月曜日, 4月 04, 2016

INTERVIEW|俳優 柄本 明 21世紀の「仕事!」論。 vol.1

 

21世紀の「仕事!」論。

俳優 柄本 明

 

第1回

人が書いたことを言う仕事。 

 

 

 

 

── 俳優とは、どのようなお仕事でしょうか。

柄本 そこに書いてあることを言うんですね。
   それも、他人が書いたことをね。

   で、それを、別の他人が見てるんだね。

── 他人の書いたことを言っているところを、
   別の他人が見ている。

柄本 そう、それ以上でもなければ、
   それ以下でもないです。ただ、それだけ。

 

 

── 書いてあることを言うだけではないって、

   見ているこちらは、思うのですが。


柄本 いや、書いてあることを言うだけですよ。


   でもね、ようするに、

   期待されているようなことを言うならば、

   書いてあることって、言えないよ。

   他人が書くことだし、言えないんだよね。


── 言えない?


柄本 言えない。ためしに言ってごらんなさいよ。

   すぐわかるから。「言えない」って。


── セリフを言うのは難しいという意味ですか。


柄本 つまりさ、書いてあることを言うなんて

   単純なことをやるにしても、

   人間ってのは、何か、考えちゃうんです。


   俳優じゃない仕事でもそうだと思うけど、

   何かやろうと思ったら、

   何やら、考えることになっちゃうでしょ。


── ええ。


柄本 簡単じゃないよ。


── では、その「出来」には

   やはり才能とかキャリアとか経験とかが、

   関係してくるんですか?


柄本 それは、まあ、そうでしょう。

   他の仕事と同じように。


── じゃあ、俳優さんの場合、

   経験によって

   どんなことが「うまく」なるんでしょう?


柄本 それは、わかんないです。

   それぞれ、みんな、それぞれなんだから。


   私は運良く長く続けてるけど、

   つまんない本も、あったりします。

 

 

── あ‥‥はい。


柄本 そんな台本でも、

   私はセリフ言わなきゃならないわけです。


   こんなこと言わねぇだろうと思ったって、

   一生懸命に、言う。


── ええ。


柄本 いい台本も、たくさんいただいています。

   それは、ありがたいことです。


   でも、台本が良かろうが悪かろうが、

   私は書いてあることを一生懸命に、言う。

   仕事って、そういうもんでしょ。


── ようするに柄本さんは、

   一生懸命にセリフを言っているだけだと。


柄本 そうまとめると、カッコつけすぎですよね。

   

   ただ‥‥「才能」という言葉については、

   思うところもあるけど、

   そんなようなものは、やっぱり、あるようです。


── 俳優の才能。


柄本 同世代で言えば、

   青年座という劇団の養成所の発表講演で

   西田敏行って人を観たときに、驚いた。


   何せ、子どもの中に大人がいるんだもん。

   それが「西やん」だったんです。


── そうなんですか。西田敏行さん。


柄本 あれだけのものだったら、上へ行く。


   まわりだってバカじゃないから、

   ものがよけりゃあ、上へ引っ張りますよ。


── そんなに目を引く人だったんですね。


柄本 圧倒的だった。今よりずっと痩せてたけど、

   声は通るし、とにかくうまいし。


   まるで、大人と子どもだよ。

   幼稚園児のなかに大学生がいるみたいでした。


── さっき「運良く」とおっしゃいましたが、

   俳優を続けてこられたのは、

   「運が良かった」という認識なんですか?


柄本 ええ、運が良かったんでしょう。


   何でもそうだと思うけど、

   その仕事で食べられるといういうことは。


── 柄本さんは、なぜ俳優になったんですか?


柄本 家にはそんなにお金はなかったんだけど、

   親父もお袋も、

   映画の話しかしないような親だったんで、

   その影響はありました。


   でも、つまるところは、

   私が俳優になったのは「青春の誤解」で。


── 誤解?



 

柄本 ようするに、若いってことはバカだから、

   カッコよく見えたんですよ。


   アングラとか、映画とか、そんな場所が。


── そういう舞台に、自分も立ちたいと。


柄本 ただ、お客として映画や芝居を観るのと、

   自分でやるのとじゃ、

   まあ‥‥ぜんぜん別ものだったですけど。


── 同じ演技をするのでも、

   映画とお芝居では、また違うんでしょうね。


柄本 そりゃあ、もちろん。場所が違うんだから。


   よく、こういうインタビューなんかで、

   「柄本さんは

   映画やテレビによく出てらっしゃるけど、

   お芝居、劇団をずっと続けてる、

   だから本当は

   お芝居がいちばん大事なんでしょう?」

   って決めつける人がいるけど。


── ええ。


柄本 仕事のなかで何がいちばん大事かだとか、

   そういうのはないです。


   俳優っていうのは、

   人の書いたセリフを言うのが仕事だから、

   映画だろうが、テレビだろうが、

   一生懸命、セリフを言うんですよ。


── なるほど‥‥。


柄本 おもしろい仕事、つまんない仕事、

   いろいろありますが、セリフを言う。


   だって、俳優ってそういう仕事だもん。


── でも、そのなかでも、

   「この話は好き、この話はそうでもない」

   という濃淡はありますよね。


柄本 そりゃあるでしょ誰だって。好き嫌いは。


   人間なんだから、

   そんなもん、好きだ嫌いだは、誰だって。


── でも俳優の仕事には、好き嫌いは二の次?


柄本 他の人は、知らないけど。


── では、俳優という仕事のおもしろさって、

   どういうところにありますか。

   おもしろいから続いてると思うのですが。


柄本 まあ‥‥おもしろいというよりも、

   「つまんなくない」って感じですね。


   人間って、

   つねに何かを難しくして生きてるでしょ。

 

 

── 難しく‥‥というと

   ハードルを上げる、みたいな意味ですか?


柄本 つまり「ずっと同じ」じゃ満足できない。

   あなただって、そうでしょう。


── あ、はい。


柄本 だから、それはつまり

   人間の持つ‥‥欲望‥‥ですか。


   あの、ロバート・デ・ニーロって役者、

   たいへんな役者だけど、

   あの人が『レイジング・ブル』って映画で、

   痩せたり、太ったりしたじゃない。


── 髪の毛を抜いたり。


柄本 俳優って、そういう「熱演」って大好きですね。

   私も大好きですけど。


   で、すごいなあと思う反面、

   「役者って、バカだなあ」とも思うんです。


── そうですか。


柄本 だってさ、太ったり痩せたり毛を抜いたり、

   そんなことしてまで。


── でも、そうすることで褒められたら

   嬉しくないですか?


柄本 嬉しいけど、

   バカにされてると思ったほうが

   いいかもしれない。


── え、なぜですか。


柄本 人前で泣いたり笑ったり怒ったり叫んだり、

   おまえ恥ずかしくないのかって。


── 俳優ってカッコいい職業だと思ってる人は、

   たくさんいると思うんですが。


柄本 そうかもしれませんが、

   私は、他の仕事と同じ、だと思います


   でも、こういうひねくれたことを言うと、

   文字にしたとたん、逆に

   カッコつけた感じになっちゃうんです。


── あ、その可能性はありますね。


柄本 ねぇ? ありますね。それが私は癪に障る。


   まあ、それはそれで、

   そちらの仕事なんでしょうがないだろうけど。


── では、今回は、

   なるべくカッコよくならない方向で‥‥。


柄本 まあ、どっちでも。お任せしますけども。

 

 


 

 

vol.2 へ続く

 

 

1972年、スタッズ・ターケルという人が
仕事!』という分厚い本を書いた。

植木職人、受付嬢、床屋、弁護士、セールスマン。
あらゆる「ふつうの」仕事についている、
無名の133人にインタビューした
職業と人」の壮大な口述記録なんですけど
ようするにその「21世紀バージョン」のようなことを
やりたいなと思います。
ターケルさんの遺した偉業には遠く及ばないでしょうが、
ターケルさんの時代とおなじくらい、
仕事の話」って、今もおもしろい気がして。








スタッズ・ターケル『仕事!』とは
1972年に刊行された、スタッズ・ターケルによる
2段組、700ページにも及ぶ大著(邦訳版)。
植木職人、受付嬢、床屋、弁護士、セールスマン、
郵便配達員、溶接工、モデル、洗面所係‥‥。
登場する職種は115種類、
登場する人物は、133人。
この本は、たんなる「職業カタログ」ではない。
無名ではあるが
具体的な「実在の人物」にスポットを当てているため、
どんなに「ありふれた」職業にも
やりがいがあり、誇りがあり、不満があって
そして何より「仕事」とは
「ドラマ」に満ちたものだということがわかる。

ウェイトレスをやるのって芸術よ。
バレリーナのようにも感じるわ。
たくさんのテーブルや椅子のあいだを
通るんだもの‥‥。
私がいつもやせたままでいるのはそんなせいね。
私流に椅子のあいだを通り抜ける。
誰もできやしないわ。
そよ風のように通り抜けるのよ。
もしフォークを落とすとするでしょ。
それをとるのにも格好があるのよ。
いかにきれいに私がそれをひろうかを
客は見てるわ。
私は舞台の上にいるのよ」

―ドロレス・デイント/ウェイトレス

(『仕事!』p375より)