「ストーリー、意味性」のインパクト
monogoto 濱口 秀司 氏インタビュー:第1回
USBメモリや日本初のイントラネットの開発に携わった実績を持つビジネスデザイナーの濱口秀司氏は、商品やサービスの機能やデザインに加えてストーリーの重要度が高まってきているとみている。濱口氏がストーリー性、ストーリービルディングを現在どのように捉えようとしているかを語っていただいた。
顧客が見る価値の変遷—機能、デザイン、ストーリー
――最近、注目されているという「ストーリー」についてお考えになっていることをお聞かせください。
30年前は機能、「利便性の時代」でした。家電業界を思い浮かべていただくとわかりやすいと思います。たとえば、3万円の洗濯機には機能が3つ、5万円なら機能が5つ付いている。測ってわかる、見てわかる価値が評価された時代です。
20年前には、「機能にデザインという新しい価値がプラス」されるようになりました。スタイリッシュ、かっこいい、自分のライフスタイルに合っている、といった測りにくい価値ですね。
この10年間では、僕の観察によるともう1つ、「ストーリー性、意味性」という新しい価値が入ってきています。これはもう数字では測れません。ストーリー性を備えて成功している商品やブランドの例としては、ヘッドフォンのビーツ(Beats)、エナジードリンクのレッドブル(Red Bull)、コーヒーチェーンのスターバックス(Starbucks Coffee)などが挙げられるでしょう。
たとえばレッドブルは、機能性としては元気になる成分が入っている。デザイン性としては、アイコンがあってかっこいい象徴的なボトルがある。加え て、徹夜明けのプログラマー、ウォールストリートのトレーダーなどのハードワーカーや、F1などのエクストリームスポーツのアスリートが飲むというストーリーがつけられています。「人間の極限に挑戦すること」をつなげたストーリーをまとった状態でブランディングしているんですね。
機能やデザインは教育機関で学べますが、ストーリーの作り方は技法として確立されていないので、まだ教えてくれるところがありません。これからの5年間で、いろんな技法が出てきて、おもしろくなるでしょう。イノベーションを成功させようとすれば、ストーリーそのもの、またその伝え方をイノベーティブに作っていかなければならなくなるでしょう。
次に、ユーザーが機能、デザイン、ストーリーの価値をどうやって認知するかを確認しておきましょう。人間は視覚が強い動物なので、認知の順序は、やはり最初にデザインを見て、その後で機能を認知します。
図のモデルでは、山の頂上がデザインにあたります。人間はまず、この頂上の形や高さでものを理解しようとするんですね。だから、商品やサービスの 設計のデザインは、やはり覚えやすくアイコニックなものがいい。一目で目につく、人に説明しやすい、子供にも描ける、そういった記号性を持たせるほうがよいです。これは重要な設計要素です。
機能はたくさんつけてもよいのですが、性能はユーザーが一言で言えるように「かためて」おいてあげることが必要です。
ストーリーはまだ地中に埋もれていて、一般ユーザーからは隠れていて見えない状態ですが、今後5年間ほどで「ストーリー(意味性)」 を問う人が増えるでしょう。デザインと機能に、誰もが語れるストーリーを組み込まないと、ユーザー認知がうまくいかない時代になってきていると思います。この3つの整合性も重要です。デザインはよくても機能がダメでは商品価値として認知されないですね。デザイン、機能、ストーリーという3つの顧客認知を、整合性を含めて設計しなければなりません。
人間はストーリーを“作りたがっている”
たとえば、ある動画にランダムに選んだ音楽を合わせて流してみます。すると、まるでその動画がその曲のプロモーションビデオなのかのように、不思議なほどぴったりシンクロして見えます。同じ動画に別の曲をつけて試してみても、やはり映像と音楽がシンクロしているように見えるんです。映像と音がどちらも単調なものは例外的ですが、人は画面の切り替えがあれば音で無理にでも意味づけしようとするし、節の転調に対しては画像に意味を見い出そうするのではないか。
「ある情報を別のソースから聞いた瞬間に、その情報は正しいと思ってしまいがちである」、「2回起こったことが3回続くと、3回目に起こったことに自分なりに意味づけしたくなる」といった認知パターンも集めています。
2つの情報だけでなくほんとうはもっと傍証を集めなければ、正しいかどうかはわからないはずですが、これらをつなげて判断してしまう。たまたま3回続いただけかもしれない現象も、3回目になると前の2回とつなげて解釈してしまう。
たとえば、車で追い越しをしようとしていて他の車に邪魔されたとします。1回目はたまたまかな、と思いますが2回同じことがおこると「まただ!」 と思いますね。3回邪魔されたらそのとき「やっぱり!こいつ!」と思ってしまいますよね。こういう「意味付けしたがる」人間の無意識の認知パターンは、商品設計でも良い意味で利用できるわけです。
「なぜ存在しているか、なぜ作るのか」のストーリー
ストーリーとは何かについても、経営者視点での論理を組み立てようとしているところです。ストーリーは文章で語るものなのか、そうではなく単語1 個でもストーリーなのか、ストーリーは拡張性がなければならないか。ブランドとストーリーの違いは何か。いろいろな切り口があります。5W1Hでなく、もっとシンプルに「誰がなぜ何をどうやっているかの3W1H」が入っていればストーリーと規定してもよいかもしれません。一般的には、企画などでは何をどう作るかに注力しますが、ストーリーで重要なのは「Why(なぜ)」だと思っています。なぜ、その会社の人は朝起きて仕事をするのか。この商品は何のために存在しているのか。これだけ多くのモノがあふれた現代においては「何をどう」より「理由」のほうが共感を呼ぶ可能性があります。
クライアント企業の経営層に対しては、「ストーリーの効果」を論理的に経営面から語れるようにしておかないといけません。でなければストーリーを利用した商品企画が社内で通ることはないからです。ダイアグラムで考えてみましょう。
一般的に重要な切り口は、縦軸の価格と横軸のマーケットサイズです。値段が高いものはニッチマーケットで、大衆価格のものはマスマーケットで売れるというのが一般的ですよね。同じマーケットサイズなら、デザインやストーリーが入れば価格は上がりますが、両端の超ニッチ・超低価格の市場は簡単には変われないので、図で示すように膨らむのは真ん中あたりの市場です。
このプロファイルは経営的に大きな意味があります。機能だけで戦っていたら、経営的な選択肢は安い商品を大量に売るか、超高級品でニッチを狙うかの二者択一しかない。ところがデザインのパワーでこのトレードオフが緩和されます。たとえば100万人とまではいかないが10万人ほどの市場に対して、そこそこの値段でデザインがいいから売れるという戦略オプションが出てきます。
これにさらにストーリーを付加したときのパワーは、思いがけず高価格で大量に売れるスイートスポットが狙えるようになることです。これは機能だけで戦っている時代に比べると、まったく違うパラダイムですよね。実際、ビーツのヘッドフォンは高いのにお金のない若者に人気が高い。レッドブルも高いのに、世界中で飲まれている。これは機能・デザインだけではない、まさにストーリーの力です。
また、実務レベルではストーリーがあると、イノベーションの発想をしやすいし、ひとつひとつのアイデアが自分たちのストーリーに合っているかどうかのスクリーニングもできる。
顧客に対しては、ストーリーをつけてアイデアを出していくと認知がされやすい。複数の商品でも同じストーリーに乗っていれば、1つのかたまりとして見えてポジショニングが非常にわかりやすくなります。
まったく何もないところからイノベーションを考えるのは困難ですが、ストーリーが確定されていると、アイデアも出てきやすいと思います。たとえば 「レッドブルはなぜ存在しているか。人間の限界はさらに向こうにあるからだ」というストーリーから、いかにひとの限界に迫るかという観点で次のサービスを考えられる。「何をしているか、何を作っているか」よりも、「なぜ存在しているか、なぜ作るのかのストーリーが強い会社や商品」が、これからますますパワフルになってくるでしょう。