月曜日, 12月 30, 2013

シリコンヴァレーが、「禅」にハマる理由


シリコンヴァレーが、いままた「禅」にハマる理由

グーグルやフェイスブックがいま瞑想に夢中だ。彼らにとって、瞑想は生産性を上げるツールであり、悟りはオープンソースでシェア可能なコードにほかならない。仏教数千年の教えをデータ主義、成果主義でハックしようとシリコンヴァレーのエンジニアたちは目論む。彼らが涅槃にいたったとき世界は平和と共感に満たされる......のだそうだ。

「これまでの“東洋の神秘”は時代遅れだ。瞑想は脳を鍛えるんだ」と語るケネス・フォーク。イケアの子ども用マットを敷いているのが、シリコンヴァレーらしい。
「瞑想」にふけるシリコンヴァレー
細身のチャディー・メン・タンは椅子の上で、足を組むハーフロータスのポーズをとり、「目を閉じて」と言う。ゆっくりと、しかしリズミカルに語る彼の低い声は、優しく魅惑的で眠気を誘う。「呼吸に意識をもっていきましょう。吸って……吐いて……そしてその間にも集中して」。肺が満たされたり空っぽになったりするのがわかる。一息一息耳を澄ましていくうちに、仕事や家庭、お金などの雑念は消え去り、胸が上下する動きだけを感じられるようになる。人々は何千年も前からこうやって瞑想してきた。それはずっと変わらない。まるで、時が止まったように室内が静けさにつつまれる。そして、もう一呼吸。
数分後、メンの「そこまで」という言葉で静寂が破られた。参加者はまばたきをして互いにほほえみ合い、辺りを見回す。間に合わせの禅堂として使われているのは、シリコンヴァレーのグーグル本社キャンパス内にある、蛍光灯で照らされた典型的な会議室だ。メンを含め参加者のほとんどはグーグル社員である。「自己探索」と題された瞑想の講座は社内カリキュラムの一環で、 感情のコントロール方法を教え、仕事に役立てようというものだ。「頭を空っぽに」とメンが参加者に合図する。次は、失敗と成功についての瞑想だ。
これまで、のべ1,000人以上のグーグル社員が「自己探索」を受講してきた。人気を博しているこの講座を受講しようと、400人以上が順番を待っている。さらにグーグルでは、禅僧ティク・ナット・ハンを2011年に招聘して以来、祈りの鐘を鳴らす以外に音を立てない「マインドフル・ランチ」を隔月で開催している。最近は、ついに歩行瞑想用の迷路までつくった。
東洋の伝統を取り入れているのはグーグルだけではない。カフェインを摂るより静かに瞑想するほうが生産性も創造性もぐっと増すというのが、シリコンヴァレーの常識だ。客観的な視点と注意力を養うため、瞑想やマインドフルネスの講座の必要性を感じる大企業は少なくない。グーグルの瞑想メソッドを誰でも学べる学校まである。ツイッターやフェイスブックの創設者たちも瞑想の実践を取り入れ、オフィスで頻繁に瞑想セッションを行い、業務中でもマインドフルネスを高められるよう計らっている。13年2月にサンフランシスコで開かれたカンファレンス「ウィズダム2.0」には、リンクトイン、シスコ、フォードなど有名企業のトップら1,700人余りが集まった。
これらの企業は、単に仏教の「実践」を取り入れているわけではない。起業家やエンジニアたちは、仏教の数千年の教えを、成果主義、データ主義、無神論的シリコンヴァレーの文化に合わせてつくりかえようとしているのだ。前世のことは忘れ、あの世のことも気にしない。ここでは、瞑想は投資であり、見返りが求められる。「これまでの“東洋の神秘”は時代遅れ」とサンフランシスコで大きな影響力をもつ瞑想指導者ケネス・フォークは言う。「むしろこれは脳を鍛え、内なる化学反応を起こそうとするための瞑想なのです」。
この関心の高まりを、国内のどこかで生まれては消えるスピリチュアルブームや、二ューエイジ運動にすぎないと片付けたくなるのはわかる。しかし無視できないのは、この伝道者たちが、わたしたちの生活に深く根付いたサーヴィスを提供する企業にいるということだ。実際、瞑想を取り入れている企業は、ニッチなアイデアから億単位のユーザーが熱狂するサーヴィスを生み出すのに長けている。

グーグルでマインドフルネスを指導するチャディー・メン・タン。日本でも著書『サーチ! 富と幸福を高める 自己探索メソッド』〈宝島社〉が出版された。「EQ」のダニエル・ゴールマンがプログラム共同開発者。TEDにも「グーグルには毎日思いやりがある」というテーマで登壇した。
神経系統のセルフハック
PCやインターネットの生みの親たちのなかには、かつてヒッピーのカウンターカルチャーに傾倒していた人も多い。東洋の宗教への興味は、現代のIT産業に組み込まれていると言っても過言ではない。スティーブ・ジョブズはインドで導師を探すのに何カ月も費やしたし、禅僧に結婚式を挙げてもらった。ジョブズが米国における仏教徒の先駆けとなる以前にも、ジャック・コーンフィールドはハーヴァード・ビジネス・スクールで瞑想の普及に努めていた。
とはいえ、大概の人が「ヒッピーの戯言」と片付けてしまうようなものを現代シリコンヴァレーの住人が受け入れるはずはない。彼らにとって瞑想は、諸行無常を感じる機会ではなく、あくまで自己を磨き生産性を高めるためのツールなのだ。これこそビル・ドウェイン(オールバックで、前腕にビキ二姿の女性のタトゥーがある元エンジニア)がグーグルのためにアレンジした瞑想入門講座「神経系統のセルフハック」の目指すところだ。「ヨガに興味がある人向けの情報は、ちまたにあふれかえっている。わたしは、自分と同じ無神論者や合理主義者の気難しいエンジニアたちに向けて語りかけたかったんだ」。
神経科学と進化生物学の話から入るのがドウェインの手法だ。「われわれはしょせん、神経質なサルの子孫」であり、戦うか逃げるかを瞬時に判断する生き物だと彼は言う。現代の職場環境においては、本能的な過敏反応は人間関係の妨げになり、感情的な口論に発展してしまう。そんなとき、脳の扁桃体から発せられる恐怖感が、理性を失わせる。するとわたしたちは、サルの本能のいいなりになってしまうのだ。
EIが高ければ金が儲かる
瞑想すると、脳にかかるストレスへの反応回路が組み替えられるとする研究結果も多い。ボストン大学では、たった3時間半の瞑想トレーニングで、感情が傷つけられるイメージに対して被験者が反応しにくくなることが証明された。瞑想は「ワーキングメモリー」と目的を成し遂げるための能力「実行機能」を向上させるとする研究もある。瞑想を長期間続けた人は、次々と変化していく刺激に対応する能力が高いということもわかっている。グーグルが引用している研究によると、瞑想を習慣化している人は風邪もひきにくいそうだ。
しかし、グーグル社員が瞑想に興味をもつのは、単に風邪を予防したいからでも感情をコントロールしたいからでもない。エンジニア集団に欠けがちな「心の知能(EI)」を伸ばすにあたり、互いの行動の動機を理解し合うために瞑想を用いるのだ。「EIを伸ばすと仕事にいい影響が出るとみんなわかっています」と「自己探索」の講座を立ち上げたメンは言う。「そして社員のEIが高ければ金を稼げると、企業もわかっているのです」。
メンのキャリアは輝かしいものだ。107人目の社員として2000年にグーグルに入社し、携帯端末の検索機能を開発していた。当時、何年かかけて職場に瞑想を取り入れようとしたが、あまりうまくいかなかった。07年にEIとからめて瞑想の練習を紹介したところ、急激に需要が高まった。いまではグーグルに、瞑想やマインドフルネスに関連する社員向け能力開発プログラムが多数ある。シンガポールに生まれ、米国人の尼僧の影響で仏教を学び始めたメンは、次第に社内でカリスマ的存在になっていった。講座の生徒からサインを求められたこともあるという。
瞑想がグーグルに何か利益をもたらしているかというと、実は定かではない。全米産業審議会などによる研究から、感情的に他人とつながっている人はひとつの職場で長く働くケースが多いとわかっている程度だ。従来グーグルは生産性を保つため、社内にジムをつくり、マッサージに助成金を出し、無料でオーガニックな食事を提供して社員の生理的欲求に応えてきた。働く意義と感情的つながりを追い求めるための手助けをするのも、その一環というわけだ。
ドウェインは、自分の仕事やプライヴェートの質が上がったのはグーグルの瞑想プログラムのおかげだと思っている。つい最近まで、彼自身もストレスを抱えていた。社内でも負荷が高いとされる、サイトの信頼性を高めるためのエンジニアを30人も率いていたうえに、父親が重い心臓病のため病床に伏していたのだから無理もない。
「いつも通りバーボンとチーズバーガーで乗りきろうとしたが、さすがに無理だった」とドウェインは振り返る。そこで彼は、メンのマインドフルネス講習を受け、すぐに瞑想の習慣を生活に取り入れた。
ドウェインの父は亡くなってしまったが、瞑想で身につけた感情のコントロール方法が悲しみを乗り越えるのに役立ったという。さらに、瞑想で集中力が増したおかげで150人もの社員を束ねる管理職に昇格することもできた。2013年1月にドウェインは、エンジニア職を辞して瞑想の社内普及にフルタイムで尽力することを決意した。グーグルは、社内教育でマインドフルネスに重点を置こうとしていたので、ドウェインの方針転換を快く受け入れてくれた。
ドウェインはいまでもヒッピーがそれほどいいとは思っていない。経験主義だと公言してはばからない。それでも、「自己探索」の講座でメンが、地球上全人類の善のエネルギーを集めた白い光をイメージするように指示したとき、彼を含め参加者のなかにとまどう者は誰もいなかった。
メンは再び声のトーンを落とし、さらにゆっくりと話す。それに応じて参加者も目を閉じる。「息を吸うとき、集めた善のエネルギーを心に取り込みます。心の中でそのエネルギーを10倍にしましょう」。これはトンレンというチベット仏教式瞑想の訓練方法だ。「息を吐くときは、10倍にした心のエネルギーを世界中に届けるつもりで。まばゆい白い光を吐く姿を想像してもよいでしょう」。全員が息を吐く。純粋な愛を思い描こうとすると、頭の中が騒がしくなってしまうのがわかる。いまいる場所が社内の会議室であることなど、しばし忘れる。

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