圧縮された「伝える」が、「伝わる」状態で解凍される。
そのコミュニケーション技術に、まだ名前は存在しない。
NOBUHIRO JOGANO
城ヶ野修啓
ソニークリエイティブセンター
アートディレクター
×
HIROSHI HOMURA
穂村 弘
歌人
「 ソニーというブランドからなにを想起するか」と 街ゆく人に尋ねたならば、おそらく100人が100人、 自分とソニーにまつわる「個別の物語」を語りはじめることだろう。
創業から70年を数え、社会に敷衍し、人々の無意識に棲息する 存在となったソニー。しかしそのブランディングは、簡単なようでいて 思いのほか難しい。毎度緻密なチューニングを施さなければ、「 伝えたい」ことが「伝わらない」からだ。 城ヶ野修啓は、その難儀な作業を担うメンバーのひとりである。
日々、コミュニケーションの深淵さと向き合っているその城ヶ野が、 どうしても会ってみたかった人物がいるという。歌人の穂村弘だ。 たった31文字の短歌に、めくるめく感情を圧縮してみせる 超ウィザード級の言葉の使い手から、城ヶ野はいかなる術を授かったのか。
2016年12月。歌人・穂村弘は、久方ぶりに銀座ソニービルを訪れていた。折しもビル内は、ソニー創業70周年、ソニービル開館50周年を記念した「It’s a Sony展」で賑わっていたが、その会場ディレクションを務めたのが、これから対話をする城ヶ野修啓(ソニークリエイティブセンター)であることを、このときまだ穂村は知らない。
エレベーターで7階まで上がると、穂村は、盛田昭夫がこよなく愛したという「応接室」へ通された。穂村と城ヶ野の対話は、一字しか違わないものの、その実まったく異なる2つの言葉、「伝える」と「伝わる」についてから始まった。
〇・五秒のコミュニケーション
穂村弘(以下穂村 ) 「 伝える、伝わる」という題で反射的に思い浮かべたのは、以前、小説家の三浦しをんさんと公開対談をしたときのことです。そのときのテーマについて、いろいろ調べてきたし、聴衆にもしっかり伝えようと思ってがんばってたくさん喋ったのですが、後半になってだんだん疲れてきて、AKB48のことを思わず「エーケーベー」って言っちゃったんです。そうしたら客席がメチャメチャ喜んで。サラッと流して次の本題に行こうとしても、笑いが収まらず、ずっと「べー」
「 べー」という囁きが止まない。
事前にいろいろ予習して、たくさん喋ったのに、あの日のお客さんはぼくが「エーケーベー」の人だってことをもち帰っちゃったと思うんです。
そのとき、伝えようとしたことと伝わったことのギャップに、恐ろしさを覚えました。そんなこと、予測なんてできないし。
穂村 弘 | Hiroshi Homura
1962年北海道生まれ。歌人。短歌のほかに詩、評論、エッセイ、絵本、翻訳などを手掛ける。歌集に『シンジケート』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『ラインマーカーズ』。詩集に『求愛瞳孔反射』。エッセイ集に『世界音痴』『もうおうちへかえりましょう』『現実入門』『本当はちがうんだ日記』『にょっ記』『もしもし、運命の人ですか。』『絶叫委員会』『鳥肌が』『短歌の友人』『はじめての短歌』など。『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞受賞、『楽しい一日』で第44回短歌研究賞受賞、『あかにんじゃ』(絵・木内達朗)で第4回ようちえん絵本大賞特別賞、石井陽子とのコラボレーション『「火よ、さわれるの」』でアルス・エレクトロニカ・インタラクティブアート部門栄誉賞を受賞。
別の講演会のときは、終わってから評判が気になって検索してみたんです。その日は、講演だからと張り切って新品のシャツを着ていったのですが、折り目がついていたらしいんですよ。なので、
「 シャツがおろしたてだった」っていう意見がいっぱい出てきて(笑
) 、これまた、予期せぬことが伝わったんだなって驚きました。
城ヶ野修啓(以下城ヶ野 ) お客さまって、こちらの意図と違うところを拾いますよね。ぼくは普段、ヴィジュアルでお客さまとコミュニケーションを取っているのですが、穂村さんの『はじめての短歌』の冒頭にある「〇・五秒のコミュニケーションが発動する」を読んで、すごく共感したんです。
空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋はそういう状態
平岡あみさんという当時中学生だった女の子の歌を取り上げ、穂村さんは次のように「改悪」してみせましたよね。
空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋は散らかっている
もしビジネス文書なら、誤読が起きようのない「改悪例」の方がいいわけだけれど、短歌としてみると、
「 散らかっている」じゃなくて「そういう状態」とした方が、
「 えっ、どういう状態?」となって、0.5秒くらい考える。その一瞬考えることが、コミュニケーションなんですと仰っていたことに、唸らされたんです。
「 散らかっている」という言葉はラベルだから、それをぺたりと貼られると、心が動かない。だけど「そういう状態」というのは明確なラベルじゃないから「え、そういう状態って?」という心が発動する。
そう書かれているのを読んで、ぼくたちが普段やっているコミュニケーションに必要なことは、これなんじゃないかと思ったんです。
城ヶ野修啓 | Nobuhiro Jogano
1977年鹿児島県生まれ。ソニークリエイティブセンター
アートディレクター。2000年東京理科大学理工学部建築学科を卒業後、ドローイングアンドマニュアルを経て、08年にソニーへ入社。グローバルブランドメッセージのモーショングラフィック制作、製品・サーヴィスのロゴやプロモーション映像などのコミュニケーションデザインを担当。直近では、新規事業創出プログラム(Seed
Acceleration Program)の立ち上げに参画し、クラウドファンディングとEコマースを兼ね備えたウェブサイトFirst Flight のアートディレクションを手掛け、また、銀座ソニーパークプロジェクトではソニービルのリニューアル計画策定、イヴェントの企画・実行に携わっている。
ぼくはデザイナーとかクリエイターとか呼ばれますが、会社に所属しているビジネスマンでもあります。
ソニーは、おもしろいことをやってくれる会社だと思いながらも、一方では、売上げを立てなければいけないという普通の会社的な部分も当然ある。そのなかで、お客さまの人生にどう伝わるものをつくれるか、ということをやりながら、同時に、売上げも立つように伝えていかなければいけない、というせめぎ合いが毎回あるんです。
穂村さんが歌われている短歌って、そういう世俗の世界とは乖離しながらも、読者にどう残していくか、ということを常日頃からやっているのだなと、改めて知りました。
普段歌を詠まれる際には、どういった方を想定して創作されているのでしょうか?
穂村 小説に代表される散文と、ぼくが書いているような詩歌韻文には、若干違いがある気がしています。散文は、一応読者のイメージはあると思うんです。でも、詩を書く人は多分、一義的にはそういう対象イメージをもっていない人が多いですね。
もっている場合も「死んでしまった恋人」とか、なんというか生身の読者ではないイメージなんですよ。極端にいうと神さま。歌や詩というのは、元々、雨乞いとか国褒めとか呪術的なところが発祥だから。普通の散文が水平方向の読者に向かって書かれるとすると、もっと垂直に向かって、お祈りみたいなイメージで書かれることが多いと思います。
「 ブランドってお客さまのなかにある信頼なので、その信頼をどうかたちづくっていくかという進行形が、ブランディングなのだと思います。だから、こちらの都合で無理矢理ストーリーをつくってしまうと、穂村さんのような鋭い人には違和感をもたれてしまうんです」( 城ヶ野)
お客さまは神さまなのか?
城ヶ野 ぼくらの仕事ではよく、
「 この製品のターゲットとなるペルソナは、こういう方たちなので」といったマーケティングによって、コピーやヴィジュアルの筋道ができあがっていくのですが、ぼくはあんまりペルソナって信じていなんです。
実際に会ったことがないし、想像してもどこかボンヤリとしてしまいます。なので、自分の身の回りにいる特定の個人を想起して、その人だったらこの製品をどう受け止めるだろうか、どうしたら伝わるだろうか、という風に考えています。それが同僚の場合もありますし、妻の場合もありますし、あとはデジタルとかインターネットとかに触れていない、うちの親を想像する場合もあります。生っぽいといえるかもしれません。
ぼくたちはいま、インターネット経由でさまざまな情報にアクセスして、それで知った気になっていますが、自分のキャラをよく知っている友人や相方が、ぼくが発していない言葉を汲み取ってなにかを提示してくれた方が、よっぽど腑に落ちることがたびたびあるんです。
それを反転すると、ぼくらがなにかを伝えなきゃいけない側にいるのだとすれば、腑に落ちさせるには、言葉じゃないところの表情を常に探っていかなきゃいけないなって思うんです。それがなにかを見つけるのが、いつもすごく難しいのですが。
穂村 ユーザーの意識って、昔より厳しくなっているって感じがしませんか? というのも、本の献辞ってありますよね。
「 ○○へ」とか。あれを本に入れたことがあって、そうしたら読者から「これは『○○へ』って書いてあるから、なんでこんな本をお金出してわたしが買わなきゃいけないんだ」っていう感想をもらったんです。その感覚って、昔はなかった。
いまのお客さんって全能感が強くて、つまり極端なことをいうと、
「 ○○へ」の「○○」に自分の名前がないと違和感を覚えてしまう。
だから、たとえば死んだ恋人の名前を作者が書くと、それがロマンティックで「きっとこの本はいいはずだ」という発想ではなくて、
「 じゃあ死んだ恋人が読めばいいじゃん、わたしは買わないよ」っていう。そのときも、ぼくは恐怖を覚えましたね。
こういう抑圧のなかでは、意外性のある発想なんて出てこないですからね。詩や短歌は、死者とか未来人とか異星人とか、とても遠い、普通では届かない人に向かってつくったものがやっぱりいいって思うのだけれど、その良さが、昔より伝わりにくいというのが現状だと思います。
城ヶ野 仰る通り最近のお客さまは、こちらの思いが強すぎると「これは自分に関係ない」ってすぐに判断されてしまうので、なるべく、
「 自分で情報を得た」という感覚をもってもらうように心がけています。
ソニーには、とんでもなく優秀なエンジニアがたくさんいるのですが、彼らインハウスの人たちの強い思いをぼくらが受け、その鉾先がそのままお客さまに向かないように、ちょっとずらすという作業をしているんです。
こちらの「伝えよう」という意識を出し過ぎず、余白を大事にするというか。ブランディングの仕事だったりすると、お客さまの捉え方の幅やおもしろいと思ってくれる範囲が非常に広いので、なるべくその余白を残しながら伝えたいと、最近は感じています。
圧縮と解凍
城ヶ野 短歌や詩は、文字数というかデータ量が圧倒的に少ないですよね。
でも、それに比例して情報量が少ないわけでは決してありません。
短歌や詩では、どういうプロセスで情報の圧縮をしているでしょうか?
穂村 普通の散文的情報が「言葉の足し算」だとすると、詩歌はかけ算のイメージです。
たとえば俳句なんてすごく短いけれど、季語×なんとか×なんとか、という数文字で、膨大な情報量になるわけです。
ただ、足し算よりかけ算の方が難しいように、読む側からすると、負荷がかかっちゃうんですよね。だから、そのハードルを超えてくれる人にしか情報が手渡せないというジレンマがあります。
ぼくはよく比喩で、圧縮と解凍という言い方をするけれど、受け手側に解凍ソフトがないと、圧縮された情報をいくら開こうとしても開けないんです。それがまさに、詩歌のハードルです。
穂村と城ヶ野の対話は、途中から応接室を飛び出し、 「It’s a Sony展」を巡りながら続けられた。
城ヶ野 その解凍できない人って、ぼくも含めて結構いるわけじゃないですか。それはそれでいいかな、という感覚なのですか?
穂村 いえ、いつも絶望しています(笑
) 。
椎名林檎の歌詞って、すごく難しいでしょ? だけど、彼女の声や表情やパフォーマンスを一緒に見ると、すごく入ってきますよね。歌詞カードだけ見たら「こんなの絶対わからないよ」って思うのに、あの表情や声で聴くと、何十万、何百万の人が共感するわけですから。
マンガだって、
『 ジョジョの奇妙な冒険』とか『ハンター×ハンター』とか、どれだけ高度なことやっているんだって思います。膨大な情報量なのに、みんな喜んで読むでしょ。彼らがやっていることも絵と言葉によるかけ算だと思うんです。でも、それがハードルとして意識されずに、すごくポピュラリティがある。だから、マンガや音楽に対する憧れと嫉妬はすごいですよ(笑
) 。短歌なんて、書いても誰にも相手にされませんから。その絶望感ってやっぱりある。
Twitterが出てきたとき、あれを31文字設定にしてくれていれば、短歌を強制的に書かされる世界になっていたわけですよね。いきなり全員が歌人。31文字でなにかを伝えろと言われたら、強制的に圧縮と解凍を訓練することになるから、みんな、短歌が作れて読めるようになっていたはずです。実に惜しかった(笑
) 。
城ヶ野 確かに(笑
) 。
でもその場合の圧縮と解凍の方式というは、穂村さんのオリジナルなんですか?
それとも、ジャンルに共通するプロトコルみたいなものがあるのでしょうか?
穂村 ある程度は共通しています。マンガをどうやって解凍しているのか人と付き合わせたりはしませんが、昔、母親から「マンガって文字から読むのかい? 絵から見るのかい?」って言われて、
「 あっ、これが解凍ソフトがない人の世界の見え方なんだ」って思ったことがあります。
もちろん、ぼくらはどっちから読むかなんて意識しませんよね。子どものころから無意識のうちに解凍ソフトを仕込まれているので。おそらくうちの親とか日本のマンガに慣れていない外国の人は、
『 ジョジョ』や『ハンター×ハンター』なんて高度すぎて読めないですよ。
城ヶ野 そこを毎回悩むんです。解凍ソフトをもっていないお客さまに対して、解凍ソフト付きで渡しちゃうと、なんの情緒もなくなってしまうことがものすごく多い。
解凍ソフトって、ぼくらの場合だと説明文だったりするのですが、それがエクスキューズのように付いてしまうと、元々もっていたよさが消えてしまう。そのバランスは常に悩みながらやっています。
「 伝わらなくてもいいんだ」って思いつつ、半分は伝えたいって。
なので最近は、すべてをいっぺんに伝えるのを諦めているというか、やらないようにしています。それを意識しないと、無理矢理伝えようとしたり、相手が呑み込む前に全部伝えようという姿勢になってしまうので、ちょっと足りないくらいの情報で、
「 えっ、どういうこと?」って訊いてもらえるような、それがコミュニケーションの始まりかなと思うんです。
人それぞれのウォークマン体験
城ヶ野 あるとき、いろいろ資料をつくらなきゃいけないことがあって、過去の資料をさんざん探し回ったんです。そのなかにウォークマンを発表した当時のアメリカの雑誌『ピープル』があって、ニューヨークのワシントンスクエアかどこかで、盛田昭夫がウォークマンを聴きながら踊っている写真が掲載されていました。それを見たとき、
「 あっ、これがウォークマンだ」って思ったんです。
「 ぼくが持っていたウォークマン2は、これかな」( 穂村)
人によって、ウォークマンといえばプロダクトかもしれないし、街中をダンスホールにした存在かもしれないし、サルのCMかもしれないけれど、まわりの誰も体験していないことを真っ先に愉しんで笑顔で踊っている姿こそがウォークマンだなって。
その体験があったので、1年ほど前に創業70周年を記念するビデオをつくったときも、歴代の代表的な商品を露出していくより、各世代の人が真っ先に体験した表情を切り取る方がソニーっていうものを感じてくれるのではという思いをもって、映像を仕上げたんです。
穂村 確かに、ウォークマンには世代それぞれの思い入れがあると思います。ぼくがはじめて買ったのは「ウォークマン2」で、まだ学生でしたが、世界の見え方が変わる感覚をもちました。
そのとき、
「 これってもしかしたら禁止されるかも」って思ったんです。
一種の危険物というか、全員がこれを体験したら、よくわからないけどいろいろなことが変わっちゃうから、いまのうちに聴いておかないと禁止される可能性があるって感じたんですよね。
城ヶ野 穂村さんの感性は、やっぱり尋常ではないですね(笑
) 。
VIDEO
城ヶ野が中心となって制作された、創業70周年記念ビデオ。「ソニーの歴史。それは、ただプロダクトを作ってきた歴史ではない。」というメッセージから始まる。
ソニービル、公園になる
城ヶ野 いまぼくらがいるソニービルは、2016年に開業50周年を迎えました。
そして、2017年4月から現ビルの解体が始まり、2022年に新しいビルへと生まれ変わります。ただ、いきなり「壊します」といって囲いがなされ、それがあるときパカッと取れたら新しいビルができあがっていた、という今日的なスクラップ&ビルドをなぞるだけだと、あまりにもつまらないというか殺伐としているので、2018年夏から20年秋までの約2年間、ここを街の余白にするべく、
「 銀座ソニーパークプロジェクト」と題して公園にすることにしたんです。
その一環として、ソニーが歩んできた70年の歴史を振り返る「It’s a Sony展」を開催しています。この2つのプロジェクトに、ぼくも深く関わらせていただいています。
ぼくらの商品ってなんだったんだろうって思いながらSNSでのみなさんの反応をみていると、
「 この商品すごかったね」というより、先程の穂村さんのウォークマン2のお話のように、
「 修学旅行のときに見栄を張ってこのウォークマンを小遣いで買った」とか、自分の思い出をリマインドするかのように発信している人がいっぱいいました。
そういった意味では、
「 お客さまのなかにあるソニー」というものを、引き出せたのかなって。
穂村 この場所が公園になるのはインパクトがありますね。そういう感覚って、どんどんなくなっていきますよね。
短歌の本って、本のなかに余白が多いじゃないですか。
すると、
「 コスパが悪い」って言われるんですよ。文字数あたりの値段が高いって。
コスパの、コストもパフォーマンスも、すごく意味が限定されちゃっているわけですよね。
元々日本には、そうではない感性が強くあったはずです。文字が少ないことの凄みとか余白の美とか、あるいはそれゆえの再読性とか音読性とか暗誦性とか、そういう伝わりづらい要素を価値として捉える感覚があったはずです。でもいまは、コスパという言葉に代表される価値の一元化によって、それがとても伝わりにくい。
城ヶ野 そうした状況に、穂村さんは抗おうとされているのでしょうか?
それとも時代の趨勢として、受け入れていくというか、流されていかざるを得ないのでしょうか?
穂村 自分のなかに、せめぎ合いがありますよね。
あるリアルな風景を見ていても、退屈してクリックとかしたくなる(笑
) 。
「 別のウィンドウ開けないのかな」って。
でも、うちの父なんかには、そもそもウィンドウとかクリックとかいう概念がないので、たとえば一緒に山に登っていても、見えている風景が全然違うんですよね。
短歌には叙景歌というジャンルがあって、風景や自然物を歌った古典和歌がいっぱいあるわけです。そういう昔の人たちの感覚に、われわれは全然敵わない。
景色と一体化する力はどんどん弱くなっていて、クリックどころか電灯ができただけで、たとえばホタルの光を歌に詠む力が失われていくわけです。
明かりというものが太陽と月と星と炎しかなかった時代のホタルの短歌は鮮烈です。
でもわれわれはもっとすごい人工の明かりをたくさん知っているから、ホタルがいくら天然モノですごいと頭の中で補正しても、本当には没入しきれないんですよね。
城ヶ野 時代性という意味でいうと、
「 いまの時代のホタル」のようなものを、圧縮して歌に込める必要があると感じていますか?
穂村 ひとつには、
「 風景をクリックしたくなる」っていう倒錯した感受性そのものを残すということがあります。それを快楽として感じてしまうっていう時代的の感性の記録みたいな意味合いで。
もうひとつは、そうはいっても変わらない不如意もあるわけです。
たとえばどんなに高性能なスマホでも、死者に電話はかけられない。これは、昔と変わらないわけです。死んだ人のことを歌ったものを挽歌といいますが、それを歌うときの立場は、いまも昔も変わらない。
昔は、都と東国ではめちゃ遠いわけです。おそらくいまの海外よりも。
見たことのない鳥が飛んでいて、地元の船頭さんに「あれはなんていう鳥か」と訊くと、
「 都鳥」だという。そこで「都鳥っていう名前なら、お前、都に置いてきたわたしの妻や子どもが元気か教えてくれ」みたいな意味合いの短歌が生まれるけど、ぼくらはスマホや新幹線があるので、違う感性になっていく。それを残す意味もあると思っています。
城ヶ野 都鳥的な感覚を普段から残しておくのは、なかなか意識しても難しいですよね。
どんどん便利な世の中になっていくわけですから。知識として「知る」ことは容易になったと思うのですが、
「 実感すること」ってものすごく大変になってきていると思うんです。
ぼくはど田舎の出身なのですが、たとえば田植えしたての田んぼに入ると、山から入ってきた水がすごく冷たいんです。でも水面から5㎝下の泥は、太陽の光を受けているので温かいんです。そういう複合的な実感というか感覚を街中で体験するのって、この時代ではとても難しいのですが、見えなくなってしまったそういう部分をテクノロジーやコミュニケーションを使って掘っていけば、都会の真ん中もおもしろくなるのではないかという予感がするんです。
穂村 そういう体験や感覚があって、しかも、こんな都会でこんな仕事をしているというギャップは、すごい財産なんじゃないですか。そこをどんな風に往還できるかで、その「見えなくなってしまった部分」を見つけ、その人らしく創作できるような気がします。
年上の人と話をしていると、戦後初めて砂糖を食べたときに「白いなぁって思った」とか言われて、圧倒されるわけです。
そんな体験をぼくらはしていないから、下の世代には冗談で、
「 昔のコンビニのおにぎりはつくりづらくて、海苔とごはんを合体させるやり方もバラバラで混乱したものだよ。
いまや一種類に統一され、かつ簡単になったから、その苦労はキミらにはわからないだろう」って言ってみたり。
あと、
「 キミらは生まれたときからコンビニにハーゲンダッツがあったらしいじゃないか。ぼくらは、あれを食べるために炎天下に並んでね…」みたいな。
ギヴミーチョコレートの体験は、実はどの世代にもあるわけですからね。
城ヶ野 穂村さんは、そうして「ギヴミーチョコレート」と「ハーゲンダッツ」を並列して捉えられますが、多くの人は、その感覚センサーをもち合わせていません。
仰る通り、いまの人にも「世代ならではの体験」ってほぼ均等にあるはずなので、ぼくとしてはなるべくギアをニュートラルにして、彼らのギヴミーチョコレートはなんなのかを見つけていけたらいいなと。
そうやってユーザーがもっている感覚とか経験値というものを信じながら、こちら側の度量が試されるということになるのかなと。
あえて間とか余白をもったうえで、伝える。提示する。その腹づもりが、今日穂村さんのお話をお訊きしていてできた気がします。
穂村 たとえばフィギュアスケートの中継を見ていると、解説者が「トリプルルッツ」とか「トリプルトウループ」とか言うけれど、ぼくらにはその差異はよくわかりませんよね。でも、すごさは直感的にわかる。つまり技術が高度化しても、ど素人にもわかる。
でも、短歌とか詩が厳しいのは、かけ算を高度化していくと、どんどんわからなくなってしまうことなんです。
みんなにわかるのは、飲み屋のトイレにかかっている人生訓みたいな1×1のもの。
高度化すればするほど伝わらないというのは、ジャンル的な欠陥なんじゃないかとすら思います。
ブランディングについては、そこまで確信をもっていえないけれど、全部の情報が落とし込めたときは、そのよさが直感でわかるはずだと思います。
ひと目にて腑に落ちるというか。うらやましいなぁ(笑
) 。
城ヶ野 そんな(笑
) 。
確かに最初のとっかかりは、直感的な方が引っかかってくれると思います。
なので、短歌のメタファーでいうと、あるブランドができあがって発表した瞬間には、5・7・5・7・7という全部のセンテンスが揃っていなくてもいいのかなと。
最初の「5」以降は、ぼくらだけではなく、使ってくれるお客さまたちと一緒に、次の言葉、さらにその次の言葉…と組み上げていくことが重要なのではないかと思います。
それこそウォークマンは爆発的にヒットしましたが、実はその前にプレスマンというものがあって、技術的にはそこで完成していたんです。いまでいうICレコーダー的なものです。井深大が機内できれいな音で音楽が聴けるモノをつくって欲しいというリクエストから、プレスマンから録音機能を省きステレオの再生に特化したものとしてウォークマンが誕生しました。
機能的にはちょっと欠けているものを世の中に提示することで、人々が自分たちなりの使い方とか感じ方を吸収し、次に活かしていく。
それが、ブランディングの根幹なのかもしれないと、改めて確信しました。
穂村 ウォークマンは、
『 オックスフォード英語辞典』にも載っているくらいの一般名称だから、ある意味ブランディングの最上位系ですよね。
城ヶ野 確かに! これから携わっていく新しいブランドがそこまでなれたら、名誉以外のなにものでもありません。