金曜日, 5月 20, 2016

愛のコリーダ ~IN THE REALM OF THE SENSES~ |movie

 

『愛のコリーダ』巨匠・大島渚監督による世紀の問題作 

 



日本映画史に残る問題作にして、大島渚監督の名を世界に知らしめた名作『愛のコリーダ』。実在した阿部定事件をベースにしたショッキングな内容だけでなく、その映像表現で多くの物議をかもす一方で、その芸術性の評価も高い作品です。

 

大島渚の名を世界に知らしめた名作『愛のコリーダ』

 

愛のコリーダ [DVD]

1976年公開
監督:大島渚
キャスト:
 藤竜也(吉蔵)
 松田英子(定)

『戦場のメリークリスマス』などでも有名な巨匠大島渚監督の名を世界に知らしめた名作です。

舞台は昭和初期の日本。定(さだ)いう名の若い女性が、中野の料亭「吉田屋」に訪れるところから物語は始まります。定は住み込みの女中として雇われ、そこで働くうちに徐々に吉田屋の主人の吉蔵と惹かれ合うようになります。不倫関係に陥った二人は店を出て逃避行を続けながら、次第に愛欲の世界に溺れていくことになります。やがて定の強烈な愛情は強い独占欲に変わり、ついに定は吉蔵を殺害し彼の男根を切断し持ち去るに至ります。



様々な物議を醸した日本映画史に残る問題作


日本でのタブーに挑戦した日仏合作映画


日本映画初の本番行為、局部のアップ、局部の切断などの衝撃的シーンが多く盛り込まれ、日本映画のタブーに挑戦した作品です。

大島監督は以前の自身の作品『悦楽』が性描写の点で検閲された経験を踏まえ、本作はその制作上の制約を避けるため当時では斬新な制作システムを取っています。それはフランスから輸入したフィルムを使用して京都で撮影を行い、そのうえで撮影済みの生フィルムをフランスに送り現像・編集するというものでした。完成した映画は日仏合作として公開され、タイトルクレジットはフランス語で表記されました。

そのスキャンダラスな騒ぎは、映画以外にも飛び火します。

1979年(昭和53年)には、本作の脚本や宣伝用スチル写真などを掲載したシナリオ本『愛のコリーダ』が発売されました。これがわいせつ物頒布等の罪で起訴されると、大島監督は「刑法175条は憲法違反である」と主張し『愛のコリーダ』裁判を起こします。大島監督の主張は認められなかったものの、裁判は82年に東京高裁で無罪が確定するまで続きました。








2000年には完全ノーカット版がついに日本で上映

本作は第29回カンヌ国際映画祭の監督週間部門に出品され、過激な性描写が観客や批評家の間で大きな注目を集めます。その後、シカゴ国際映画祭審査員特別賞や英国映画協会サザーランド杯を受賞するなど、国際的に高い評価を受けることになります。しかしそんな海外での高い評価にも関わらず、日本ではオリジナル版は上映禁止とされ映倫によって大幅な修正を受け、長い間原型をとどめない修正版しか見ることができませんでした。


しかし、2000年には完全ノーカット版がついに日本でリバイバル上映され、DVDも発売されました。依然としてボカシによる映像修正が入り本当の意味での「完全」ではないものの、カットされた箇所が大幅に減り、大島監督が本来表現したかった作品に近いものを観ることができます。







 

伝説の俳優たちの共演に注目

 

藤竜也の香り立つ漢の色香

吉蔵を演じる藤竜也は、まさにダンディと言うにふさわしい存在感を魅力に、これまで多数の映画・ドラマに出演し、受賞歴も多い名優です。1941年生まれで、現在70歳過ぎてなお現役であり、最近でも北野映画『龍三と七人の子分たち』に出演するなど精力的に活動されています。

本作は35歳ごろの作品ですが、すでにその漢の色香たっぷりに演じ切っています。定のすべてを奪い尽くすような狂信的な愛情を、全身で応え受け入れている様は見事の一言です。特に後半になるにつれて彼が醸し出している、倦怠感や疲労感が漂う死をも甘受するような退廃的雰囲気は必見です。

 

 

伝説の女優・松田英子の名演技

定を演じる松田英子は1952年生まれで、生涯出演本数は10本程度と少ないながら日本映画史に名を残す伝説的女優です。本作以降は数本の映画に出演し、1982年のフランス映画『Cinq et la peau』へ出演したのを最後に若くして引退されています。その後の消息は一切不明という謎多き女優でもあります。


本作では、狂気的な愛におぼれその深みにはまっていく女性の妖艶さを演じる一方で、愛に一途な純粋であどけない少女のような一面も見せるなど、文字通り体を張った素晴らしい演技を見せています。特に、定が首をしめるシーンには言い知れぬ切なさが表現されています。狂気と純粋さの間を揺れ動く彼女の美しい表情の変化にも注目してください。




芸術にまで高められた愛欲の極限

「阿部定事件」が原作の濃密なストーリー


「ハードコア・ポルノグラフィー」「芸術作品」…人によって評し方は様々ですが、どんなレッテル貼りも無意味です。これはあまたある映画の中で数少ない「絶対見るべき作品」のひとつです。
   出典: www.amazon.co.jp

そんな二人は出会って短期間のうちに抜き差しならない境地に達する。それは、性愛の極北というか魂の交わりというか…。恋愛映画というジャンル分けだけでは語りきれない世界に達していく。 ラストも‘悲劇’なのかもしれないが、定の表情は悲しみとはまったく違うものである。
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この映画は、1936年(昭和11年)5月18日に東京市荒川区尾久の待合で実際に起きた殺人事件をモチーフとしています。一度はその名を聞いたことがある人も多いと思われる「阿部定事件」と呼ばれるもので、昭和史に残る情痴事件として有名です。阿部定事件とは、仲居であった阿部定が店の主人と駆け落ちし、その愛人男性を殺害した上で、局部を切り取って持ち去った事件です。その事件の猟奇性から社会の好奇の的になり、連日過熱した報道がなされました。


この映画はもちろん、単にその猟奇性を取り上げたものではありません。なぜ一人の女性がそこまで愛欲におぼれたのか、愛欲の極限とはなにかを深く考察し、複雑な定の心の奥深くを表現しようと試みています。






 

 

世界的に評価されたその芸術性


全編を通して伝わってくるのは、「人間の愛欲、本能、愛ゆえの独占欲」そのもの。
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「なぜこの女はこれほどまでに弱いのか、なぜこの男はこれほどまでに強いのか」と見ていて考えさせられました。殺されてしまうのに、強いって言うのはおかしいですね。
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大島監督の描く愛欲の極限は、素晴らしい映像の対比によって語られます。映画の多くを占めるのは、執拗に繰り返される愛欲にまみれたシーンの連続です。その濃厚で湿っぽい室内の映像と対照的な、冷たい空気漂う情景や心象風景を表わすような抽象的映像は、性に耽溺する定と吉蔵の二人の世界をより神秘的に魅せ、静かにしのびよる死の影や破滅を予感させます。


特に劇中の、寄り添って道の端を歩く定と吉蔵が、行進する陸軍の隊列とすれ違うシーンが印象的です。阿部定事件の起きる1936年は奇しくも2.26事件の起きた年でもありました。出口のない愛欲の泥沼にはまっていく二人と、軍国主義に呑み込まれていく時代の閉塞感が重なる一方で、濃密な二人だけの世界と隔絶された外の世界が効果的に対比されています。彼らの「行為」が、時代の流れに逆らった別のささやかな抵抗のようにさえ見え、愛欲の逃避行と重々しい激動の時代の雰囲気の対比が二人だけの世界により深みを与えています。


 

いつまでも色褪せない名作『愛のコリーダ』のまとめ

 

 

いかがだったでしょうか?


映画のタイトルに含まれる「コリーダ」はスペイン語で闘牛を意味する「Corrida de toros」から取られています。これは、愛欲の深淵に突き進んだ定を彷彿とさせる表現である以上に、日本映画のタブーや既成概念に果敢に挑み続けた大島渚監督自身を思い起こさせるものです。

作家・野坂昭如との乱闘などプライベートな話題で注目されることも多い人でしたが、世界の大島として海外での評価も高く、国内外に影響を受けたことを公言する映画監督も多い、まさに巨匠と呼べる監督でした。2013年に亡くなられたのが本当に惜しまれてなりません。

まだご覧になってない方は、大島渚監督の代表作『愛のコリーダ』をぜひ一度手に取ってみてください。








 




2009.11.18

「愛のコリーダ」に出演していた女優さんの最近の姿を発見する

http://www.asahi.com/articles/ASJ5D6RM4J5DUTIL04C.html