デザインは、社長の仕事です。
カー&プロダクトデザイナー/SWdesign代表 和田 智さん(4)
社長から直接依頼があった仕事はうまくいく
川島:和田さんがアウディから独立したのが2009年。以来、フリーのデザイナーとしてクルマから時計まで、さまざまなジャンルのデザインを手がけています。外部デザイナーとして企業と組んだ時、うまくいく会社、うまくいかない会社の差ってなんですか?
和田:すごくはっきりしています。社長からダイレクトに依頼があった仕事は、基本的にうまくいきます。
川島:へえ、そうなんですか? たとえばの事例を、何か教えていただけますか?
和田:イッセイミヤケから腕時計の依頼が来た時がそうでした。社長である北村みどりさんが、直接、僕に話を持ってきてくれたのです。
川島:イッセイミヤケブランドで、腕時計をデザインしてほしいと?
和田:そうです。そこで僕が考えたのは、今までのイッセイミヤケのファンとは異なるお客さんを連れてくるデザインをやる、ということでした。
川島:イッセイミヤケというブランドは歴史があります。昔からのファンがたくさんいて、既存イメージもありますよね。アパレルで言えば、「プリーツプリーズ」のような大ヒットもあります。そんな「イッセイミヤケ」ブランドに興味を抱いていなかったお客様をターゲットにする。そのための腕時計ということですね、
和田:イッセイミヤケというブランドは、日本のデザイナーズブランドのトップランナーです。世界に認められた最初のブランドのひとつです。当然、お客様もブランドイメージと歴史とを愛していらっしゃる方たちですよね。
川島:つまりブランドのポジションが明確。
和田:ええ。ですから当初、私が北村社長にお話ししたことは、いままでのイッセイミヤケのお客様とは異なる方々に、イッセイミヤケの素晴らしさを伝えるようなデザインを腕時計で、というものでした。
川島:そこで、外部のデザイナーである和田さんに白羽の矢が立ったんですね。となると、イッセイミヤケの既存イメージを壊すべく、和田流のデザインを時計に盛り込もうと……。
イッセイミヤケの社長は「和田さんの好きにどうぞ」
イッセイミヤケの社長は「和田さんの好きにどうぞ」
和田:いえ、逆です。北村社長に、僕はこう申し上げました。「デザイナーズウォッチは作りたくないです」と。
川島:イッセイミヤケから和田さんに依頼があったのに、なぜ?
和田:僕は「毎日、自分が身に着けるような時計を作りたい」と考えたのです。つまりイッセイミヤケの時計を「普段使い」したいと思ったんですね。ということは、単にインパクト狙いのデザインじゃダメということです。
川島:社長である北村さんは、どう反応されたのですか?
和田:僕の意図するところを、即座に理解してくださいました。それで、「和田さんが好きなように作ってください」と言われたのです。
川島:おお、太っ腹!
和田:もちろん、僕が何でもやっていい、ということじゃないですよ、これは。自分の会社の商品のコンセプトについて、デザインも含め、経営者自らが考え抜いている。だから、デザイナーと直接やりとりができるし、決断を下すことができる。良いデザインとは、そんな経営者のもとで生まれます。だから、トップからダイレクトで来る仕事はまず間違いがない。
川島:じゃあ、逆にいうと、トップがデザインを解してないと……。
和田:ケースバイケースですが、迷走することがままありますね。現場でオッケーが出たデザインにダメ出しがあったり。そんな会社は、トップと現場でデザインに対するコンセプトが共有されていないわけです。そういう組織で、「いいデザイン」を体現するのは難しいです。
川島:思い当たる節がたくさんあります(笑)。ところでイッセイミヤケの腕時計、どんなコンセプトでデザインしようと考えたんですか?
和田:「きれいごとを貫こう」。それが僕の結論でした。
川島:きれいごと?
和田:奇をてらわない。シンプル。普段から着けられる。時代の変化に耐える。こういうと「きれいごと」に聞こえます。でも、ロングセラーとなった優れた工業デザインって、結局、そういう「きれいごと」が体現されたデザインですよね。
手を動かさないと、デザインは製品にならない
川島:たしかに! クルマでも、家電でも、ファッションでも、そうですね。「定番」とは、ずっと愛される「きれいごと」デザインです。
和田:腕時計は、誰もが持っているコモディティです。時間を確かめるだけならば、スマートフォンの方が正確だったりします。だから、新商品の場合、つい「デザインで差をつけよう」としたくなる。でも、時計本来の「機能」に立ち返ったとき、今、述べたような「きれいごと」それは「きれいな“こと”」を貫くデザインを、イッセイミヤケの腕時計で実現できないだろうか? 僕はそう考えました。とてもハードルが高い目標ですが。
川島:あらゆる工業製品がぶつかっている問題ですよね。家電が典型です。誰もが持っている。機能の向上もだいたい天井を打っている。だから、ちまちまとデザインで差をつけようとして、却って醜悪なデザインの製品が溢れ返る……。
和田:そうです。だから僕は、ユーザーの立場に立ち返って考えるのです。僕が欲しいのは何か? 奇抜なデザインか? 誰もがうらやむブランドネームか? 違う。僕が欲しいのは、ありそうでなくなってしまった、ふつうの「watch=腕時計」だ。このプロジェクトの名前を、「W」にしたのも、「watch=腕時計」の代名詞としたかったんですね。
川島:そういう本質論って、まさに大企業では「きれいごと」で済まされちゃいます。
手を動かさないと、デザインは製品にならない
和田:それから、若いデザイナーが言っても「きれいごとを言っているんじゃない」と却下されるでしょう。でも、僕は50歳を超えた、いわばベテランです。日本とドイツの大企業の中でデザイナー経験を積みました。ベテランだからこそ言える「きれいごと」ってあるんじゃないだろうか。と思ったのです。今こそデザインに必要なのは「きれいごと」ではないだろうかと。
川島:デザインが、単なる差別化の道具になっちゃっているのは、おかしい。
和田:デザインが、そしてデザイナーが果たす役割には、社会と深くかかわることが含まれています。ただ、モノ作りを取り巻く環境は、なかなか厳しい。モノが余りまくっているから、ついつい小手先の差別化で勝負をしたくなる。でも、デザインとは、もっともっと本質的な力を持っているはずです。
川島:なぜ、デザインがそんな小手先の差別化の道具になってしまったのでしょうか? やはり企業経営の問題?
JINSの社長は直接メールしてきました
和田:企業の問題もありますが、デザイナーにも責任の一端があります。いまどきのデザイナーが「手を動かさなくなった」。これが結構大きい。
川島:手を動かさない? つまり全部コンピュータでデザインしちゃう?
和田:はい。クルマもそうなりつつあります。今のデザイナーは、コンピュータ上で多くのデザインをします。しかし、かつては自分の手や体を多く使い作業していたわけです。図面の原寸大もモックアップと呼ばれる模型も自分の手で作っていました。素材を自分で削ったり磨いたりするわけです。そうなると、デザインが身体の仕事になってくるわけです。自分の身体を大きく使って描いていく。すると、クルマのスケールが、イメージが、デザイナーの方に具体的に入ってくるのです。
川島:そんな身体的なデザインの仕事が、ITの発達と合理化・効率化で、コンピュータ上に収斂されていったわけですね。
和田:デザインがコンピュータでできるようになって、プラスになったこともたくさんあります。もちろん僕も使っています。でも、工業デザインは、最後に必ず具体的な「モノ」になります。「情報」のままじゃデザインではないんですね。そんな時、自分の経験からすると、人の手や体によって直接、表現されたものには、生気が宿ると思うのです。机上の理屈じゃなくて真理のようなものです。だからこそ、デザインは「手作業」を外しちゃいけない、というのが僕の持論です。生きたモノ作りをするには、手を使わなきゃダメです。でないと、デザインは小手先の道具になってしまう。
川島:アウディのデザインも「手」でやったんですか?
和田:僕がアウディで「A5」をデザインした時は、あえてフルサイズの図面を引いて、デザインしました。それこそ、できるだけ手と体でデザインしようとしたのです。
川島:「A5」は2010年のドイツデザイン賞の最高峰であるドイツフェデラルデザイン大賞を獲得しました。手と身体によるデザインが、伝わったわけですね。
JINSの社長は直接メールしてきました
川島:和田さんといえば、眼鏡のJINSとの取り組みが発表され、話題を呼んでいます。
和田:実はJINSの田中仁社長も自ら、僕にメールしてくださったんです。
川島:まさに「トップがダイレクトにデザイナーに相談する」パターン。
和田:はい。仕事を引き受けるにあたって、じっくり話をさせていただきました。田中社長は、明確なビジョンが真ん中にあって、ビジネスを通して、そのビジョンを実現したいと考えていたのです。新しいタイプの眼鏡の普及で、ある具体的な社会貢献を行っていきたい———田中社長の思いに深い共感を抱き、それなら僕も、精一杯やらせていただこうと、デザイナーとしてプロジェクトに参画することになりました。
川島:どんな眼鏡が生まれるんですか? まだ秘密ですよね。
目指すは「美しい普通」
和田:言えることだけお話します(笑)。JINSのお店に行って、僕がまず感じたのは、眼鏡を見ている若い子たちが「幸せそう」に見えたことです。商品は決して高額なものではなく、レンズも入れて1万円以下で十分買える。じゃあ、そこにデザイナーズ眼鏡を出したらどうなるか。「Designed by Satoshi Wada」のエッジのある眼鏡を出したらどうなるか。ダメでしょう。僕はそう思いました。
川島:イッセイミヤケの腕時計の時と似ていますね。なぜですか?
和田:デザインを売りにした眼鏡をJINSの店頭に出しても、短期間で消費されておしまいです。凄いデザインの眼鏡を作っても、3ヶ月くらいウェブでもてはやされて、ある程度のロットが売れたら終わり。ヒットしたとしても、短命で終わってしまう。それでは、田中社長にいただいた課題「眼鏡を通して社会に貢献する」に応えることはできません。
川島:デザイン勝負の眼鏡はやらない———そんな和田さんの提案に対して、田中社長はどう反応されたのですか?
和田:少し驚かれたようでした。
川島:和田さんに頼むからには、やはり、何かシンボルになるような個性的なデザインを想像されていたのでしょうね。
目指すは「美しい普通」
和田:最初はそうだったかもしれません。でも、そういうアイコニックな、派手でわかりやすく象徴的なデザインは、今、凄く危険な状態にあると僕はとらえています。アイコニックであることはもう終わりなんです。そんなデザインの眼鏡を出したら、JINSというブランドをむしろ壊してしまう。そうではなく、JINSの新しいスタンダードになるような眼鏡を作らなければならないと考えました。
川島:新しいスタンダートとは?
デザインは「思考の時代」に入っている
和田:「美しい普通」。
川島:美しい、普通。
和田:はい。白いTシャツ。ストレートのジーンズ。炊きたての白いご飯。身の回りにある、毎日の暮らしで接するもの。ぼくの思う「美しい普通」はそんなものです。じゃあ、眼鏡の世界で「美しい普通」を表現しよう。それがJINSの仕事で僕がやることだ、と思ったんですね。いろいろ考えた上で、僕は、手始めに、ウェリントンタイプのデザインをしたい、と田中社長に申し上げたのです。
川島:ウェリントンとは、眼鏡の基本とも言えるデザインアイテムですね。セルフレームの。
和田:ウェリントンを流行らせたい、ということではないんです。田中社長が考えている世界観とは、新しい眼鏡を通して、JINSの世界観を増幅させることにある。そんな田中社長の思いにマッチするデザインは「美しい普通」。ならば、オーソドックスで誰もが知る“型”からあえて入ろう。新しいスタンダードを創ろう。それがウェリントンタイプというわけです。
川島:単に1商品のデザインをする、というよりは、眼鏡のデザインを通してJINSという企業ブランドをデザインするというイメージ?
デザインは「思考の時代」に入っている
和田:そうです。まさしく企業ブランドのデザインでもあるんです。僕は、デザインは単に商品の絵を描く仕事じゃない、と思っています。デザインは明らかに「思考の時代」に入っている。作り手の考え方や思想を、消費者に、社会にどう伝えていくか。そんなコミュニケーションのメディアとしてデザインがあるのです。商品をデザインするとは、企業をデザインするとは、どういうことなのか? JINSの仕事では、「美しい普通」をかたちにすることで、その命題に答えたい、と思っています。
川島:じゃあ、最終回は、和田さんが考える「美しい普通」について、さらに突っ込んでうかがいます。
「ダサい社長」が日本をつぶす!|SWdesign代表 和田 智(1)
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