日本のクリエイティヴは、死ぬのか?:ある映像制作会社の挑戦
マンガ、アニメ、 ゲーム──圧倒的な存在感を示してきた日本人のイマジネーション。その勢いに「陰り」がささやかれるようになった。メディアの王たるテレビ局は視聴率下落 にあえぎ、ゲーム機の販売台数は伸び悩む。クリエイティヴの花形たる広告業界には、大手企業の経営不振が暗い影を落としている。クリエイターはこの危機を どう打開するのか。世界に名高い創造力は、この国の行く末を、明るく照らしてはくれないのか?
TEXT BY SHIN ASADA A.K.A. ASSASSIN @ TAWAMURE Inc.
PHOTOGRAPHS BY YOICHI ONODA
PHOTOGRAPHS BY YOICHI ONODA
プラハを本拠地とする映像制作会社eallin。そのアジア拠点であるイアリン・ジャパンは、パペットアニメの老舗チェコと手描きアニメの雄たる日本という2つの国がルーツの、ハイブリッドカンパニーだ。東京のスタッフはいまのところ日本人だけだが、外国人もウェルカム。「いつもいい出会いを求めています」とは取締役プロデューサー笠島久嗣(写真右)の弁。
業界に風穴を開ける「チェコ帰りの日本人」
日本のクリエイターたちは随分と疲れている。制作費の単価下落に歯止めがきかない。つまり質より量を求められる。「魅せる」より「こなす」ことに終始す る。だから肉体的にも精神的にも追い詰められる。
クリエイティヴを元気にしたい。元気な会社に答えを求めたい。その声に応えてくれるのは、日本のテレビ業界に新風を吹き込む小さなディレクターズ・カンパ ニーだ。チェコで創業した映像制作会社eallin、その日本支部であるイアリン・ジャパンは今年で創業4年目を迎える。フジテレビの人気番組「ピカルの 定理」のオープニングアニメーションは、その斬新な映像感覚が評判を呼んだ。手がけたのは紛れもなく日本人。しかし並の日本人ではない。伝統的なパペット アニメーションで名を馳せるチェコで活動し、新たな感覚を手に入れた日本人クリエイターだ。彼らの仕事は、いわば“凱旋公演”である。
「どういう会社が日本にあれば面白いか……っていうところから始めています」
創業の経緯を話す笠島久嗣は、希有な切り口をもつイアリン・ジャパンの取締役、そしてプロデューサーだ。いわゆる気鋭のクリエイター。しかしおごりはみじ んも感じさせない。楽観的な言葉は口にしない。だからこそ、彼の言葉には耳を傾ける価値がある。
多彩な作風が魅力のeallin。特に東京のスタッフは「ビジネスとアートのほどよいバランス」がもち味。予算も時間も限られたなかで、しかも時差と格闘しつつ現実解として高い作家性を提供する。そのため、地理的デメリットを背負う日本人アニメーターは手描きの効率化が必須であり、直接画面に描画することができる液晶ペンタブレット「Cintiq 24HD」は、その強い味方となる。画面に絵筆を走らせてくれたのは、アニメーションに定評のある看板ディレクター牧野惇。「思い通りの線が直接描ける直感的な操作と、デジタル化によって得られるトライアンドエラーの効率化は期待以上です」。
笠島久嗣はなぜチェコへ渡ったか
彼は学生時代にCG作品で映像コンテストのグランプリを受賞し、主催したテレビ局、それも東京のキー局へ鳴り物入りで入社した。経歴は誰の目にも華やかに 映る。しかし問題はその先にあった。企業の壁がもたらす閉塞感である。
「当時は自分のなかにCG制作を外注するという発想がなかったんです。得意不得意に関係なく、参考資料を漁って、ロゴのデザインやアニメーションを自己完 結でつくろうとした。昨日はシリアスなものを、今日はキュートなものを……といった具合に」
しかもテレビの消費サイクルは短い。放送が背負う宿命だ。つくったものは流れ、流れたものは用済みになる。
「とにかく時間がかけられない。短いと3〜4日、長くても数週間。クオリティは頭打ちになる。次第に自分のなかでいつも何かの劣化コピーをつくっていると いう感覚がだんだん強くなる。その生活が続くと、どうしても不安を感じますよね」
積み重なる閉塞感は6年で限界に達する。新天地へ渡り深呼吸したいという欲求に突き動かされ、笠島は移住を決意した。もともと語学留学や旅行を通じてヨー ロッパにはなじみがある。特にチェコは、住んでみたいと思わせる国だ。いちばん引かれたのは「色彩」。
「美的感覚って、風土とか歴史とか国民性に根差している。国旗の色も、赤道直下は赤くてカラフルですよね。だけど北へ行くにつれて青みが強くなる」
とりたてて就職のあてがあるわけではない。でも不安は感じなかった。むしろ焦燥感が、そして閉塞感が勝った。自分のクリエイティヴは進歩しているだろう か。同じ環境で延々と閉じこもり、感覚を鈍らせてはいないか。
「とにかく行って、暮らして、感じるだけでも無駄じゃないだろうと。就職できないとしても(笑)。まずは環境を変えたい。そう思ったんです」
垣根を越えろ!
笠島は渡欧してから就職活動を始め、創業間もないCGアニメーション制作会社eallinへの採用を勝ち取り、そのまま3年をチェコで過ごす。首都プラハ での日々は驚きの連続だった。
「日本にいたころは、イメージが近い作品や資料を参考にして、なんとか自分でつくろうとしていました。ところが向こうでは、それを創作した当人に連絡を入 れようとする。どこの国の出身で、どこに住んでいようが、『だってそいつが得意なんだから、そいつにやってもらうのがいちばんいいでしょ』という考え方。 ぼくにはまったくない発想でした。その手があったかと。でもよくよく考えれば当たり前だよなって感じで」
理想的な仕事仲間を広く探し、予算やスケジュールが合わなければ、諦めて別の策を講じる。ごく自然な考え方だ。それを社内で賄おうとすれば、真似ごとばか りやらされるとスタッフが気落ちしかねない。盗作の疑惑も生じやすい。まず垣根を越えるというスタイルは、いいことずくめに思えてくる。
地勢の影響もあるだろう。そもそもチェコのテレビ局は国営と民放合わせて4つしかない。国内の仕事だけでは頭打ちになるから、越境する感覚は磨いておくべ きだ。チェコに限らずヨーロッパのクリエイティヴは、会社の壁はおろか国境すらものともしない。だからクリエイターは英語を公用語とする。
「日本人ってコミュニケーションをスキルだと思ってますよね……あっちはそうじゃない。できて当たり前。それに、クリエイターとしてお互いをリスペクトす る姿勢がある。真似ごとじゃなくて一緒に仕事をしたい。つくり手同士でコラボレーションしたい、という欲求がある」
しかし日本ではそうならない。なりにくい。垣根はいつも意識する。島国という地勢のなせる業だとすれば、問題は根深い。
パペット、手描き、CG。アナログとデジタルを有機的にリンクさせる手法が彼らの強みだ。
段取りがない!
あるとき笠島はディレクターとして、現地撮影スタッフを率いたミュージックヴィデオの撮影に取り組んだ。その驚くべき作法に彼は肝を冷やし、自分が日本人 であることに改めて気づく。
「普通、撮影の段取りを仕切る人(ラインプロデューサー、あるいはプロダクションマネジャー)って現場にいますよね。撮影の規模にもよりますが、あっちは いないことがよくあるんです。しかも段取りの資料が絵コンテくらいしかない。それでも『お前は監督だから、体ひとつで来い』って言うんです」
半信半疑で現場に向かった笠島は、目を白黒させる。
「当日行ったら、じゃあどうするってみんながぼくに聞いてくるんですよ!? 怒りますよね。言ってくれたら、資料つくったのに!って(笑)。ところがそう じゃない。どうする、っていうのは段取りのことじゃないんです。何をどう撮りたいか。ぼくのヴィジョンを聞いてるんですよ。で、伝えるとワーっとみんな動 き出す。プロ意識をもった人たちが、その場で判断していく」
書類で決められた通りに行動し、失敗のリスクをなくそうとする日本の現場。書類を用意せず、経験とひらめきに期待するヨーロッパの現場。その違いは明らか だ。「信頼しているんですよね。縦割りの雰囲気がない。末端まで、全員が自分の考えで動くんです。お前アレするな、コレするなっていう指示がまったく聞こ えてこない」。
チェコの現場は理想に違いない。スタッフ一人ひとりの意識が高ければ、ディレクターが用意した書類のイマジネーションを超えて、結果は何十倍にも膨らむ。
他方、日本流ならば仕事は無難にこなすことができる。だが裏を返せば、段取りの重視はスタッフの軽視だ。指示書さえ守れるなら人は誰でもいい。そういった 発想につながりかねない。段取りよりも、まず信頼ありき。期待ありき。つまり「人ありき」がチェコ流だ。
とにかく楽しむ!
ここまで聞けば、チェコのクリエイターはとびきり優秀か、並外れて勤勉なのかもしれないと邪推させられる。だが決してそうではない、と笠島は苦笑する。
「みんな、あんまり働きませんよ(笑)。食事に出かけてそのまま帰ってこなかったり、昼間っから酒飲んだりしてます。なのに、終わってみると完成品の質が 高い。よく見ると、前の夜すごく飲んだはずなのに、朝8時からバチっと来ていたりする。不思議ですよね。プロ意識が高いのは間違いない。でも時間で仕事を 管理しないんですね。日本でいう勤勉とはちょっと違う。やりたくてやっている。好きでやっているから結果がいいんでしょうね」
遊びと仕事を切り分けるのが日本流なら、遊びも仕事も地続きなのがチェコ流。ことクリエイターに限り「遊びを仕事にしている」という前提があれば、地続き のほうが際限なくクオリティは上がる。逆に、拘束された時間内はめいっぱい働きます、というもっともらしい主張が、チェコではプロ意識と見なされない。職 業としての誇りを「時間」ではなく、「最終的な結果」で測ろうというのだ。
やがてチェコの首都プラハに端を発する小さな企業が、世界の4都市にスタジオを構える大きなプロダクションへと成長する。笠島はその成長を体感できる立場 にいた。経営の責任者ルカーシュ・スカルニークは欧米やインドへ飛び市場の開拓に奔走。制作の責任者マルティン・ホボルカは引き受けたオーダーに対し本国 で制作物を仕上げる。垣根を越える。互いを信頼する。いつも楽しむ。すべてが有機的に作用し、質の高いクリエイティヴが世界を駆ける──笠島はそのさまを 眺める幸運に恵まれた、日本人の目撃者となった。
2013年はイアリン・ジャパンにとって飛躍の年だ。国外のプロジェクトへ積極的に取り組むべく、エースの牧野惇は海外駐在を視野に入れる。その穴を埋めるべくスタッフを拡充、事務所も移転した。日当たりがいい純白のオフィスは、きっと彼らの成功をあと押しするだろう。
どういう会社が日本にあれば面白いか?
笠島は3年でチェコから帰国。ごく自然な流れで「eallinのアジア拠点を立ち上げる」というアイデアに至り、日本での起業を決意する。独立採算という 甘えのないスタイルだが、プラハで意気投合した日本人留学生(手描きアニメーションを得意とする牧野惇)の存在は心強い。テレビ局時代の仲間にも声をかけ 2010年に業務を開始。以来実績を重ね、最近ではテレビ以外のジャンルへ進出するという目論見も叶った。業績の推移は極めて堅調といえる。
成功の下地には「垣根を越える」スタイルがある。日本国内の依頼を日本人ディレクターがこなす基本形に加え、海外に打診して、各国オフィスに登録済みの外 国人ディレクターと協業することも可能。逆に海外のオフィスから依頼を受け、日本人ディレクターが国外へ打って出るケースもある。結果としてテイストの豊 富さが、幅広い営業ルートを生み経営に貢献する。
理想的な響きだ。あくまで理屈のうえでは。しかし現実は厳しい。国内のプロジェクトを海外のディレクターで消化すれば利益は手元に残らない。日本人ディレ クターが競争を勝ち抜き、主体的にプロジェクトを担うことが必要だ。つまり国際基準での比較に晒されるプレッシャーは、スタッフ一人ひとりに重くのしか かってくる。
ところがイアリン・ジャパンのオフィスに重苦しいムードはない。日本人のクリエイティヴは素晴らしい。クオリティは高い。自信をもて。楽しめ。笠島の檄が スタッフを鼓舞し、支えているからだ。彼は断言する。日本人に不足しているのは才能ではなく「チャンス」のほうだと。
「映像コンテストの受賞者は毎年のように現れる。みんな優秀です。輝くものがある。でも就職してしばらくすると、なぜか“歯車”になってしまう。一方、海 外にはピカピカしたものを伸ばす仕組みがあって競争はあるけれど幸福に暮らしている。日本人をその土俵に乗っけていきたい。市場に向けて、ちゃんとパイプ を通したい」だから笠島は営業の労力を惜しまない。それも正攻法ではなく「蛇の道は蛇」を実践する。例年フランスの映像祭へ出向くが、名刺交換程度では仕 事にならないという。
「ブースを借りてテーブルを並べて、ポスター貼って……待つ。それじゃ全然ダメですね。どこの地域にも、コネクションを束でもつキーマンがいる。そういう 人が集まるパーティとか、カンファレンスを調べて、その場へ出向いて直につながる。eallinはそうしてきた」
何かを大きく変えたいわけじゃない。ただパイプを通せと彼は言う。もちろん、配管に水を流す力は必要だ。
「クリエイティヴの質以前に、日本にいるのはハンデです。北米からもヨーロッパからも遠いので、時差の壁がすごく大きい。打ち合わせは困難だし、飛行機代 は予算に響く。そのうえ英語が苦手なんて言ったら、誰も仕事なんてくれない。意識は変えていく必要があります。コミュニケーションを才能というなら、才能 は必要という言い方になる」
奇抜なアイデアよりも、まず対話。彼の下で働くクリエイターには、違った意味での覚悟が必要だ。なのに、ほかの会社を辞めて参加する者があとを絶たない。 皆が流儀に引かれてやってくる。ここに未来があると、期待している。
会社の将来像は? イアリン・ジャパンをどうしていきたい? そう問いかけると、笠島は「この場が健全に維持される」という言葉を使う。つまり、利潤追求 の姿勢をとらない。
「会社より、一人ひとりが幸福かどうかです。クリエイティヴは自己評価がとても大事。仕事をやり遂げるたびに、幸せだと自分自身で思えるかどうか……みん なで毎日ワイワイやって、とにかく楽しんでもらうしかない」
好きだから仕事に選んだ。楽しいからクオリティは上がる。それがクリエイティヴの原点。だからプロジェクトの中身にこだわる。面白みのない、稼ぐための仕 事には手を出さない。
「こういう時代ですから、いまの若い人は苦労するって覚悟はできている。大金もちになりたいとか、一発当てたいとかそういう夢じゃなくて、精神的な満足感 を重視している。そういう時代に創業した。どういう会社が日本にあれば面白いか、というところから始めた。その思いに集まってくれている。だから、その期 待には真っすぐ応えてやりたいんです」
時代は変わった。右肩上がりではなくなった。あらゆる業界が疲弊するなか、その煽りを食らってクリエイティヴは青息吐息。しかし打開策はシンプルだ。笠島 はそれを教えてくれる。
面白そうな仕事があれば人は集まる。そこに活気が生まれる。だから「パイプを通す」べきだ。革新的であれ、しのぎを削れ、などと脅す必要はない。ただ配管 をやり直す。きれいな水源から流れを引き直す。そうすれば誰でも息を吹き返す。文字通り、水を得たサカナとなる。
笠島は2回だけ「間違いない」と口にした。
イアリン・ジャパンの活躍はまぶしい。
だがその手順は奇抜だろうか。成功は偶然だろうか。誰にも真似はできないだろうか? 保証しよう。笠島久嗣は大言壮語のお調子者ではない。自分を特別では ないと言い切る、極めて冷静で自己評価の厳しい男だ。だからこそ凡庸な者をうなずかせ、だからこそ未熟な者を鼓舞する力がある。言葉の選び方にも人柄がに じみ出ていて、断定的な物言いをすることはあまりない。その彼がインタヴューで2回だけ「間違いない」と口にした。1.日本のクリエイティヴを世界が求め ている。2.住む場所としては日本が最高である。この2つは「間違いない」という。チェコ帰りの、慎重な男がそう結論している。ならば、そういうことだ。 答えは自明というわけだ。しかも、あらゆるクリエイターにとって「等しく」自明に違いない。
さて、どこから──水を引こうか。