火曜日, 12月 15, 2015

3.「クリエイティブプロジェクト」の進め方|濱口秀司 インタビュー

「クリエイティブプロジェクト」の進め方

monogoto 濱口 秀司 氏インタビュー:第3回

 

 
製品やサービスの開発で新しいアイデアを生み出していくには、プロジェクトの情報量の管理も重要だ。日本初のイントラネット構築、USBメモリの発明など、幅広い業種のイノベーションに携わってきた濱口秀司氏に、発想重視の「クリエイティブプロジェクト」の進め方について聞いた。前回記事はこちら、前々回記事はこちら








悪魔のチャートの「ラストミニッツクライシス」とは?

--発想が中核となるクリエイティブなプロジェクトをどう進めていくべきか。濱口さん流の方法論を教えてください。

まず、クリエイティブなプロジェクトの時間軸についてお話ししましょう。

プロジェクトには必ず、スタートとエンドがありますが、通常まずスタート時には競合調査やユーザ調査など情報収集のフェーズを経て、その情報をも とにチームでアイデアを考えていきます。こうして最終的なプロジェクトエンドには、何かしらの成果物が出されていることになります。

図1を見てください。「これだけ情報があれば完璧な解を出せる」という情報量を仮に100としましょう。チームが集めた情報量 のプロファイルは、図のようにプロジェクト経過とともに増加しますが、プロジェクト後半で必ず頭打ちになります。これは、チームの情報収集能力には限界があるからです。米国国防総省のデータベースのハッキングはできないし、検索方法にも個人の傾向があります。したがって実際には情報量は100に到達することができません。このチームが持つ情報が飽和した値の高さを「a」とします。

プロジェクトの開始から終了までの情報量の推移 
図1: プロジェクトの開始から終了までの情報量の推移
© Hideshi Hamaguchi


僕がzibaで初めてプロジェクトに参加したときの話です。プロジェクトの初日のミーティングでいきなり「こんなアイデアがあるんだけど、どう思う?」と言ってみたのです。するとメンバーは異口同音に「まだ今日は初日だから、アイデアについてディスカッションするには早すぎる。まだリサーチも始まっていないのに」と言いました。数日経って、リサーチフェーズの中間ミーティングでまた聞いてみました。「今度はこんなアイデアがあるんだけど、みんなどう思う!?」

またしても、全員が「まだリサーチは始まったばかりだよ」「インサイトの整理もできてないし」「アイデアの話をするにはまだ早い」と反応しました。

この現象を図2で考えてみましょう。

情報量に基づく考え始めるタイミング 
図2: 情報量に基づく考え始めるタイミング
© Hideshi Hamaguchi


彼らが言う「何かアイデアを考え始めるにはまずある程度の情報が必要」という高さを、先ほどの情報の飽和点「a」に対して「b」とします。つまり、考え始めるのは「b」に到達してから(時間軸では「c」)になります。情報量が「b」に到達していない状態、すなわち「c」より手前では答えを考え始めても意味がないと彼らは言っているのです。

いつ考え始めるのかわからない悪魔のチャート 
図3:いつ考え始めるのかわからない悪魔のチャート
© Hideshi Hamaguchi


おそろしいのは、実際には誰も「a」と「b」の情報量を定義づけられないことです。プロジェクトを進めている間に、いつ「c」に到達するかも不明です。つまり、ほんとうは「a」、「b」、「c」がいずれもよくわからないチャートなのです(図3)。結局「いつから考え始めていいかがわからない」(つまり、アイデアが出されない)状態がしばらく続きます。それで僕はこれを「悪魔のチャート」と呼んでいます。


プロジェクトの後半で陥りやすい「バイアスの罠」

プロジェクトでラストミニッツクライシスが起こるタイミング 
図4:プロジェクトで「ラストミニッツクライシス」が起こるタイミング
© Hideshi Hamaguchi


こういう根源的問題がありながら、すべてのプロジェクトの終わりにはプレゼン資料などの成果物が魔法のようにできあがっている(笑)。プロジェク トの締め切り間際になって、チームが必死に考えた結果ですね。これを僕は「締め切り1週間前の法則」と呼んでいます(業界によってこの数字は違って「締め切り2週間前」の業界もあると思います)。僕はこれを英語では「ラストミニッツクライシス」と呼んでいますが、実はこれは世界中のプロジェクトで起きていることです。(図4)

このラストミニッツクライシスには、大きく2つの問題があります。

1つ目の問題は、「ラストミニッツクライシス」の時点では、プロジェクト開始からそれなりに時間が経過しているために、集めた情報量が膨大になっていて、その整理が非常に難しくなることです。チームメンバーには「この時点で意味ある情報整理ができる確率は、ボーイング747旅客機のすべてのパーツをトルネードの中に放り込んで、すべての部品がたまたま順番に組み合わさって完成した機体がエンジンオンの状態で飛び出してくる確率に近いよ」と説明していました。

2つ目の問題は、この膨大な情報整理の際に、どうしてもバイアスを掴んでしまうことです。大量の情報を目の前にすると、人は使い古されたフレームワーク(3C、4P、タッチポイント、SWOT分析、ポーター競争優位など)を使って整理してしまいます。

既存のフレームは「バイアスのかかった枠組み」そのものなので、その中で発想しても、結局、情報は一般的なフレームワークで整理され、先入観や常識を超える面白いアイデアは一切、出てこなくなってしまいます。

「必要は発明の母、締め切りは発明の父」なので(笑)、追いつめられて発想すること自体が悪い訳ではありません。ただ、締め切り前は、膨大な情報整理のためにバイアスの罠に陥る危険があるのです。

答えとなるアイデアはプロジェクト初期に生まれる

情報が少ない「プロジェクトの初日」から考える 
図5:情報が少ない「プロジェクトの初日」から考える
© Hideshi Hamaguchi


では、クリエイティブなプロジェクトではどのようにすればよいか。「初日から答えを考える」「毎日答えを考える」のが僕のアプローチです。図5を見てください。プロジェクト初日を拡大してみると、実は少量の情報がすでにあります。その少ない情報量をもとに、考え始めるのです。

初日以降は、日々追加されていく情報を利用してアイデアやロジックを考え直していく。少しずつ情報が増えていく中で、毎日考え続けることが大切です。毎回あらたに入ってくる情報は少ないので、扱いやすい。そうすると、既存のフレーミングに頼らなくてよいので、バイアスの罠にはまる危険を避けられます

常にその日の時点で最高だと思われるアイデアを決定し、そしてなぜそうなのかというロジックを用意します。できれば「このアイデアはこういう先入観を壊している」という説明ができているロジックが理想的です。すなわち、前回の記事で定義したコンセプト(アイデアと切り口の組み合わせ)を毎日のプロジェクト終了時までに確定するのです。これが僕の推奨するプロジェクトの進め方です。

よいアイデアはプロジェクト初期に生まれる確率が高いという事実も、初日から考え始めることの大切さを裏付けています。このアプローチで今まで 様々なプロジェクトを実施してきた結果、その瞬間には気づかなくても、後で思い返せば「あのタイミングで答えが出ていたね」といったものも含めて、イノベーティブなコンセプトの90%はプロジェクト期間初期10%に集中して出されていました。僕はこれを「90:10の法則」と呼んでいます。

答えとなるアイデアはプロジェクト初期に生まれる 
図6:答えとなるアイデアはプロジェクト初期に生まれる
© Hideshi Hamaguchi



“情報の欠如”こそが「イマジネーションの条件」

プロジェクト前半に答えが生まれやすい理由は2つあります。
1つ目は、プロジェクトの前半ではまだ手持ちの情報が少ないため、本質的なものの関連や構造を考える傾向にあることに関係しています 以前、フェデックスのブランド回復の仕事を依頼されたとき、最初、先方から与えられた情報をあえて無視して、ハブアンドスポークシステム、一夜配達、高価格といった一般的なユーザ情報だけでアイデアを考え始めてプロジェクトを成功させたことがあります。こういう状況のほうが、抽象的で取り扱いが難しい概念と戦わなければならないので、通常は適当にスキップしてしまうような思考に十分に時間をかけられるのです。

僕の理論では、イノベーションにはバイアスを破壊する要素が必ず含まれるはずで、壊すバイアスが根源的であればあるほど、イノベーションの度合いが高くなります。したがって、前半で取り扱う本質的情報の構造化と破壊は、大きなイノベーションを生み出す確率が高いのです。

2つ目は、情報と想像力の関係にあります新しい発想にはイマジネーションが必要ですが、一般に想像力は情報量が少ないほうが大きくなる。たとえば、白黒とカラーの写真を比べると、自分の頭の中で色を補完して見る白黒のほうがイマジネーションを喚起されます。人の認知構造からみると、実は「情報の欠如」こそが「イマジネーションの条件」なのです。

この関係を図式化したのが図7です。プロジェクトのフェーズで、イマジネーションを最大限に発揮できるタイミングは、明らかに情報量の少ない前半ですね。後半になればなるほど、情報や知識、制約が増え、想像力を発揮できなくなります。
プロジェクトにおける情報量と想像力の関係 
図7:プロジェクトにおける情報量と想像力の関係
© Hideshi Hamaguchi


もちろんプロジェクトの後半部分で背筋の凍るような新しい切り口やアイデアが見つかる可能性はあります。ただし、確率は低い。たとえば、その可能性が10%しかないのなら、毎回それを期待するのはコンセプト作りのプロジェクトマネジメントとしては戦略的に非常に危険です。プロジェクトの推進方法としては、毎日答えを出していくやり方のほうが正解だと考えています。発想を核にするべきビジネスプロジェクトでは、僕は基本的にはこれまでお話ししたような前半重視のやり方でマネジメントし、後半で出たアイデアは、「出ればラッキーなセレンディピティ」として取り扱っています。