火曜日, 3月 29, 2016

INTERVIEW: 佐藤卓  第3回 「民主主義」が「デザイン」をダメにする

 

「民主主義」が「デザイン」をダメにする

佐藤卓デザイン事務所 代表 佐藤卓(3)

 

デザインの決定に民主主義はありえない


川島:卓さんは、企業トップと直 接仕事をする機会も多いかと思います。で、質問です。アップルをはじめ、いま世界市場で活躍している企業は、「デザイン」と経営がとっても近い。経営陣 が、デザインを明確に企業戦略に織り込んで、デザインがその企業のブランド価値を上げている、直接的に売り上げを上げている。一方、今の日本企業、とりわ け大企業には、「デザイン」を経営に生かしている、という様子がなかなか見えないのですが……。

佐藤:それは経営トップの問題で す。そもそも大半の社長はひとえに経営の専門家であって、デザインの専門家ではない。その上で、デザイン戦略に関して、社長には大きく2タイプが存在しま す。ひとつは、自分は分からないけれども、デザインは大切だと思っている人。もうひとつは、分からないから、デザイン思考がそもそもゼロの人。

川島:シンプルなお答えですね。

佐藤:デザインに理解がある社長は、例えば外部デザイナーである僕の話を、直接じっくり聞いてくれます。デザインに理解がない社長は、まあ当たり前ですが、外部デザイナーの話なんか聞かない。

川島:卓さんのような影響力のあるデザイナーでもですか?

佐藤:いやいや、影響力がないからです(笑)。それと、案外やっかいなのは、デザインを民主主義で決めようとする社長。これが、とっても困る。

川島:民主主義で決める?

佐藤:ご自身の意見を言わずに、社員の方々の意見をたくさん聞いて、それを反映したデザインにしようとする社長です。多くの社員の意見をまとめて、うちはこうしてほしいということをおっしゃるわけです。

川島:ある種の集合知みたいな話ですね。なんだか、社員の意見をちゃんと聞く、できた社長に思えますが。

佐藤:残念ながらそうではないのです。社長が自分で決めず、不特定多数の社員の意見を積み上げてデザインに反映しようとすると、良いデザインはできないんですよ。

川島:……なんとなく分かります。

佐藤:僕は昔から主張してきました。「デザインの決定に民主主義はあり得ない」と。

川島:「みんなの意見」が「いいデザイン」を産むわけじゃない、と。

佐藤:デザインとはまだ世に出て いないもの、これから世に出るものに施されるものです。つまり未来の世界を具現化するのがデザイン。だからデザインを選ぶ仕事は、「目利き」でないと無理 です。民主主義が機能するのは、ものができてから。つまり、誰かがデザインした商品を、実際に消費者として購入する瞬間。そのデザインが本当にいいものか そうでないかは、市場という民主主義が決める。だからデザインの良し悪しについては、企業の中の“目利き”が判断しなくてはならない。もし社長が、「自分 は“目利き”ではない」と思うなら、“目利き”を側近に配することが大事なわけです。多数決でデザインを決めては絶対にダメです。

川島:そもそも、自分が“目利き”じゃないことすら、自覚していない社長もいっぱいいそうですね。

佐藤:これだけ「デザインの時代」と言われていながら、まだまだ経営にデザインが組み込まれていない企業が多いです。でも、そういう企業は間違いなくダメになっていくと思います。デザインが末端の仕事になっている企業は、一刻も早く体質改善した方がいい。

川島:でも、デザインを理解していないトップが、急にデザインの重要性を認識するように変わることって、はたしてあるのでしょうか?











佐藤:たいがいは、手遅れ、かな (笑)、40代50代になって、デザインマインドを持っていない人が、急にデザインマインドを身につけようと思っても難しい。だから僕は、NHKのEテレ で『デザインあ』という番組を始めたんです。未来の大人=子供たちにデザインを育んでもらおう、と。デザインを決定する人は、政治家だったり、行政だった り、経営者だったりするわけでしょう? その人たちに、デザインが大事と言っても、なかなか理解してもらえない。それならどうしたらいいのか? 子供の時 から、何らかのかたちでデザインマインドを持つようになれば、いずれ大人になった時に、花開いていくのではないかと考えたからです。

川島:あの番組、子供向けにデザインを説いているのですが、5年前にスタートした時点で大きな話題を呼び、今や長寿の人気番組になっています。確かグッドデザイン賞の大賞も受賞しましたよね。

佐藤: ありがたいことです。

 

 

デザインとは構造をつくること

 

川島:企業やブランドが強くなるには、社長にデザインマインドが必須なこと、お話を聞いていて、よく分かりました。じゃあ、トップに必要なデザインマインドって、何なんでしょう? 絵が描けるとか、美術に詳しいとか、そういうことじゃないですよね?

佐藤:あらゆる事象を総合的に見て、10年後のために何をするべきかが分かる力、それがデザインマインドです。もちろん、美意識みたいなものも含まれます。10年たってもびくともしない美意識を持ちあわせていて、明快に判断できる能力です。

川島:なるほど。そうれはもう、 ほとんど「経営」マインドですね。びくともしない美意識とは、どういう要素から成り立っているのでしょうか?

佐藤:びくともしないということは、いわば骨格がしっかりしている、ということです。建築を事例にすると、建築には構造と意匠がありますよね。

川島:構造と意匠。

佐藤:大雑把に言えば、建築物の躯体を担っているのが構造で、それを覆っているのが意匠になります。デザインは構造の部分も意匠の部分も包括しているわけです。

川島:デザインとは、てっきり意匠の方を指すのかと思っていました。

佐藤:いえいえ、デザインは、構 造と意匠の両方を請け負うものです。そして構造には、10年たってもびくともしない強度が求められますが、意匠は、時代の変化に合わせて微妙に調整しても 構わない。どちらもデザインの仕事です。あらゆる製品や企業を「構造と意匠」という考え方で因数分解して、それぞれのデザインを考える。僕が必ず意識して いることです。

川島:もう少し具体的に教えていただけますか?

佐藤:ブランドロゴのデザインで説明しましょう。ロゴひとつとっても構造と意匠という考えのもとでつくります。まず、ロゴの場合、文字を使いますよね。文字には、実は「骨」があります。

川島:文字の骨?

佐藤:ええ、骨です。文字にはいろいろな種類の書体がありますよね。

川島:明朝体とかゴシック体とか。

佐藤:明朝体でも、実に多様な明朝体があります。それぞれの書体は、何が違うかというと、「骨格」が違うんです。

川島:どういうふうに違うんですか?

佐藤:文字の中心を追いかけると、文字の中心となる軸がそれぞれ違うんですね。それが書体の「骨格」です。

川島:ああ、Aという明朝体と、Bという明朝体では、同じ明朝体なのに印象が全く異なったりする。それは「骨格」がそもそも違うからなんですね。

佐藤:文字の場合、この「骨格」 こそが、先ほど言った「構造」にあたります。デザイナーは、新しい文字のロゴをつくるに当たっては、文字の「骨格=構造」をデザインしなければなりませ ん。その企業やその製品の特徴を的確に表現している「骨格」なのか。未来を見据えた時に、長年にわたって愛される「骨格」なのか。それを、徹底して検証し ていくわけです。

川島:卓さんがデザインした「明治おいしい牛乳」も、ロゴの「骨格=構造」がポイント、というわけですね。誰もが抱いている「清潔でおいしそう」というイメージは、文字の「骨格」が寄与している部分が大きいのだと腑に落ちました。




佐藤:「明治おいしい牛乳」にし ても、「ロッテ キシリトールガム」にしても、僕がロゴデザインを手がけてから、すでに10年以上がたっていますが、全く手を加えていないのです。もちろんパッケージとし ては、多少の文言が加わったりなくなったりと、微細な調整、つまり「意匠」の改変をしてはいるのですが、ロゴデザインそのもの、つまり「構造」は全く変え ていないのです。

 

 

アップルのマーク描けますか?

 

川島:時代の変化にびくともしない「骨格=構造」をつくったからということですね。確かに「明治おいしい牛乳」にしても「ロッテ キシリトールガム」にしても、ロゴの印象がはっきりと記憶に刻まれていますし、ちっとも古びて見えない。暮らしの中に根づいて、馴染んでいる感じ。

佐藤:デザインとは、とかく「意 匠」を指すと思われがちですが、人の記憶に残るのは「構造」だったりするんですよ。例えばアップルのマークってあるじゃないですか? この間、新聞を読ん でいたら、一般の人たちにアップルのマークを見ないで描いてみてくださいという調査をしたそうです。そしたら、意外と細部はでたらめだった。葉が付いたリ ンゴという大枠は合っていたのですが、ディテールはバラバラだったんです。

川島:確かにリンゴマークという印象はあるのですが、どんな風にリンゴが欠けていたかとか、葉っぱの大きさはどうだったとか、自分の記憶を辿ると、描けるかな……。

佐藤:でしょう? 人は、葉が付いたかじられたリンゴという「構造」は覚えているのですが、細かい「意匠」は覚えていない。逆にいえば、記憶に残る部分は、あくまで「構造」。まずは、長持ちする「構造」をデザインすること。それがとっても大事なんです。





(4)に続く