月曜日, 8月 11, 2014

痛くない血液検査:注射嫌いの女子大生が挑んだ「再発明」


ほんの1滴、痛くない血液検査:注射嫌いの女子大生が挑んだ「再発明」



痛くて、高価で、時間のかかる血液検査。それがたったの1滴の採血で済み、しかも安くて痛くない。さらに検査に時間もかからない。そんな血液検査がアメリカで広がろうとしている。血液検査のイノヴェイションは、注射嫌いの女子大生の思いつきからはじまった──。


エリザベス・ホームズは現在30歳。10年前にスタンフォード大学を中退し浮いた授業料で、ほんの1滴の血液で多様な結果を得られる検査を提供するTheranos社を設立した。『WIRED』日本版Vol.12では、進化めざましいヘルスケア分野の、最新ガジェットも一挙紹介している。
瀉血という言葉は、もはや死語なのかもしれない。しかしそれでも、時間はかかるし、高価で、効率が悪いままいつまで経っても進化しない血液検査に比べれば、まだましだ。
当時大学2年生だったエリザベス・ホームズは、この時代錯誤な血液検査方法を再発明し、広範囲にわたる超高速診断と予防医学の先駆者となる未来を思い描いていた。
それから10年が経ち、現在、ホームズは30歳。彼女はスタンフォード大学を中退し、払わずに済んだ授業料で自身の臨床検査会社Theranosを設立した。そして去る2013年の秋、カリフォルニア州パロアルトの本社近郊にあるウォルグリーン薬局に、彼女たちが手がけた革命的な血液検査サーヴィスがついに導入されることになった(ゆくゆくはアメリカ全土に検査施設を導入する計画だ)。
その検査に、採血管はいくつもいらない。検査項目ごとに異なる容器が必要だった従来の検査方法と違い、Theranosの提供する方法であれば、痛みの少ないピンプリック法(指先を小さな針で刺す方法)で得られるたった1滴の血液だけで済んでしまう。それだけでコレステロールのチェックから高度な遺伝子分析までを含む数百という検査を可能にし、より早く正確で、はるかに安価な血液検査を実現させたのだ。
このことが示唆する可能性は、はかり知れない。静脈を流れる“情報”への安易かつ安価なアクセスは、人々が自らの健康を顧みるまたとない窓口となる。次世代の診断方法は、癌、糖尿病、心臓病といった重い病気を回避させてくれるかもしれないのだ。
Theranosのナノテイナーは、1滴分の血液しか入らない。30ものラボテストはこの少量のサンプルで事足りる。
Theranosの革命は、検査の透明化と低価格化という問題解決なしにはありえなかった。同社の検査価格は標準的なメディケアメディケイド返済額の50%未満であり、また他社が表に出すことのない検査価格を、ウェブ上で惜しみなく公開している(血液型2.05ドル、コレステロール2.99ドル、鉄分4.45ドルなど)。もしもアメリカの全検査機関が同価格の検査を導入するならば、10年間でメディケアが980億ドル、メディケイドで1,040億ドルを節約できる計算になるという。
以下、エリザベスへのインタヴュー
──臨床検査会社を立ち上げた際の目標は何だったのですか?
状況によって変わる、そのとき最も重要な健康情報を人々に提供したかったのです。ひとつめの目標は、何らかの医療的処置をする前に患者のコンディションを適切に提示できること。そしてもうひとつは、彼らの健康を改善するための情報へのアクセス権限を提供することです。
アメリカでは毎年十何億という検査が実施されていますが、そのうちあまりに多くが緊急救命室で行われています。ですが、もし病院に運び込まれる前に血液検査が終わっていれば、診断は早く済むでしょうし、病院に着くまでに処置できる余地があるかもしれない。検査の障壁となるものを取り去ることで、臨機応変な対処ができるようになるのです。
──19歳という若さでTheranosを立ち上げるに至ったモチヴェイションは、何ですか?
注射針が怖いんです。唯一怖いものが注射針ですね。それ以外の理由としては、人生をかけてヘルスケアシステムを改善したいと思っていたことが挙げられます。愛する人が大病を患ったとき、病気に気づいたころにはもう手遅れだったということがあるでしょう? そんなときは、本当に心が痛みます。
──たしかに注射針が怖い人は多いですよね。
採血のプロセスは、検査を阻む大きな障壁となります。調査によると「注射針が怖い」「何か問題があるかもしれないと心配になり、宣告されるまでの待ち時間が不安」といった理由で、多くの患者が検査を拒んでいることがわかっています。わたしたちは血液検査を、気軽にできて結果がすぐにわかる便利なサーヴィスにしたかったのです。
──早さにこだわる理由を教えてください。
わたしたちのサーヴィスでは、平均4時間以下で結果が出ます。例えば、定期検査を受けなくてはならない患者がいるとしましょう。朝のうちにウォルグリーン薬局で検査をしておくと、お昼に病院で医者に会うまでには結果が出ているわけです。それに、少量の血液サンプルだけですべての検査ができるので、採血管に何本も採血する必要はないのです。
──医者が検査結果を見て、ほかに調べたい項目があったとしても、再度採血する必要はないということですか?
その通りです。医師からの「もし基準値を超えたら再検査」といった要望などにも、以前採取したものと同一のサンプルを使って素早く結果を出すことができます。
──pH値などの従来のテストは素早くできるでしょうが、細菌やウイルスを培養しなくてはならないものなら数週間かかることもあるでしょう。Theranosの検査でもこのように時間がかかるものはありますか? それともすべて4時間以内に結果が出るのでしょうか。
すべて4時間以内です。検査工程の高速化を図るために、分析方法やテスト方法を開発しました。ですから培養なんてものは必要ありません。細菌やウイルスの検査では、従来の方法の代わりに病原体のDNAを測定します。そうすることで、かなりの時間を短縮できるんです。
開発中のアプリが動作するようになれば、まさに「自分の健康は自分の手で変える」を体現する時代にまた一歩近づくことになる。image: Theranos
──この技術はどの分野で大きな成果をあげられると見ていますか?
生殖能力検査などは良い例ですね。これまではおよそ2,000ドルが必要で、多くの人たちは自費で支払っています。生殖機能を調べるための数値を提供する検査ですが、なかには支払いができない女性もいるでしょう。その点、わたしたちの生殖能力検査は35ドルで済みます。これなら検査できないということはありませんし、妊娠までのプロセスに対応しやすくなり、ストレスも軽減されるでしょう。
──検査の精度を保証するにあたって、どのようなことをしていますか?
カギとなるのは、従来の検査工程においてエラーを招くデータの変動を最小限にすることですね。エラーの93%は、検査前工程で人が行う作業に起因しています。
──例えばどのようなものでしょう?
手動の遠心分離や、サンプルを分析するまでの時間などです。時間が経つと減衰率を考慮しなくてはなりませんから。
──では、どうやってそれらの潜在的なエラーを回避しているのですか?
検体の「取り扱いマニュアル」などがあるわけではありません。ピペットで「ナノテイナー(ごく微量のサンプルを入れる容器)」に入れる作業に従事する人はいませんし、手動でこなす工程もありません。採血が済んだら保冷箱に入れられ、すぐに分析工程に移ります。すべては中央検査機関で自動分析装置によって行われ、人間は介在しないのです。
──プロセスが改良されると、どのようにして人の命を救えるようになるのでしょうか?
時間の経過に合わせた検査の結果を表示するツールを開発したので、医師は患者の状態をデータの推移として見ることができるようになりました。現在まで、このようなデータの見方はされていません。知りたいのは「基準値内なのか、基準値外なのか」ではなく、「何が起こっているか」なのです。映画のひとコマを見せられただけでは物語の描写はできないけれど、数々のフレームを組み合わせると映画の展開が見えてくるようなものです。
──この技術は、そのほかのどのようなことに活用できますか?
わたしたちは、本当に長い時間をかけてこの技術を確立しました。最初にビジネスを持ちかけたのは製薬会社でしたが、わたしたちの分析データ取得がずいぶんと早かったお陰で、彼らもこの技術を基盤に臨床試験を行うことができたんです。臨床試験にはアダプティヴデザインと呼ばれる考え方がありますが、長い期間を待って薬の服用量を変えるといった従来の臨床方法とは対照的に、データに基づき患者への投与量をリアルタイムに、または、計画性をもって変えるといった方法をとれるようになりました。
──長い目で見ると、このテクノロジーはどのような影響を与えられると思いますか?
時間経過で変化する癌の徴候を見極める研究への貢献や、病気に対する早期介入への手助けになることを願っています。
──人々は自分の健康データを集めたり分析したりするのに慣れてくると思いますか?
誰も検査での経験をポジティヴに思う人なんかいないでしょう。でもそうであるべきなんです! その環境をつくり出すために必要なのは、医師が検査データを公開したあと、その数値に人々の関心を引きつけることです。なぜその検査が必要なのか、その結果が何を意味しているのかわからなければ、その経験をポジティヴなものとして受け止めることもできませんからね。
体重を健康の指標にする人たちの話を聞くと、頭を抱えたくなります。体重は生化学的なものを教えてはくれませんから。ですが、生活習慣の変化が血液データにあらわれてくると、本当にわくわくするんです。2型糖尿病のように、早期に病気の可能性を警告されれば、本当に病気になってしまう前に何らかの処置を施すことができますしね。検査をすることで体のことを理解し始め、自分自身を知り、食生活やライフスタイルを変化させ、人生を変えることができるようになるのです。