金曜日, 12月 21, 2012

iPhone 5が「退屈」な理由



iPhone 5が「退屈」な理由
「iPhone 5」が世界最高のスマートフォンであることは疑いない。しかし同時に、それは残酷なまでに退屈だ。その「奇妙なパラドックス」について分析する。
「iPhone 5」が世界最高のスマートフォンであることは疑いない。しかし同時に、それは残酷なまでに「退屈」だ。

iPhone 5は驚くべきテクノロジーの結実であり、年ごとにどんどん改善されている。しかしiPhoneは、もはやわれわれの人生を変えるものではなく、革新的に異 なった体験を提供するものですらなくなるだろう。

市場最高の製品でありながら、退屈であるということ。これは奇妙なパラドックスだ。

アップルは、オリジナルヴァージョンの「iPod」「iPhone」「iPad」「MacBook Air」で人々の頬を平手打ちしてきた。「iMac」でさえ、1998年に登場した当時は衝撃的だった。接続ケーブルが無い!プラグインするだけ!それに 青い!!

アップルは常にわれわれの精神を吹き飛ばすだろうという感覚が、確かに存在するときがあった。スティーブ・ジョブズが2007年にiPhoneを発表した ときは、生まれて初めてチョコレートを食べたような感じだった。iPadも時代を画す製品だった。数年のあいだにアッ プルは、テクノロジー業界の革命家として、革新に次ぐ革新を続け、人々は腕を突き出して「もっと!」と叫ぶようになった。「“One More Thing”をお願い!」

しかしアップルは、簡単に「次」に移動する企業ではない。リリースすること自体を目的に、新製品を気軽に発表すること はなく、製品ラインを集中させ、細心の注意を払って年ごとに改善を重ね、少しずつ良い製品を作っていくのだ。これはつまり、特にインダストリアルデザイン に関していえば、アップルの製品は4代目か5代目以内に頂点を極める傾向があるということであり、その後変更を続けても、必ずしもより良い製品になるとは 限らないことを意味する。第3世代「iPod Shuffle」のように、逆に悪化する場合もある。

インダストリアルデザインの変化を、余儀なくさせたり可能にしたりする新しい安価なテクノロジーがない限り(安価なフラッシュメモリーがiPodのデザイ ンを変化させたり、SSDがMacBook Airを実現させたことを考えてみてほしい)、アップルにとって、製品の形が確定した後で大改造を施す理由はほとんどないのだ。



左がiPhone 4Sで右が新しいiPhone 5。

6回のバージョンアップが行われているiPhoneは、製品としてすでに非常に完成されているので、あまり大きな改善を施す余地はない。それでiPhone 5は基本的に、iPhone 4を「長く薄く」したものとなった。

iPhoneは、他企業のほかのスマートフォンともよく似ている。

アップルのデザインが「退屈」になった大きな原因は競合他社にあるだろう。どのメーカーもアップルを真似する。MacBook Airの模造品はあまりに多いため、ウルトラブックにおけるひとつの製品カテゴリーになってしまった。サムスンのスマートフォンやタブレット、HTCの全モデルは、驚くほどアップル製品に似ている。

スマートフォン自体が退屈になってきているということもあるのだろう。わたしたちはこれまでiPhoneを通して未来を見てきた。それはガラスであり時計であり、拡張現実であり、あらゆる種類のデヴァイスを含むものだった。

現在、最も純粋に刺激的な携帯電話はノキアの新しい「Lumia 920」(黄色い!)だろう。その理由は、このデヴァイスがiPhoneから大きく異なるデザインであるとともに、(正直に言えば)ノキアが現在破滅的な困難のなかにあるということだ。同社にとって「Windows」の携帯電話は、紙やタイヤといった以前の業種に戻る以外の、最後の最善策だ。

ノキアのWindows Phoneにはそうしたストーリーとアイデンティティがある。iPhoneにはすでに、そのどちらもがない。あるのは、最高のスマートフォンであるということだけだ。

アップルは、状況を再び変えようとするだろう。同社はおそらく、ホームエンターテインメントの分野で何か驚くようなことをすると思われる。同社が車のダッシュボードや家庭用の通信デヴァイスに参入していくのは楽しみだ。個々の物がインターネット対応になる「iThings」などが出てくれば、非常に素晴らしいことだろう。

しかしiPhoneは退屈だ。そしてそれは、近い将来ずっと、退屈であり続けるだろう。それは悪いことではない。革命(revolution)は進化(evolution)になったのだ。ユーザーのポケットやショーウィンドウにあるスマートフォンは、単なる生活のひとこまになった。ユーザーが利用し、依存するツールであり、使ったあとはその存在すら忘れてしまうようなものになった。もちろんそのこと自体が、驚くべきことではあるのだが。

TEXT BY MAT HONAN
PHOTO BY JOHN BRADLEY/WIRED
TRANSLATION BY ガリレオ -向井朋子/合原弘子

WIRED NEWS 原文(English)