水曜日, 6月 26, 2013

世界400以上の音楽サーヴィスが利用する、リコメンデーションエンジン「The Echo Nest」

クラウドやeコマースやCGM、あるいは解析エンジンといった21世紀的テクノロジーの存在によって、 リスナーはいま、「好きに違いない未知なる音楽」と、より自然に出合える環境を享受し始めている(少なくとも世界では)。そのなかでも代表的な6つのサー ヴィスが、インフラとして音楽ビジネスにもたらしている影響を考察する。今回はビッグデータを駆使した音楽リコメンデーションエンジン「The Echo Nest」。

TEXT BY MIKIRO ENOMOTO ILLUSTRATION BY STEVEN WILSON



ビッグデータから、嗜好性を解析せよ

ウェブの世界では、2つのリコメンデーションが新たな出合いを演出している。1つはソーシャルマーケティング。TwitterやFacebookで音楽 ヴィデオを共有するのは、日本でもすっかり定着した。しかしいま世界の音楽業界は、もう1つのリコメンデーションに夢中だ。ビッグデータを駆使したリコメ ンデーションエンジンである。Pandoraはリコメンデーションエンジンを、eコマースではなく放送に活用し、一人ひとりに合わせて次々とおすすめ曲を 紡いで放送することで、究極の音楽放送をインターネット上につくり上げた。だが、アマゾンのリコメンデーションエンジンがアマゾン限定であるように、 PandoraのエンジンはPandora限定。その点、The Echo Nestはオープンだ。The Echo Nestのオープンイノヴェイションは、音楽のエコシステムそのものを変えようとしている。その行く先を知るべく、CEOのジム・ルケーシーにインタ ヴューした。





The Echo Nestを利用する音楽サーヴィスは400を超えた

──いま、The Echo Nestの主要顧客はどういった企業やサーヴィスなのでしょうか? 日本で使えるサーヴィスだとShazamに使われていますね。

Spotify、VEVOのような音楽配信や、BBC、MTVのような放送局のウェブサーヴィスが主ですね。あとはインテルやマイクロソフトといった大手 メーカーも、ブランドエンターテインメントでThe Echo Nestを利用しています。

──The Echo NestのAPIを使えば、Pandoraのようなパーソナライズド放送を実現できるんですよね。

パーソナライズド放送にとどまりません。例えば現在、マイクロソフトのRdioと一緒に、ソーシャルリスニングを実現しようとしています。

──面白いですね。音楽の趣味でTwitterのような友達候補を出せるのでしょうか? あと、友達のおすすめ曲が聴ける「フレンド・ラ ジオ」も、できそうですね。

どれもTaste Profile APIを使えば可能です。イヴェント・リコメンデーションを使えば、「フェス・ラジオ」なんていうのもできますよ。

──先日発表されたアップルのiTunes Radio。あるいは大人気のPandora。さらには最近立ち上がったTwitter#Music。ミュージックディスカヴァリーの世界はいま、ライ ヴァルが目白押しの状態ですが……。

わたしたちの強みは、コンテンツ解析とカルチャー解析を組み合わせているところにあります。コンテンツ解析で3,500万曲の音楽的要素(テンポ、コー ド、ピッチ)を把握し、さらにカルチャー解析で、それぞれの楽曲に関するウェブ情報を把握しています。
The Echo Nest設立の経緯

The Echo Nestの中心メンバーたち。ビッグデータを解析し、音楽に新たな価値を与えた彼らのサーヴィスを利用するクライアントは、急速に増えている。


──セマンティック解析ですね。どのようなコンテンツを対象にしているのでしょうか?

ソーシャルメディア上での会話、音楽サイトなどすべてです。例えば、毎日1,000万以上のブログポストを解析しています。実は、先ほどツイッターと会議 をしていたんです。アーティストの公式アカウントをクローリング対象にする件についてです。

──仕事をしていて、いまいちばん面白いのはどの箇所ですか?

Taste Profile APIの改良ですね。わたしたちのエンジンが、一人ひとりの音楽趣味を深く理解するほどに、顧客のサーヴィスはパーソナルな方向、ソーシャルな方向の両方 で広がりが出てきます。いまでは、ユーザーの音楽趣味から、音楽以外の好みも予測できるようになってきました。こういう音楽趣味の人は、政治的にはこのカ テゴリーで、映画だったらこのジャンル、ゲームだったらこれが好き、といった具合にです。

──ところで、The Echo Nest設立の経緯を教えてください。

MITでカルチャー解析が専門だったブライアン・ホイットマンと、音楽解析が専門だったトリスタン・ジェハンのふたりが創業しました。わたし自身は、 MITメディアラボの共同設立者、バリー・ヴァーコーの紹介で参加しました。昔、バリーの息子とジャズバンドを組んでたんですよ。

──起業した当初は、大変だったのではないでしょうか?

ええ。音楽産業の経済状況は、当時最悪だったので……。幸い、ナショナル・サイエンス・ファウンデーションが100万ドル出資してくれたので、研究を続け ることができました。いまでは、「ビッグデータビジネス」というのは投資家に大人気ですが、わたしたちはそんな言葉が存在しないころから、音楽のビッグ データを扱ってきたんです。


もしかしたら音 楽の垣根を越えて、テレビの世界すら変えてしまうかも?


──例えばゲームの世界では、Unityの ようなオーサリングツールが、デヴェロッパーの創造性を向上させています。The Echo NestのAPIも、音楽ビジネスの創造性を豊かにしつつあると思います。この流れは、もしかしたら音楽の垣根を越えて、例えばテレビの世界すら変えてし まうかもしれません。

深い洞察ですね。わたしたちの周囲でも、デヴェロッパーのコミュニティが育ちつつあり、それが革新的な音楽アプリを次々と生んでいます。実際、テレビ業界 とも協業が始まっています。TVnextHackと いうボストンのイヴェントに参加しましたが、少なからぬデヴェロッパーが、弊社のAPIでテレビ的なインターフェイスを実現しようとしていました。

──今年は世界展開ですね。日本のようにドメスティックな音楽が強い地域は、大変そうです。技術的にも、ビジネス的にも。

おっしゃる通りです。50カ国以上で展開していますが、各国で音楽のビジネスモデルが異なっており、われわれはしっかりと顧客の商習慣を理解しないといけ ません。技術的にも、カルチャー解析は機械的なものではなく、各国の文化を深く理解していなければ精度を上げられません。終わりのない苦労です。しかし、 これ以上にやりがいのある仕事はないとわたしは思ってますよ。