのうちの何本かが来年夏に公開される見込みなんですね?
田中 そうです。
小黒 個々の作品は監督が勝手気ままにというか、まったく制約なしに作ってるんですよね。みんな、いわゆるストーリーアニメなんですか?
田中 中には観念的な作品もあるし、ちゃんとストーリーがあるものもあります。……これは言っていいかどうか分からないけど、渡辺信一郎の作品は、純愛ものなのよね。
小黒 ほう。
田中 これがもう、凄い胸キュンなの。
小黒 全然信じられない(笑)。騙されてるんじゃないですか?
田中 ホントに純愛! 渡辺信一郎の胸キュンですよ。
小黒 カッコ笑い、とかつかないんですね。
田中 ない! ひとつもない。自分の高校時代の体験をもとにしているらしいですよ。私もついこの間それを聞いて。
小黒 それまでにも当然、絵コンテやプロットは見てるわけですよね。
田中 もちろん。でもその時は「へえー、渡辺信一郎の中からこんな純愛作品も出てくるんだ」と多少は驚いていた。渡辺さんも明かしてなかったんだけど、音楽打ち合わせの時に「実は僕の高校時代の……」と言っていたと聞いて、ハッ!と。
小黒 いい話だなあ。
田中 「あの胸キュンは、渡辺信一郎本人の!」と思ったら、私がキュンとしちゃった(笑)。
小黒 ベーシックな事を訊きますけど、1作品につき何分ぐらいなんですか?
田中 人によっていろいろです。大体10分から20分ぐらいかな。
小黒 田中達之さんの「陶人キット」は何分ぐらいになるんでしょう? 確か「デジタルジュース」で作り始めた当初は、3分ぐらいの作品という事でしたよね。
田中 もっと伸びてますよ。自分から「長くしたい」という事で、絵コンテを切り直してます。
小黒 ちゃんと起承転結のあるストーリーものなんですか。
田中 そうです。今度はきちっとした作品として……ねえ、観たいよね!
小黒 これはまさしく10年越しの作品になるわけですね。
田中 そうですね。まあ、途中でナイキのCMとか、「FLUXIMATION」とか、いろいろやってますから。
小黒 画集も出したり、マンガも描いたり。
田中 アニメーションとしては、「自分の名刺代わりになるような作品にしたい」と言ってます。もう名刺代わりも何もない実力者ですけどね。そういう意味でいうと、STUDIO4℃でやってきた人達が、今や凄くビッグになってますよね。
小黒 森本晃司さんなんて「世界のモリモト」ですからね。
田中 ホントね。最初にSTUDIO4℃がスタートした時なんて、ただの一アニメーターだもの。私もただの一制作だったけど(笑)。片渕さんも最初に会った時は一監督補佐だったし、湯浅さんも一アニメーターだった。だからマイケル・アリアスも凄い監督の1人になって、次の作品に期待したいと思います。

STUDIO4℃・田中栄子インタビュー(4)
創造への愛、『GENIUS PARTY』の意義

小黒 あと、うちの読者はいちばん知りたいところだと思うんですけど、大平晋也さんの作品は何分あるんですか?
田中 何分だろう。まだでき上がってないですからね。
小黒 プロモーション映像を見た感じだと、2分ぐらいで終わりそうな感じでしたが……。
田中 あ、そんな事はないですよ。10分以上はあります。これはホントにここで言っちゃいけないかもしれないけど、大平さんに初めて子供ができたのね。それで、子供ってこんなに素晴らしい想像力や可能性を持ってるんだ! というのを描きたくて作った作品なの。
小黒 じゃあ、今回はこれまでの作風とは違って、どちらかというとおっかない絵柄ではないんですね。そうでもない?
田中 そこにはやっぱり、彼独自の創造性とかいろんなものが入ってくるわけだから。あくまで発想の出発点。でもね、自分に子供が生まれて、あんまり可愛くて、初めて「描きたくなった」作品であるというのは、凄いと思いません? そういうところでの、作品を受け止める人と監督との付き合いって、必要だと思うのね。そこで仲間になっていくというか。絵画でも何でも、その人の人となりを知る事によって、より奥深い鑑賞の仕方ができてくるのと同じように、アニメーションもそういう参加の仕方ができるんじゃないかと。
小黒 具体的には?
田中 絵画って、やっぱり作者の人となりも見たいじゃない。それを知る事によって、例えばその画家が耳を削ぎ落としてまで求めたものの凄さみたいなものが、さらにグッと伝わってくるでしょう。そういうドラマが『GENIUS PARTY』にもある。作品自体を切り離されたメッセージとして受け取るんじゃなくて、作り手の思いが受け手の中にもシンクロして、作品が50%、そして作り手と受け手の気持ちが50%、合わせて200%みたいなね。計算合わないけど(笑)。受け手の受け入れる力こそが、作品を凄くしていくと思ってるから。
小黒 大平さんという人のバックボーンを知る事によって、50%がさらに掛け算で増えていったりするわけですね。
田中 そういうところは今まで伝えてこなかったし、表現してこなかった。でも、小黒さんが今まで注目してきたのは、そういうところなんだよね。イベントとかで「こういう作品をもっと身近に楽しもうよ」って、前から仕掛けてきてるじゃない。その行為自体がそうだもんね。私、そこから学んでるの。
小黒 田中さん、巧いなー(笑)。
田中 そんな事ないよ、ホントにそうなんだもの。私が今まであなたに評価されてきて、今度は私があなたを評価してみたら、やっぱりそういう事なんだから。気がつけば今回の企画も「ああ、同じところにいるんじゃない」って。
小黒 それを「GENIUS」と名づけるところが田中さんらしいですよ。
田中 ネーミング、いいでしょ。
小黒 単純に、ふたつの意味が考えられますよね。参加しているクリエイター達が天才だという意味か、あるいは彼らの天才の部分を見せていくという意味か。どっちなんですかね?
田中 両方。もっと言うと、「GENIUS」というのは、個々の人間1人1人が地上の星である、というような意味も含んでる。何か特定のものを表しているというよりは、いろんな理解の仕方をしていける総称としてつけました。
小黒 なるほど。
田中 最初はみんなから反発もあったのね。俺達はそんな「GENIUS」っていうほど偉かないよ、みたいな。でも森本さんなんかは、「GENIUS」と呼ばれた以上は、責任もって凄いものを作らなきゃいけない、という風に受け止めたし。その言葉の受け止め方も人によって違うというのが、また面白いでしょ。
小黒 マンガ家の福山庸治さん、画家のヒロ・ヤマガタさんと、映像作家じゃない方も参加してますよね。かなり驚いたんですが、これはどういうキャスティングなんでしょうか?
田中 ご本人と話をしていて、やる事になったんです。
小黒 福山さんはマンガ家で、ストーリーテラーでもあるから分かる気もしますけど、ヒロ・ヤマガタさんは風景画で知られている方じゃないですか。どんな作品を作られるんですか?
田中 今はニューヨークにいらっしゃるので、今度来日した時に、最終的な事を決める打ち合わせをします。どういう形で作るのかは、本人と話してみないと分からないですね。でも2月くらいにはSTUDIO4℃に入りますよ。
小黒 凄くドキドキしますね。ひょっとしたら、アニメ界に新しい表現が生まれるかもしれない。
田中 一緒に作るスタッフも、違う目線をどんどん受け止めていくと思うし、絶対に面白い化学変化が起きますよ。いろんな人とやってみたい、という気持ちは凄くある。どこまで変化していくのか。
小黒 やっぱり『GENIUS PARTY』は今後も延々と続けていきたい企画なんですか。
田中 もちろん!  まあ、お金が続く限りね(笑)。だから、きちんと回収していける道筋をつけなきゃいけない。
小黒 『GENIUS PARTY』に関して、どこかでスポンサーに入ってもらう事は、もちろん考えているわけですよね。
田中 そうですね。だけど、市場の原理というのは理想論とは違うので、これから立ち向かわなくてはいけないんですね。好きな人に直接協力してもらう事が理想よね。「大人なんだから1人1万円出してよ」と(笑)。3万人なら3億でしょう?
小黒 それだけあれば『GENIUS PARTY』は作れますか。
田中 10何本も作るのは無理だけど、作り続けていくというところでは大きい。さらに仲間が1万人増えたら、また1億増えていくわけでしょう。その人達に、DVDの売り上げとかを還元していく。
小黒 いわゆるファンドですか。言うまでもないけど、ハードル高いですよ。
田中 高いよね。大体、1000円だって人に出さないもんね(笑)。
小黒 こういった作品を熱烈に観たい人って、若い人が多いと思うんですよ。たとえば、美大生とかデザイン学校の生徒さんとか。そういう人はあまりお金を持っていないから(笑)。
田中 うん、そういう学生さん達から1万円を出してもらおうとは全然思ってないの。やっぱり私達ぐらいの年齢のところで興味を持ってもらわないと、やっぱり市場が成熟していかないんじゃないかな、と思う。
小黒 じゃあ、当面の希望は「アニメファンの成熟」ですか。
田中 アニメファンというか、クリエイティブ・ファンかな。それが大事ですね。それができるようになれば、自分達は自由に発信していけるんだけど、なかなか難しい。「デジタルジュース」をやり続けていたら、一緒に楽しもう! みたいなところまで行けたかもしれない。
小黒 年に1度「デジタルジュース」がある、ぐらいのペースが理想ですよね。
田中 そうね。制作サイドもそれに慣れていけば、もっとサプライズのあるものを共有できる関係になれたかもしれないけど。
小黒 今思えば、STUDIO4℃のオリジナルショートアニメをパッケージとして世に出した最初の作品ですよね。
田中 よく出しましたよ、無謀にも。もっと真剣にSTUDIO4℃ブランドみたいなものを考えて、そこで何かが生まれてくる状況ができるといいんでしょうね。最近やっと世間を見渡せるようになって、「みんなやってるんだなー」と驚いたりしてます(苦笑)。
小黒 でも、継続こそ力なりですよ。STUDIO4℃って何年目でしたっけ?
田中 会社自体の始動から数えると、16年ぐらいかな。大きな流れで言うと、『MEMORIES』を作ってから、『STEAM BOY』のパイロットをやって、『SPRIGGAN』があって、『STEAM BOY』を作り始めて、その後『アリーテ姫』、それから『マインド・ゲーム』……あっという間よね。1本作るのに3年かかるから、知らない間に老けちゃう(笑)。
小黒 そういえば、森本晃司監督の長編はどうなっているんでしょう?
田中 今は『GENIUS PARTY』の作品の方に集中しております。それが終わったら。
小黒 これは森本さんの完全オリジナル作品、しかも長編なんですね。完成は2009年とか?
田中 いやー、あんまり先は考えずに(笑)。本当、アニメーションって時間かかるね!
小黒 当面、控えている大きなプロジェクトはそれ1本ですか。
田中 そうですね。今後のSTUDIO4℃はどうしたらいいんでしょう?(笑)
小黒 ファンとしては、もっと定期的に新作が観られるといいな(笑)。それがいちばんの願いじゃないですか。
田中 そうね。『鉄コン筋クリート』作って「ああ疲れた」なんて言ってちゃいけないのよね。次の作品がちゃんと仕掛けてあって、という事よね。
小黒 あと、映像以外の活動も久々にやってほしいですよ。イベントとか。
田中 『GENIUS PARTY』でやりたいよね! 「映像よ街に出よう」っていうのをポリシーにして。1ドリンク飲みながら、クラブ上映とかできたらいいな。
小黒 ああ、それは向いてる気がします。



●関連サイト
STUDIO4℃ 公式サイト
http://www.studio4c.co.jp/

『GENIUS PARTY』公式サイト
http://www.genius-party.jp/


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