なぜデザインにおける「引き算」は難しいのか?
シンプルさが受け
てヒットすることもあれば、当初はシンプルだったものが、時間とともに複雑になっていく例もめずらしくない。「シンプルさの秘訣は、ずばり引き算の思考ができるかどうか」だ。
TEXT BY MAT HONAN
TRANSLATION BY WATARU NAKAMURA
WIRED NEWS (ENGLISH)
TRANSLATION BY WATARU NAKAMURA
WIRED NEWS (ENGLISH)
シンプルさが受けて大ヒット製品が生まれることがある。そして、シンプルな製品はロングセラーにもなりやすい。
サーモスタット「Nest」からフィットネストラッカー「Fitbit」、HDDレコーダー「TiVo」まで、シンプル さがヒットの要因になった製品は多い。人々がNetflixを使うのも、そのシンプルさゆえのことである。また、フィッシャースペースペンやスイスアーミーナイフ、ロレックス・オイスター・パーペチュアルなどのシンプルなプロダクトは、長い年月にわたって売れ続けている。これらはすべて、シンプルさが生み出した奇跡ともいうべきだろう。
ただし、当初はシンプルだった電子機器が、時間が経つにつれてどんどん複雑になっていく例もめずらしくない。登場時の形をとどめ続ける機械仕掛けの製品が少なくないのとは、対照的だ。
たとえば、初期の電子レンジは3つのボタン(高・中・低)とダイアルタイマーしかついていなかった。それに対してLG製電子レンジの最新モデルには、33個もボタンがついている。「このボタンは自動解凍用だろうか、それとも急速解凍用だろうか」、「Less、Moreのボタンには何の意味があるのか」など、たくさんボタンがあるといろいろと紛らわしい点が生じてくる。またボタンがたくさんあるからといって、必ずしも調理が早くできるわけでもなければ、おいしくできあがるわけでもない。そして操作はややこしくなる。電子製品がどんどんと複雑になっていくのは不思議なものである。
「シンプルさの秘訣は、ずばり引き算の思考ができるかどうか」そう話すのは『Design Is a Job』著者のマイク・モンテイロ。「われわれは消費文化のなかで暮らしているが、この世界では多くをこなせることが、すなわち質の高いことと勘違いされている。そのため、製品を提供する側は市場で成功をおさめるために、より多くの機能を提供しようとする傾向がある」。仮に、マイクロソフトがOfficeの次期バージョンで機能を75%削ると発表したら、どうなるだろうか(ずっと使いやすくはなるだろう)。ただし、マーケティングの観点からはそんなことをするわけにはいかない。
アップルを例にとってみよう。同社はシンプルさに救われた企業のひとつで、「iMac」に始まり、「OS X」「iTunes」「iPod」「iPhone」「iPad」とヒット商品を連発してきた。しかし、アップルが強大な企業に成長するにつれ、同社の製品にも複雑さが忍び込んできた。たとえば、iOSの「Newsstand」アプリはその一例。このアプリでは、ユーザーは読みたいものを開く前に、木製の本棚を模倣した安っぽいデザインのアプリを開かなければならない。
さらにiTunesの場合はもっとひどい。「シンプル」をうたう最新版の「iTunes 11」は反応速度こそ軽快になったものの、不要な機能や不可解なインターフェイスが多く残っており、メインの機能──つまり「音楽の再生」が忘れ去られてしまっているようにみえる。それでもアップルには希望が残っている。ミニマル・デザインの主導者であるジョニー・アイヴが、ヒューマン・インターフェイス部門のトップに就任したからだ。同社製品のデザインがシンプルなものへと回帰するのは、ほぼ間違いないだろう。
同じくシンプルなインターフェイスで知られるグーグルの場合も状況は同じ。グーグルは簡素な検索ページで、検索(広告)業界のトップに長年君臨してきた。そのシンプルさは「Google」という言葉が(「検索する」という意味の)動詞になったほどだ。ただし、Facebookが台頭してくるとともに、グーグルの検索ページはほとんどの人が全く使わないような機能やボタンでゴチャゴチャしてきた。さらに悪いことには、検索結果にも手が加えられるようになった。たとえば「ピザ」と検索すると、ピザに関連する広告や「Zagat」に含まれる飲食店の情報、さらにはピザの言葉が含まれるニュースまで表示されるようになってしまった。
そんなふうにして、アップルやグーグルが複雑さの泥沼に足を突っ込むいっぽうで、ネットラジオのRdioや検索エンジンのDuckDuckGoのような、シンプルさを売り物にする新しいサーヴィスが勢いを増しつつある。どちらのサーヴィスもすっきりとしたインターフェイスが人気を博し、熱心なユーザーを獲得している。
また、マイクロソフトも最新OSのWindows 8では、シンプルさを全面に打ち出してきている。同OSのインターフェイスや、見苦しいボタンの類を取り去った全画面表示のアプリは、じつにシンプルなものである……ただし、実際には従来のデスクトップUIも残っていたりする。
シンプルさというのは、実際にはとてもシンプルなことだ。市場の要請に抗って、さまざまな機能を省くだけでいい。新たに何かを付け加える代わりに、何かを取り除けばいい。 つまり、ちょっとした勇気の問題なのではないだろうか。