米アップル、定額制音楽配信サービス「Apple Music」を発表
米カリフォルニア州サンフランシスコで開催された世界開発者会議に登場したティム・クック最高経営責任者(2015年6月8日撮影)。

イノベーションを起こし続け時代をリードする米国代表企業のアップル。

新たな音楽配信方法で有名ミュージシャンとすったもんだを引き起こしたことは記憶に新しい。彼らの企業活動の中では地味に思われがちな財務(コーポレートファイナンス)においても、アップルは面白いことをしている。

アップルの社債「iBond」と株価の関係は?

アップルの発行する社債は、製品と同じく“i”をつけて「iBond」と呼ばれる。アップルが最近やっていることは、調達した資金を事業に使わずに、iBondの発行と同時に配当支払い等で株主へ利益還元するというものだ。

アップルは「iPod」の爆発的ヒットにより負債を2004年に全額返済し、無借金経営となった。その後、無借金状態は続いていたが、約10年後 の2013年にiBondを発行した。以後、何度かiBondを発行し、バランスシートに負債を計上している。もちろん同時に株主還元を行っているのが各 発行に共通する点だ。

iBond発行のニュースを受けてアップル株はどう反応したのだろうか。図1のグラフは2013年4月のiBond発行のニュースリリース前後におけるアップルの株価の動きを示したものだ。
図1 アップルの社債「iBond」発表前後における株価の推移

ただし、縦軸は株価の生の値ではない。マーケットの地合いによる影響を除き、アップル固有のニュースで生じた株価の上下を一定の手法で求め、標準化した値である。横軸は日数の経過を表し、0は発表当日、+1は発表翌日、-1は発表前日を表す。

iBond発行のニュースリリース前に情報のリークがあったのだろうか、発表の2日前(-2)から株価は急激に右肩上がりになり、発表後もしばらく上昇が続いていることが分かる。アップルが株主に利益をもたらしたことが読み取れる。

さて、みなさんは、このiBond発行のニュースによって株価が上昇した要因を何だと考えるだろうか。

大学の学生たちからよく出る候補を挙げてみよう。

【候補1】 iBondは他社の発行する社債よりブランド価値があること
【候補2】 iBond発行と同時に配当が株主に支払われること
【候補3】 海外で上げた利益を配当支払いに使おうとすると、国内に持ち込む際に税金が発生する。社債発行による資金調達でこれを避けたこと

候補1は面白いが経済理論的には支持しにくい。金融商品にブランド価値を認めにくいからである。それにiBondの発行そのもので株主が恩恵を受けるとは想像しがたいだろう。

候補2はもっともらしく聞こえるが、経済理論的には支持できない。アップルの社内に留保されているキャッシュはそもそも株主の持ち分であり、それ が配当として株主の手元にやってきても、株主の富に変わりはないからだ。銀行預金を一部取り崩して現金に換えてもその人の資産構成は変わるが資産総額に変 化がないことと同じである。

また、決算期に今期の利益が高く増配されるというニュースは、来期以降の利益への期待から株価を上昇させる。この理論は正しいが、ここでの状況には当てはまらない。

候補3は面白く、またよく新聞記事でも指摘される。しかし、海外にある現金を使って配当を払うことが前もって噂されていたなら話は別だが、そうでない限り、海外から国内に送金しないことで節税したところで、株価が押し上げられるとは考えられない。

株主は損もしなければ、得もしない?

次の図は無借金経営状態の債券(iBond)発行前から、配当支払い後までのアップルのバランスシートの推移を表すものだ。
図2 無借金状態の負債発行前~配当支払い後のアップルのバランスシートの推移
 

まず、債券発行前は無借金経営であり、バランスシートの右側は株主資本のみで負債がない。

債券が発行されると、現金がバランスシートの左側に資産として計上される一方で、バランスシート右側には負債が計上される。図の中央に示す債務発行直後の状態だ。

そして、図の右側は、その後、調達した現金が配当として社外に出たときのもので、再びバランスシートの長さは債券発行前に戻る。これに応じてバラ ンスシートの左側は債券発行前と全く同じ状態に戻る。だが、バランスシートの右側には負債が残り、株主資本は以前よりも少なくなる。

負債発行前(左)と配当支払い後(右)のバランスを比べると、アップルは資産そのものに変更を加えず、単にバランスシート右側のみを変更したことになる。言い換えると、事業内容を全く変えずに株主資本の一部を負債に変えたに過ぎないのである。これが大事だ。