ジョルジェット・ジウジアーロ ×
ワルター・デ・シルヴァ ×
和田智
ゴルフのデザイン
ワルター・デ・シルヴァ ×
和田智
エバーグリーン、とも評される「ゴルフ」のスタイリング。フォルクスワーゲンのデザイナーは、なにを考え、新型ゴルフを送り出したのか。2013年5月20日に、東京都体育館のアリーナを使っておこなわれた発表会場から、デザイナーの鼎談をお送りする。
ゴルフのモデルチェンジとは?
和田智(敬称略・以下和田) 新型ゴルフの発表会に呼んでいただいて光栄です。僕は、アウディ デザインに籍を置き、「A5」、「A7」を手がけたとき、デ・シルバさんと一緒に仕事をさせてもらいました。ここでは、新型ゴルフのデザインにまつわる話を聞かせてください。ワルター マリア デ・シルバ(同・デ・シルバ) 今日は東京に来られて嬉しくおもいます。新型ゴルフは欧州のカー オブ ザ イヤーを受賞しました。私たちにとって、ゴルフの開発はたいへん重要です。なにしろ(フォルクスワーゲンの本社がある)ウォルフスブルグで40年にわたり2,900万台がつくられてきたのですから。ゴルフの進化とは、繰り返さないように繰り返していくむずかしさを伴います。
ジョルジェット ジウジアーロ(同 ジウジアーロ) 私の子どもが私に似ているように、クルマでも受け継がれていくものがあります。ゴルフでもおなじだとおもいます。ゴルフとして継承されていくべきものがあります。
デ・シルバ フォルムやディテールがまったく変わってしまうと、もはや継続性における論理はなくなってしまいます。多くのクルマはあたらしさを念頭に、変化していきますが、ゴルフはことなります。
水平ラインを基調に、太いCピラーと美しいボディパネルなど、ゴルフをゴルフたらしめている特徴を大事にしています。
和田 ジウジアーロさんが、初代をデザインしたとき、大切にした要素はなんでしょうか。
ジウジアーロ 1970年代でしたね。フォルクスワーゲンがビートルに代わるモデルを考えなくてはいけない時期でした。彼らが求めていたのは、量産でき、価格がそれなりに低く経済性も高い、というモデルでした。私はそれを念頭にデザインしました。
デ・シルバ クルマがモデルチェンジをつづけていくなかで、技術発展や操縦性の向上など、アップデートする要素はいろいろありますが、VWは文化的側面をなによりも大事にしてきたとおもいます。VWが重要だと考えているのは、クルマの民主化。つまりいいクルマを安く供給 することです。
ジウジアーロ 私が考える本当のデザイナーとは、クルマの核をきちんととらえて、企業の立場にも立てる人間です。初代ゴルフが評価されたのはなぜかと考えると、けっして、ルックスだけではないでしょう。アーキテクチャー、つまり、エンジンを含めたパッケージと価格が成功の要因だったのではないかと。ならば、モデルチェンジのときにも、そこを放棄してはいけません。
1ミリの美
和田 自動車のデザインというと、審美的な価値と、機能美と、それにコストと、さまざまな要素が複雑にからんできます。とはいっても、一般的にはルックスはとても重要だし、それが商品力につながります。デ・シルバ 私にとって美とは、いってみれば世界をよくするものだとおもいます。ではクルマにおける美とはなにか、というと、正しいプロポーションがもっとも大事ではないでしょうか。サトシ(注:和田のこと)がアウディにいたときは、いつもミリメートルのごくごく微少な領域で議論をしていました。このキャラクターラインをあと0.5ミリ下げろとか。
和田 そうすると、びっくりするほどデザインがよくなるんです。
デ・シルバ 本当の美とは細かなところから生まれてくるべきものなのです。
ジウジアーロ そうです。1ミリの単位で美は生まれるのです。デザイナーはそこに意識的であってほしいです。無頓着だと、視覚の汚染としかいいようがない建物などが生まれて、町の景観がめちゃくちゃになってしまいます。
和田 クルマをデザインしていくうえで、大事にしているものはなんですか。
デ・シルバ クルマいがいでも、カメラだってイスだって、美しくなくてはいけませんが、もうひとつ、適正なコストで販売されなくてはいけません。デザイナーはつねに、この2つを意識する必要があります。
ジウジアーロ 私たちはエゴイストで、自分がかわいくて、存在感を主張したいですから、つねにひととちがったものをつくりたいという気持ちがあります。しかし、機能性に軸足を置き、自分のやりたいことを軌道修正するのも、プロとしては大事です。デザインがマーケットに理解されて売れる。そうでなければ、デザイナーの存在価値がありません。自分だけがいいとおもっているのでは不十分で、ユーザーの理解を得られる商品をデザ インしなくてはならないのです。
ゴルフだけがゴルフを受け継いでいる
和田 商品には生命があると言いますね。デ・シルバ 私は、自動車デザイナーに必要なものは倫理だとおもっています。適切な倫理観をもちながら仕事をすればいいものができます。トレンドなどに気をとられる必要もない。クルマは、巨額の投資をして開発され、6、7年は売れつづけないといけません。わずか数カ月でみんなの興味がなくなるようなものをつくるのは間違っています。
ジウジアーロ 私がデザインにおいて心がけているのは、ていねいに、細かく、かつおおげさに主張せず、偽物っぽくならないように、ということです。音楽にたとえれば平均律のようなものが、クルマのデザインの世界にもあるのです。それを大切にすることが、ゴルフのようにずっと愛されるデザインを生むきっかけをつくってくれるのではないでしょうか。
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デ・シルバ ゴルフでいうと、機能性とエモーショナルな要素をいかに結びつけるのが重要とおもっています。ゴルフにエモーショナルな要素は少ないというひともいますが、「GTI」もあります。ゴルフ特有のシンプルなラインでデザインされているにもかかわらず、充分エモーショナルでしょう。
ジウジアーロ 初代ゴルフのとき、おなじようなプロポーションのクルマはありませんでした。それでインパクトは強烈でした。しかも誰がみてもわかりやすいアイデンティティがありました。
ここにいたるまでに、ライバル会社がおなじようなモデルをつくりましたが、つづけているところはありません。ゴルフだけがゴルフを受け継いでいます。そのスタイルは、シンプルすぎるという批評もありますが、洋服とおなじかもしれません。日本でも欧州でもおなじデザイナーの服を売っていますが、着ているひとたちは明らかに雰囲気がちがう。行動様式がちがうからです。
デシルバ やや繰り返しになりますが、あたらしいゴルフでもディテールの煮詰めがなにより大事だと肝に銘じて、私たちはデザインをしました。10分の1ミリまでラインにこだわりました。
デザインを変えることは難しいことではない
和田 イタルデザイン ジウジアーロは、2010年からフォルクスワーゲン グループに入りましたね。デ・シルバ 大きな力になってもらっています。でもマエストロ(巨匠=ジウジアーロのこと)と仕事をするのは大変ですよ(笑)。誰もマエストロのボスにはなれないから。
ジウジアーロ そうですか(笑)。フォルクスワーゲンのデザインにとって、ミスター デ・シルバが要職にあることは、とても大きなプラスになっています。デザインの質やプロポーションの決定にあたって、彼のような目利きが判断を下すことがとても重要なのです。さまざまな提案が出てくるなかで、しっかりとした基準をもっているひとがトップにいるのが重要なのです。
デ・シルバ 15年前に私がフォルクスワーゲングループに採用される際、マエストロが大きな助言をしてくれたのを感謝しています。
和田 ところで、新型ゴルフのデザインは、どのように決定しましたか?
デ・シルバ 歴代モデルとの共通点は、Cピラーですね。ゴルフの特徴です。大きなちがいは、技術です。たとえばガラスですが、以前ではできなかったぐらい大きな曲率が可能になりました。
ドアのギャップも3mmなんて、少し前は不可能とおもわれていたことが、ゴルフでは可能になりました。それが現代のデザインです。
ジウジアーロ 革命的なデザイン変更は、じつはむずかしいことではありません。でも、消費者の好みに合わなかったら?やはりゴルフのようなモデルでは、コントロールされた進化が必要なのです。
デ・シルバ ゴルフはスタイリング志向というよりプロダクト志向です。ゴルフにおける美とは機能のことなのです。
かつ、新型ゴルフの特徴として、MQBというエンジン横置きのプラットフォームを使っていますが、20年前、フォルクスワーゲン グループでは傘下のブランドがすべてことなったプラットフォームを用いていました。
それが現在では、ひとつのプラットフォームで、VW、アウディ、セアト、シュコダという4つのブランド、そして29におよぶモデルをカバーしています。私がそのなかでゴルフだけ強い差別化をしようとすれば、上司はいい顔をしないでしょう。
それが現在では、ひとつのプラットフォームで、VW、アウディ、セアト、シュコダという4つのブランド、そして29におよぶモデルをカバーしています。私がそのなかでゴルフだけ強い差別化をしようとすれば、上司はいい顔をしないでしょう。
ジウジアーロ いまは社会情勢や経済が不安定であまり浮かれていられないし、いっぽう自動車では安全基準や燃費のハードルがますます高くなっています。そこで成功するには強い組織力が必要だし、また高い知性や経験値が求められます。フォルクスワーゲンの優位性が発揮される時代だとおもいます。
ゴルフはそんな時代の要求に応えるものを備えています。安全性でも燃費でもレベルが高いし、ディテールやクオリティが完璧である、緻密なデザインです。それらが日本人の好みにぴったり合うとおもいます。
golf 7 先代の少しもっさりした感じがとれて、きれいになった。
Audiもこれぐらいエッジをきかせるといい気もするけど、それはAudiじゃなくなるのか?
ゴルフはそんな時代の要求に応えるものを備えています。安全性でも燃費でもレベルが高いし、ディテールやクオリティが完璧である、緻密なデザインです。それらが日本人の好みにぴったり合うとおもいます。
golf 7 先代の少しもっさりした感じがとれて、きれいになった。
Audiもこれぐらいエッジをきかせるといい気もするけど、それはAudiじゃなくなるのか?
Walter Maria de’Silva|ワルター マリア デ・シルヴァ
フォルクスワーゲン グループのデザインを統括。1951年、イタリア生まれ。デザイナーのキャリアは、72年にフィアットからスタート。77〜86年はイデア、86〜99年はアルファロメオのデザインスタジオのディレクターを務める。99年にフォルクスワーゲン グループに入り、セアトのデザインディレクター。そのあと、アウディ グループでアウディとランボルギーニのデザインを統括し、2007年から現在の立場に。 |
Giorgetto Giugiaro|ジョルジェット・ジウジアーロ
1938年、イタリアうまれ。52年に、名車フィアット「600」などを設計したダンテ ジャコーザの助力でフィアットに入社したのがキャリアの出発点。59年、カロッツェリア ベルトーネに移り、66年にカロッツェリア ギアへ、そして67年に自らの会社、イタルデザインを、技術者アルド マントバーニとともに設立。キャリアのなかで、欧日米さまざまなメーカーのためにすぐれたクルマをデザインしてきた。イタルデザインは、設計から生産まで一貫してメーカーのための仕事ができるので、業績を伸ばした。2010年よりフォルクスワーゲン グループ傘下に入り、イタルデザイン ジウジアーロに。 |
Satoshi Wada|和田智
(株)SWdesign 代表取締役 CEO。1961年、東京生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒。84年、日産自動車入社、初代セフィーロ、初代プレセア、セフィーロワゴンや電気自動車ハイパーミニなどを手がける。98年、アウディAG / アウディ デザイン入社。A5、A7、A1など担当。2010年、SWdesign TOKYO 設立(Audi designパートナーシップ)。12年、「ISSEY MIYAKE WATCH "W" 」を手がける。 |
PMA 1/43 VW ゴルフ GTI 1985 ホワイト
VW特注 1/18 フォルクスワーゲン ゴルフ 7 TSI 5ドア (ブルー) VW GOLF 7